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誰がために百合は咲く 前編

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誰がために百合は咲く 前編

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 紅茶に口を付け、味を楽しむアダモフとハーララに笑顔を向けながら、会話を続けるアナスタシアら革新派メンバー。
 その彼女たちに声をかけたのは、カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)だった。
「……交代しましょう」
 五人の女性に長々と囲まれていては、不自然に感じるだろう。それに今桜子はお茶やカップについての説明をしている最中だ。
「でも……」
 革新派の一人、副会長を目指しているというオルガという少女が名残惜しそうな声をあげるが、
「皆さんもお疲れでしょうし、少し気分を変えた方が良いわ」
 年齢も上のカトリーンの正論に頷いて、彼女たちは一旦アダモフの側を離れた。
 革新派と守旧派、どちらの肩を持つつもりがあるわけではないが、彼女たちが全力を出せるようにサポートするのも一生徒の役目だろうとカトリーンは思う。
(とはいえ、私も気は抜けないわね。百合園主催でスタッフとしてここにいる以上、その場の全員が、百合園の代表として見られる可能性があるわ)
 同時にお茶の説明を終えて、談笑していた桜子も一旦場を離れる。
 アナスタシアと候補者、桜子と晶。
 顔を合わせて視線が絡む。何となく気まずい雰囲気が漂いそうになった間に、魔鎧カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)を身に着けた真口 悠希(まぐち・ゆき)が、割って入るように立った。
 守旧でも革新でもない、もう一つのスタンス。中立派として生徒会長に立候補した生徒の一人だ。
(ボクの考えは……候補者に限らず、一人一人の良い所をよく見て伸ばし、生かしていくという事。だから……)
「日高さまのお話も、アナスタシアさまのエリュシオンのお話も素敵でしたよ」
 そういって褒めて、互いの間の空気を緩めて。そのまま、通り過ぎていく。
 アフェクシャナトは悠希の姿を、見守っている。
(守旧派や革新派……そういった思想の違いや対立を乗り越え、各人が良い所を伸ばし生かす事のできる百合園……。それを悠希は確固たる中立公平の立場から、次代のリーダーとして目指していこうとしてるんだね……)
 カトリーンは、そのままアナスタシアたちを下がらせて、代わりにテーブルを見渡し、悠希の行こうとした先に、一人の少女──ハーララ氏の娘で、確かヤーナ──が一人、海の見える席でぽつんと座っているのを見つけた。
 長い青い髪と瞳の、静かな波間を思わせる少女だ。
 ヤーナは最初のテーブルでこそ話を何となく場に合わせようとしていたものの、口数が少なかった。
 というより、その場は承認で世慣れているアダモフとラズィーヤが場をリードしていて、おそらく余り他部族との取引がないであろうハーララや、さらにその娘であるヤーナは話題から遅れ気味だった。
 交易の難しい話まではなかなか分からないのだろう。
 だが、それだけではない気もして、何となく気にかかっていたのだ。そして今、何か思うように窓の外を見つめているヤーナの前に置かれたカップは、空っぽになりかけ。
「日本茶はいかがですか」
 カトリーンはびっくりさせないように近づき、日本茶を勧めた。
「はい。いただきます」
 微笑して受け取るヤーナの元に、悠希がやってくる。軽い自己紹介の後、悠希は、ヤーナの胸元を飾る青い宝石のネックレスに目をとめた。
「あ……ヤーナさん、でしたか、素敵な宝石の首飾りをしていますね」
 シャンバラでは見たこともない青色の宝石。
「ああ、これは、私たち部族の特産品なんですよ。海底の宝石を採取して、私たちの手で加工したものです。元々は特別な意味があったのですが、今では特産品になっています」
「貴方がたの文化と、私達の文化……お互いに良い所を取り入れて伸ばす事ができたら、 これからも更に素敵な物を生み出していく事もできるでしょうね」
「そうですね」
「ヴァイシャリーには……沢山の花(人)が咲いています。それは……自己の美しさを誇るだけでなく、花に接する他者も幸せにできる……私はそう信じています」
 アフェクシャナトは悠希の体を包みながら、パートナーのことを想っていた。
(悠希の締めは……
・百合園には人がいる事
・思想に違いはあれどお互いを生かし、相手にも配慮し貢献できる事
・そういう我々と(搾取でなく)取引するのは価値ある事
  等を伝えたいんだね)
「そうですか……」
 こくり、とヤーナは頷いて、何か考えているようだった。
 百合園やヴァイシャリーについては通り一遍の知識しか知らない。シャンバラに来たのも初めてで──というより、自分たちの住む島から出ることも滅多になかった。
「せっかくですから、他にもご覧になりますか? シャンバラの方に気に入っていただけるといいのですけど」
 ヤーナは自分の鞄から、布を広げ、その上に幾つかの宝飾品を並べて見せた。
 宝石や真珠、珊瑚を使ったブレスレットやピアス、鼈甲の櫛や、それに不思議なつるつるした材質でできたピンなどが並ぶ。
「──あら、素敵ですわね」
 そこに声をかけたのは、一人の女性だった。薄目を開けているのか、それとも目を閉じているのか──いや、目に見えるものではない何かを差して素敵だと言っているのか。
 スタッフというよりは招待客のように、鈍い光沢を放つ真紅のドレスで美しく装ったステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)
 なお、パートナーのブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は、お茶会のスタッフのふりをして警備──ということで志願したのだが、ラズィーヤは彼の姿を勘案して、却下してしまった。
 スタッフの中に暗器使いなどの不審人物が紛れていることを想定して、といった理由は至極まっとうだったのだが……、彼自身が一番不審に見えている。今頃は裏方で荷物運びをやらされている筈である。そこで代わりにステンノーラが彼の分の質問も携えて派遣されたというわけだった。
 彼女は宝飾品の一つ一つを上手くほめたりして、ヤーナの緊張を少しずつ解きながら、商品の話をしていく。
 これが商売の話だと、ヤーナは疑っていない。ザナドゥの貴族社会出身である彼女からしてみれば、まだまだ小娘と言ったところだ。
(確かにブルタの言っていた通りですわね。若い田舎娘、世慣れていないですわ。まぁ、この状況でわたくし達の目的に気付く方が無理ですけれど)
「今回はシャンバラだけでなく、エリュシオン帝国の商人さんとの取引も考えていらっしゃるかと思いますけれど、例えば、オケアノス地方の選帝神については何かご存知ですか?」
「……いいえ、私たちは海で暮らしていますし、取引先も主に海の島々です。選帝神についても、よく知りません」
 ブルタとステンノーラの知りたかったこと、それは、エリュシオン帝国の現状についてだった。
 だがヤーナによれば、帝国には特に何も変化がないようだという。知る限りでは、エリュシオン帝国のアスコルドに、先帝の後ろ盾がついたらしいということくらいだった。