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6 空京警察 一係

「……そうか、わかった。引き続き警戒を頼む」
 がちゃりと黒い受話器を置いて、藤堂が顔を上げた。
 デスクの前に立つのは、スーツ姿の大柄な男性……叶 白竜(よう・ぱいろん)だ。空京警察の刑事部一係、という場所にはよくある出で立ちではあったが、立ち居振る舞いを含め、民間警察の刑事とは明らかに違う空気を纏っている。
「失礼、お待たせしました。で?」
 正面玄関から乗り込んで来た時に、受付や周囲の署員に向けられた闖入者を見る目は、その表情にはない。
 腹の底の読めないポーカーフェイスか、この程度の揺さぶりには動じない肝の持ち主か、極度の無神経か、いずれにせよ、油断のならない人物だと三白竜は判断した。
 白竜は姿勢を正し、よく通る声で言った。
「シャンバラ教導団の叶白竜です。少々確認したいことがあり、貴方のお話を伺いたく、参上しました」
「これはご丁寧に。確認したいこと、と言われますと?」
 白竜の鋭い視線をやんわりと受けとめるように、藤堂の目が細められる。難しい顔をしている時からは考えられないが、微笑むと妙な愛嬌のある人物だ。
「まず、テロ組織から来たという予告状の全文を拝見したい。それから、この件に関する空京警察の見解を伺いたい」
 僅かに藤堂が目を細め、表情を変えた。
 いや、表情を変えてみせた、と、白竜は感じた。
「……国軍から、この件に関して出動要請がありましたか?」
「それは貴方がご存知でしょう。鏖殺寺院によるテロ予告、という重大事案に出動要請がない理由も、併せてお聞かせ願いたい」
 藤堂は少し考えるように黙った。そして引き出しからファイルを取り出し、書類を一枚、白竜に差し出す。
「理由は、こいつで判断願いたい」
 テロ予告のメールをプリントアウトしたものだ。白竜はざっと目を通し、問いかけるように藤堂を見る。
 藤堂は眉間に皺を寄せ、苦い表情で言った。
「上層部は、外部の警察機関の介入は必要ない、と判断しています」
「空京の事件として処理したい、ということですか」
 藤堂苦笑して、白竜の肩越しにがらんとした室内を見遣る。
「その結果、テロ対策の管轄ではないウチの捜査員まで、全員駆り出される体たらくなんですがね……」


7 空京 某所

「これが、問題のテロ予告のメールだ」
 三船 敬一(みふね・けいいち)は、白竜から受け取ったメールをレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)に手渡した。
 レギーナはそれを陽にかざすようにして素早く全文に目を通し、顔をしかめた……ように見えた。
 その顔にびっしりと巻かれた包帯のために、レギーナの表情は読み取ることが若干難しい。
「……うーん、これは……」
 三船の想像した通りの苦りきった声で、レギーナがうめく。
「どうだ、犯行グループの見当はつくか?」
「……これ、私じゃなくても見当がつくレベルじゃないですか。がっかりだ」
「そう言うな、説明してくれ」
 不満そうなレギーナを宥めるように三船が先を即すと、レギーナは軽く肩をすくめてもう一度メールに目をやった。
「まず、予告しているテロ対象が酷い」
「酷い?」
「空京内で無差別テロを行う、とありますね。そして、東京で盗まれた殺人ウィルスは自分たちの手にある、と」
「ああ」
「空京で殺人ウィルスを無差別にバラまけば、空京に集まった地球人や地球資本に壊滅的打撃を与えられますが、当然パラミタ人も巻き込まれます。王宮も汚染は免れません」
 反地球勢力派、反シャンバラ派、どちらの立ち場でもリスクが大きすぎる、ということだ。
「鏖殺寺院の看板だけを借りているテロ組織の可能性が高いですね。ああ、それから、要求がそれに輪をかけて酷い」
 何故かレギーナの口調に怒りが混じっている。
「ひとつ、日本警察の傀儡である空京警察を解体、地球人にパラミタの警察権を放棄させること。ひとつ、政治犯の即時釈放。ひとつ、その上でウィルスを10億円で買い取ること」
「……大きく出たな」
「それより、円ですよ、円。地球人に出て行けと言いながら、円で金を要求ってどういうことですか」
「……偽装、か」
「政治的意図のあるテロ組織とは思えませんね。ウィルス強奪を知り得た何者かの便乗犯、或いは……」
 そこで言葉を切って、思い直したように続ける。
「何にしても、地球人でしょう。この事件を知り得た人物。そして、数人のチンピラを雇い、隠れ家を提供できる人物……それが、黒幕でしょうね」
「そうなると、企業の関係者か。それも上層部だな」
「或いは、ウィルスを盗み出した研究者自身、または警察関係者」
「え?」
 思わずレギーナの顔を見た三船に、レギーナは剣呑な笑顔を向けた。
「当然でしょう、条件としては当てはまりますから。まあ……後はチンピラの一人でも身元が割れれば、グループは特定できます。そうすればおのずと黒幕に辿り着くと思いますよ」