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料理バトルは命がけ

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料理バトルは命がけ

リアクション

「さて、次は私達の料理だね」
「力作ニャッフルホッフよ。じっくり味わってね」
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が審査員達に見せたのは、団子状の物にソースがかかった料理――ニャッフルホッフであった。
 先程の物がひどかったために、若干審査員側もゆるみが出ていたのかもしれない。多少は躊躇した物の、ニャッフルホッフを口に放りこむ。
「「「ほふぅッ!?」」」
――そして噛んだ瞬間、爆ぜた。
「……毒性ニャッフルホッフ、お味は如何だったかな?」
 アルクラントが呟くが、答える者は居ない。
――ニャッフルホッフは本来、肉や野菜を団子状にする物である。今回はそれに火薬や発火溶液、ガラス片なんて物を練り込んである。
 更に今回は煮込みソースに工業用廃油をベースとし、雑巾のしぼり汁、更にはニトログリセリンを混ぜていた。
「調理中に爆発しないか冷や冷やしたわね……けど、大成功みたいね」
 シルフィアが言うと、アルクラントが隣で満足げに頷いた。
「食べ物を遊び道具にした愚か者どもの末路という物よ……今頃天国にいるだろうさ」
 審査員達は口の中でニャッフルホッフが爆ぜた衝撃で気を失っていた。恐らく口内はとんでもないことになっているだろう。いや、とんでもないことになっているだけで済めばいい方だ。
 だというのに、
「……ふぅ、私でなければ即死ですよ」
むっくりと、アザトースが起き上がった。
「なっ……!?」
「何で生きてるのよ!?」
「え? いやこういうのに耐性有るので。まぁすぐに復活とはいきませんでしたが」
 然も平然と、埃を払いつつアザトースが答える。
「なんてこった……」
「ワタシ達が負けるだなんて……」
 アルクラントとシルフィアががっくりとうなだれる。
「……しかしふと気になったんですが……食材を遊び道具にする愚か者ってそれ私達の事じゃないですよね? むしろ被害者のような気がするんですが……」
 アザトースが呟くが、その問いに答える者は居なかった。

「皆さーん! 今日はお越しいただいてありがとうございまーす!」
 ツァルト・ブルーメ(つぁると・ぶるーめ)が観客席に向かって手を振る。
「今日は頑張っている参加者の方々の為、精一杯歌わせて頂きます!」
 そう言うとツァルトは大きく息を吸い、目を閉じて口を開いた。

さぁ、始めよう 思いを込めた料理を

沢山の材料 集めて何を作ろうかと

思い悩む 私

あの人は何が 好きなのかと考えてみる

考え 纏めて 今 作ろう

これと あの材料 組み合わせ 味を作る

さぁ この 料理を今

食べてください♪


「……御清聴ありがとうございました」
 ペコリと頭を下げると、観客席から歓声が上がった。
「……ふぇ? し、審査員の方々が……何だか様子がおかしいんですが……よ、余計な事をしましたか?」
「あ、ああ……ツァルトは悪くないですよ、うん」
 不安そうな表情を浮かべるツァルトの頭を九十九 昴(つくも・すばる)が撫でる。
「そうそう、あれは昴の仕業、って言えばいいのかしらねー?」
 吉木 朋美(よしき・ともみ)が言うと、昴が睨む。
「……さ、流石にこれは無理よ〜!」
 青い顔をしたアスカがギブアップの札を上げる。
「一人脱落か〜……『海鮮地獄門』、恐るべし」
「勝手な名前を付けないでください! ただのパエリアですよただの!」
 昴が作った料理は彼女が言う通り、パエリアである。だが、勿論ただのパエリアではない。
「た、ただのパエリアは食べてこんなに怖気がしないわよ〜!」
 アスカが半べそ状態で言う通り、このパエリアは食べる度に背筋に悪寒が走る。
「ふ、普通に作っただけですよ!? 普通に!」
 昴が言う通り、このパエリアは普通の手順で作られた。だが、
「いえ……これ、相当の悪霊寄って来てますよ。下手すると憑りつかれるレベルで。恐らく捕らえられ、氷漬けにされ、そして調理された魚介類の無数の怨嗟が籠っているのかと」
アザトースが言う通り、パエリアには相当な霊が集まっていた。
 昴には湯を沸かしただけで劇薬にしてしまう特異体質があり、それは周囲の霊を巻き込んで調理しているから、なんて言われているらしい。今回もその体質のせいで、食材の怨嗟が集まってしまった可能性が考えられる。
「流石昴ね……で、何であなた大丈夫なのよ?」
「いえ、一応ネクロマンサーですし……御馳走様でした」
 そう言いながらもアザトースは完食し終えた。
「ふむ……一人完食したけど、結果はまぁいいところじゃない? まぁ面白かったわねー」
「ええ、そうですね」
 帰ろうとした朋美が、昴を見て凍りつく。
「……あの、昴さん? ソノナベハナンディスカ?」
「ああこれですか? 確か『海鮮地獄門』、でしたっけ?」
 笑みを浮かべる昴であったが、目が笑っていない。その事が朋美をさらに凍りつかせる。
「折角作ったんですが、作り過ぎてしまいましてね……朋美にも味わってもらおうかと思いまして。カオスがお好きなのでしょう?」
「い、いやいやいや! 確かに好きだけどそれは見るだけであって――」
「遠慮しないでいいですから、さぁさぁ」
 そう言って首を横に振る朋美を、昴が引き摺って行った。
――その後、裏の方で「と、朋美さんが! 朋美さんがぁ!」とツァルトの悲鳴が聞こえたとか聞こえないとか。
 ちなみに泰輔は早々にリタイアしていた。原因はというと、
「だから……海老はダメやって言うたやん……」
とのことである。

「さて、次は俺か……ちょっと待ってくれよ」
 アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が圧力鍋を取り出す。鍋の蓋を開けると、肉の塊が玉葱やブロッコリーといった野菜やブーケガルニになったハーブと一緒に煮込まれていた。
「その肉は?」
 泰輔はアキュートに鍋から取り出した肉を指して問う。
「ああこれかい? 山羊肉だ」
 そう言うとアキュートは肉を切り分けだす。圧力鍋で煮込まれた為、既に柔らかくなっており容易く分けられた。
 皿に一緒に煮込んだ野菜を盛り付け、トリュフの微塵切りを少しかける。そしてオレンジソースとマスタードソースの二種類を添えた。
「山羊肉のポトフ、完成だ。まぁ食ってくれ」
 出された料理は見た目も、アキュートの調理にもおかしな点は無かったが、警戒しつつ審査員が料理に手を伸ばす。
「……最初またろくでもないもんかと思ったけど、うん、美味いやん」
「オレンジソースいいわ〜」
「マスタードソースもこのくらいの刺激なら惹き立ちますねぇ」
 審査員達が口々に感想を述べる。見た目通り、料理は美味であった。
「さて、ちょっとこの料理について説明したいんだが……まぁ食べながらで良いから聞いてくれ……ハル!」
 食べ始めた事をアキュートは確認すると、ハル・ガードナー(はる・がーどなー)を呼びつける。
「ハル、頼むぜ」
「わ、わかったよ、アキュート」
 アキュートに言われ、ハルが頷くと審査員に向き直る。
「……ボクにはね、ミーナっていう女の子の友達がいたんだ。ミーナはね、とっても明るい子で、遊んでる時はいっつも笑顔。服は擦り切れてボロボロで、その事をからかわれたりもしたけれどそれでも負けずに、笑ってる強い子だったんだ」
 そこまで言うと、ハルが少し俯いた。
「そんなミーナがね、ある日公園の隅っこで泣いていたの。ボクが理由を聞くとね、『シロが売られちゃったの』って泣きながら言ってくれた……シロっていうのはね、ミーナが生まれた時から一緒に育った山羊なんだ。ミーナは『シロのミルクは世界で一番おいしいの。ご飯が無くてもシロがいれば、私は元気でいられるんだ』って言ってたっけ……いつも笑ってたミーナが、ずっと泣きじゃくってて……その次の日からね、ミーナ……公園に来なくなっちゃったんだ」
 そこでハルは言葉を止めた。
「ハル、悪いな……まぁ変な話を聞かせて悪かったな……いや別に何が言いたいってわけじゃないんだが、その料理も山羊の肉で……」
 ちらりとアキュートが審査員達を見る。
――アキュートの作戦というのは、別の切り口から精神的に攻めるという物であった。食べている肉料理に纏わる悲しいエピソードを語り、罪の意識を持たせる。
 その為に自分よりも効果的だと思われるハルに語り手を担わせたのであった。
 さて、果たして審査員達のリアクションはというと、
「あ、ホンマや。マスタードソースもええな」
「ええ、オレンジソースも中々ですよ」
「後お肉自体にハーブの香りが着いているのも美味しいわ〜」
普通に料理を食べていた。
「っておい! 何のダメージも無いだと!? どういうことだ!?」
「え〜? 何で〜?」
 アスカが首を傾げる。
「いや、今の話で何か感じる物は無いのか? 罪悪感とか」
「申し訳ないんですが……つい先程、食材の怨念が籠った料理が出たばかりなので……」
「なん……だ……と……!?」
 アザトースの言葉に、アキュートが愕然とする。
「まぁ仮にそのような料理が無かったとしても、この料理は残す訳にはいかん。それは料理に対する冒涜になるからな、しっかり食べてこそ供養になるってもんや!」
「けど泰輔さん、さっきのパエリア思いっきり残しましたよね」
「アレはアレ! これはこれや!」
 アザトースのツッコミを泰輔は強引に切り捨てた。
「……完敗ってわけか」
 空になった器を見て、アキュートが軽く自嘲気味に呟いた。