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温泉掘って村興し?

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温泉掘って村興し?

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第一章

 一日目。

 アタミンスール村の中央にある公民館。
 樫の木の素材をふんだんに使われた古風な感じのたたずまいは、質素な村の中でも一段と目立っていた。
 交易に訪れる商人たちが利用している旅館を除けば村で一番大きいその建物の中から、賑やかな話し声が聞こえてくる。
「どうぞ、こちらです」
 ミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)の代理で村にやってきたアーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)が案内されたのは、畳の敷き詰められた広間だった。
 北側の壁には大きなディスプレイが埋め込まれおり、その下には一メートル四方の壇にスタンドマイクがポツンと置かれている。
 室内を見回すと、すでに何人もの姿がくつろいだ格好で座布団に座っていた。
 壁際には段ボールやテーブル、座椅子等が寄せられて積んである。大人数が入るスペースを無理やり作ったのだろう。
 で案内をしていた村人が空いている場所に座布団を置く。
「もうすぐ説明が始まります。こちらでしばらくお待ちください」
 促されるままにアーミアが座ると、照明が徐々に暗くなり始めた。

 ◆

「皆様、ようこそアタミンスール村へおいで下さりました」
 部屋の隅に設置されたスピーカーからノイズ交じりの声が流れる。
 壇上がスポットライトに照らされ、そこには過剰気味な装飾のタキシードを着込んだ村長が立っていた。
「現在、この村は……そう! 自他ともに認めるデンジャラスな状態にあります!」
 小指を立てたままマイクを手に取り、村長は声を張り上げる。
「先日、最後のオレンジが加工を終えて、村から旅立ちました。あの忌まわしき事件によって、今年に出荷出来た量は、昨年のわずか一割にも満たない状況です。ああ、なんということでしょう。このままでは村の生活もままならず、廃村となって朽ちていくしかありません!」
 滝のような涙を流し、前かがみになりながらも語り続ける村長。
 そこへ天井に設置されていたミラーボールが輝きだす。点滅する七色の光が空間を踊り、室内をカラフルに彩っていく。
「あ〜あ〜、そこぅでみなさん〜の〜おちからおぉぉ」
 音楽まで鳴り始めた。

 ◆

「ず、随分と深刻な状態なのね?」
 村長の話を聞きながらルカルカ・ルー(るかるか・るー)が苦笑した。
 壁際で静かに立っていた村人たちも、いつの間かタンバリンを片手に踊っている。
「不安の裏返しなんじゃねぇかな。村としても肝心の収入源が絶たれちまった状態だ。この先どうなるかわからねぇしで落ち着かねぇんだろ」
 隣で胡坐をかいているカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が眉をしかめながら答える。
「そうよね、だからこそルカたちが来たんだもん。アタミンオレンジでジャムを作って、ルカ特製のバゲットと一緒に山羊のミルクを売り出せば、きっと村の復興資金の足しになると思うのよね!」
 胸の前で拳を握り熱く語るルカルカの金髪が、ミラーボールの光に照らされて白くなる。
 その瞬間を目撃したカルキノスが、温泉まんじゅう食べてぇなあ、なんて思ったりしたのだが、口に出すと色々と誤解されそうなので別の言葉を探した。
「だがよお、その肝心のオレンジがもうすっからかんなんだろ。収穫が終わって保管してたのを根こそぎ食べられちまったって話じゃねぇか。どうすんだよ、パンとミルクだけにしておくか?」
「ああ、そっかもうオレンジ無いんだ。んー……どうしよう最初からいきなり企画倒れだよ!」
「おいおい、落ち着けよルカ。せっかく名産品なんだから使ってみようっていうだけで、その企画のメインは別のところにあるんだろ? だったら無理してアタミンオレンジを使わなくてもいいと思うぜ。別の素材で作るとか……例えば温泉まんじゅうとか」
 まんじゅうとバゲットの組み合わせは無いなあ、とルカルカは苦笑いをする。
「でもね、やっぱりジャムで行こうと思う。それを前提に用意してきたんだもん、勿体ないじゃない? まあ、今年はもう無理だろうけどさ。それでもジャムを使った美味しいを名物に出来れば、村として強力な武器になると思うのね」
「とりあえずは最初の計画通りにやっていくってこったな。でもよ、ジャムはどうするんだ?」
 その問いに、ルカルカは彼の肩をぽんぽんと叩く。
「ま、まさか……」
「超特急で頼んだわよ、待ってるから! その間にルカは村で厨房を借りられないか聞いてみるよ。あ、お店はいつものところで大丈夫だから。お願いね!」
 満面の笑みを浮かべる少女に見送られ、苦虫を噛み潰した顔で飛び立つカルキノスであった。

 ◆

 村長の説明が終わり公民館を出てみれば、すでに陽が傾き始めていた。
 本格的な作業は明日から行われるので、集まっていた者たちは旅館へ移動していく。
 人気の途絶えた公民館の前でリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が空を見上げていた。
「日が落ちるまで、まだ時間はありますね」
 ケープをひるがえして振り向くと、同じようにナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)桐条 隆元(きりじょう・たかもと)が残っていた。
 皆がいることに安心したリースは、村の外に広がる深い森へ目を向けながら、
「ずっと考えていたのですけれど、やっぱりモンスターさんたちが村を襲った理由が気になるんです」
 と、話を聞いたときから気になっていたことを口にした。
「まぁ、リースの言いたいことはわかるぜ。この村の周りは地熱の影響か知らねぇけど、他の場所と比べて寒さが緩いって感じだからな。それに……」
「そもそも強力なモンスターであれ、人里に下りるのは危険が伴う行為なのだよ。自分のテリトリーから出ることになるゆえな。ましてやこの辺りは穏やかだ。今のところ考えられるのは二つ。そのモンスターがアタミンオレンジとやらをとても好物としておるか、もしくは……」
 ナディムの言葉を継いだ桐条が、一息おいて言葉を続ける。
「それぐらいじゃ餌が足りなくなるぐらい、巨大なモンスターなのだろう」
 ま、調べてみないと分からぬがな、とかぶりを振った。
「頑張って実を付けた果実はとても美味しいですものねぇ」
「なら、しょうがないですねぇ」
 車椅子に座りながら微笑むセリーナに、リースが同意する。
「小娘、セリーナ・ペクテイリス、おぬしら半分しか聞いていなかっただろう!」
「まぁまぁ、そこらへんにしとけ。それでリース、どうするつもりだ?」
 ナディムは桐条の突っ込みを流し、リースに問いかけた。
「はい……」
 リースは背筋を伸ばして姿勢を正す。
「これからモンスターさんについて調べてみたいと思います。モンスターさんが訪れたのは最近で、それが何度か行われていると聞きました。今ならまだその痕跡が掴めるんじゃないでしょうか。今日の内に何かが分かれば、明日から森に入っていく方たちの参考になりますし、その情報で被害を抑える対策も立てられると思うのです」
 リースの提案に、ナディムはおうと答え、セリーナははいと返事をし、桐条は造作もないと眼鏡をかけなおした。
「ありがとうございます。私はオレンジの木がある場所を調べますので、ナディムさんは壊された柵の周りを頼みます。セリーナさんは倉庫の周りで聞き込みをしてください。隆元さんは空から痕跡の調査をお願いします」

 ◆

 次の日の朝。
 旅館の食堂には朝食をとる生徒たちが集まっていた。
 皆が席に着くのを見たリースがメモを手にして立ち上がる。
「皆さん、少しよろしいでしょうか」
 集まった視線に緊張しながら、手元のメモに目を移す。
「せ、先日村長さんの話が終わったあと、モンスターさんに対する調査を行いましたので報告させてもらいます。壊された保管庫や柵、ほか色々な場所を調べたのですが、襲ってきたモンスターさんの正体は、かなりの確率でイノシシさんですね。ただ、柵の壊れ具合や草花の証言、足跡の大きさから推測すると、おそらく全高三メートルはくだらないかと……」


 その様子を見ていたアーミアは、これは集合写真の代わり、と呟きながら食堂全体をカメラに収めた。