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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第3章 芸術・オン・ザ・ステージ 3

「いったいどうしたんだ、それ?」
「あ、あはは……」
 シャムスに尋ねれて、アムドゥスキアスは苦笑した。
 というのも、先ほど突如現れた伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)なる青年が、いきなり絵画をプレゼントして去っていったからだ。アムドゥスキアスの手にはそのプレゼントされた、地上の動植物を描いた絵がある。ありがたいことはありがたいが……このまま持って歩きまわるのは難しいだろう。部下の一人に預けておくつもりだった。
「おーい、アムドゥスキアスにシャムス。ステージはどうやった?」
 と、アムドゥスキアスが部下に絵を預けたとき、やって来たのは846プロの社長、日下部社だった。
「いや、とても楽しませてもらった」
「面白かったよー。良いお土産もたくさんもらえたしねー」
 そう言って、アムドゥスキアスは先ほどの絵画や人形を見せる。
 絵画に目をとめた社は、陽気に笑った。
「そりゃあ、伊藤くんのもんやないか。なんや、あの子も来たんかー」
「伊藤くん?」
「そや。あっちでいま、瑠奈くんとスケッチしてるやつや」
 首を傾げたシャムスに、社は顎を振って方角を示す。その先では、若冲と瑠奈の二人が、漫画用の原稿用紙にライブの模様をスケッチしているところだった。
「すごいスピードだな」
「手慣れとるからなぁ、あの二人は。Sailingの衣装を作ったのだって、瑠奈くんなんやで?」
「ほう」
 シャムスは感心した声を漏らす。
 社は気分を良くして、野外ステージの全体を見回し、ばっと手を広げた。
「スケッチだけやない。落語にアイドルに人形師に……もちろん、公園で絵画を展示するもんや、料理を振舞うもん、目的がどうあれ、こうやって皆が芸術大会の為に一生懸命になっとる。人を笑顔にさせとるんや。まるでこの芸術大会が、一つの芸術作品になっとるみたいやな♪」
「……うん、そうだね」
 それにはアムドゥスキアスも同意で、彼は噛みしめるように頷いた。
「なあ、アムドゥスキアス」
「うん?」
「これから先もこの『芸術作品』を作っていく為に、俺らが力を合わせる事って出来へんのかな?」
「…………」
「きっとそれって、素晴らしいことやと思うんや。みんなで一緒になって、一つのもんを作りあげる。魔族もヒトも関係ない。すごく…………綺麗なもんやと、思うんや」
 こんな日がまた来れば良いと、社はそう思う。
 彼は静かに佇んで、アムドゥスキアスの瞳を真っ直ぐ見つめていた。それまでの陽気な社長としての彼ではなく、ただ一人――地上と魔族を結ぶ契約者として。
 アムドゥスキアスの返答は、微笑。
「……出来ると、いいな」
 自分さえも騙し、はぐらかすような答え。その瞳にはどこか、昏い光が灯っていた。



 アムトーシスに赴いた夜。シャムスたちが騒ぎ、酒を飲んだ酒場に、サイクスと綺雲 菜織(あやくも・なおり)はいた。
 無論、今は昼間であるし、その場にいたのも彼女たちだけではない。距離をとって相対し合う二人を見守るのは、菜織のパートナーである有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)と、南カナンは精鋭騎士団『漆黒の翼』を率いる団長のアムドだった。
 話がある――とサイクスを呼び出した菜織だったが、どこかそこには決闘にも似た張り詰めた緊張感があった。ともすれば、互いの刃は気づかぬうちに相手を切り裂くかもしれない。そんなことを美幸は思った。
 ちらりと彼女が横を見ると、アムドは憮然とした顔つきで口をへの字に曲げている。そもそも、アムドはサイクスを信用していない。騎士団を預かる団長としての性分だろうが、そう易々と他人を信じることはないのだ。特に魔族ともなれば……致し方ないことでもあった。
 そんなアムドの視線がじっと見つめる中で、ゆっくりと菜織が刀を抜いた。
「何を悩んでいると聞いた所で、答えてくれないと思ってね」
 すでに予想はしていたのだろう。
 サイクスはまるで動じず、一瞬たりとも彼女から目を離さなかった。
「私は惚れ込んだ男が目指す道を支えたい。その為には是が非でもこの大会成功させねばならん」
「それとこれに、どのような関係がある」
「あの男が望んでいる。それだけで、十分だろう?」
 菜織は機嫌の良い笑みを浮かべた。
「君たちの抱える問題を知りたい。私が勝てば、答えてくれるか」
 警備の任についてからというものの、サイクスの心はどこか別のところにあった。まるで何かに怯えるように、まるで何かに焦っているように……。
 不器用なやり方だが、菜織はそれを掴み取ろうとしていた。
「…………」
 サイクスが構えをとった。
 応じる。その事は如実に語られる。彼女の妖艶な薄紅の唇が、三日月のような弧を描いた。どれだけ飾ろうと、剣士が強敵を相手にして心踊らぬわけはない。サイクスはわずかながら、その欲望に駆られたのだ。
 瞬間。
 一瞬で間合いを詰めた菜織の刃が振るわれ、サイクスの長剣と打ち合った。まるで突風だ。一瞬のうちに鈍い銀光が煌めき、一瞬のうちにそれは再び腰へと引き戻る。何重もの突風。しかしサイクスはそれを確実に叩き落としてゆく。
 やがて――
「ッ」
 ぶつかり合った刀身がつばぜり合いに持ち込まれた。
 その瞬間、サイクスは菜織の目を見た。真っ直ぐな瞳。曇りなき光が宿る黒曜石。
「……っ!」
 それが――その輝きが心に迷いを生む。
 転瞬。
 押しこもうとしていたサイクスの力は壁を失い、前方にたたらを踏んだ。視界はぐらりと回る。そして、その時にはすでに、菜織の刃はサイクスの長剣を弾き飛ばしていた。
「終わりだ」
 そう、終わり。
 サイクスに戦う術はなく、刀の切っ先は彼女の喉元にあった。
 アムドが目を見開いている。わずか数秒の攻防は、それほどまでに凄絶な闘いだった。
「聞かせて……くれるか?」
 サイクスが頷くのは、そう間を置かずしてのことだった。


 アムドゥスキアスの立場は危うかった。
「そもそもあの方は、魔神でありながら、戦いを好まない特異な方だ。地上の芸術も、そしてザナドゥの芸術も守りたいと考えている。ルシファー復活の為の地上侵攻など、快くは思っていないのだ」
「戦いを好まない? しかし、奴は地上侵攻のときに……」
 アムドが怪訝そうに口をはさむと、サイクスはそれを遮った。
「それはあの方が魔神という立場にあったからだ。あの場では、ああすることでしか自分の立場を守ることも、そして自分の保護下にある魔族たちを守ることもできなかった」
「それって、つまり……」
 美幸が何かに気づいたように言った。
「ああ。だからこその、芸術大会だ。もちろん、アムドゥスキアス様にとってはお前たちを見極めるという意味もあるが……それよりもなにより、バルバトス様の目がある。あくまでも敵として、そして戦いとして接するほかに、方法はなかった」
「エンヘドゥさんを素直に渡してしまったら、他の魔神に怪しまれる。かといって戦争をしてしまったら、どちらにも傷が残る。だから、芸術大会による勝敗を……」
 美幸が確認するように呟く。すると、菜織が言った。
「なら、なぜ初めから協力してくれなかった?」
「お前なら見知らぬ未開の地の者たちを相手に、初めから協力できたか?」
「…………」
「それにいま、あの方の立場はとても危うい。地上侵攻に向けて、邪魔な存在になるだろうということさえ懸念されている。所詮、芸術大会は下手な隠れ蓑だ。監視がナベリウス様だったことから、無事に事が運ぶかと思っていたが…………甘かった。今回で、あの方を排除しようという動きは顕著になるかもしれない」
「どういうことだ?」
「恐らく、すでにバルバトス様の手がアムトーシスの中に紛れ込んでいる」
「…………ッ!?」
 菜織たちは瞠目した。
 その後――アムドを通じて契約者たちにその情報が伝えられたのは、そう間をおかずしてのことだった。