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シャンバラ大荒野にほえろ!

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シャンバラ大荒野にほえろ!

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プロローグ

1 シャンバラ大荒野


 快晴。
 赤茶けた地面に濃い影を落とし、二人の冒険者が歩いていた。
「方向、ホントに間違ってませんか?」
 広げた地図を見つめて、天野 稲穂(あまの・いなほ)が立ち止まった。
 それから顔を上げて周囲を見回す。ぐるりと180度、見渡す限り何もない荒野だ。
「そろそろ遺跡が見えてもいい筈なんですけど」
「うーん、変だねぇ」
 心細さを滲ませる稲穂と対照的に、天野 木枯(あまの・こがらし)がどこか面白がるような口調で相づちを打つ。
 シャンバラの大荒野の探索に来ているのだ。十分に準備は整えてある。多少道に迷う程度は切り抜けられる自信がある。
 というより、実際は迷子になどなっていないと木枯は思っていた。
 平均的な成人男性を基準に割り出されている地図の所要時間が、二人のそれと若干ズレがあるだけだろう。
 木枯は軽く伸びをして、空を見上げた。
「まあ、気楽に進もうよ……あ、青い空に白い機影。長閑だねぇ」
「はあ……木枯さんがそう言うなら……」
 つられるように稲穂も空を見る。
 木枯の言う通り、雲ひとつない空に飛空挺が一機、陽の光を浴びて輝きながら飛行している。
 よろよろと。
「……あれ?」
「……傾いて……ませんか?」
 よろよろと飛んでいた飛空挺がスローモーションで墜落する様子を、二人は呆然と眺めた。
 ぷしゅー、と白い蒸気が吹き上がると、稲穂も飛び上がって叫んだ。
「た、大変です、助けにいかないとっ!」


「今の……一人乗りの飛空挺ですね。追っ手って訳じゃなさそうだけど」
 飛空挺が墜落していった方向を眺めて、倉田 宗(くらた・そう)が言った。
「俺たちをここに捨てて行ったのは連中だぞ。追っ手を出す理屈はねぇだろうが」
「……まあ、それはそうですけどね」
 富田林 耕一(とんだばやし・こういち)のぶっきらぼうな言葉に、倉田はちょっと苦笑を零す。
 富田林は、しばらく黙って荒野の彼方に上がる細い白煙を見つめていたが、やがて覚悟を決めたように言った。
「ま、他にアテはねぇ。無関係の遭難者かもしれんが、向かってみるか」
 コートの土埃を払って、傍らに座り込んだ倉田を振り返った。
「おい、行くぞ」
「……はあ」
 倉田は深い溜め息をついて、情けない顔をした。
「気が重いなあ……体力には自信がないんですよ、僕は」
「ナマ言うんじゃねえ、諸悪の根源が」
 言い捨てる富田林に納得のいかない表情を見せながらも、倉田はぼやくのをやめて立ち上がった。

 黙々と荒野を歩くことに飽きたのか、やがて倉田が口を開いた。
「……ところで、刑事さん。何が起こると思いますか」
 ちょっと考えるように言葉を切って、続ける。
「やっぱりドラゴンが襲ってくるとかですかね」
「あ?」
 富田林が不愉快そうに顔を歪める。
「ドラゴン? 俺は天変地異の類いだと思ってたぞ。大地震とか、大火山の大噴火とか」
「大をつければいいってもんじゃ……でも、パラミタって空に浮いてるんですよね。地震とか火山って存在するんですか?」
「知らねえよ、そんなこたあ……でも温泉があるとは聞いたことがあるぞ」
「マジですか? じゃ火山もあるのかな……マグマはどこに溜まるんだろう」
 一人で首を傾げてぶつぶつ言う倉田をうんざりしたように見て、富田林はため息をついた。
「科学者ってヤツはいちいち小難しいな。それじゃ、巨大竜巻でどうだ」
「……ああ、それならありそうですね」
 倉田が無責任に同意すると、富田林はちょっと機嫌を良くしたように笑った。
「大荒野に大竜巻なら、絵にもなるしな。こう、ゴゴゴゴっと」
 そこでちょっと言葉を切る。
 照りつける太陽に焼かれた身に心地いい、涼風を感じたからだ。
 同じことを感じたのか、倉田もふっと空を見上げた。
「……なんか、風が出てきましたね。少し陽が陰ってくれると、助かるんですけど」
 そんな二人の背後で、急速に積乱雲が発達していることに、二人はまだ気づいていなかった。


「荒野で野垂れ死にさせようなんて、やり方が陰湿だよね」
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)はレッサーワイバーンを旋回させ、地上に目を凝らしながら呟いた。
 富田林の遭難の報を受けてシャンバラ大荒野の捜索に来ていたが、先程から冒険者の影すら見当たらない。
「結界装置なし、徒歩に手ぶらでシャンバラ大荒野、か。厳しいな」
 軍用バイクを駆って地上を捜索しているスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が言った。
「西園寺刑事と合流できていればいいが……そちらも連絡が取れてないとなると、望み薄かもしれんな」
 二人の超感覚をもってしても、シャンバラ大荒野はあまりに広い。
 ここで特定の人間を見つけ出すのは、文字通り、砂漠で石ころを探す行為に等しいことだ。
 それでも、現状他に手掛かりがない以上、しらみつぶしに捜索していく以外に方法はなかった。
「いっそ拒絶反応で天変地異でも起こってくれれば、いい目印になるんだがな」
「さらっとヤバいこと言うなよ」
 苦笑したリアトリスが、ふと真顔になる。
「それにしても……変だな」
「え?」
「これだけサーチして、鳥一羽いないのは、ちょっと……」
 リアトリスは、どこまでも広がる岩と砂の大地を見渡す。
 強い日差しが地面にリアトリスを乗せたワイバーンの濃い影を落としているが、そこには、それ以外にひとつの鳥影も射してはいない。
 ふいに、微かな音を聞いた気がして、視線を空に移した。
 遙か西の空に、厚い雲が集まっているのが見える。
 また、低く震えるような音が聞こえた。
「遠雷、か」
 ヨシュアはバイクを止めて顔を上げ、目を眇めて急速に膨れ上がっていく積乱雲を見遣る。
 そして、呟いた。
「こいつは……『目印』かもしれんぞ」