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【神劇の旋律】ストラトス・チェロを手に入れろ

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【神劇の旋律】ストラトス・チェロを手に入れろ

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第九章 黒幕、動く 3

 どこからかき集められたのか、半狂乱状態で駆けてくる獣たち。
「この分だと、特に囮は必要なさそうだね」
 五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)の言葉に、傍らにいた銀色の猫が満足そうに頷いた。
「そうであろう、そうであろう。これで我は癒し担当に専念できるというものである」
 その正体はポータラカ人のンガイ・ウッド(んがい・うっど)、通称シロ。
「癒しは戦い終わってからでいいんだけど……というかボクはあんまり癒されてないし」
 リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)がジト目で睨むと、シロは大げさに肩をすくめてみせた。
「それはいかん。ご主人さまはもっと我のもふもふを堪能すべきである」
 その言動が癒しというよりむしろリキュカリアをいらだたせていることに、はたして気づいているのかいないのか。
「とりあえず、シロは邪魔にならないようにしてて……あと、間違って斬ったらごめんね?」
 リキュカリアが怖い顔で村正を構えると、ンガイはささっと東雲の陰に隠れてしまった。
「ごめんね、なんだか緊張感なくて」
 苦笑する東雲に、パフュームは楽しそうに笑った。
「気にしないで。深刻な顔してたって、それで何かがうまくいくわけじゃないし」

 迫りくる獣たちの足を、まずは東雲の「恐れの歌」が止める。
 これ以上先に進むことには重大な危険が伴う。
 その予感にとらわれた獣たちの一部が我に返り、踵を返して逃げ去っていく。
「これでっ!」
 それでも止まらない獣たちは、パフュームが「サンダーブラスト」で痺れさせる。
 彼女の魔力もなかなかのもので、ただの猛獣ならほとんどを無力化できているが、その中に混じっている魔獣まではそうはいかない。
「そうはさせないよ!」
 動きを止めた獣たちの合間を縫って迫りくる牧神の猟犬たちに、今度はリキュカリアが魔法による攻撃を仕掛ける。
 それは確かに効果を発揮したものの、一撃で仕留めるとまではいかず。
 接近戦を覚悟して村正を構えなおしたリキュカリアの前に、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)が飛び出した。
 軽い身のこなしで敵の攻撃をかわしつつ、格闘術と魔術で着実に相手にダメージを与えて行くシェイド。
 さらに、そこへ側面から神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)の援護射撃が飛ぶ。
 そうして敵の勢いを止めたところへ、得意のフラメンコを踊るようなステップでリアトリスが一気に飛び込む。
「龍爪神楽・終炎っ!!」
 両手のヴァジュラに、炎の龍が宿る。
 その二刀が、同時に振るわれた時――その力が解き放たれ、強力な斬撃と炎が同時に敵を襲った。
 無論、敵がこの必殺の一撃に耐えられるはずもなく、さながら巨大な炎の獣に引き裂かれたかのような爪痕を刻まれた姿で次々とその場に崩れ落ちる。

「……これで、こちらは一段落でしょうか」
 戦意の残っている敵がいなくなったのを見て、紫翠がのんびりした様子で言った。
「皆さん、大丈夫でしたでしょうか……専門ではないですが、簡単な治療くらいでしたら」
 その言葉を、シェイドが遮る。
「大丈夫でしたかって、まずお前が大丈夫じゃないだろ」
 彼の言葉通り、むしろ負傷していたのは紫翠の方だった。
 皆の意識が牧神の猟犬に向かっている間に奇襲してきた剛雁を撃退しようとして、仕留めた代わりに左肩の辺りに傷を負っていたのだ。
「あれ? 怪我してました? いつの間に……」
 左肩を押さえ、掌についた血に不思議そうな顔をする紫翠。
「ったく、他人の心配ばっかりしやがって。
 お人好しなのか、鈍いのか、どっちにしてもほどがあるぞ」
 そう言いながら、シェイドは紫翠の傷の治療を始めたのだった。





「っ……厄介な相手ですね」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が苦々しげな表情を浮かべる。
 トレーネたちとともに行動していた彼女たちを襲ったのは、毒虫の群れだった。
 相手が小さすぎ、軽すぎるため、打撃や斬撃はあまり効果を発揮しない。
 かといって、戦場が森の中であることを考えると、あまり広範囲に影響の及ぶ炎の攻撃は使いづらい。
「そっちがそうくるならっ!」
 雷撃を纏わせた剣を振り回し、触れた虫を焼き払う朝斗。
 その剣さばきは見事なものではあったが、やはり効率には若干の疑問符がついた。

 そんな二人と対照的に、こういった相手と相性がいいのはルシェンとトレーネ、そしてシェリエだった。
 得意の無属性魔法でまとめて毒虫を薙ぎ払うトレーネと、「天のいかづち」で確実に敵を減らすシェリエ、そしてノイ・フェニックスを従えつつ、同じく「天のいかづち」で確実に毒虫を落として行くルシェン。
「さすがトレーネさんとシェリエさん、やるじゃない」
「ルシェンちゃんこそ」
 不敵な笑みを交わしつつ、確実に敵を減らしていく三人。
 だが、そうして活躍することは、当然敵に狙われやすくなることでもあった。

「危ないっ!」
 別方向から奇襲してきた剛雁の群れに気づいて、朝斗が蹴りを一閃させ、上空に向かって「真空波」を放つ。
 しかし、気づいたタイミングがわずかに遅く、二、三羽の討ちもらしが出てしまった。
 辛くも朝斗の一撃をかわした剛雁が、三人に迫り――。

 突如、一発の銃声が辺りに響いた。
 翼の付け根を撃ち抜かれた二羽の剛雁が、バランスを失って明後日の方向に落ちる。
 そして、唯一残った一羽は、逆にルシェンの槍で串刺しになっていた。

「……ふぅ」
 狙撃がうまくいったのを確認して、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は機晶スナイパーライフルの構えを解いた。
 槍術にも長けるルシェンはともかく、トレーネとシェリエに格闘戦の心得があるという話はない。
 故に、吹雪がとっさに狙ったのは、トレーネの方に向かっていた剛雁の方だった。
 だが、実際には「トレーネとシェリエを狙った二羽の剛雁が、同時に落ちた」。
「一体何が……いや、誰が……?」

 シェリエを狙った剛雁の狙撃に成功したことを確認して、白い甲冑……というよりは、ヒーロースーツ風の魔鎧に身を包んだ男は満足そうに頷いた。
 正義のヒーロー「インベイシオン」……その正体は、白星 切札(しらほし・きりふだ)である。
 もはや辺りに剛雁などの別動隊の姿はなく、この一帯の戦いも終結しつつある。
 それを見届けて、インベイシオンは静かにその場を立ち去った。
 三姉妹をただ陰ながら見守り、ときに助けることが彼の目的なのである。

 ……その直後、吹雪はインベイシオンがいた辺りの様子を見に来た。
 彼女が辿りついた時には、すでにインベイシオンの姿はなく――その代わりに、木の幹の目立つ所に、トランプのジョーカーのカードが突き刺さっていたのだった。

 自分の正体は知られたくないし、別に感謝の言葉も期待してはいない。
 それでも、そこに「誰か」がいたことだけは気づいてほしい。
 ヒーローの、男の、いや、人の心というものは、実に複雑なものである。