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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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「旦那様と奥様が亡くなったとき、ぼっちゃんはまだ4歳だったクマ」
 オルロフスキー邸の厨房。
 着ぐるみの手で器用にジャガイモの皮を剥きながら、ミーシャが言った。
 クマタイプのゆる族で、名はミハイル。だが誰もがミーシャと呼ぶので、自分でさえそのことを忘れがちだったりする。
「ちょっと変わり者だったけど、優しい旦那様と綺麗な奥様だったクマ……」
 ふっと手を止め、ミーシャは懐かしい記憶を辿るように言葉を切る。
 隣で一緒に皮むきをしている青井場 なな(あおいば・なな)が、顔を上げてミーシャを見た。
「変わり者?」
「ものすごい遊び人だったクマ!」
 ミーシャはまた手を動かしながら、嬉しそうに声を弾ませた。
「この館で夜な夜な夜会を催して、あちこちからお客を招いてどんちゃん騒ぎに明け暮れてたクマ〜」
 いんげん豆の筋取りをしていた弁天屋 菊(べんてんや・きく)の手が止まる。
「地球からもいっぱいお客さんが来てたクマよ」
「それ……誘拐してきたんじゃないだろうな」
「知らないクマ」
「おいおい」
「でもお客さんはみんな、楽しそうだったクマよ。賑やかで、歌と踊りとお酒と美味しいものでいっぱいだったクマ。クマもそのために雇われたクマ!」
「……酒……いいな」
 妙に真剣につぶやくサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の横で、筋取りを手伝っていたマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が、ふと首を傾げる。
「えーと、10年前、だよねぇ……確かこの辺りの貴族って、今よりもっと排他的だったような……」
「……それで、変わり者か」
 菊が納得したように苦笑する。
「クマ……貴族でもプカ浮きだったクマ〜」
 何故か自慢げに胸を反らしてそう言ったミーシャが、ふいに項垂れる。
「でも……結局、悪い地球人に騙されたクマ……」
「え?」
 しょんぼりしてしまったミーシャは、しばらく手の中のじゃがいもを見つめて黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……もう、この話はしたくないクマ」
 その声があまり辛そうだったので、3人はそれ以上追求する気にはなれなかった。
 菊が黙ってミーシャの肩をポンポンと叩く。
「……ありがとクマ。みんな優しいクマ……」
 ちょっと声を詰まらせて、それから気を取り直すように顔を上げる。
「……で、それ以来ぼっちゃんは、クマとポー爺でお育てした来たクマよ」
 剥き上がったジャガイモをバケツにぽいぽいと投げて、嬉しそうに言う。
「ちょっと素直じゃないけど、素直で可愛いぼっちゃんクマ!」
 ……今のは突っ込み所?
 黙って話を聞いていたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はちらっと思ったが、口には出さなかった。
 ぼっちゃん、ことレニ・オルロフスキーのイメージは、確かに「そんな感じ」なのだ。
 他の面々も同じことを思ったのか、笑っている。
「長い間、貴族の間でもオルロフスキー家は黙殺されてきたクマ。ぼっちゃんはいつもひとりぼっちで……友達もいなかったクマ」
 ミーシャはまたちょっと声を詰まらせたが、すぐに明るい声で
「だから、今年はお嬢さんたちがいてくれて嬉しいクマ。迷惑かもしれないけど、もう少しだけつき合って欲しいクマよ」
「そりゃあ、迷惑だけどさ」
 下拵えの終わったインゲン豆の山のむこうから、菊がぼそりと言った。
「菊さん……」
 慌てて止めようとするマリエッタを目で制して菊は続ける。
「だってさ、誘拐だぜ。マジ、どうかと思うよ」
「申し訳ないクマ……」
「だからな、次からは普通に招待しろよ」
「クマ……って、え? 次?」
 ミーシャが大きな頭を慌てたようにぐらぐらさせる。なながくすくす笑った。
「そうそう、呼んでくれれば、次でも、次の次でも、ボクも駆けつけるからね」
「だいたい、女の子集めて宴会とか結構将来性のある男の子ですよね。ぜひとも応援したい」
「いや、そこは応援していいのかどうか……」
 サクラコの賞賛にマリエッタがつぶやく。それから気を取り直すように顔を上げて、
「……まずは、今回のお花見弁当のお手伝いはまかせて!」
 そう言って懐からさっきから操作していたスマホをかざして見せた。
「お料理サイトでレシピはバッチリ! あ、味付けは苦手だから、あたしは主に盛り付けを担当ってことで」
「ふふん、あたしは特製和菓子の花見弁当で、ぼっちゃんのハートにガッチリアタックだ」
 菊が胸を反らすと、マーガレットも顔を輝かせて
「あ、それならあたし、ジャパンのお正月で食べる四角くて長っぽそーいお弁当? アレをデリバリーするよ!」
「……四角くて長っぽそーい?」
 ……ようかん?
 ……バッテラ?
 ……バナナ?
「いや、バナナはないだろう、バナナは」
 菊がななに裏手ツッコミをかます。
「えっとね、四角くて重い箱? に入った……」
「重……もしかして、おせちか!」
「ああ、うん、だいたいそんな感じのヤツ。よーし、リースにメールしなきゃ」
 メールを打ち始めるマーガレットを、マリエッタが少し心配そうに見守る。
「……うう、みんなありがとクマ……」
 ミーシャは震える声で呟いた。