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招かれざる客、解き放たれたモンスター

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招かれざる客、解き放たれたモンスター
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リアクション


犯人を求めて

「覚悟していましたが、機晶ロボは案外出てきませんね」
「みんなが頑張ってくれたんじゃないかな。私は戦闘に自信がないから助かったよ」
 ナナユキ・シブレー(ななゆき・しぶれー)はうさ耳をぴょこぴょこと動かしながら、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)の隣をスキップしながら歩いていた。
「楽しいんですか?」
「ううん。なんていうかね、落ち着かないんだ」
「超感覚も大変ですね。普段聞こえない音まで拾うんですから、神経が磨り減りそうです。これからは慎重にならなければ」
「気にしないで。私に出来ることは私に任せて。それがパートナーってやつだもんね」
「はは、頼りになります」
 淳二とナナユキは並び立っている。
 雑談は程ほどに、ナナユキは犯人らしき者の足音を聞くために再び超感覚を発動する。
 淳二はナナユキの集中力を削がぬよう、生唾を飲むのさえ堪え、身じろぎひとつとることなく直立不動を保っていた。
「本当に犯人は幽霊さんなのかな」
 不意にナナユキは口を開いた。
 その言葉に返答していいものか淳二は悩んだものの、ナナユキの乞うような瞳に見つめられ、
「それ以外に考えられないですからね」
 そう返事をした。
「だけど、どうして」
「さあ……。それはダリルさんたちが解決してくれますよ。今俺たちに出来るのはその幽霊を捕らえること。それしかありません」
「そうだね。うん、頑張る」
 管理センターでダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は監視カメラの映し出す映像に釘付けになっていた。
 従業員に聴取を行ったところ、日ごろのルーティンワークから外れた行動は一切取られていなかったことが判明した。
 加えてミノタウロスの拘束チェックもしっかりと担当飼育員により目視確認されており、鎮静剤の投薬も通常通り行われていた。
 つまり人的ミスである可能性は極めて低いということである。
 ところが監視カメラの映像をひっくり返して検分したところ、たったひとつ、普段と異なるモノが写りこんでいた。
 白いワンピースを着た色白の少女だ。突然現れたかと思えば、ふと姿を消す。神出鬼没な彼女は、ラビュリントス内のあちらこちらのカメラに撮影されていた。
「明らかに異端な彼女が犯人の確率が高い」
 そのとき監視モニタのひとつに白い揺らぎが映った。
「来たぞ!」
 現在最も幽霊の傍に位置しているのは淳二とナナユキの2人だった。
 ダリルは指示を送る。
「すぐ近くの監視カメラに幽霊が映った! すぐ現場へ急行してくれ!」
「了解です。すぐに向かいます」
 淳二は勢いよく返事をする。
「淳二、何か風に揺らめいているような音がするわ! ここから西へ向かって! 右手にある2つ目の扉を開けたところが音の発生源よ!」
「分かりました! おまえは安全な場所へ逃げてください!」
「え、ええ。あなたも、どうか無事で」
 駆け出した淳二の背中を監視モニタから眺めながら、ダリルは頭に組んだ手を置いた。
(しかし理由が気になるな。……いや、それはルカに一任しているから気にするべきではないか。今は幽霊の居場所を突き止めることだ)
「ダメでした、いません」
「そうか。すまないな、無駄足を踏ませて」
「いえ、お気遣いなく」
 どうやら淳二が急行したものの、幽霊の姿はすでになかったようだ。
「逃げられたのね」
 ダリルの背後にニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)が立つ。
「それよりここのコンピュータの損害が酷すぎるわ。ミノタウロスなんて迂闊に野放しにするべきじゃないわね。コンピュータに強い衝撃を与えてはならない、ってことを教えてあげたいわ。昔のテレビと違うのよ?」
「彼らは紀元前500年からの生き残りと言っても過言じゃない。コンピュータどころかテレビも知らないだろ」
「まあね。それよりこの被害額よ。ほぼ全損だから高くつくわ」
「俺に言われてもな。そういう話はここの経営者としてくれ」
 ニケは肩をすくめてダリルの元を去った。もちろん行き先は「館長室」と恭しくプレートがかかっている部屋だ。
「失礼します」
 ノックもせず入室の許可が返ってくるのも待たず、ニケは遠慮なく館長に詰め寄った。
「な、なにかね」
「とてもいい話があるんだけど……。今回壊れたコンピュータの修理、交換を私に任せてもらえないかしら。幸い従者に施工管理技士がいるし蒸気傾奇者たちのマンパワーを使うことも出来るわ。他のどんな業者よりも手早く安価にコンピュータを復帰させられると思うんだけど」
 ニケは目を細めながら呆気に取られている館長を眺めた。
「それで、答えは?」
「ま、待ちたまえ」
 館長はハンカチで額の汗を拭うと思案し始めた。
 正式な業者に依頼すれば確実だが時間はかかる。一方ニケに頼めば確実性は望めるか分からないが、あわよくば今日中にオープンできる。
 天秤の皿の上に2つの条件を乗せて比べている様子が非常によく分かる。
「君に頼もう……」
「毎度あり。しめてこの額しっかりいただきます」
「お……」
 ニケが請求書を館長に差し出した。
 設備一帯が破壊されたのである。
 途方も無い金額が書かれていた。

 天禰 薫(あまね・かおる)は狭い通路でうずくまっていた。
 薫の肩に熊楠 孝明(くまぐす・よしあき)は手をかけ落ち着かせようとしている。
「我、怖いかもしれないのだ」
 今にも消え入りそうな声で薫は呟いた。
「怖い?」
 孝明は首をかしげた。彼女が何に恐怖を抱いているのか見当がつかなかったからだ。
 薫と孝明はモンスターハウスという何が出てきてもおかしくない状況下にいるものの、スイッチを入れない限りトラップは発動しない。機晶ロボもほぼ殲滅状態だと報告を受けている。薫が無闇に怖がる理由は無いと思っていた。
「ここは『現実と少女の悪夢が交錯する呪いの迷宮』。作り物の世界だけど、我にはその少女の気持ちが分かるの……」
 顔を俯かせ、目がうつろになっていく薫。
「だ、だめ……ミノタウロスを……倒さなくちゃ、だ、も……。でも、胸が……。胸がいたい……」
「薫?」
 薫の体が小刻みに震えだした。装備している狐のお面かたかたと乾いた音を立てる。
「やだ!」
 途端、薫が空気を切り裂くような悲鳴を挙げた。
「やだ!! 取らないで!! 我の居場所取られたら……我はどこへ行けばいい……!!」
 力ずくで全て抜き去ってしまうのではないかというほどに強い力で髪の毛を引っ張る薫。
「いやだ……こわい、助けてたすけてたすけてたすけてたすけ……!」
「冷静になれ」
 たった一言だった。
 混乱していく薫に孝明が芯のある声で諭したのだ。
「孝明さん……」
 あれほど取り乱していた薫が、すっかり正気を取り返していた。
「ここが作り物だと判りきっているなら、立ち止まるな。冷静になれ、集中するんだ」
「…………」
「さあ」
「頑張る」
 孝明の差し出した手に薫は応える。その目には生気が強く宿っていた、ように思えたのだが、
「痛っ」
「どうした?」
「な、なんでもないの」
 薫は胸の辺りに手を伸ばした。
「頑張る」
 その姿は虚勢を張っているようにも思えた。
「さあ、ミノタウロスを捕獲しに行くぞ」
「うん」
 ミノタウロスの居場所は生徒たちの目撃情報や監視カメラの映像を統合した結果明らかになっている。
 可及的速やかにミノタウロスを捕らえるべく向かう薫と孝明。
「今だ!」
「いっけぇぇ!」
 動きを奪おうと発した凍てつく炎だった。
 バリバリと足元が凍りつく。
 しかし、ミノタウロスは怪力で氷を振り払うと、一目散に2人の元へ駆け出した。
「まずい、逃げるぞ!」
「う、うん! 痛っ!」
 薫はまた胸に手を当てた。
 今回の事件で、薫にどんな傷跡が刻まれてしまったのかは、薫本人にしか分かりそうになかった。

「こちら月島 悠(つきしま・ゆう)です。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)、首尾はいかがですか」
『こちらは変化なし。情報が入ればすぐに向かう準備は出来てるよ』
「了解しました」
『翼は相変わらずなの?』
「はい。下手に動けないのでとりあえず護衛しつつ明るいところへ引き返せれば、と思っています」
『悠も大変だね。それじゃ、頑張ってね』
「はい、そちらも」
 無線でのルカルカとの連絡を終えた悠は、すぐ脇で目に泪を湛えている麻上 翼(まがみ・つばさ)の手を握る。
「大丈夫ですか?」
 同行している浅間 那未(あさま・なみ)も心配そうに翼の顔を覗きこむ。
「あうあうあう……」
「ダメですね。完全に一人の世界に入っています」
「やっぱり無理して連れ来ない方がよかったですかね」
「でも本人の意思ですから。止める手立てはありませんよ」
「そうですね……」
 悠と那未は両脇から翼を挟んでそれなりの大きさの窪みに身を隠していた。怖がる翼の手をとり、怖がらないでと声をかけながら。
 何故か。
 応えは明白だ。
「機晶ロボが現れましたね」
 悠がすっくと立ち上がる。
「加勢します」
 那未がそれに呼応する。
 つまり、この時点で翼の手を握っているものは誰もいなくなり、まったくの自由になってしまうのだ。
 すると、翼はガトリング砲を迷うことなく発動させる。
「うわあああああ」
 強力な攻撃が猫又型の機晶ロボをまっすぐ射抜いた。
「こわいいいいい!」
 このとき、悠と那未は同じことを思っただろう。
 錯乱しているわりには正確な攻撃。
 しかし最大出力の容赦ない攻撃。
 翼を怖がらせてはいけない。
 あれほどの威力だ。周りを巻き込みかねない。
「翼、怖くはないですか?」
「こわいいいい」
「はい、翼様、飴でも舐めて落ち着いてください」
「いらないいいいい」
 那未は少し寂しそうな顔をしたが、翼は相変わらずだ。
「もう、事件が解決するまでここでやり過ごそう」
「そうですね。下手に動かないほうがいいと思います」
 ぶるぶると体を震わせている翼を窪みの置くに押し込みながら、静観を決め込んだ悠と那未であった。

 時を同じくして、ルカルカは一人でラビュリントスを徘徊していた。
「幽霊さんと会ったら、そうだなぁ……。管理センターに連れて行きたいよね。それで館長さんが幽霊さんをスカウトするんだ。本物の幽霊と本物の怪物がいるモンスターハウスなんて繁盛間違いないよね!」
 ルカルカは実に爛漫だった。
 どんな幽霊とも仲良くなれる自信があった。
 それに伴う実力もあるのだが。
『ルカ、聞こえるか。今ルカと同じ空間にターゲットが現れた。ルカの背後にいるはずだ。慎重に頼むぞ』
 ダリルからの通信は突然だった。
 そして驚愕だった。
 あれだけ探し回っても尻尾さえ掴めなかったというのに、あちらから接触してきたようにさえ思える。
「あなたが、噂の幽霊さん?」
『…………』
 白い少女は何も答えない。ルカルカは幽霊とのコミュニケーションを円滑にすべく友情と慈悲のフラワシを出した。
「本当にあなたが犯人なの?」
 いきなり核心を突くルカルカ。
『…………』
 しかしやはり返事はない。
「ねえ、ルカたち仲良くなれると思うんだ。見たところ、あなたは一人ぼっちなんでしょ? ルカと一緒だったら遊びに行ったり色々楽しいことができるよ! あ、そうだ。ルカはね、このラビュリントスで本物の幽霊として来場者を怖がらせるなんて、天職だと思うんだけどな」
『あなたは……』
「なに?」
 少女の幽霊が言葉を口にした。ルカルカはそれを聞き漏らさないように、再び口を閉ざしてしまわぬように、慎重に返事をした。
『好きな人……いる……?』
「好きな人? うん、いるよ……。真一郎さんっていうんだけどね……」
 すると幽霊は、
『もうお前に用はない』
 とだけ言い残し姿が失せてしまった。
「ほえ、どういうこと?」
 ルカルカの頭にクエスチョンマークが踊る。
 ただ直感的に考えて、
「ルカが何か悪いこと言っちゃったのかな」
 そういう答えにたどり着くしかできなかった。