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第3章  留守を護る者


 こちら、葦原明倫館内事件対策本部。
 お留守番兼情報編集部隊の面々が、大きなちゃぶ台に向かっている。

「私達の国の捜査機関とかでは、誘拐から48時間が経過すると人質の生存確率が急落すると言われているわよね。
 でも相手が本当に神様なら、希望はあると思う」

 みなにコーヒーを淹れ、自身も着席。
 アップルパイやクッキーを差し入れたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)も、コーヒーを口にふくむ。

「ハイナ、同じアメリカ人として貴方は私の希望なの。
 貴方は私にとってのプレジデントよ。
 私は、プレジデントのよき友であり補佐官でありたいと思っている。
 だから、今度の事件も、貴方を支えてみせるわ」
「うむ、かたじけないのう。
 ローザマリアの心、しかと受けとったでありんす」
「ただね、私達アメリカ人みたいな一神教の人間にとっては、神と呼ばれるものが割拠するこの浮遊大陸は不思議で満ちているわ。
 私も最初は驚いてしまったのだけれど。
 ハイナ、あなたほどに私は順応性高くないから、いまでも少し戸惑うことがあるのよ」

 顔を見合わせ、互いににっこり笑んだ。

「ローザマリア、神社へ行っている方から連絡が入りました」
「あら、ありがとう。
 ハイナ、すぐにまとめるわね」
「よろしく頼む」

 上杉 菊(うえすぎ・きく)からの報せに、ローザマリアがタブレット端末を起動させる。
 読みやすいようにまとめてハイナへ情報をまわすのも、自身の任務ととりくんでいた。

「お、こちらにも愚弟からの情報がきたか」

 武神 雅(たけがみ・みやび)が、【精神感応】で受けとったメッセージ。
 すぐに『テクノコンピューター』へと打ち込み、情報をとりまとめる。

「ローザマリア、ネットワークの接続は完了したよ」
「ありがとう、雅。
 これですべての情報を共有できるわ」
「行方不明者の捜査で脅迫状などがない場合は、情報の密度が高いほど手がかりを得やすいからな」

 ハイナのため、そして捜査に携わるすべて仲間のため。
 ともに収集する情報をまとめ、協力してひとつの報告書をあげる。

「各情報項目ごとに、レポートをまとめておいた。
 少しは役に立つだろうか」

 すでに雅は、 一次資料と現地からの情報を1つに合わせ終わっていた。
 とりこんだお宮さんの周辺地図に、行方不明者の家の印も入っている。
 名を選択すれば、宮司から得た目撃情報や、それをもとにわりだされた予想消失地点も表示される代物。
 より多くの仲間が自由に情報を見られるよう、更新ごとに『銃型HC』へ転送していた。

「クレアさんは、お宮さんへは行かれなかったのですわね」
「……さすがに、神社は専門外で……いえ。
 これは信仰の問題ではなく、知識的にどうかということではね。
 まあ、なにが起こるか分からない場所に異教徒である私が不用意に踏み込むのは危険だと和輝さんが判断したからでして……」

 房姫に声をかけられ、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)がうなずき応える。
 心配してくれたパートナーへ、改めて感謝の気持ちを覚えた。

「ただ、和輝さん達であっても巻き込まれないとは限りません。
 緊急時には更なる対処ができるように、私も後方を固めておきますので……」
「心強うございます。
 お願いしますね」

 クレアの決意を嬉しく思い、房姫も微笑み返す。

「これ、童歌に関係があるのかも……」
「なんじゃ、ワラベウタ?」

 ふと想い出したように、瀬名 千鶴(せな・ちづる)がつぶやいた。
 単語の意味を得られず、訊き返したのはハイナである。

「童歌とは、子ども達がうたう遊び歌のことよ。
 ずっと昔から歌い継がれているものも多いから、もしかしてと思ったの」
「なるほど……」
「この私達が生きていた頃はね、7つまで生きるのすら難しいとされていた時代だったの。
 私の夫の元君――かの徳川家康が7歳で駿河へ来たときも、叔父様である今川義元はことのほか喜んでいたわ。
 当時はね、そういう時代だったの」
「それは……壮絶な時代であったのじゃな」
「だから神様に『7歳まで子どもが生きられますように』と願をかけるのは、珍しいことでもなんでもなかったわ。
 そして願をかけるということは、神様の庇護を受けるということ……つまり……」
「つまり?」
「7歳までの子どもは神様のもの、という側面もあるとされているのよ」
「ふむ……して、その童歌とはいかなものか?」

 昔話とともに、当時を振り返る千鶴。
 懐かしむ表情のまま、歌をうたう。

『とおりゃんせとおりゃんせ
 ここはどこの細道じゃ
 天神様の細道じゃ
 ちっととおしてくだしゃんせ
 ご用のないものとおしゃせぬ
 この子の七つのお祝いに
 お札を納めに参ります
 行きはよいよい帰りはこわい
 こわいながらも
 とおりゃんせとおりゃんせ』
『とおりゃんせとおりゃんせ
 ここは冥府の細道じゃ
 鬼神様の細道じゃ
 ちっととおしてくだしゃんせ
 贄のない者とおしゃせぬ』

 クレアに続けて、菊もメロディを奏でた。

「この童歌どおりだとすれば、件の地祇が子どもたちをさらっているということになるわ。
 だけれど、この伝承を知っていてそれを逆手にとった誘拐犯という可能性も捨てきれないのよね」
「わたくしがうたったのは、2番の歌詞です。
 地祇ではなく、マホロバ地方から流れてきたマホロバの方が鬼化して子どもを……推論でしかないですね。
 いけにえとされれば子ども達は生きておりませぬが……希望は、まだあるはずです」
「そうじゃの……なんにせ、無事でおることを祈るばかりじゃ」
「ま、現地調査に赴いているテレサちゃんからの連絡を待つとしましょうか」

 所詮は推測だが、真相が分からぬいまなればこそ。
 さらなる現場からの情報を、コーヒーとお菓子をいただきながら待つのである。