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学園に潜む闇

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学園に潜む闇

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「では、今日は応急手当について勉強しましょう」
 新たに保健の実習生として入った九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は教室を見渡していった。
 みんな明るく振舞ってはいるが、学校内から何人もの生徒が行方不明になっている挙句、ここ最近は昼夜問わず鬼の出現が見られるようになっているのだ。
 不安でないはずがない。
 人にモノを教えるのは初めての経験で、不安もあった。
 しかし、今は各クラスに紛れ込んだ契約者たちがうまいこと鬼を追い払ってはいるが、いつ生徒だけのときに鬼がくるか分からないのだ。
 手当てができる生徒は増やしておいたほうが良い。
「大きな怪我でも、応急手当がしっかりしていれば大事に至らないことも多くあります。だから、一人ひとりが意識して、しっかり身につけてね」
 そう言うと、一人ずつにガーゼ数枚と包帯を配って歩く。
 隣同士で一組にすると、それぞれで互いに応急手当を施していく。
「まず出血を止める場合。間接圧迫と直接圧迫があるんだけど」
 言いながら、黒板に貼り付けた人体図の間接圧迫のポイントに赤丸を付けていく。
「出血量が多くて、近くにガーゼとかが見当たらない場合に使うよ。あ! 押さえつけると血管に負担かけるから今は押さえないでね!!」
「先生! 押さえちゃった!! 離して平気?」
「あ、なんか眩暈が……」
「マジかよ!! が、頑張れ五百蔵! 傷は浅いぞ!!」
「うん、浅いっていうか、傷もないとこ押さえられてるんだけどね」
「わー! 離して離して!!」
 東雲のペアだけでなく、同じことをやっている生徒が何組かいて、ローズはなるほどと思う。
 高校生も意外と前のめりなのか……。
「じゃあ次が直接圧迫法だよ。これが一般的に、みんなが想像する止血法かな。今はそんなに強く押さえつけないでね」
 と言っているにも関わらず、主に男子生徒のペアで、強く押さえつけあって「痛い痛い」とじゃれあっている姿が見られる。
「ほら、ふざけてないでちゃんとやるんだよ」
「ねー、先生ってどうして保健の先生やってるんですかー?」
 様子を見ながら教室内を歩いていると関係のない質問も飛んでくる。
「うーん。私は勉強が苦手だったから」
「先生なのに!? すげー!」
 あ、逆に感心されるんだ……。
 生徒たちの反応は、ローズにとってはいちいち意外なものだった。
「じゃあ、最後に包帯の巻き方。綺麗に巻ければ半日ぐらいはそのままでいられるし、逆にうまくできないと少し動いただけでほどけるから。ちゃんと覚えてね」
 そう言って、生徒を一人前に立たせると、各部位への巻き方を指導していく。
「先生、こんがらがった!!」
「ほう、前が見えぬのう」
 ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)の頭に包帯を巻いていた生徒が不器用だったらしく、頭部ではなく完全に顔に包帯が落ちてしまっていた。
 挙句こんがらがって取れなくなってしまったらしい。
「そなた、不器用じゃな」
「ちょ、傷つくなあ」
「ふむ、それ以上引っ張ると、わしの首が絞まるのう。そなた意外にワルじゃな」
「うわわわ、ごめん! え、なんで包帯ここまで落ちちゃったんだろ。つか締めないし!!」
 次々と色んな机に呼ばれて、ローズは大忙しだった。
 教室の隅のほうで紅坂 栄斗(こうさか・えいと)ユーラ・ツェイス(ゆーら・つぇいす)は無難に実習をこなしていた。
「そういえば、私、さっき爪はがれたんですけど、これで押さえられたりします?」
「はがれた!?」
 自然に発せられた女子生徒の言葉にローズは驚く。
 指を見ると、爪がはがれて肉が腫れてしまっていた。
「うわ、これは痛かったでしょう」
 急ぎ救急箱から鎮静効果のある薬液を取り出すと脱脂綿にしみこませて患部に当てる。
「先生、俺やってみてもいい?」
「あ、五百蔵くん、お願いー」
 包帯を持ちながら手を上げた東雲に、女子生徒が頷く。
「じゃあ、やってみる?」
 ローザが横で様子を見守る。
 東雲は先ほどローザが教えたとおりの巻き方で、綺麗に女子生徒の指に包帯を巻いた。
「わー。綺麗ー。五百蔵くんありがとー。先生もありがとうございますー。痛くない!!」
「良かったね。お大事に」
「スキルが使えぬというのは、なかなか辛いものじゃのぅ。あの程度すぐに治してやれるのじゃが」
「逆に、あの程度なら普通にローズの治療で治るだろ。今は仕方がないよ」
 悔しげにつぶやいたユーラを、栄斗がなだめる。
「じゃあ、次の授業では今日の復習をやるから。包帯はあげるから練習できそうな人はやっておいてね」
 そう言うと、ローズは教室を出て職員室へと向かう。
 教師として伝えられること、助けられることが意外に多いことに気づき、不思議な達成感を感じていた。   

「五百蔵、次教室移動だぜ。イコンのなんかだってよ」
「なんかってなんだろう」
「とりあえず行こうぜ。視聴覚室遠いんだよ。あ、終わったらそのまま学食行こーぜ」
「うん」
 東雲はクラスメイトたちと連れ立って教室を移動する。
 そんな東雲の姿を見て、ンガイもなんだか嬉しかった。
「イコン、か。いまさらな気もするけどな」
「まあ、日本の学生にしてみれば珍しいのじゃろう」
「そうだな。行くか」
 栄斗とユーラも移動を開始する。
 視聴覚室に着くと、生徒としてヴァディーシャが合流した。
「まずはイコンの基本的な構造について話すわね。技術交流っていうことで、特別授業の時間しかもらってないの。この時間だけだから伝えられることは少ないかもしれないけど、少しでもイコンに興味を持ってもらえたら嬉しいわ」
 そう言うと、スクリーンを使ってイコンの構造や機動について簡単に説明する。
「基本的にはパートナーと2人で乗ることによって本来の力が発揮できるの。イコンでの戦闘は生身での戦闘とはまったく感覚が違うから、慣れるまではなかなか大変ね」
「これなら鬼とかやっつけられんのかな」
 思っていた以上に食いつきが良いと思っていたらそういうことか、とイーリャは少し切なくなる。
 彼らは今まさに、自分や友達を護る力が欲しいのだろう。
「簡単に、シャンバラでどう使われているかも紹介するわね」
 シミュレーションの映像も交えながらの説明に、生徒たちは食い入るように画面を見ていた。
「各校での合同訓練もあるから、学校ごとの特徴もよくわかるの」
 一通り説明を終えると、イーリャは画面を落とした。
「授業は以上。少し時間が余ったわね。よければこの学校のこと聞かせてくれない?」
 その言葉に、生徒たちはぽつりぽつりと事件について語り始めるのだった。
 少し話したところでチャイムが鳴ってしまう。
「それじゃあこれで終わりにしましょうか。またこういう授業があったらよろしくね」
 そう言って教室を出ようとする。
「あ、ママ! じゃなかった先生!!」
 明らかにもう遅い。
 イーリャは困ったように笑うとヴァティーシャを連れていったん廊下へ出る。
 ヴァティーシャが視聴覚室に戻ると、生徒たちに囲まれた。
「ママって、アカーシ先生の子供なの? でも、先生若いよね??」
 不思議そうな生徒たちに、ヴァティーシャは懸命に説明の言葉を探す。
「あ、えぇ、えぇと……あんまり話すと禁則事項ですけど、ボクは未来から来たママの娘なのです……」
「未来!? え、どういうこと!?」
「いや、だからですね、えっと、未来のママがボクを産んでくれて」
「ごめん、すっごくよく分からないんだけど、なんかこれが証拠だー、みたいなのあったりするの??」
「証拠……え、えぇっとそうです! ボクみたいなちょっと変わった人ってこの学園にいないですか!? もしかしたらその人も未来人かもしれないです!」
「えええええええええ……」  
 信じていない、ということではなく、純粋に興味を持って聞いてくるクラスメイトになんとかそう答えるも、余計混乱させてしまったようだ。
 だが、これで面白い子という認識がされて、ちょこちょこ学校の噂話などをヴァディーシャに教えてくれるクラスメイトが増えた。

「フハハハ! 我が名は秘密結社オリュンポスの大幹部……じゃなかった。教育実習でやってきた、教育実習生のドクター・ハデスだ! 短い期間だが、よろしく頼む!」
「いやいやいや、今完全に言っちゃったよな?」
「日本の生徒が、秘密結社オリュンポスを知らないことを祈るんじゃな」
「相変わらず面白いのぅ」
 凄まじいテンションで教室にやってきた理科の教育実習生、ドクター・ハデス(どくたー・はです)に、栄斗とユーラ、ルファンは呆れたようにこそこそと話す。
「でも、蒼空の派遣リストにはいなかったけどな」
「独自のルートを使ったんじゃな」
 不思議そうな栄斗にルファンが返す。
「さて。実験でもやるか!」
「先生ここ教室ですよ!?」
 突然の提案に生徒が驚く。
「フハハハ! 秘密結社オリュンポス大幹部の力を……違う、教育実習生の力を使えばたやすいことだ!」
「また言っちゃったよ」
「教育実習生とは、そんなに力のあるものなのかのぅ」
 栄斗とルファンが不安でそわそわしはじめた。
 だが、授業が始まれば意外と普通、それ以上にドクター・ハデスの説明は分かりやすかった。
 複雑な化学式も、ただ覚えろというのではなく、理論から簡単な言葉で説明する。
 ちょっと言動が面白くて分かりやすい授業は、生徒たちの間であっという間に人気になった。
「それから、私は魔剣を探しているのだ。何か良い情報があればすぐに知らせるように。ではな!」
 その後、ハデスの元へは生徒たちから今回の事件に関する情報が殺到した。
「ククク、ゲオルクとやらめ、謎の魔剣を独占しようとは、このオリュンポスの天才科学者ドクター・ハデスが許さぬ! すぐにでも居場所を突き止めて、魔剣を手に入れてくれるわ! ふむ。む、その鬼のような化物とやらは、魔剣と関係がありそうだな! よし、アルテミスよ! 囮となって、その鬼の調査をするのだ!」
「了解しました、ハデス様。この学園の平和を乱す鬼は、この私が捕らえてみせます!」
 命じられたアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)はハデスの予測した範囲を一般生徒のフリをして歩きまわり、囮になる。
 ハデスは生徒たちからの情報を元に行動予測で予測した鬼の出現しやすいポイントにアルテミスを向かわせ、そこに網を張り調査する。
「我がしもべ、デメテールよ。契約に従い、我が召喚に応じよ!」
 候補箇所が多かったため、契約している悪魔まで召喚した。
「デメテールよ! 魔剣のため、鬼の調査をするのだ!」
「はいはい」
 召喚されたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)は、渋々頷きながら指示された場所へと移動する。
「でもー、調査なんてめんどくさーい。……いいや、さぼっちゃえ〜」
 個別での調査をいいことに、早速デメテールはサボることにした。

 同じ頃。
「ふむ、なにやら不穏な気配がするね。この町に来てから聞く噂と関係があるかもしれないな。よし、ちょっと解決してみようか」
 たまたま噂を聞きつけ学園にやってきたザインハルト・アルセロウ(ざいんはると・あるせろう)が調査を開始していた。
「制服だと学校からは出られないしなー。とりあえず、保健室で寝ようっと」
 デメテールは意気揚々と保健室に向かうと、元気良く保健室のドアを開け、ベッドに飛び込んだ。
「……おや? キミキミ、ソコの女生徒君。見た所サボり中の様だが良ければ制服を貸してくれないか?」
「えー。別にいいけど、そしたらデメテール、着るものなくなっちゃうしー」
「うん、代わりに私のジャージを貸してあげよう」
「ジャージかー。あ、でも学校の外に出るにはちょうどいいかも。いいよ」
「そうか、ありがとう。では早速」
「やった、これなら学校から抜け出せるっ!」
 二人は同時に着替え始める。
 ちょうど下着姿になった瞬間、音を立てて保健室のドアが開いた。
「きゃ、きゃああっ!」
 デメテールはとっさにデモニックナイフを投げつける。
「物騒だなぁ」
 さくっと避けて、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がのんびりと話す。
「つーかデメ子、おめぇまたサボりか」
「うっ、うるさいわねっ」
「先生、着替え中なんだが……」
「ベッド使いたいんだよね」
「ああ、わかったすぐに済ませよう。えーと、デメ子君? 落ち着いて着替えないと見えたままになってしまうよ」
「そうそう。さっきからほぼ丸見えだぞ」
「きゃああああああああああっ!!」
 デメテールは唯斗を睨むと凄まじい勢いでジャージを身につけると、保健室を飛び出していった。
「あ、サボりなのに逃がしたな。ま、いいか。俺もサボりだし」
 日本史担当として入ったはずが、学校側がうっかり二重で採用してしまったらしく非常勤の倫理教諭としての採用となった。
 コマ数も少なく暇だった。
 そんな立場を利用して校内を巡回しつつこっそり調査を進めるが、同じ校内を回ってばかりで飽きてしまったのだ。
 たまには少しぐらい休んでもバチは当たるまい。
「さて、先生。私はこれでも英霊なんだ。その私の裸を見たからには責任を取って貰うよ」
 ベッドに転がった瞬間、ザインハルトに声をかけられた。
「はい!?」
「先ずは、事件を解決してからだね。行こうか、先生」
「強引だなー……ま、校内を巡回してて怪しいトコはだいたい目星も付けてる。後は他の連中に連絡して一気に抑えれば何とかなるだろ」
 唯斗はしぶしぶ起き上がると、ザインハルトとともに行動を開始する。
「つーか、制服にバットとかそんなんで大丈夫か?」
「化物でも何でもバット一つで充分。英雄とはそういう存在さ」
「あ、そう、なんの英雄よお前……?」
「私は英雄ではない、英雄が私なんだよ」
「あ? ……あー……なんか、あー、そういうことか」
 妙に哲学的な表現だったが、唯斗は、不思議と彼女が伝えようとしている概念がすとんと腑に落ちる感覚があった。
「ま、じゃあ行こうかね」
「ああ。これからよろしく頼む。先生」
 二人は連れ立って歩き始めた。