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リアクション
第四章 雅羅にツッコめ!
「今、楽にしたげるからね、雅羅」
「理沙……」
下半身がスパッツのみの雅羅・サンダース三世の前に、白波 理沙(しらなみ・りさ)が立つ。
雅羅の期待を込めた視線を受けながら、理沙は振り上げた手に力を込める。
ツッコミの早さと的確さには自身アリ。
「あらあら、この時期にコートを忘れるなんて、雅羅ったらうっかりさん……って、そもそもスカ」
「待ちな」
がしっ。
「え?」
「あ……」
光の速さで雅羅をツッコもうとした理沙の手が後ろから掴まれた。
ツッコミ待ちの雅羅から、切なげな声が漏れる。
理沙の手を止めたのは瓜生 コウ(うりゅう・こう)。
後方には、蠱惑的な笑みを浮かべたベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)が立っている。
「何するのよ! 早く雅羅を助けてあげないと」
「そんなにガッついてはいけません」
文句を言う理沙に、ベイバロンが怪しげに諭す。
「いきなりツッコんでイか……もとい昇天させてしまっては憑依された側に悪影響があるかもしれません。それになにより風情というものがございません」
「どういうこと?」
「こういう場合ゆっくりたっぷりいぢりたおして、向こうからツッコんでくれ、と哀願するくらいまで焦らしてから、そして緩急をつけて一転矢継ぎ早に、力強くまっすぐなツッコミで攻め立てるのが作法でございます」
「作法って……雅羅はツッコみを待ってるのよ」
「ツッコむのはいつでも可能でございます。まずは、わたくし共にお任せいただけないでしょうか?」
理沙とベイバロンが押し問答をしている間に、雅羅に近づく影ひとつ。
(くくく……この状況を利用して、雅羅と付き合うきっかけを作るぜ!)
匍匐前進で近づいたのは、ソル・レオンフィールド(そる・れおんふぃーるど)。
つい最近まで別の少女の事を考えていたが、雅羅を目の前にして浮気心が発動したらしい。
見上げた雅羅の姿(主に胸)に、ついつい悪戯心も浮かび上がる。
木刀を構え、狙いを雅羅のスパッツに定める。
「あ、こら!」
「だめ!」
「お嬢さん、コートより下半身が……」
コウと理沙の声を余所に、ソルがツッコもうとしたその時。
「変質者かおのれはーー!!!」
すぱこーん。
ソルのパートナー、リータ・バーニング(りーた・ばーにんぐ)のハリセンが、雅羅ではなくソルを直撃した。
「ぐ……おぉ……」
ボケならぬ身のソル。
ハリセンから与えられた衝撃で、地面に転がる。
雅羅にツッコミを入れようとしたソルを見て、何故か面白くない気持ちになったのでついつい身体が動いてしまったリータ。
とりあえず、ソルの首根っこを掴むと雅羅たちに謝罪する。
「悪かったな。うちのソルが迷惑かけて」
「あぅん……」
ツッコみを寸止めされ、切なそうな雅羅。
それを尻目に、ずるずるとソルを引っ張って去って行くリータ。
「うん、なかなかいい映像が撮れたようだな」
今までの騒動をずっとカメラを構えて録画しているのは、白星 切札(しらほし・きりふだ)。
「後で正気に戻った時の為に、きっちり記録しておかなくては。友人として」
ソルに向けていたカメラを再び雅羅に戻す。
雅羅を挟むようにして前後にコウとベイバロンが立ち、雅羅を煽るように話しかけている。
「さあ、邪魔が入ったが、これから二人でたっぷりイジらせて貰うぜ」
「前から後ろから、二人がかりでたっぷりと、ですわ」
コウとベイバロンが舌舐めずりをする。
「あ……」
雅羅の瞳が、期待と不安で揺れる。
「あらあら、ブルマじゃないんですのね」
「あっ」
「こんなに寒いのに、手袋もお忘れですわ」
「んんっ」
ベイバロンの小さなツッコミがじわじわを雅羅を責めあげる。
しかし、昇天には至らない。
何故ならベイバロンはわざとツッコミの肝所を外しているのだから。
「ああ、寒いから震えているのかと思ったら大きなお胸が揺れていたのでしたわ」
「……やっ」
「貴女にはコートがなくてもバストがありますわ」
「ああっ」
ベイバロンのツッコミが、胸いじりへと変わる。
雅羅は瞳に涙を滲ませ、大きな胸を抱きしめるように腕を組み、小さく体を捩らせる。
コウが雅羅の真正面に立つ。
「なあ、寒くないのか?」
「はン……っ」
「コートどころか上着も着てないじゃないか!」
「ん……あアっ」
コウによる正面からの太く硬くまっすぐなツッコミ。
雅羅の息がより荒くなる。
(あ……雅羅が、私の目の前であんなにイジられて……)
友人のあられもない姿をじりじりと見守る理沙。
黙ってカメラを回す切札。
「さあ、そろそろ深く突き刺さるとどめの一撃といこうか……ん?」
最後の瞬間のために、コウが大きく手を振り上げたその時。
べーむべーむべーむ☆
どこからか、警告音が響き渡った。
「な、何だ?」
ふしゅーっ……!
焦るコウとベイバロンの後方から、気を吐く音。
振り返ると、削岩機を持ち目を光らせたコンクリート モモ(こんくりーと・もも)。
「ギルティさん! あやつ等のツッコミはセーフ? アウト?」
モモが問う。
視線の先には、ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)。
頭に警告音を発しくるくる回るパトランプを頭上に装備したギルティに、その場にいる全員の視線が集まった。
ギルティ オア ノットギルティ?
「ギルティ!」
きしゃあぁ、とモモに向かって首を掻き切るジェスチャーをするギルティ。
「あいつ等のツッコミ、下品デース! モモに断罪を命じマース!」
「ど、どういうことだ?」
「あれほどガイドで『下品ではありません』って言ってるでしょ! ルール違反!」
「私たちはただ、純粋にじっくりイジり倒してほぐしてから太く力強いツッコみを……」
「はい、ア・ウ・トー!!」
「マスターが許しても、ミーが許さないデース!」
「私の脅威のツッコミ、くらいなさい」
モモが削岩機を構える。
「隣の家に、囲いが出来たんだってね……」
ガガガ…… 削岩機が起動する。
「ブロック塀!!」
ズゴォオン!
「ひぃ!?」
コウの足元に削岩機が突っ込まれる。
「このデパートには、悪の十字架があるらしい……」
ズガガガガ……
「あくの十時か?」
ドゴォオン!
「あぁん!」
ベイバロンの胸元を、削岩機が掠る。
「あそこのおもちゃ屋には、悪魔の人形が売ってるらしいよ」
ドゴゴゴゴ……
「あ、クマの人形!」
ドガァアン!
「うおぉ!?」
「やぁん!」
コウとベイバロンの足元すれすれに、削岩機が突き刺さる!
「モモ……ミー思うんだけど」
興奮状態で削岩機を振り回すモモに、ギルティがふいに冷静な声をかける。
「それツッコミじゃなくて、小噺」
ガァァアン!
「あ……ふぅうんんんっ!」
盛大に昇天するモモ。
「あ……あたし自身が怨霊に乗り移られてたなんて……」
昇天の余韻と衝撃で削岩機を取り落し、茫然と立ち尽くす。
「ま、ケーキでも食べて帰ろ」
ぽむぽむとモモの肩を叩くギルティ。
「アイスがいいなー」
さっぱりとした様子でギルティと連れだって歩き出すモモ。
「な、なんだったんだ……」
破壊され尽くした周辺の様子を見回しながら、コウが呟いた。
「さ、気を取り直してもう一度イジりから……」
「待って!」
コウを止めたのは、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)と想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)。
「ワタシ達に考えがあるの」
「何だ。あんた達雅羅を上手く昇天させられるのか?」
訝しげに聞くコウに、瑠兎子がツインテールを揺らして答える。
「彼女に……雅羅ちゃんだけじゃなくて、怨霊だった子に、『初体験』させてあげたいと思ったの。漫才を」
「芸人志望の少女だったんだろ。オレたちじゃ拙いかもしれないけど……一生懸命、リードするから」
「お手並み拝見といこうではありませんか」
ベイバロンの声に、コウも頷くと一歩下がる。
夢悠は静かに息を飲むと、今気が付いたというように雅羅に近づく。
「雅羅さん、こんにちは!」
「雅羅ちゃーん、やほー!」
「んっ……あぁ、こんにちは」
ごく普通の挨拶にも、今まで散々いじられた身体が反応しつつ、それでもなんとか返事をする雅羅。
「どうしたの雅羅ちゃん、なんだか寒そうだけど」
「ええ。私ったら、コート着てくるのを忘れちゃって」
「え? いや雅羅ちゃん、スカー……」
「何言ってるの雅羅ちゃん。下なんか着忘れてるどころか着替え忘れてるよ」
「んっ……」
「そ、そうそう」
「ワタシの見立てでは、夏ごろから」
「それ忘れすぎ!」
「あ……」
夢悠のツッコミが自分ではなく瑠兎子に向けられ、切なそうな表情で夢悠を見る雅羅。
その表情に思わず引き込まれそうになりつつも、夢悠は自分の役割を全うしようとする。
「スパッツ大変な事になっちゃうよ」
「むしろ熟成して風味が出ちゃうみたいなー?」
「ワインかよ! それ風味じゃなくて異臭だろ!」
「むしろチーズ的な?」
「発酵かよ! 微生物には荷が重いよ!」
「食べられるー的な?」
「スパッツ! 乳製品じゃなくて!」
「雅羅ちゃんのなら、おっけー的な(ぽっ)?」
「笑顔で恥じらうな! それただの変態!」
「か・ら・のー?」
「ないよ! 変態しかないよ! ねえ雅羅さん!」
振られて、慌てて反応しようとする雅羅。
「え、ええ。夏からなんかじゃないわよ。春からなんだから」
「そこから!?」
「あ……はぅっ」
繰り出した小ボケをツッコまれ、雅羅が嬉しそうに小さく震える。
「いまだ!」
夢悠が構える。
(雅羅を救うなら、今しかない!)
ずっと友人の姿を見守ってきた理沙も、動いた。
(そろそろ、キメてやらなきゃな)
コウも一歩前に出る。
「スカートはき忘れてるがなー!」
「恥ずかしいだろうその格好!?」
「うっかりすぎだよ!」
3人のツッコミが炸裂する!
「あ…… やぁあああーッ!」
雅羅の声が空京に響き渡る。
「どうもありがとうございました!」×全員
「あれ、私……どうしてたのかしら」
正気に戻った雅羅が、周囲を見回す。
「寒い……って、きゃああ!?」
自分の恰好に気が付き、悲鳴を上げる。
そんな雅羅に切札が近づくと、そっと自分の白いコートをかける。
「気が付きましたか。今まで雅羅は怨霊に取り付かれて大変だったんです」
「そ、そうなの……? ありがとう」
まだどこか混乱した様子で、コートの端を合わせる雅羅。
「友人を助けるのは当然のことですよ」
笑顔を浮かべつつ、切札はある物を取り出した。
「大丈夫です。今までの姿は全部、しっかり収録してありますから」
カメラだった。
切札の示す映像を見た雅羅の顔が、みるみる変化していく。
驚愕、混乱、羞恥。
ありとあらゆる表情が浮かぶ。
「大切な記録映像ですから。是非皆にも見てもらいましょう」
「いやあぁああああーっ!」
雅羅の声が、再び空京に響き渡った。
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