リアクション
● 「お兄さん、分かったことが一つあるのです」 噴水広場にやってきて、なにやら身体全体を覆うマントを着こんでいるクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はそんなことを言った。 「ほう」 それに対して、パートナーのハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が返答した。一体何を分かったというのか……と、多少は興味ありげな瞳だが、どうせまたくだらないことだろうとも思っていた。 なにせザナドゥに来てから早々、留置所にぶち込まれた男である。ハンニバルが根回ししえくれたおかげでなんとか早めに出てくることが出来たが、懲りていないのは彼を知る者なら分かろうというものだった。 クドは満を持してというように語りだす。 「先日、このアムトーシスで共に語らい、そして友となった名も知らぬ悪魔の紳士さんとおっちゃん。彼らと言葉を交わして分かった事なのです! 変態は世界を越える! そう! 変態に世界も種族も関係ありません! 例え世界が違えど! 種族が違えど! 変態達は通じ合えるのです! ――ここでの出会いでお兄さんはそう確信しました」 グッと、クドは拳を握る。 こいつは一体何を言っているのだろう、といった視線がハンニバルから注がれた。いっそのこと行くべきは留置所ではなく病院ではないだろうか? 「ですから――」 バッ……と、クドはそれまで纏っていたマントを引っぺがした。 すると、その下に隠されていたのは花柄のパンツ一枚になったクドの肉体。他に隠すものは何もなく、彼はビシッとポーズを決めた。 魔族と人という異種混同の人々がごった返す中央広場に、悲鳴に響き渡った。 「変態というアート! このアートを世の人々に知らしめることこそが、お兄さんの役目なんです!」 鍛え抜かれて引き締まった肉体は、無駄なほどに完成度が高く、光術を利用した後光が背中から差して彼の肉体を引き出させる。 「おっちゃんと紳士さん、そしてこの光景を目にしている顔も知らぬ同志さん達、貴方たちにも届けましょう! これがお兄さんです! クド・ストレイフという――変態です!!」 どこかのお母さんらしき魔族は「これっ、見てはいけません!」と言って子供の目を隠し、若き女性は逆に顔を真っ赤にしながらも呆然とそれを見つめていた。見つめられることはある意味快感か、クドはなぜか恍惚の表情を浮かべている。 だが――そんな時間も長くは続かない。 「そこの男! 何をしているっ!」 数名の警備兵らしき魔族たちがやって来て、クドの身体を拘束した。 「あっ、な、何をするっ!? お兄さんはただアートを披露しようと……」 「そんなアートがあるかっ! いいから! ちょっとこっちに来い!」 「変態は、変態は不滅ああぁぁぁ!」 ズルズルと引きずられながら叫ぶクドの声が遠くなっていく。 ハンニバルはそんな彼を路地裏から眺めていた。 「うむ。…………ご愁傷さまなのだ」 手のひらを合わせて、ハンニバルは、チーン……と、音が聞こえてきそうな瞑想をした。 ● スウェル・アルト(すうぇる・あると)は虹を作ろうとしていた。 ただ、一人ではない。この街で出逢った魔族の少年とである。 少年の名はレド・ミッチェルといった。幼い頃に母親を亡くし、今は一人、この街で暮らしているらしい。生計は主に絵画を売ることで立てているが、そうでないときは現在修行中の彫刻家の家で、助手として働いているということだ。 「レド、それ、取って……」 脚立に座って巨大なキャンバスに絵を描いていたスウェルは、同じく隣で、もう一つの脚立に登っているレドに声をかけた。 うん、と頷いたレドは、脚立の角に引っかけてあった塗料の缶をスウェルに手渡す。 「はい、どうぞ」 頭の上から降りてきた塗料を受け取るとき、スウェルはレドの笑みを見た。 頭に小さな角を生やした彼の笑み。それを見ると、スウェルは絵画作りに彼を誘ったことが間違っていなかったと感じられた。 と――そんな彼女たちに被衣 紅藤(かつぎ・べにふじ)の声がかかる。 「お二人方とも、そろそろ休憩されてはいかがでしょうか?」 眼下に見える彼女は、気持ち程度に用意したテーブルに紅茶を並べていた。ハーブティーの心地よい香りが漂う。 スウェルはレドと顔を見合わせ、 「そう、だね」 と、呟いた。 二人とも作業を中止させ、しばしの休憩に入る。 テーブル席に腰をおろして、紅茶を飲む。専門の喫茶店にも負けないほどの香り高い紅茶を口にして、レドは目を見開いた。 「美味しい……」 「ありがとうございます」 賛辞に感謝を述べて、紅藤はお茶菓子も二人の前に用意した。 しばらく、紅茶を飲みながらの穏やかな時間が流れる。そもそもスウェルは口数が多いほうではない。時間は静かに、そしてゆっくりと流れていた。 そんなとき、ふと紅藤が言った。 「ところで……私はあなたに謝罪しなければなりません」 「え?」 レドのカップに二杯目の紅茶を入れながら、彼女は意を決したように語った。 「私は正直に申し上げて……ザナドゥが好きではありません」 「…………」 「しかし、それで私の身勝手な感情をあなたにぶつけてしまったことは、違うことだと分かっているつもりです」 気づけば、スウェルも彼女とレドの会話を見ていた。 「ですから、そのことだけは……謝罪を」 「い、いいですよ」 レドは慌てて手を振った。 「誰だって、抑えきれない感情ってのはあるものだと思います」 彼は紅茶を傾けた。口に広がったハーブの香りと温かさは、彼に母が亡くなったときの悲しみを思い出させた。 「だから……気にしないでください」 「……ありがとうございま」 「あー! 私を差し置いて、みんなでティータイムしてる! ひどいですよぉ!」 二人の会話を遮るように、大声が発せられたのはそのときだった。 振り向いた三人の視線の先にいたのは、塗料の買い物に行っていたスウェルのもう一人のパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)である。褐色肌の、一見すれば精悍な男前に見える彼は、子供のように涙目になって眉を歪めていた。 「せっかく人がお手伝いを頑張っていたと言うのに! ひどいですよ、スウェル!」 「……ごめん」 すっかり忘れていたといわんばかりに、淡々とスウェルは呟く。ぶーぶーと口を尖らせたアンドロマリウスは塗料を床に置いて、テーブルまでやって来た。 「私もティータイムしたいです! 紅さん! 私の紅茶は!」 「……カップはあるので勝手に飲めば良いでございましょう」 「愛が! 私への愛がないと思います!」 大げさに嘆くアンドロマリウスがティータイムを始める頃には、すでにレドとスウェルは十分休憩を取り終えていた。 言い争う(というよりは一方的なものだが)二人はさしおいて、彼女たちは再び作品作りへと戻った。脚立に登って、アンドロマリウスが買ってきた塗料を使ってキャンバスに筆を走らせてゆく。 夏の空のように鮮やかな青い色。ザナドゥの空はずっと暗澹とした薄闇であるため、その色にはレドは驚いていた。地上の虹を描くとは聞いていたが、地上の空の色はこんなにも青いのか、と。 そんな青色の上には虹を描く七色の塗料。その中に、スウェルは絆のアミュレットを細かく砕いて粒状にしたものを混ぜた。きっと虹の鮮やかさを表現するためだろうが、それとともに、二人を見ていた紅藤は、何か別の意思を感じ取れるような気がした。 (絆の、アミュレット……) キラキラと光るアミュレットの砂が、虹の絵に浮かぶ。 地上の虹。 そう名付けられた絵画を前にして、レドは改めてその美しさに見とれていた。 「虹だ……」 「そう。……虹」 レドとスウェルは呟いた。 空の色は違うけれど。 虹は二つの世界に架かっている。 スウェルとレドの筆がともにキャンバスの絵を作るように、虹の架け橋が繋がれば良い。 そんなことを思って、 「紅さん、私はお茶菓子も所望しています!」 紅藤は、文句を垂れるアンドロマリウスにうんざりしながら、お茶菓子を放り投げてやった。 「ひどいっ!」 ● |
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