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リアクション
5
「のるるお姉さーん!」
崎島 奈月(さきしま・なつき)の声に、のるるが顔を上げた。
奈月はとことこと近づいて、顔を輝かせてのるるを見る。
「必要かなって思って、持ってきました」
そっと差し出したのは、小型結界装置だ。のるるの顔が、嬉しいような、情けないような、微妙な表情になる。
「ありがとう。えっと……これ、私物?」
「はい!」
のるるの顔が、僅かに引き攣った。
結界装置がないために周辺区域の調査ができないと、富田林がボスに食って掛かっているのを見ていたから、富田林のサポート役につけと言われたとき、本当はのるるも結界装置を用意したかったのだ。もちろん、彼を空京から出す訳に行かないことはわかっていたし、こんな事態を予測していた訳ではない。
だが、用意しなかったのは……予算的な問題だった。
結局、近場でしか役に立たない安物の発信器をジャンクショップで買うのがせいいっぱいだったのるるには、奈月の手に載った小型結界装置が、いやに眩しく見える。
ついでに言うなら、今着ているスーツと靴は、もう使い物にならないだろう。惜しむつもりはなかったが、予定外の新調となれば、彼女のささやかな食費を直撃することになる。
「……はぁ」
のるるは思わずため息をつく。
そして、この状況でそんな所帯染みた考えにため息をついてしまった自分が情けなくなって、またため息をついた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
奈月に心配そうに覗き込まれて、のるるは慌てて笑顔を作った。
「平気平気、ありがとうね」
「ね、お姉ちゃん。一緒にお仕事してる人と上手く行かないのって、悲しいけど……大丈夫だよ」
奈月はのるるを力づけるように笑顔を向けた。
「みんなで力をあわせて、テロリストをやっつけよう!」
それから、富田林の後ろ姿に目をやる。
「そしたら、きっとトンさんも見直してくれて、仲良くなれるんじゃないかな」
のるるも、富田林を見る。例によってしかめっ面で、傷の手当を受けていた。
「……そうかな」
こんな小さな子が、のるるの依頼を見てこんな風に思ってくれたのが嬉しかった。
……トンさんはいつもパラミタやみんなのことを悪く言うけど。
やっぱりあたしは、、パラミタも、みんなも、大好きだな。
のるるは奈月に目を戻し、ありがとうと言って心から微笑んだ。
「なんだか、ずいぶんな大所帯になったな」
「やあ、これはどうも」
辺りを見回しながら声をかける源 鉄心(みなもと・てっしん)に、。剥き出しの建物の基礎に腰をかけていたレリウスが挨拶を返す。
「ちょっとした団体さんになりましたね」
崩れた壁や柱が瓦礫となって散乱する、かつて神殿かなにかであったらしい場所は、挨拶や情報交換をする人々でちょっとした賑わいを見せている。
辺りには相変わらず町もオアシスらしいものもなく、この遺跡とも呼べないような小さな廃墟の陰に身を潜めて、彼らは竜巻の最後のひと暴れを凌いだ。
ようやくその竜巻が消失して通信状態が改善すると、救助に向かっていた協力者たちが続々とこの場に集まってきた。
「ま、彼女をなんとかしてやりたいってヤツが、多かったんだろうな」
大きく伸びをして、ハイラル・ヘイルが西園寺のるるの方に目をやった。
へたばって地面に横になっている倉田宗を中心に、竜巻から逃げて来たメンバーが杉田 玄白(すぎた・げんぱく)らの治療を受けている。大きな怪我はしてないようだが、皆あちこち飛散物で受けた傷があるのが見て取れた。
「でもこれで、当面の危険は回避できたわけね」
ルカルカもやって来て、ホッとした様子で言った。その横で、対照的に浮かない顔をしているダリルを、鉄心が怪訝な顔で見る。
「……どうかしたのか」
「うむ」
ダリルが呟いた。手元のノートPCて本部からの情報を受け取りながら、難しい顔で考え込んでいた。
「……しつこく調査にくる富田林が目障りで、始末するのはわかる」
「わからないで」
ルカルカが軽く顔をしかめて呟く。
「顔や身元の割れている倉田博士を、始末するのも、わかる」
「だから、嫌なことわからないでってば……」
「だがその場合、彼らに取って倉田博士は用済みと言うことだ」
「用済み……つまり、ウィルスのデータか、ウィルスそのものを確保済みということだな」
鉄心の言葉に、ダリルは頷く。
「ああ。それでも博士は押さえておいて損のない人材ではあるが、荒野に放逐したということは、その時点で不必要という結論を出していた筈だ」
「……それが何故、また襲われたか、か」
「え、だってあれはパラミタの拒絶反応じゃないんですか?」
横で黙って聞いていたティー・ティー(てぃー・てぃー)が、小さく首を傾げて聞いた。
「いや、その前に武装グループに襲われている。竜巻の発生はその後だ」
「……何か、事情が変わったのでしょうか?」
「待ってください」
記憶を辿りながら、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がつぶやく。
「狙われたのは、確か、のるるさんでしたよね……」
「ああ。だから、腑に落ちない。何故、彼女なんだ」
最後は独り言のような呟きになる。皆、黙って顔を見合わせた。
「……何にしても」
切り替えるように、鉄心が口を開く。
「この動きから見て……おそらくテログループはウィルスを確保していないと考えるべきだな」
「しかし、確保せずにテロ予告をするか?」
「つまり、その時点では確保していた、或いはそう信じていた」
「……だが、事情が変わった」
「そうだ。おそらく、現在ウィルスを持っているのは……」
鉄心は言葉を切り、富田林たちの方を見た。
「富田林刑事ですね」
周囲の騒ぎを見回す不機嫌な顔をそのままに富田林が振り返ると、長い黒髪の女性が日本の警察式の敬礼をした。
「月摘 怜奈(るとう・れな)と申します。お話は伺っております」
富田林も反射的に敬礼を返して、僅かに怪訝な顔をする。
「……警官か?」
「いえ……刑事、でしたが、退職しました」
その口調に複雑な響きを感じとったのか、富田林は軽く目を細めて、観察するように怜奈をみつめる。
しかし、すぐにもとの不機嫌な表情に戻って聞いた。
「退職刑事が、なんでこんなところにいる」
「現在は、契約者としてシャンバラ教導団に所属しております」
契約者、という言葉が出た瞬間、富田林が顔をしかめるのがわかった。しかし富田林はその点には触れず、集まっている面々に視線を移して訊く。
「じゃ、こいつら全員、そのナントカ団の連中か」
「いえ」
怪しい組織のような響きに心の中で苦笑しながら、怜奈は否定した。
富田林の視線を追ってみると、彼の苦りきった表情が理解できるような気がした。
そこにいるのは、軍服に戦闘服、学校の制服やら水着やらロボやら、一所に集まっているとカオスとしか言い様がない。教導団にしろ国軍にしろ、まともな命令系統によって集まったとは思えない集団だった。
しかも、大半が未成年の少年少女。富田林から見れば「若造」に類するであろう怜奈が、ここでは年長の部類だ。
「彼らは、有志で救助に集まった協力者です」
富田林の目が、また僅かに細められた。
「……どういうことだ」
「話に聞いた通り、扱い辛そうな方ですね」
富田林を見送って、玄白が傍らで苦笑する。振り返った怜奈の問いかけるような視線に頷いて、
「皆さんなら、かすり傷だけでたいしたことはありません。体力の消耗が激しい方もいますが、少し休めば移動できますよ」
「ああ、それはよかったわ」
ホッとしたように怜奈が微笑む。
「それより、何か言いたいことがあったんじゃないんですか、彼に」
「え?」
玄白の言葉に、怜奈は思わず富田林の方に目をやった。
そうなのだろうか?
怜奈はそっと自問した。
パラミタ嫌いだというあの「先輩」に、自分が刑事として乗り越えられなかった「傷」と、パラミタに求めたもののことを……語りたかったのだろうか。
「やめとくわ。多分、意味がないから」
自然に口をついたその言葉が、自分でも少し不思議だった。パラミタ嫌いの東京の刑事が、空京に来ている……以前の同僚からそう耳にしたときには、話したいことがあった気がするのだが。
もしかしたら、傷を抱えてパラミタにやって来た時から、自分で思っている以上に自分は変化していたのかもしれない。
富田林の背中を見遣りながら、そんなことを考え……怒りのオーラを発した富田林の背中が、のるるの前で立ち止まったのを見て、ふと眉を顰めた。
「私……よけいなこと、言っちゃったかしら」
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