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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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第二章
"KOMMT MIT MIR ZUM HANA−MI"





『と、言う訳で、フェブル君もお花見に協力してくださいねっ♪』

 ……海松からのメールを読み終えて、フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)は無表情で頭の上の帽子を直した。
「まぁ、やれと言うならやりますが……誘拐されたのに花見とは、あなたは馬鹿だったんですね」
 ここにいないパートナーに向かって冷たく言い放ち、それから少し困ったように眉をひそめる。
「とはいえ……花見、ですか」
 自分が宴会の盛り上げ役に向いていないことはわかりきっている。参加して楽しめない訳ではないが、感情を表に出すのが得意でないせいで、つまらなそうに見えてしまうらしい。
 これでは、協力にはならない。
 もう一度、メールに目を通す。
 美少年! 美少年! とはしゃいでいる割に、危険への警戒を忘れないように繰り返し念を押している。
 ならば、自分は桜の傍で危険に備えることにしよう。それなら、中で馴染めなくても目立たないだろう。
 けして、馴染めないのが心苦しいという訳ではない。
「それにしても、馬鹿なのか、冷静なのか……わからない人ですね」
 そっと携帯を閉じて、フェブルウスは呟いた。


「私たちの大切な仲間を攫うなど……不届き千万!」
「ま、まあ落ち着きなよ、ミリーネ」
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)が声をかけたが、ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)はきっと眦を上げて竜斗を睨みつけた。
「落ち着いている場合ではなかろう! 主殿はユリナ殿とハルカ殿が心配ではないのか!?」
「それはもちろん、心配だけど……ええと、ミリーネ?」
 もちろん竜斗も最初は慌てた。
 脅迫状らしきものを受け取った時は、ハルカの特技『誘拐される』が発動した!しかもユリナも一緒に!……と、一瞬青ざめたのは確かだ。
 しかしすぐに二人からそれぞれメールが届き、どうやら今のところ心配ない状態らしいとホッとしたのだ。
 もちろんミリーネもそのメールは読んでいるはずなのだが……
「そうとも、心配であろう。当然だ。だが安心されるがいい……この私が必ず二人を救い出してみせる!」
 まったく聞く耳持たない。
 ……ミリーネは仲間意識が強いからなぁ。
 それにしても、この調子では二人の「お花見を成功させたい」という頼みに協力できない。
 開催予定の島に桜があるとは思えないという、ユリナのメールも気になる。
「ミリーネ、取りあえず花見の下見に行こうか」
 一応提案してみると、意外にもミリーネは力強く頷いた。
「なるほど、花見を催すと書いてあったな。それに参加すると見せかけて突入するのか……よし、心得た。二人とも、待っているのだぞーーーっ!」
 ……えーと。
「ま、いいか」
 竜斗は苦笑してつぶやいた。
「仲よき事は美しき哉ってことだよな、うん」


「プリンツ・オルロフスキーからの招待状だって?」
 部屋に入ってくるなりフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が声を弾ませて言った。
「どんな楽しい茶番劇が見られるのかな?」
「フランツ、ご機嫌やな」
 そう言いながら、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)もやけに楽しそうだ。
 友人が誘拐されたらしいから助けてほしい、という依頼として受けたのだが、詳しく事情を聞くうちに、風向きが変わって来た。
 さっそくフランツに知らせると、思った通りの反応が返って来たいとう訳だ。
 フランツはにこにこしながらソファに腰掛けて、身を乗り出した。
「そりゃ、シュトラウス二世の「こうもり」だろう。ウィーンっ子なら血が騒ぐよ」
 このウィーン生まれの英霊にとって、J・シュトラウス二世は可愛い地元の後輩だ。その地元を舞台にした人気オペレッタの話題が、嬉しくて仕方がないのだろう。
「ただ、今回のオルロフスキー公のご招待は、ちょっと剣呑でなぁ……」
「いやぁ彼は剣呑だよ。だって、酒を断ったら酒壜で殴られるんだよ?」
「そーゆー意味やないて」
 そのシーンを思い浮かべて、泰輔が吹き出した。
「……ホントに楽しそうですね、二人とも」
 横で見ていたレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が、呆れたように口を挟んだ。
「趣味に走りすぎて、調査に支障を来さないでくださいよ」
 実際はさほとせ心配している訳ではないのだが、念のため釘を刺しておく。すると、泰輔がポンと手を打ってレイチェルを見た。
「ああ、じゃレイチェルにお目付を頼もうか」
「……は?」
 目を瞬かせるレイチェルに向き直って、泰輔が目を輝かせる。
「人に迷惑をかけ過ぎない範囲であれば、子供の遊びには、大人は付き合うもんや。ただ、物事には限度てもんがあるし、オルロフスキーのぼんを利用して悪巧みをする大人がいるとしたら……こいつは見逃せん」
「ふむ、するとこの謎の行商人「ファルケ」は、アイゼンシュタイン氏だけじゃなく、公爵閣下を騙している可能性があるんだね」
 泰輔はうなずいて、
「オルロフスキー家の周囲に、胡散臭いヤツがおらんか、まずはその確認や」
「わかりました。ダシガンの貴族の記録を調べれば、何か出るかもしれませんね」
「そういうことだ。よろしく頼むよ。……で、僕は花見に備える」
「……は?」
 思わず顔を上げたが、いつの間にか泰輔の姿はそこにはなかった。見ると、スキップしかねない上機嫌で、部屋を出て行くところだった。
「顕仁、どこやー。なんかバカ騒ぎできそうや、遊びにいこう!」


「さて……もちろん最優先するのはリリアの無事救出だけど」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はデスクの上の「脅迫状」に目をやって言った。
「……事情はもう少し複雑みたいだね」
「複雑、か」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が皮肉っぽい口調で呟いた。
「没落貴族がどこぞの詐欺師に騙されて利用されてる……って、割と単純な構図に見えるが」
「その貴族を助けて望みを叶えてやりながら、黒幕の悪巧みは阻止してほしいって言うんだから……やっぱり多少複雑だよ」
 エースが苦笑まじりに答えた。 
 その望みというのが「花見」だというのが、冗談か本気かわからないような話なのだが……何より当事者のリリアがそれを望んでいるのだから、無下にはしたくない。
「千紫万紅たる花々を並べて楽しむ、という発想は申し分ないんだけど、ねえ」
 もちろん、エースも花を愛でるのは大好きだ。
「でも、誘拐に脅迫というのはいただけない。……メシエ、オルロフスキー家というのは、どういう家なんだ?」
 尋ねられたメシエは、「脅迫状」を手に取って光にかざした。
「古い名家だよ。代々公爵を名乗っていたし……ただ、私はもう絶えたと思っていたな。まだ当主がいたのは、意外だった」
 そして、封筒を確認する。
「カードの透かしと封蝋の紋章は一致してる。形式も正しいから、本物のオルロフスキーのご当主に間違い無さそうだ」
 リリアによれば執事とコックだけで使用人もいないというし、張り込みに行っているルカルカからも、館はずいぶん荒れた感じだと聞いている。
「……なんだか、哀れではあるよな」
 自分自身、地球で当主と呼ばれる立場に居るエースには、身につまされるものがあるらしい。
「もうこんな騒ぎを起こさないように、力づけてあげられればいいんだが。……まずは、正しい花の愛で方を、教えてあげないとね」


「えーと、えーと……まず煮しめでしょ、紅白カマボコに、伊達巻、あとは何だっけ、あの黄色くて甘い……クリキン・トン?」
 おせち料理のレシピのメモを並べて、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は半分パニック状態だった。
「もう、こんな季節外れにおせち料理一式、明日までにって……マーガレット、無茶すぎます〜」
「……まったく、迷惑な小娘じゃな。誘拐だの、花見だの」
 憎まれ口を叩きながら、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)がメモを覗き込む。
「ふむ、あとは焼き物をいくつかと、黒豆、昆布巻きといったところか」
「あっ、黒豆には、あの赤いのも入れてね!」
「チョロギのことか?」
「……ちょろぎっていうの? 赤くてくるくるっとして可愛いヤツ」
「ふむ……これから漬け込んだのでは間に合わぬな。それから、菊花蕪か紅白なますくらいはつけねばなるまい……よし、小娘」
 リースに向き直り、ぴしっと指を指す。
「今、必要なものを書き出すゆえ、おぬし買い出しに行って来るがよい」
「えええ、私一人でですか」
 心細気なリースには構わず、手早く買い物リストを作って行く。
「心配するな、店に話は通しておく。おぬしが買い出しに行っている間に、わしが下拵えを済ませる」
 文句を言う割に、やる気満々である。
「うう、がんばります……」
 バタバタと準備を済ませて買い出しに出かけて行くリースを見送って、隆元はようやく息をついた。
「さて、料理を届けるのはよいが……なんぞ、きな臭いな」
 マーガレットはどう見ても花見を楽しみにしているだけだし、リースはあの調子で、頭の中はお節で一杯といった様子だ。
「せめてわしだけでも……少しは警戒しておくとするかのう」
 そう呟きながら、手早く襷を掛ける。
「まずは、料理じゃ」