リアクション
● 「ペトは花妖精なので、草の根活動を展開中なのですよ〜」 「……と、いうことだな」 なにが、と、いうことなのかは分からないが、少なくともアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)がパートナーのペト・ペト(ぺと・ぺと)やクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)と一緒に、様々な場所で歌を披露しているということは確かなようだった。 ペトはえっへんと胸を張って、頑張っているのですアピールをしている。 シャムスは思わず、その小動物のような可愛さに彼女を抱きしめたくなる衝動に駆られたが、なんとか自制することに成功した。 「それで……今回はこの公園広場ということか?」 「そういうことだ。アムトーシスには公園が多くて助かる。酒場が開けば、そっちにも顔を出すつもりだが……」 「今は昼間だからねー」 アムドゥスキアスが言う。 「俺としては昼間に呑むのも構わないんだがな」 平然と言ってのけるアキュートに、街の責任者である芸術の魔神は苦笑した。 「それは勘弁してね? なにか問題が起きたら、ボクの責任なんだから」 「……うむ」 アキュートはどこか残念そうに唸った。 その間にも、すでにペトが歌を披露するための準備を進めている。 これまでの色々な場所を回って来たのだろう。すでにアイドルの追っかけ的な(あるいは孫を見守るじいさんばあさんのような)魔族たちが、ペトの歌を聴くために集まって来ていた。公園にいた他の魔族たちも、それに何事かと興味を抱いて近づいてくる。 「草の根活動とやらは実になっているようだな」 「ありがたいことにな」 シャムスに言われて、アキュートは満足そうにうなずいた。 とはいえ、好意的に受け取られている分には問題ないが、あくまでも彼らは地上の人間である。何かあっては困るため、アキュートは常にペトから目を離さず、眼光を鋭く光らせていた。 ペトは自分のステージを用意する。 ステージと言っても、いわゆる酒瓶を入れるための箱に乗るだけなのだが、移動しながら歌を披露している彼女にとっては、むしろそちらのほうが好都合だった。もちろん、大きなステージでも歌ってみたいとは思っている。今は小さなことからコツコツと……だが、いずれは大舞台で、だ。 アキュートは遠目から彼女を見守っているが、逆に彼女の傍で演出も担当しているのはクリビアだった。 ふと、彼女はペトが緊張しているのに気づいた。 「ペトは……」 ペトの口から、呟きが漏れた。 「ペトは今まで自分の思ったことを、そのまま歌ってきただけなのです。歌で何かを伝えるなんてペトに出来るですか?」 「…………」 これまで一般の魔族たち相手だけに歌ってきたが、今回はアムドゥスキアスがいる。のんびり屋なペトでも、それなりに不安にはなるのだろう。クリビアはしゃがみ込んで、彼女の目を見つめた。 「私には、ペトちゃんの楽しい気持ち、嬉しい気持ちはいつも伝わってますよ。だからきっと、皆にも伝わるはずです。大丈夫……自信を持って下さい」 少しは落ち着きを取り戻しただろうか。 ペトは、彼女と頷き合った。 そして、ペトがすっと息を吸い込んで――歌が紡がれた。 街の真ん中 蒼の塔 ゴンドラ浮かぶ 虹の川 おじいさんの自慢 鷲の橋 キラキラ一杯 路地の店 旅人 巻き込み 盛り上がる 笑いで 溢れる 街中が 美しい街を 街の人々を 私たちは 好きになれた 同じものを 好きになれるなら 分りあえる 仲良く出来る きっと きっと 上手いか? と言われると、そうではないだろう。 しかしなぜか、彼女の歌には心に滲んで染み込んでくる温かさがあった。 シャムスの傍らで、アキュートが言った。 「ペトはこの芸術大会で勝てないかもしれないが…………あいつの妙な歌は、心に伝わるものがある。アムドゥスキアスやお前にも、何か伝わるんじゃないかと俺は思っている」 「…………」 シャムスは黙ったまま、ペトの歌に耳を傾けた。 「なあ、アムドゥスキアス」 「なに?」 「キャンバスに描いた花は、その余白によって輝きを得る。お前は……仲間に囲まれて笑っている、エンヘドゥを見たことがあるか?」 「…………」 アキュートも返事を期待してるわけではない。 ただ、言っておきたかっただけだ。そんなときもある。これもまた、もしかしたらペトの歌が染み込んだ力なのかもしれない。 ペトの歌の途中で、クリビアは演出を作る。氷術による氷の結晶を宙に降らし、光術の光でそれを虹色に輝かせた。光が降ってくる不思議な空間。その空間の中で、魔族たちはペトの歌に聴き惚れていた。 やがて歌が終わりを迎える。 拍手喝采。ペトは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして照れており、クリビアはそれを微笑ましそうに笑って見ていた。 実に和やかな空気――だったのだが。 「うひゃー、なんだか楽しそうなことやってるじゃんよー! 俺様も混ぜてくれよー!」 それをぶち壊しにしたのはスキンヘッドの騒がしい男だった。 「あれ……?」 その男――常闇の 外套(とこやみの・がいとう)に見覚えがあったのか、アムドゥスキアスが小首をかしげる。確か、先日夜中に忍び込んできた賊の一人にかなり似ているような……? 「おいおいおいおい、やべーよ! なんだよこの嬉し恥ずかし楽しのステージはよ! やばいってコレ! 俺様歌っちゃうぜ? 幸せの歌歌っちゃうぜ?」 「一緒に歌うですかー?」 観客は明らかにげんなりとした顔になっているが、ペトはにこにことして外套に声をかけた。 「おお、あんたもディーヴァ? こりゃやっべーな。歌姫二人とかもう、優勝確実じゃんよ。俺様の名声、ザナドゥにまで轟いちゃうぜ」 「ペトは歌姫じゃなくて吟遊詩人なのですよー」 「そんなこたぁどーだっていーっての! 歌っちゃおうぜ」 「はいです」 一緒に歌えばなお楽しい、とばかりに、ペトは外套と小さなステージで歌を披露した。まあ、なんというか、正直言って外套の歌声とペトの歌はミスマッチだったが――それはそれで、思わず観客も笑ってしまったのだから、ある意味、良かったと言えるだろう。 外套たちの騒がしさは酒場の盛り上がりを彷彿とさせ、いつしか観客も一緒になって好き勝手に歌っていた。 (どっかで見たような気がするんだけど…………まあ、いっか) 記憶に引っかかりは覚えるが、気にしても始まるまい。 アムドゥスキアスは気にしないことにして、アキュートたちと一緒に公園の騒がしさに身を投じた。 ――で、ある。 「……遅い」 薄暗い牢屋に残されていた外套の契約者、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)は一人、床にあぐらをかいていた。 「やっぱり、あいつに任せたのは間違いだったか」 外套には、アムドゥスキアスへの交渉を任せていた。彼に加担する代わりに、ここから釈放してもらうことと、何らかの新たな力をもらうこと。特に失った左腕の代用品のようなものがあれば好都合だったのだが……。 (まあ、もとより期待はしてないがな) それよりも、外套のことだ。 きっと彼は完全に交渉の忘れているに違いない。なにしろ、奴はこれまで彼が生きてきた人生の中でも類を見ない、選りすぐりの阿呆。言うなれば究極の阿呆である。 芸術大会なんてものを聞いた日には、全思考回路がそちらに傾くことは想像に難くなかった。 (……仕方ないか) ロイはばたんと仰向けに倒れて、天井を見上げた。 いつになったら出られるか。そんなことを考えつつ、彼は静かに眠りに落ちていった。 ● |
||