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【賢者の石】陽月の塩

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【賢者の石】陽月の塩
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 ■ 美味しさと栄養と ■
 
 
 
 皆がクラゲ退治や塩作りに汗を流している頃、宿舎の調理場ではきっとお腹をすかしてくるだろう参加者の為の料理が作られていた。
 調理場といっても、設備の整ったキッチンではない。キャンプで使うような屋外の調理場だ。
「日差しが強いですねえ。作業の皆さん、無理してないと良いのですが」
 神楽坂翡翠はバーベキュー用の炭をおこしながら空を仰いだ。こうして火をおこしているだけでもかなり暑く感じられる。
「あら、マスターは日焼け弱くなかったですか?」
 日光の下にいる翡翠に柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が尋ねた。
「ああそうですね。急激に肌を焼くと赤くなって痛いんですよ」
「ここは砂浜ではありませんけれど、日焼け止めは塗っておいた方がよろしいですわ。でないとあとで泣くことになりますわよ」
 美鈴に勧められ、翡翠は日焼け止めを塗り込んだ。
 そうしているうちに、食材を採りに行っていたレイスが戻ってくる。
「だ〜、一応大漁だ。しかし体力ねえから運ぶの重労働だ。めんどくせ」
 文句たらたらだったけれど、言葉通り大漁だ。
「あさりは急いで砂抜きしないといけませんね。ああこのアジは良いですね。お刺身にしても美味しそうです」
 翡翠はいそいそとレイスの採ってきた食材の下ごしらえを始めた。
 美味しい料理を作る為には、丁寧な下ごしらえが大切だ。忙しそうに動く翡翠を美鈴が手伝う。
「洗い物があったら言って下さいね。他にも雑用があれば手伝いますわよ」
 翡翠が作業しやすいようにと、美鈴は補助に徹した。
「メイベル、何か良いもの採れた? うわ、凄い。あわびまであるよ」
 収穫をのぞき込んだセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が様々な貝類に目を見張る。
「残念ながら海藻はあまり良いものが採れなかったですけれど」
「いいよいいよ。こんなに貝があるなら海藻サラダじゃなくて貝のサラダにすればいいし。あとは魚とあわせてブイヤベースかな。それからやっぱり焼き貝もやりたいよね」
 色々と楽しめそうだとセシリアはどの料理にどれを使おうかとより分けてゆく。
「製塩作業をしてる人には特に、ミネラル分を補給してもらいたいよね」
「さっきシャーロット様がグレーブフルーツジュースを持っていってくれましたわ。柑橘類はクエン酸の宝庫ですもの。夕食時には柑橘類の他に、マンゴーのようなとろける甘味のフルーツも素敵ですね。スイカに含まれるカリウムは疲労回復に必要なものですし……フルーツもいろいろ用意して、皆様に食べていただきたいですわね」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は料理を手伝う傍ら、デザートのフルーツも準備もしていった。
 栄養もさることながら、暑い日に冷やしたフルーツを食べるのは口に嬉しい。疲れすぎて食欲の無い人でも、フルーツならきっと喉を通ることだろう。
 イルも獲ってきた魚や貝をどっさりと台の上に出した。
「まあこんなにたくさん。お疲れ様でした」
 度会 鈴鹿(わたらい・すずか)にねぎらわれ、イルはちょっと自慢げに釣果を披露した。
「この辺りの海は豊かでのう。釣りをするのも楽しめた」
「サザエは壺焼きにしましょうか。ぐつぐつ煮えたところにおしょうゆをひとたらしして。まあ、これはクロダイですか。身は塩焼きにするとして、あら汁を作ってみましょうか。汗を流して作業した後は、塩気を補給するのも大切ですからね」
「塩を作る為に塩不足に陥っておってはいかんからの」
 イルの言葉に、本当に、と鈴鹿はそうですねと笑った。
「錬金術というと静かなイメージがありますけれど、材料集めは体力勝負なのですね。お塩を手に入れるのも大変です。けれど、お塩は日本でもお清めや祭事などの儀式に使ったりしますから、西洋でも魔術的なものに使われるのも、なるほどと頷けますね」
「塩は古今東西大切なものじゃから、不思議な力が宿るとされるのじゃろうて」
「確かに、お料理にも塩気は大切ですからね」
 味の為にも保存の為にも、塩は重要な役目を担う。
 おろそかに使ってはいけないと、鈴鹿は気を引き締め、切り分けたクロダイのあらに塩をふりかけるのだった。
 
 
 
「いいか光」
 ラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)は噛んで含めるように木崎 光(きさき・こう)に言い聞かせる。
「冒険者は、ひとたび冒険に赴けば、なんでもひとりでこなさなければならないんだ。料理だってそうだ。きみも、そんなナリをしていながら女子女子と主張するなら、料理のひとつも作ってみたまえ!」
「ラデルのおっさん超うっせー! ガミガミガミガミうだうだうだうだと、ムギャオオオオオ!」
 耐えきれなくなった光が吼え、ラデルはちょっと押されて後ずさりした。手が飛んでくるか足が飛んでくるかと思ったのだが、光はただずいっと身を乗り出しただけだった。
「俺様どっから見ても女だろー! 女子力満載だっつーの! そりゃもう彼氏に肉じゃがやら何やら……なんて……作ったこと……ないけどさ」
 最初は元気だった光の声が尻すぼみになる。が、そこで光はぐっと気を取り直した。
「でも! 料理くらいやれば出来る! 出来るもん! その筈だ! ……あんま作ったことねーけどな! 俺様に任せておけ!」
「ではよろしく頼みますよ」
 光を焚きつけるだけ焚きつけておいて、ラデルは持ち込んだ日よけパラソルつきのテーブルで、優雅にティータイム。その為につれてきたシャンバラのメイドを傍にはべらせ、お茶を注がせる。
 ラデルは騎士としての修行は勿論欠かさないけれど、それ以外はペンより重い物は持たないお貴族様。料理を手伝う、なんてこと自体がまったく頭に浮かばないのだ。
 残された光は、さて何を作ろうかと考えた。
 ……といってもレパートリーがあるわけでもない。
「やっぱカレーだよね、カレー」
 キャンプみたいに人が集まる時にはカレーがつきものだ。
「あんなん、材料ぶった斬って、ナベに突っ込んで煮て、市販のカレールー入れれば誰が作ってもそれなりになるじゃん! 失敗する要素が見あたらないね! へへん、さすが俺様! 一等賞!」
 何かないかと探ってみれば、買い出し物品の中にちゃんとカレーの材料も入っている。それだけ定番の料理なのだ。
「さーてカレーちゃんを作りましょうかね〜。トリャ!」
 すこん、と光の剣が皮付きのジャガイモをまっぷたつに切断する。
「ウリャウリャウリャリャー!」
 投げ上げたニンジンは空中乱れ斬り。多少床に飛び散って転がったけれど、まあ、気にしない。洗ってナベに放り込めばまな板の上にあっても床にあっても同じことだ。
「ソリャーッ!」
 タマネギはばらばらに切り刻まれる。……茶色い薄皮ごと。
「お肉は〜、煮込む前にちゃんと火を通しておいたほうが良いよねー。うん、俺様ってなんて料理に詳しいんだろ。チェストー!」
 ドカンっ!
 爆炎波は肉をこんがり黒こげに焼いた。香ばしい匂いというより焦げ臭いが周囲に漂うが光はご満悦だ。
「ふーっ。いい汗かいたぜ。あとはナベにぶっこんで水入れて、この市販ルーを入れれば出来上がりだもんねー、へへーん!」
「光……」
 ラデルは深いため息をつくと、頭痛を堪えるように額に手を当てた。
 このままだとラデルは間違いなく皮付き野菜と黒こげ肉のカレーを食べさせられることになる。食べないなどと言えば、折角作ったのにと光がキレることは確実だ。
「きみ、手伝ってやってくれ」
 ラデルは連れてきていたシャンバラの料理人を光の元へと向かわせようとした。
 が、その時には光の料理の仕方に気づいたメイベルたちが声をかけていた。
「たくさん作るんだと皮むきもそれなりに大変ですからねぇ。お手伝いしましょうかぁ」
「料理はわいわい作ると楽しいです。私はまだまだ手順は身に付いてないのですけれど、包丁はだいぶ慣れてきたんですよ」
 メイベルとシャーロットに言われ、光はそこでやっと野菜の皮のことを思い出した。
「そ、そうだな! 頼もうか」
「良かったら煮込むときにはこのお水を使ってくださいね。沢山用意してきましたので」
 鈴鹿は真水の入ったペットボトルを光に渡す。海辺だと良い真水があるかどうか心配だったので、重いのを我慢して十分に用意し、他の食材等とあわせてレッサーワイバーンのルビーベルに積んで運んでもらったのだ。
「おお、そうか。水も大事なんだな」
 珍しく女の子たちの間に立ち交じって料理なぞしている光の様子に、なんという浮きっぷりだとラデルはある意味感心した。けれどこの分なら問題なくカレーが出来上がりそうだとみて、ラデルは料理人への指示を変えた。
「向こうはいいから、僕用に何かさっぱりしたデザートを頼む」
 
 
 
 料理がそろそろ出来上がろうかという頃、作業を終えた皆が宿舎に帰ってきた。
 メイベルが笑顔で迎えて挨拶する。
「お帰りなさい。シャワーを浴びたら食事に来て下さいねぇ」
「シャワーかぁ。日焼け止め塗ってたけどさすがに日に焼けちゃったから、お湯を浴びるのが怖いなぁ」
 久世沙幸は水着の肩ひもをずらして、日焼けの痕を確かめた。これはかなりひりひりしそうだ。
「お湯はかなりぬるめにした方がいいですよ。さあ、さっぱり汗を流してきたら順に晩ご飯にしましょうね。海の幸いっぱいですよぉ」
「わぁ楽しみ。桃花、早くシャワー浴びて来ようよ」
「郁乃様、そんなに急ぐと転んでしまいますよ」
 桃花は笑いながら、郁乃に引っ張られていった。
 
 
 
 その日の夕食は魚介類のバーベキュー、ブイヤベースにカレー、サラダ、野菜たっぷりのあら汁、魚の塩焼き。飯ごうで炊いたほかほかごはんやおにぎりなどなど。デザートにはフルーツやかき氷という豪華さだ。
「たくさんありますから、遠慮無く召し上がって下さいね」
 鈴鹿が網に魚や肉と野菜を刺した串をひっくり返しながら皆に呼びかける。良い焼き加減なのは、イルがつきっきりで火の調整をしているからだ。
 普段料理をしないイルだから、鈴鹿はこまめに様子を見るようにしていた。慣れている鈴鹿からみるとやはりはらはらしてしまうけれど、それは言わずに指示だけを出す。
「あ、イル様、もう少し火を弱めた方が良いと思います」
「そうか、ではこのくらいじゃの。火のことなら妾に任せておけば心配いらぬ」
 じゅう、と落ちた肉汁が炭に当たって得も言われぬ匂いを放つ。
「飯ごうのご飯もうまく炊けているぞえ。おこげも出来ているからの」
 思い通りのご飯が炊けたから、イルはかなり自慢げに皆に勧めた。
「どれも上手そうじゃねえか。翡翠、お前どうせ食べる暇無いだろう。これやるよ」
 放っておいたら翡翠は食べるのも忘れて給仕をしていそうだからと、レイスは焼き上がった料理を更にどんどん入れて渡した。
「えーと、こんなに渡されても食べ切れませんよ」
 山盛りの料理に翡翠はたじろいだ。
 それを美鈴がくすくす笑う。
「マスター食細いのですから、この機会に少しでも食べて下さいね。給仕は代わりますから」
 食べないとまた倒れますよ、と軽く釘を刺して、美鈴は翡翠の手からトングを取り上げた。


 料理は大量にあったけれど、作業にお腹をすかせた生徒たちは、舌鼓を打ってそれらを全部きれいに平らげた。
 滋養たっぷりの心づくしのご馳走は、今日の疲れを癒し、明日への活力を生んでくれることだろう。
「皆さんよく食べましたね。綺麗になくなりました」
 片づけをしながら翡翠が言うと、本当に、とメイベルは微笑んだ。
 メイベルがパラミタに来てから、これが3度目の夏。今年もまた、楽しい夏が過ごせそうだった――。