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温泉掘って村興し?

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温泉掘って村興し?

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第五章

 全高が三メートル近くある巨大イノシシのモンスターは、耐久力もそうだが、何よりも、突進の速度が異常だった。

 三日目。

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は軽やかな足取りで森を疾走していた。
 二日目はモンスターに出会えなかったが、それなりに収穫はあったと思う。
 これまでの探索から、範囲はかなり絞りこめた。
 意外だったのは、イノシシが普段生息していると思われるテリトリーが、村からかなり離れていたことだ。
「よっぽど餌に困っていたのかしら。でも、そこまで森が枯れているようには見えないんだけど……」
 呟いたその時、祥子は気配を感じ取った。
 森の中における絶対の君臨者、という威圧感を隠そうともしていない。
「今日こそは出会えそうね」
 地を蹴る足に力が入った。
 威圧感が村の方角へ移動しているのを感じる。出来れば止まった状態の相手と戦いたかったが、この状況ではおそらく無理だろう。
 ならば、と跳ぶ。
 足場を地面から木の幹へと移し、剣を構え、勢いを殺さずに跳び続けた。
 狙うは交差した瞬間の、必殺の一撃!
 木々の間から巨岩が現れる。岩のような巨躯のイノシシだ。
 ずん胴な体から伸びた短い足が独特のステップで軌道を修正し、勢いを殺さぬまま器用に木の間を抜けてくる。
 狙いをつけていた祥子は移動を慣性に任せ、腰から肩、腕へと力を力を伝えていく。
 すれ違いざまに……一刀両断!
 瞬間、祥子はイノシシの体が僅かに震えるのを見た。
「インパクトをずらされた!?」
 はじかれた剣に逆らわず前方に跳躍した祥子は軽い足取りで着地する。即座に振り返るが、走り去るイノシシの後姿が木々に隠れていく。
「あら、フラれちゃったみたいね。……でも何でしょうあの傷。先客でもいたのかしらね」

 ◆

「かすかに地響きが聞こえます。近いかもしれません」
 先行していた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が注意を喚起する。
 その警告に、暢気な様子で後ろを歩いていた緋柱 透乃(ひばしら・とうの)の雰囲気が一瞬で切り替わった。
「昨日は空振りだったけど、やっとおでましなのかな。この辺り全部がイノシシのナワバリなのかわかんないけど、ほかの凶悪なモンスターにも出会えなくて暇だったんだよね」
 地面の揺れが足を通して感じられる。
 徐々に揺れは激しくなり、相手が近づいているのが分かる。
「かなり激しい動き……随分と荒ぶっているみたいですね」
「昨日の探索中、ずっと殺気を出していたのが効いたかな? それとも別の原因があるのかもね。ともかく、それじゃあやろうか!」
 透乃が声を張り上げ、煉身の声気を発動させた。全身に気が充満し、肉体が強化されていく。
 後ろに下がった陽子がエンドレス・ナイトメアの発動を準備しようとした瞬間、突進してきた巨大イノシシが透乃に激突した。
 一面に積もっていた落ち葉が衝撃で宙を舞い、視界を埋め尽くす。
「まだ遠くだと思ったのに、なんて速い……でも」
 陽子は攻撃方法を切り替えて、陰府の毒杯の発動を開始する。
 葉が落ちていき、前に進もうとするイノシシと、それを交差した腕で止めている透乃の姿が見えてきた。
 すかさず陰府の毒杯を発動させる。
 しかし。
 イノシシの全身を覆った光が瞬時にはじかれた。
「え、抵抗された!?」
「魔法を使うやつとの戦闘経験があるのかもね」
 透乃は後ろに跳躍すると、気合の烈火を発動した。腿から上全体が桃色の炎を纏う。
 対するイノシシは力を溜めているのだろう、後ろ脚の高さが下がっている。
「小細工無しでいくよ!」
 今度は透乃が突進していく。ぶつかる寸前に震脚。足からの力を腰の回転で増幅させ、肩から腕を通して右正拳突きを放つ。
 だが、一直線に放たれたその攻撃をイノシシはそらした。
 正拳突きが当たる瞬間、右の牙が水平に弧を描き、受け止めずに方向だけを変えたのだ。
 そのまま溜めていた力を解放し、イノシシが走りだす。
 透乃が振り返ったときには、追いつくのが難しいほどの距離をあけられていた。

 ◆

 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)は朝から森に入っていた。
 イノシシのほかにも小型のモンスターを仕留めるつもりで歩き続けていたのだが、一向に出会う気配が無い。
「今日も収穫は無しかのう」
 濃い眉毛を八の字にした藤右衛門がぼやく。
「温泉も今日から掘り始めると聞くし、設備が整って入れるようになるのは、まだまだ先じゃろうなあ」
「自分も温泉が楽しみであります」
 背筋を伸ばした剛太郎が言葉を続ける。
「それに、素敵なご褒美というものにも期待をしているであります」
「おお、それじゃそれじゃ。一体どんなものを貰えるのか気になるのう。温泉で素敵なご褒美……ま、まさか!」
「超じいちゃん、そんなことを考えてはいけないのであります。そんな、破廉恥なことを!」
 藤右衛門のにやけていた顔が剛太郎の方を向く。それに合わせてパワードマスクを取った剛太郎が顔をそむけた。ハンカチで必死に拭っている。
「そなた、何を考えておったのじゃ? ほれ、言うてみい、ほれほれ」
「な、なんでもないであります。パワードスーツを着用していると蒸れるので汗を拭いていただけでありますから!」
 それにしても、と剛太郎が話題をそらす。
「村に仇なすモンスターはおろか、害獣さえも姿を現さないであります。これはどういうことなのでしょうか」
 村からずっと木々が生い茂るも荒れた様子はなく、時折り小動物が姿を現すだけだった。まるで外敵から守られた、桁違いな規模の箱庭を連想させる。
「違和感が無いのが違和感、ということなのかのう。パラミタの森では多かれ少なかれ、何かしらの脅威が存在するものだが……わしもこんな場所を見るのは初めてじゃのう」
「やはり超じいちゃんもそう思うでありますか。人為的……では無いにしても、何かしらに守られている可能性は捨てきれないであります」
 藤右衛門が突然、う、と腹部を押さえる。
「ど、どうしたでありますか!?」
 剛太郎の問いに答えず、手に持った包みを前に出す。
「そろそろ昼じゃ。腹が減ったから弁当を食べるとしよう」

 ◆

 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は木陰を伝うように森を進んでいた。その後ろをネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)が人の姿でついていく。
「それにしても温泉ですか。エリザベートさんがいかにも好きそうなイベントですね」
「温泉……温かい……泉……?」
 ネームレスの言葉にエッツェルは少し考える。どう説明したものか。
「広義の意味での温泉は、天然の水やガスが噴き出たものを指します。ですが、今回の場合に意味する温泉は、地熱などによって暖められたお湯を汲み出して大きなお風呂にしたものですね」
「おふ……ろ……?」
「そうです。天然の温泉は様々な成分が溶けこみ含まれていて、そのお風呂に入ればとても健康に良いとか。なんでも入浴した人が一様に『生き返る』と呟くみたいですが、この身に満足している私としては興味の対象外です」
 言葉と共にエッツェルの下に落ちる影がざわりと動く。
「今回はその温泉を探すところから始めているみたいですね。昨日見つけたとの報告があったので、今日は掘るところからでしょうか。クトーニアンでもいればすぐに掘り出せそうですけどねえ」
「それ……村ごと……滅びてしまい……ます」
 エッツェルは苦笑を返す。クトーニアンはテレパシーで人間を操り、死へと至らすこともあるのだ。
「まあ、あれは水にあたれば死んでしまいますから。手伝ってくれる奇特なクトーニアンは居ないでしょう」
「深き……もの……ども……は……?」
「水棲なのでそういうのは得意そうですが、エラがでたものは海に住んでますからね。内陸の方までは中々来てくれないんですよ。ところで……」
 辺りを見回すが、初めて訪れる場所でどこだか分からない。後ろを振り返るが、雑談に気を取られ、来た道を覚えていなかった。
「ここはどこでしょうね」
「弱点が……発動……した……?」
 エッツェルは再び苦笑を返した。

 ◆

 佐野 和輝(さの・かずき)はひたすら地を駆け続けていた。
 大自然の乱数によってちりばめられた木々は直線を拒むが、和輝は器用に避けていく。
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)は空飛ぶ箒ファルケに跨り、空から索敵を行っていた。和輝のゴッドスピードを追い切れず、少し遅れて飛んでいる。
『今、右の方から何かの光が見えたよ。和輝の進行方向からちょうど九十度ぐらい』
 アニスの精神感応を受け、和輝は木の幹を蹴って方向転換を行う。
 先日の報告で、モンスターは巨大なイノシシと知らされた。和輝自身も無数の足跡を発見して確証を得ている。つまり魔法を使う類のモンスターではないということだ。
 ならばアニスの見た何かの光というのは、誰かが巨大イノシシと戦って出した光だろう。和輝はそう確信すると、足に力を込めた。
「念のためにしびれ粉の用意を頼む。大きさから考えて、相手はかなりの強敵だろう。誰かが戦っていたら助っ人に入るつもりだ」
『おっけ〜、キュゥべえのぬいぐるみにセットしておいたよ』
 和輝の足に地鳴りの振動が伝わってきた。こちらへと近づいてくる感覚に、戦っていた者はやられたのか? と気に掛ける。
『和輝、避けて!』
 考えるよりも先に身体が動いた。強引なスウェーで軌道を変えると、眼前を巨大な物体が通り抜けていく。
「アニス、しびれ粉だ!」
 和輝の精神感応に無事を確認したアニスが、慌てながらキュゥべえのぬいぐるみを投げつけるが間に合わなかった。
 イノシシの姿は木々に紛れ、すで見えなくなっていたのだ。
「この辺りにほかのモンスターが居ない理由、掴めてきたぞ。異常なまでの速さと足音の小ささ、ほかにも色々ありそうだが、たぶん、あいつの足には何らかの加護がついてるんだろう」
『加護……? イノシシに?』
 アニスが空から下りて和輝の横に立つ。
「ああ、この話はまた後で話そうか。まずはさっき見えた光のところへ行ってみよう。もし誰かが負傷していたら村まで運ばないとな」

 ◆

 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)は涼介とクレアの作った朝食を食べた後、花音の作った弁当を持って森に入っていた。
 森を歩く経験が少ないサオリは、木々の間隔が広い、見通しの良い場所を選びながら進んでいく。
「それにしても、いきなりの企画倒れだったのですぅ」
 村にはすでにジャムの一瓶も無く、それを餌にしたおびき寄せ作戦が使えなかった。
 襲撃してきたイノシシが一匹ならば、それをスナイプで仕留めてしまえば退治完了、と思って森へ入ったはいい。しかし、実際に進んでみると、あまりにも広すぎて見つけられる気がしなくなっていた。
 構わず奥へと歩き続けるが、イノシシはおろか、うじゃうじゃ居ると想像していたモンスターさえも現れない。
 明るい時間に視界の通った場所でそんな状態が続いてしまうと、もしかしてモンスターが襲撃してきたのは何かの勘違いで、実はとても平和な森なんじゃないかと錯覚してしまう。
 空気は澄んでいてとても美味しいし、ちょっとした森林浴を味わっている気分だ。
 武者修行のために、と訪れたけれど、これはこれでありなんじゃないかと思い始める。
 温泉が完成すればいいお湯夢気分にだってなれちゃうのだ。
 そんなことを考えていたサオリ目の前を、猫ぐらいの大きさで丸っこい豚みたいな動物が横切っていく。まっすぐ村の方へと向かっている。
「と、とても可愛らしい歩き方ですぅ」
 擬音で表すなら、とてとてとて、といった感じだ。
 たまに小石で躓きそうになりながらも頑張って歩く姿を見ていると、目が離せなくなってしまう。
 サオリは警戒されない程度の距離を取りつつ、その動物の後を追いかけていった。

 ◆

 リュートとアンタルが手伝っていた落とし穴が完成したと聞き、花音と郁乃が見学にやってきた。
 地下倉庫だった空間を改造して作った落とし穴は木の板で蓋をしてあり、並んだ丸太で囲まれている。一見では落とし穴だと分かりにくい。
「これ、地下室の天井を取っただけなのかな?」
「それだけならここまで苦労はしなかったぜ。ほら、蓋の周りに斜めに丸太が刺してあるだろ、イノシシはああいうのが苦手らしくてな、落ちたやつがジャンプで出てこないようにと設置されてるのさ」
 興味津々で問いかける郁乃にアンタルが自慢げに答えている。
「更には……地下倉庫の壁も掘ってたので……内部も斜めにしてあります」
「リュート兄さんは中の作業を手伝っていたんだね♪」
 花音とリュートも落とし穴について話し込んでいる。
 そんな様子を見ながら、詩穂は杭を叩いて確認していた。
 侵入された場所から落とし穴へと誘導するために立てたものだ。

「皆様お疲れ様です。これが落とし穴ですか。これだけ大きければドラゴンも引っ掛かりそうですなあ」
 村長は落とし穴を見ながらしきりに感心している。
「わぁ、可愛い。どうしたんですか、そのもふもふしたくなる動物」
「これですか?」
 村長が胸に抱いている丸々とした生き物を見せると、郁乃は、おおお、と声にならないほど感動していた。いつの間にか、朝から狩りに出ていたはずのサオリまでが郁乃と並んで丸い生き物を眺めている。
「先ほど村のはずれで迷っているのを拾いましてね。誰か飼いたい人が居ないかと連れてきたのですよ」
 にこやかに笑う村長に対して、郁乃とサオリ以外の全員が固まっていた。
「あの、村長……それ……ウリ坊ですよね?」
「え?」

 ◆

「モンスターが現れたぞー! 巨大なイノシシが物凄いスピードで向かってきてるぞー、退避ー退避ー!」
 突然のモンスター襲来の声に、村長以外の村人が家屋へ逃げ込んでいく。
 残ったのは呆然としている村長と防衛班、そしてサポート班の戦闘が出来るものだけだった。
「もしかして、まさか、ひょっとして……狙いはこの子ですか?」
 全員がうんうんと頷く。と、同時に直したばかりの柵の破砕音が聞こえてきた。
 侵入したイノシシは勢いを殺しながらも村長へと一直線に走ってくる。
 そして目の前で、落ちた。

 落とし穴に落ちた巨大イノシシにウリ坊を返すと、背中に乗せてそのまま村から走り去っていった。

 ◆

 夕方。

「どうやら、以前にも同じような事件があったみたいです」
 旅館の食堂で古い文献を手にした村長が、皆を前に説明をしていた。
「あのイノシシは、この森をずっと東に行った領域を守護する番人のような存在らしいですね。強大な敵と戦って大怪我を負ったとき、傷を早く癒すためにアタミンオレンジを食すと書かれています」
「もしかして、アタミンオレンジが高級なのって、その癒しの効果が理由なんですか?」
「いえ、人間にそういう効果があるという話は聞いたことがないので、あのイノシシ特有のスキルか何かではないでしょうか。ちなみに高級な理由は、味とブランド、そして人工栽培が出来ないという希少価値にあります」
「つまりは、アタミンオレンジが無くなったこの村に、少なくとも今年はもう、イノシシが来ることは無いんだな?」
「ウリ坊がまた迷いこんだりしない限りは、ね」


 アーミアは、村の安全確認記念、と呟きながらその光景をカメラに収めた。