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リアクション
第2章 音楽と絵画と三人の娘 4
「むー」
魔神ナベリウスの一人――モモは唸っていた。
彼女が見つめるのは、二本の紙だった。それを差し出しているのは、ベンチに座る契約者の杜守 柚(ともり・ゆず)だ。彼女は二本の紙の下半分を、握り拳の中に隠している。
「モモちゃん……」
じっ……と二本の紙を見つめるモモを、ハラハラドキドキといった顔で、両側からナナとサクラが見守っていた。
そして――
「にゃりゃああぁ!」
猫のような気合の声を発して、モモは二本のうち一本を引っこ抜く。
その下半分に書かれていたのは――『大凶』の文字だった。
「にゅうううぅぅ!」
ガーンと効果音でも聞こえてきそうなほど哀しい顔になって、モモはがくっとうなだれた。
「あ、あはは……ざ、残念だったね」
「残念っていうかなんていうか……いっそ奇跡的だけどね。8回連続大凶なんて」
苦笑する柚の隣で、ナナやサクラと同じように見守っていた杜守 三月(ともり・みつき)
が言った。その言葉に追い打ちをかけられて、ガーンガーン……と、モモはショックの淵に沈みゆく。
「三月ちゃん、もう……なんてこと言うんですか〜!」
慌てて、三月はフォローした。
「だ、大丈夫だって、モモ! おみくじなんて当てにならないんだからさっ。ほ、ほら、折り紙なんてどう?」
「折り紙……?」
涙目ながらも、モモは顔をあげた。
「そ、そう折り紙。ほら、こうやって折ってさ……色んなものが作れるんだよ」
折り紙という商品自体はないが、幸いにもこのアムトーシスは紙が豊富だ。大きめの紙を折っていって、三月はカブトを作ってあげた。それをモモの頭に乗せる。
「えへ、えへへ……」
「むー、モモちゃんばっかりずるいー」
一人だけカブトをもらったモモは嬉しそうに笑い、それに対して二人のちみっ娘がぶーぶー文句を発した。
と、そこにやって来たのは――
「お、やってるな?」
「あ、和麻だー!」
「和麻和麻ー! ドーナツはー?」
「……お前らなぁ」
ドーナツを両手に抱えている神条 和麻(しんじょう・かずま)のもとに、ナベリウス三人娘は駆け寄る。和麻の後ろから、エリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)がぴょこっと顔を出した。
「みんな、大人しくしてたですか?」
「子供扱いしちゃだめだよ、エリスちゃんー。ナナたち大人だもんー」
「あはは、ごめんなさいですぅ」
苦笑しながらエリスは謝り、和麻と一緒の紙袋をベンチの上にすとんと置いた。
「あれー? ドーナツだけー?」
「慌てないのですぅ。ほら、来ましたよー」
「お待たせー」
エリスが促したとき、遅れて三人娘たちのもとにやって来たのは、西表 アリカ(いりおもて・ありか)だった。和麻たちと同じように紙袋を抱えているが、これがまた大きいため、視界を半分遮られて、ふらついている。
するとそっと、横から紙袋を支える手が伸びた。
「アルティナさん……」
「皆さんお待ちかねですよ」
そう言って、アルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)は微笑する。そんな彼女たちの後ろには、別の意味でふらついているサクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)がいた。
「あ、足が……足がしびれ……」
「…………」
「さ、行きましょう」
アルティナは笑顔で、呆然とするアリカを促した。
どうやらサクラはアルティナに正座させられていたらしい。彼女は怒らせないようにしよう、とアリカは肝に銘じておくことにした。
アリカが持ってきてくれたのは地上の食べ物やお菓子類だった。蒼空学園のハンバーガーに、お茶菓子と紅茶。ナベリウスたちは紅茶は飲まないかと思い、ジュース類も用意している。公園のベンチ前にシートをひいてそれらを並べると、軽いピクニックのような雰囲気になる。
ふと、アリカは無限 大吾(むげん・だいご)のことを思い出した。こうしてナベリウスたちと食事を楽しめることは嬉しいが、そこに彼がいないのは少しだけ寂しかった。彼には内緒でアムトーシスに来ているのだから、仕方はないのだが……後々、心配掛けたことを怒られるのを想像したら、懐かしさにも似たものを感じて笑みがこぼれた。
「アリカちゃんー? どうしたのー?」
彼女を覗き込んで、サクラが言う。
「う、ううん、なんでもないよ」
アリカは苦笑してそれを誤魔化したが、サクラはしばらく首をかしげていた。
が、それもすぐに、別のものへと興味が移る。柚と三月が作った『福笑い』という代物だ。なんでも地球の日本という場所で、お正月という日にやる遊びらしいが――
「あれれー?」
「へんてこへんてこー」
バラバラになった目や鼻のパーツを、目隠しをして組み合わせるため、なんともおかしな顔が作られる。ナベリウスやサクラはケタケタと笑っていた。
アリカはその光景を見守りながら、紅茶の準備を進める。
と、そんな彼女に声をかけたのは和麻だった。
「こうしてると、あいつらも普通の子どもだよな」
彼はお茶菓子を皿の上に並べてゆく。
「そう……だね」
「こうやってさ。もっと、人を傷つけない遊びがあるんだって知ってくれるといいんだけどな」
「和麻さんは……どうしてナベリウスちゃんたちと一緒にいるの?」
「俺?」
和麻はきょとんとした目になった。だが、やがて自嘲するような笑みを浮かべる。
「……そうだな。見た目だけかもしれないけどさ。あんな子どもが、誰かを傷つけることでしか遊べないって嫌だったんだよな」
「…………」
「戦い以外にも遊びってたくさんあるんだぞ……って、知ってもらいたかったんだ」
「だから、自分で……?」
「あいつらには、仲良くできる遊び相手が必要だと思うんだ。初めは、誰かを傷つけてしまうかもしれないけど……それが俺なら、別に構いはしない」
ナベリウスにとって、『遊び』はつまり戦いなのだ。傷つき、傷つけあうことが、彼女たちにとっては唯一の『遊び』だった。自分ならそれを受け止められる。和麻は、だから、彼女たちのもとにやって来た。
「でも今は……こんなにたくさん友達が出来てるみたいだけどな」
「和麻さんだって、その中の一人だよ」
アリカはそう言って、ほほ笑みかける。和麻は嬉しそうに笑みを返した。
「そうそう。あんた一人で抱え込むことはないってこったな」
ふいに、横から夜月 鴉(やづき・からす)の声が聞こえた。シートの上に寝そべって、なにやら携帯アプリらしきゲームをピコピコ動かしている。
「まあ、俺はよくわかんねーけど…………ティナやサクラだってあいつらと遊んで楽しいみたいだし……みんなで遊んでやりゃーいいんじゃねえの?」
無責任というかなんというか、投げやりな言い草だったが――彼の言うように、サクラたちはナベリウスと普通の友達のように楽しく遊んでいた。ティナの観察保護下にあるため、安全な遊びをするんだよ! と、サクラの提案からけん玉遊びをしている。
まあ提案した彼女自身はけん玉が苦手なため、一回も玉を乗せられないでいたが。
「も、もうけん玉なんて見たくないんだよ……」
サクラががっくりと嘆き悲しむ。
「こうなったらあれなんだよ! 缶ケリなんだよ! またまた私、苦手なんだよ!? 缶の代わりに『喪悲漢』でやるんだよ!」
『かん』がつけば何でもよいわけではないが、そんなことは些細なことだった。缶けりを始めると、ナベリウスたちがこぞって暴れ出す。公園のベンチを壊しまくって駆けだしていた。
「サクラ〜」
「ひっ…………ティ、ティナの後ろから何か黒いオーラが見えるんだよ!?」
「缶けりは駄目に決まってるじゃないですかっ! ナベリウスさんたちが暴れちゃいますよ!」
「ティナが怒ったんだよー! サ、サクラ悪くないんだよ〜!?」
ナベリウスたちに習うように、サクラは逃げ出した。事を理解しているわけではないだろうが、三人娘もきゃっきゃっと笑って駆け回る。
「主も! なにをのんびりゲームなんてやってるんですかっ!?」
「俺もっ!?」
なぜか標的に自分に移って、鴉は目を丸くした。
「こんなときぐらい、サクラのコントロールをしてください!」
「……いや、だってめんどくさ」
「なにか?」
「……いえ、なにも」
こんなときは逆らっても無駄だ。これ以上何か言おうものなら、首が飛んでしまう。
鴉は襟を掴まれ、おとなしく彼女に引きずられていく。サクラと一緒に、正座による説教コース行きだった。
「……なんというか、あいつも大変だな」
「……はは」
鴉を憐れむ和麻に、アリカは苦笑を浮かべた。
サクラと鴉がアルティナに説教されている間に、ナベリウスたちはドーナツやハンバーガーを食べてお腹を満たしていた。紅茶もすでに準備は整っており、柚たちはアリカの入れてくれたそれの香りを楽しむ。
思えば、柚はこのアムトーシスで迷子になってナベリウスたちと出会ったのだが――
「迷子になってみて、良かったですね……」
感慨深く、彼女はそんなことを言う。
と――その頭を、三月がハリセンで引っ叩き、スパコーンという小気味の良い音が響いた。
「って、違うの?」
「違うにきまってるじゃんか。第一、高一にもなって迷子なんて……少しは反省してよ」
三月は呆れ、ため息をつく。
「まあ、でも、今回、迷子になったのはコレでチャラだよ。ね、柚!」
彼は柚に笑いかけた。こうして、些細なミスには笑顔で接してくれるのは、彼の魅力の一つである。ハリセンで叩かれた後頭部をさすりながら、柚は「はい」と笑みを返した。
そうこうしているうちに、ナベリウスたちのお腹も膨れてきた頃合いである。彼女たちは用事があるからそろそろ別れることを、アリカたちに告げた。
「芸術も遊びも楽しむ事から始まるんです!」
「小さい頃に戻ったみたいで、楽しかったよ。また遊ぼうね」
柚と三月が、三人娘の頭を撫でる。くすぐったそうに笑って、ナベリウスたちはその場を後にしようとした。
しかし――その前に、アリカは一つだけ彼女たちに聞いておきたいことがあった。
「ナナちゃん、モモちゃん、サクラちゃん」
「「「なーにー?」」」
三人娘が首をかしげる。
「誰かと一緒に遊ぶのって、楽しかった?」
「「「うん」」」
屈託も迷いもなく、まっすぐな瞳で彼女たちは頷いた。しかし――
「それじゃ、その遊んでくれる人が居なくなったら寂しい?」
「…………」
次のアリカの言葉には、彼女たちも言葉を失くした。
「ボクは寂しいと思うよ。一人で遊ぶのは、つまらないからね」
アリカの目に、哀しみの色が浮かんでいた。
「戦いは……ううん、暴力は誰かを傷つけるよ。身体だけでなく、心もね。遊びでそんなことしてたら、みんなキミ達から離れていっちゃうよ」
離れていってしまう、という意味が、ナベリウスたちに伝わるだろうか?
「和麻さんも、サクラさんも、杜守さんたちも……キミ達と仲良くしようとしてくれている皆も……そしたら、最後には誰一人居なくなっちゃう。独りぼっちになっちゃうよ。……そうなるのは、何だか嫌なんだ」
それはとても悲しいことだ。
ナベリウスたちは、そのことを想像したのだろうか。彼女たちの瞳にも、哀しみの色が滲んでいる気がした。嫌だと、心が叫んでいる。
「だからお願い。誰かを傷つけるような遊びだけは、止めてほしいんだ」
「たまにだったら俺が遊び相手になってやる。その代わりに、遊びでは誰も傷つけないって約束できるか?」
アリカだけではなく、和麻もナベリウスに聞く。
ナベリウスたちはしばし黙り込んでいた。自分の心に問いかけるよう。これまでの思い出を振り返るよう。彼女たちの顔に、昏い陰が差す。
「……ナナたち、もう行かなくちゃ! バイバイ!」
「「バイバイ!」」
「あ、お、おいっ!? どこに行くんだ!?」
「「「内緒!」」」
ナベリウスたちは振り返りざまにそう告げると、突風のような勢いで和麻たちの前から姿を消した。空に見えたのは、尋常ではない跳躍力で飛び去ってゆく、三つの影だった。
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