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リアクション
多くの被害者が高等部から出ていたが、ごく少数初等科でも失踪事件は起こっていた。
そのため、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)に初等科に転入してもらい、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)とともに様子を見ることにした。
「いい? スキルは絶対に使わないでね。それから、黄昏の大鎌は預かるわよ。何かあったら無理しないですぐに連絡するのよ?」
「そうそう。とにかくすぐに知らせてね」
「分かってるよ。大丈夫だもん」
心配げにそわそわするリカインとシルフィスティにミスノが頷く。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言うと、ミスノは元気に校舎の中へ駈け込んでいく。
残された二人は手を振って見送ると、校舎の周辺を一通り調べて回ることにした。
「なぁんだ。天学の歌姫さんかぁ」
「いらぬ心配であったな」
突然目の前に現れた師王 アスカ(しおう・あすか)と長尾 顕景(ながお・あきかげ)にリカインとシルフィスティは驚いて足を止めた。
「えっと……?」
「ああ、そういえば今日からミスノ・ウィンター・ダンセルフライが転入したのだったな」
「あれ? そうなんだ。初等科にも派遣始まったんだねぇ」
「もしかして、二人とも事件の調査で?」
派遣、という言葉にピンときたリカインが確認する。
「そうそう。私は用務員で来たんだけど。思った以上に暇なんだよねぇ」
「静かなのは何よりであろう。もっとも、嵐の前の静けさ、ということもあるが」
「あなたも用務員で?」
「いや。私は事務員ということになっているな」
シルフィスティの問いに顕景が首を振った。
「んー。今回、転入手続き楽だったと思うんだよねぇ」
「確かに。ずいぶんすんなり手続きできたわ」
「もちろん各校が動いてるからっていうのもあるんだけど。カゲさんが色々やってるんだよねぇ」
「思った以上に便利な役職だったな。用務員室との連携も取りやすい」
各校派遣に先立ち顕景が山学の事務室に潜入し書類を捌いているため、初等科から高等科まで多少不自然な人数や年齢層であってもすんなりと転入ができていたのだ。
アスカもほぼ同時期に用務員として入っており、一般生徒として転入したルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)の根回しにより事前に学校中に設置した監視カメラで近辺の監視を行っていた。
「ちょっと妙な動きしてる二人組がいるなぁと思ってカゲさんと出てきたら、歌姫さんたちだったっていうね〜」
「紛らわしい動きしてごめんなさい」
「私たちも少し周辺を調べておこうかと思って」
リカインとシルフィスティの言葉に、アスカと顕景が同時に頷く。
「何かあったら用務員室に立ち寄ってね。情報を一か所にまとめておきたいんだよねぇ」
「校門を出たら、私たちよりは君たち保護者のほうが動きやすいだろう?」
「たしかにそうね。ミスノの授業が終わったら、通学路も見てみるわ」
「大人が混ざっているだけで、警備になるかもしれないし」
「ありがとう〜」
リカインたちの言葉にアスカが微笑む。
「さて、アスカ。そろそろ戻ったほうが良いのではないか?」
「うん」
「では、な」
「お疲れ様〜」
校舎内に戻っていく二人を見送ると、リカインとシルフィスティは再び調査に戻る。
「ねえ……気にならない?」
「初日に保護者が見学って、別にそんなにおかしなことじゃないわよね?」
リカインとシルフィスティは顔を見合わせるとお互いを納得させる。
「そうよね。初日だしね」
「そうそう」
言いながら、二人で校舎内に入る。
玄関すぐの用務員室にいたアスカにぺこりと頭を下げると、そのままミスノの教室へと向かった。
こそこそと授業中の教室内を覗き込むと、教師が板書している隙を見て、ミスノが前後左右のクラスメイトたちと頻繁に手紙を回している姿が目に入った。
「……回し手紙って、どの代になってもやるものなのね」
「大概大したこと書いてないのよね」
授業にまったく集中せずに、にこにこと楽しそうにクラスメイトと遊ぶ姿に二人は複雑な気持ちになる。
「まあでも、この短時間であれだけ馴染むって凄いんだけどね」
「あー!!」
リカインがため息を吐いていると、ドアに張り付いている二人を見つけたミスノが声を上げ、ぶんぶんと手を振る。
「わわっ」
「駄目よミスノ!!」
リカインとシルフィスティは慌ててドア部分の窓から引っ込む。
「きゃっ!!」
と、突然前方のドアが開き、二人は思わず声を上げてしまった。
「あの、ご心配なようでしたら中でどうぞ」
若い教員が苦笑いで二人に声をかける。
「い、いえ、大丈夫です。失礼しました」
リカインは慌ててそう答えると、シルフィスティとともに校舎の外まで早足で進んだ。
そのまましばらく二人で近辺の様子を探っていると初等科の校舎から次々に児童たちが走り出してきた。
「あら、授業終わったみたいね」
「あー! いたー!!」
リカインが呟くのとほぼ同時にミスノの声が響き、二人のもとに駆け寄ってくる。
「もぅ、さっきすっごく面白かったよー。二人ともぎゅーって貼りついてるんだもん。あの後も、クラスのみんなに二人のこと聞かれたんだよ」
楽しそうにクラスメイトの話をするミスノの姿を見て、リカインとシルフィスティも思わず笑みをこぼす。
「さっそく友達できたのね」
「うん! さっきもね、みんなで怖い話してたんだよ」
「怖い話?」
「そうだよ、学校の帰りによつつじを通ると鬼が出るって」
「鬼……?」
シルフィスティが苦い顔でリカインのほうを向く。
「さっそくアタリを引いたみたいね……さすがだわ、ミスノ。その話、詳しく教えてくれない?」
思わぬ収穫にリカインも苦笑をもらした。
「えーっとね、部活動とかで遅くなっちゃったら、絶対一人で帰らないようにって先生に言われたんだよね。それで、なんでかなって友達に聞いたら、鬼が出るからだよって。なんか、追いかけられて怪我しちゃった子がいるんだって」
「ミスノ、その四つ辻ってどこだか分かる?」
「ねえねえ、よつつじ、って何?」
「……あー……」
勢い込んだリカインの質問に、ミスノが首を傾げる。
「道が十字になってるところのことよ」
「へー……わかんないや!」
「そうよね……」
小学生の噂であれば確かにそれぐらい曖昧なものだろう。
だがしかし、下手に学年が上がり面白おかしく脚色をするようになっていない分、真実に近い可能性が高い。
「用務員室に寄って帰りましょう」
リカインはアスカに初等科での噂話の報告をすると、3人で帰路につく。
「明日も迎えにくるから。絶対に一人で帰らないようにしてね。それから、同じ方向の子たちはみんな一緒に帰るように誘える?」
「うん! じゃあ明日からみんな一緒に帰るー!」
場合によっては能力を見られてしまうかもしれないが、自分たちが一緒ならある程度のものになら対抗できる。
少しでも被害を減らすために、リカインとシルフィスティは動き始めた。
「四つ辻に鬼が出るって噂が、初等科に流れてるみたいだねぇ」
早速アスカはルーツに携帯電話で情報を共有する。
「なるほどな。しかし四つ辻とはまた小学生らしからぬ情報だな」
「まあ、四つ辻が何なのか分からずに流れてるみたいだけどねぇ」
「……そんなところだろう。アスカに心当たりはあるか?」
「うーん。この辺りにそんな道はないしね〜。校門の中、じゃないかな〜」
「……校門の中?」
「初等科、中等科、高等科、本部棟。面白い配置だよねぇ、この学校って」
「なるほど、な」
「一応、ランランたちにも共有しておくね〜」
「ああ。我も引き続き調査を続けよう」
アスカはルーツとの電話を切ると、フェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)と顕景にも同様の連絡を入れるのだった。
「ヒャッハー!」
高等部の教室で、よく分からないティーの声が響く。
外見とギャップの強すぎる不良キャラでなんとなく浮いていたティーだが、教師に迎合しないその姿勢に、クラスメイトからはそれとなしに尊敬されつつあった。
「突然叫ぶな。びっくりするだろう」
眼鏡をかけ、全体的に野暮ったい雰囲気をかもし出した源 鉄心(みなもと・てっしん)が振り返る。
「先生ー、それ、なんて書いてあるんですかあ?」
「馬鹿、アメンホデブ9世だろー。ちゃんと読めよー」
汚すぎる黒板の字に、生徒から質問の声が上がる。
馬鹿にしたようなフォローを入れる生徒までいる始末だ。
「あ、いや、アメンホテプ4世……」
「マジで!?」
挙句読めていない。
「アメンホテプはだいたい3世か4世しか勉強しないぞ」
鉄心がそう言うも、クラス中板所の汚さで盛り上がってしまっている。
「それにしても、4が9に見えるとかどんだけ……」
「頑張れば、心の目で見れば、4に見えないことも、ない……?」
そんな生徒たちの声に、鉄心はがっくりと肩を落とす。
「そういえば先生、どうして先週ずっと休んでたんですかあ?」
「また腹痛ですかー?」
授業に飽きてしまった生徒たちが、関係のない話を振り始める。
調査をしやすくするため、鉄心は着任当初から病弱キャラを装い、ちょくちょく腹痛などで授業を休んでいたのだ。
「そういえば、その包帯どうしたんですか?」
「いや、これは、屋上から、な……」
わざと曖昧に答えると、生徒たちが妙に盛り上がる。
「ね、ねえ、そういえば、この間授業のあとティーちゃん、先生の屋上に呼び出してなかったっけ?」
その生徒の一言で、教室中が一瞬静かになる。
「アレは、授業の意味がわからなかったから」
ティーは端的に答えた。
その日から、「ティーが授業が気に食わなくて源先生を屋上から突き落とした」という噂があっという間に広がるのだった。
「と、とにかく授業を続けるぞ。で、そのアメンホテプ4世は、多神教を一神教にしてだな……」
黒板に書きながら説明するが、完全に矢印の方向が間違っている。
「先生、その板書だと、一神教から多神教になりますよ」
セレアナが冷静にツッコんだ。
「ん? あ、逆だ、逆」
慌てて消そうとするも、なぜか黒板消しが見当たらない。
ばたばたと探し回ると、ティーをはじめ数人が、黒板消しでキャッチ黒板消しをして遊んでいるところだった。
教室中をチョークの粉が舞っている。
「ああああああ……」
仕方なく鉄心は自分のスーツの袖で矢印を消して方向を書き直す。
「それで、アメンホテプ4世は改名して……」
そこまで言ったところでチャイムが鳴る。
「きりーつ。きょーつけー。れーい。ありがとうございましたー」
「ありがとうございましたー」
頼んでもいないのに日直が号令をかけ、みんな綺麗に一礼するとガタガタと動き始める。
「……はい、ありがとうございました」
がっくりと肩を落として教室を出るとイコナが追いかけて走り出してきた。
「鉄心、リコーダーがありませんの。今日吹奏楽部に伺おうと思ってますのに、これでは演奏できませんわ」
「でも、持ってはきたんだろう? カバンの他に袋持ってなかったか? そっちに入ってるんじゃないのか」
「探しましたわ。鉄心、どうしましょう」
イコナは鉄心を涙目で見上げる。
「大丈夫だ。俺も一緒に探すから、今日持ってきたカバン全部持って社会科準備室に来れるか?」
そういってぽんぽんとイコナの頭をなでる。
「あああ!! 先生がイコナちゃん泣かせた!」
と、ちょうど廊下に出たところでその光景を見た生徒が大声を上げると、他の生徒たちもわらわらと教室から出てきて、大ブーイングが起こる。
「いや、そうじゃなくてだなぁ」
鉄心が場を収めようとすればするほど生徒たちは面白がって盛り上がる。
「と、とにかくイコナ、後でな」
「わかりましたわ。準備室に伺えばよろしいのですね」
そう言って、イコナは握っていた鉄心のスーツの裾から手を離す。
鉄心のあだ名が「ロリコン教師」になった瞬間だった。
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