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南よりいずる緑

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第1章 たとえばこんな、領主さま 1

 ニヌアからそう離れていない場所に、幾つかの町が点在している。活気ある土地で、いわゆる城下町といったところなわけだが、まずはそこに向けて、視察団は馬車を進めていた。
 そして――そんな場所の横で馬に跨りながら、ひどく恥かしそうな顔をしているのはシャムスだった。
「まったく……スースーすることこの上ないな」
 今の彼女は、普段からは想像がつかないほどの清楚な女性の格好をしていた。一言で言えばワンピーススタイルといったところか。乳白色を基調として所々に鮮やかな水の模様が施されたそれは、避暑地のお嬢様のそれを思わせる。
 しかし彼女は、その上から帯剣し、なおかつマントや膝当てなど、軽い武装品を身につけていた。本人的には、百歩譲って女物の服を着るとしても、女騎士用の軽装を望んでいたのだが……エンヘドゥたちが望んだのはその反対だ。結果としては、それの中間としてこのような格好になったわけである。案の定、彼女の顔はそれでもどこか不機嫌混じりで、自分の格好に落ち着かなさげだが。
「んー、なんでしたら、もっと派手派手で華やかな服もございましたのにー」
 ぶーぶーと馬車の中から文句を言うのはエンヘドゥだった。そんな彼女に、同じく馬車の中にいるヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が、本に目を落としながら声を返す。
「そういうわけにもいかないよ。舞踏会じゃないんだし、民の生活を考えたほうが良い。あまり派手派手しい格好をしていっても、反感を買うだけかもしれないしね。気持ちは分かるんだけど、今大事なのは復興の方でしょ? 安心させる意味で、視察に相応しい服装をすればいいと思うよ」
 本のページをめくりつつ、冷静に告げたヴィナ。
 エンヘドゥはそれに返す言葉もなく、拗ねた子供ような顔になりつつも、仕方なく諦めた。シャムスはヴィナに感謝しつつ、ほっと胸をなでおろした。ヴィナ本人としては決して彼女を庇うつもりはなく、一人の武官として当然のことを言ったまでなのだろうが――結果としては良い方向に転がった。
 ふと目があった彼にありがたそうな視線を送ると、彼はくすっと笑った。
 そんな彼の前で、残念がるエンヘドゥをルシェンたちが励ましていた。
「まあまあ、エンヘドゥ。今回は一応視察ですから。そこは譲歩しましょう」
「なに、まだ旅は始まったばかりだからな。ふてくされることもない。それに……こいつらもいることだしな」
「こっちに話を振らないでくださいよ〜」
 正宗が目をやった横で、それまでなんとか気配を消そうと努力していた男――女装させられた朝斗が涙目になって言った。その横には、同じように女性の格好をしている鴉がいる。
 朝斗はネコ耳を付けてメイド服を身につけ、いかにも特定の喫茶店にいそうな一部需要に供給する店員といった格好をしていが、対して、鴉はウィっグに胸パッドを入れて本格的に少女風の格好だ。彼は、軽く正宗たちに指を突き付けた。
「全くね。視察の間ずっとこの格好をしていろだなんて……このような辱め、承知しないから」
「……鴉さん、意外とノリノリだね」
「鴉ではなく、月夜 鴉子と呼ぶのね」
 声色を女性に似せて、名前まで変えた鴉はフフンとクールビューティーを気取っている。実際、フリフリスカートから覗く太ももがまぶしいのだから、女でも十分いけるのがまた厄介なところだった。
 空気を仕切り直すように、こほん、と正面に座るアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が息をついた。
「朝斗君たちの女装はさておき、これを機会になるべく多くの民に『女』としてのシャムス様を見てもらう必要があるな」
「ふむ。人は異性から見られれば見られるほど輝く……自己意識の変化だろうな」
 アルツールに同意したのは、彼のパートナーである司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)だ。品の良さそうな髭を撫でつつ、思案顔になった。
「今は良いかもしれないが、町に着いたら馬にまたがらせるのは止めさせて馬車から手を振らせるべきかもしれん。ちょうどいいことに、この馬車は天蓋を開くことができるからな」
「なら、見栄えするようにそれなりの化粧も必要かもねー。シャムスったら、どうせ汗かいて落ちるからって、化粧のケの字もやったことないって言うんだもん」
 肩をすくめたのは、茅野 菫(ちの・すみれ)だった。
 わずか12歳の少女であるが、その歳に似合わず親父のようなエロ知識を持ちえる彼女だ。それなりに美容的知識もあるのだろう。
 前向きに進む計画の中で、アルツールは別の懸念を口にする。
「女としてもだが、女性領主として跡継ぎということも考えると、早いところ婿を取ることを考慮せねばならんしな。真剣に女としての魅力というものを自覚してもらわねばなるまい」
「ぶっちゃけ結婚適齢期ってやつ? ところで、シャムスって何歳なの?」
「お姉さまはわたしと同じで20歳ですよ」
「結婚にはおかしくはない歳よね。……んじゃ、ちゃっちゃと次の町に着く前に準備を進めようか」
 馬車の後部座席へと移動して、化粧箱やら何やらをごそごそとあさり始める菫。
「ところで……最初は領主さまってことを隠していくってのはどうかな? 向こうが自然と気付くほうがベターだと思うんだけど」
「なるほど、面白いアイデアだな」
「化粧は後ろの馬車でやりましょう。あちらのほうが、色々と中が整っていますから」
 そう言ったエンヘドゥの見やった馬車は、彼女たちが乗っているものよりも機能的に見えた。
 それぞれのアイデアを口にしながら、クックック、と盛り上がる彼女たちをヴィナが呆れた目で見つめる。
 シャムスはそんな不穏な空気が漂いはじめた馬車を見て、背筋に冷たいものが走るのを感じた。