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エピローグ


「えええっ、トンさん、もう出発しちゃったんですか!?」
 小鳥遊美羽が、マル空マークの包装紙に包んだ箱を抱えて抗議の声を上げた。
「せっかくお土産に、空京せんべい買って来たのに……」
「せんべつに、せんべい……」
 美羽が振り向いて、聞いた。
「……何か言った?」
 ベアトリーチェは真面目くさった顔でかぶりを振った。
「いえ、何も」

 富田林がパラミタから去る日。

 見送るつもりで一係にやって来た二人を待っていたのは、ようやく刑事部屋らしい雰囲気に戻った一係室と、大荒野で出会ったメンバーの数人、そして直接は会わなかった、空京周辺で活躍していたメンバーたちだった。
 そしてもうひとつが、藤堂の申し訳なさそうな顔だ。
「悪かったね。君らが見送りに来ると話したら、それはもう大慌てでね」
「もー、照れ屋さんなんだから」
「逃げやがったか……最後まで卑怯なおっさんだ」
 館下鈴蘭は笑って言ったが、早川呼雪は忌々し気にそう吐き捨てる。鈴蘭に引っ張られたとは言え、わざわざ見送りに来てしまった自分自身さえ腹立たしい様子だ。
「で、でも……無事に帰れることになって、良かったよね」
 横から霧羽沙霧がおずおずと口を挟むと、呼雪はフンと鼻を鳴らして横を向いたが、否定はしなかった。
「それから、な」
 言い難そうに、藤堂が言う。
「実は……娘さんも来るぞって、つい、トンさんに口を滑らしちまって」
「えっ、トンさんの? 娘さんがいるの!?」
 一同が目を丸くしているのを面白そうに見て、藤堂が笑った。
「うむ。蒼空学園の生徒なんだが、トンさんの反対を押し切って、大げんかした挙げ句パラミタに来ちまった跳ねっ返りのお嬢さんでねえ」
「うちの? 富田林さん……いたかな」
 美羽が首を傾げたが、藤堂は軽くかぶりを振って笑った。
「いや、今はお母さんの姓を名乗っている筈だ」
「え……じゃトンさんって、離婚経験者?」
 何故か声を弾ませた鈴蘭を、沙霧が酷く心配そうな目で見つめた。
「あれ……じゃ、まさか、トンさんのパラミタ嫌いって……」
「娘さんが心配で心配で仕方がない、とか、そういう……?」
 藤堂は楽しそうに笑って頷いた。
「あの人の憎まれ口は、過保護の裏返しなんだよ。俺だって昔はずいぶん酷い目に……」
 不思議そうな二人の視線に、藤堂は我に返ったように慌てて言葉を切って、わざとらしい咳払いをした。
「あー……それにしても、君たちには、ずいぶんと助けられてしまったね」
 話をそらすように、藤堂が集まっている協力者たちを見回して言った。
 倉田を匿った企業にも捜査が入り、犯人隠匿の他、研究所の研究員への違法な資金提供などの容疑で、空京支社長が逮捕されている。
 本社の関与の有無、D.サカイとの共犯関係など全容の解明にはまだ時間は掛かるようだが、何より速やかなアジトの特定と制圧、犯人グループ全員の確保が、捜査の迅速な進展に大きく貢献したのは間違いない。
「個人的にもお礼を言わせていただきたい。本当に、ありがとう」
「それは、のるるお姉ちゃんに言わないと、ですね〜」
 崎島奈月が笑って言った。リカイン・フェルマータもにこにこして頷く。
「そうそう、皆、彼女の依頼で集まったんですから」
「ふむ……」
 藤堂が苦笑する。警察官が個人的に協力者を募った依頼を、彼の立ち場で褒めていいものかは微妙なのだろう。
 ふと、ベアトリーチェが部屋の中を見回して呟いた。
「その、のるるさんの姿が見えませんが、どちらに……?」
「ああ、西園寺なら、また置いていかれたとか何とか言って追いかけていったよ」
 思わず、ベアトリーチェは吹き出す。
「のるるさんたら、結局、最後までトンさんに振り回されっぱなしですね」
 皆が笑う。一係の刑事も一緒に鳴って笑っていた。
「でも……」
 美羽がちょっと小首をかしげた。
「なんとなく、力関係が変わってた気がするのよねぇ」
「そうかね?」
 その言葉に、藤堂が少し驚いた様子で聞き返す。美羽はちょっと考えて、答えた。
「ええ、ほんとに、なんとなくなんだけど……」



「トンさんっ!」
「おう、にょろろ」
 のるるの呼び声に富田林が振り返って笑った。
「わざわざ来たのか。空京警察もヒマだな」
「何がヒマですか。皆さんが見送りに来てくれるって言ったのに、何で黙って出て来ちゃうんですか。あと、にょろろじゃありません、のるる、です、西園寺のるる!」
「……苦手なんだよ、そういうのは……確実に、ガキ共から憎まれ口も叩かれるだろうしな」
「それも、嫌われ者のおっさんのお仕事ですよ」
「のるるさん、言うようになりましたねぇ」
「……倉田さん!」
 面白そうに笑う傍らの男を見て、のるるは声を上げた。
 体の前に両手でコートを持っているように見えるのは、そこに掛けられた手錠を隠しているのだろう。
 しかし、無精髭を剃ったせいか、或いは何か心境の変化か、護送される犯人にしてはやけにスッキリした顔をしていて、のるるは何故か少し安堵した。
「よかった、思ったより元気そうですね。拷問とか、されませんでした?」
「意地の悪いことを言わないでくださいよ」
 のるるの悪戯っぽい視線を受けた倉田は、少し気まずそうに苦笑した。
 この事件が違った縺れ方をしていれば、倉田がそういう立ち場に陥る可能性は十分にあった。空京警察で取り調べを受け、富田林の護送で地球に送還されるというのは、倉田がしたことに比して考えれば、かなり寛大な処置だ。
 彼の主たる容疑を「殺人未遂」で押し通した富田林の強引さと、それを支持した空京警察の藤堂係長の後押しの効果も大きい。弁護人は正当防衛か傷害を主張することも提案したが、倉田自身が明確に殺意があったという証言を曲げようとせず、結局は富田林の求めた通りに落ち着いた。
 もっとも、東京の病院で意識を取り戻した「被害者」の証言は、倉田のものとは大きく食い違っている。事実を明らかにして罪を償うまで、倉田にとっては、まだまだ楽な道のりとは言えなかった。

「ああそうだ……言わなきゃならないことがありましたね。西園寺さん、あなたには本当に迷惑をかけました」
「えっ、そんな……」
 否定しかけて、言葉を切る。それから、ちょっと微妙な表情を浮かべて、言い直した。
「そんな……こと、ありますね、確かに」
 そう言いながらも目の笑っているのるるにホッとしたのか、倉田も少し表情を和らげた。
「許して欲しい、と言うのは虫が良すぎるとは思いますが……あなたにも、あなたの仲間たちにも、申し訳なかったと思ってます」
 のるるが思わず笑いを零す。倉田が不思議そうに首を傾げた。
「……何か?」
「倉田さん、まだまだダメですね。謝り方がなってません」
「う……」
 自覚があるのか、言葉に詰まって倉田が呻く。
「次回までの宿題です。どんな謝罪の言葉が聞けるか、楽しみにしてますね」
 倉田の表情が曇る。
「……僕はこれから囚人になる身ですよ」
「前科者でも気にしませんよ。お務めを終えたら、また遊びに来てください」
「嫌ですよ。一人でここに来たら、今度こそ本当に袋叩きでしょう。それ以前に入国を認めてもらえないんじゃないかな」
「そうですか?」
 自嘲気味の苦笑を浮かべる倉田に、のるるはさほど深刻でもないという調子で首を傾げる。
「そーゆーとこ、こっちは割と緩いんですけどね」
 いいことか悪いことかは微妙だけど、と付け加えて笑う。
「あのね、倉田さん。世界は、変わりますよ……貴方が変われば」
 のるるの笑顔を、倉田は少し眩しそうに眺めた。オフィスで最初に見かけた時の、おろおろしながら富田林を追いかける頼りなさそうな女の子とは、ずいぶん感じが変わったように思えた。
「パラミタでなら、何か道がみつかるかもしれませんよ」
 励ますような言葉に、倉田が、ふと視線を遠くに向ける。
「あ、そういえば……スカウトされたな」
「スカウト?」
「ええ、ほら、世界征服に手を貸さないかって」
 富田林の繭が跳ね上がった。
「倉田、てめぇまだ性懲りもなく……!」
「うーん、世界征服……白衣も支給されるし……」
 のるるは二人の顔を見比べて、ため息をついた。
「てめぇはやっぱり、少し性根を叩き直して……」

「……とーさんっ!」

 突然、駅のざわめきの中から聞こえたその声に、富田林の言葉が途切れた。見ると、冗談のような狼狽の表情で凍りついている。のるるが不思議そうに首を傾げ、声の主を確かめようと振り返った隙に、富田林は倉田の襟首を掴んで言った。
「行くぞ」
「えっ」
 そして、後ろも見ずに逃げ出した。
「あ、トンさん……っ!」
 慌てて呼び止めたのるるの声に、引きずられるように着いていく倉田が振り返って、笑顔で会釈する。
 しかし富田林は振り返らず、ただ一度軽く手を振った。
 そして二人は、足早にホームへと消えていった。
 
 のるるは、呆然と二人の後ろ姿を見守り、それから、大きくため息をついた。
「仕方ないなあ、もう」
 そう呟くのるるの顔は、なぜかとても楽しそうに輝いていた。


 了
 

担当マスターより

▼担当マスター

寒月堂

▼マスターコメント

こんにちは、寒月堂です。今回は、ご参加&ご拝読ありがとうございました。
リアクション公開の大幅な遅延で、たいへんお待たせしてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。

原因はすべて私の力不足に尽きます。
最初に、ちょっとしたアクションの読み違えに気づいて慌てて修正を始めた辺りから迷いが生じ始め、
やたらとNPCが喋りまくるのはどうなのかとか、それが矛盾だらけで筋が通ってないじゃないかとか、
またそれに対するPCの台詞ひとつにも「このキャラは本当にこんなことを言うのかな」と不安になったり、
なんかもう色々とごちゃごちゃになってしまいました……。
誰かにとってかけがえのないキャラクターをお預かりして動かすことの重さを、今回は痛感いたしました。
そういったことをクリアした完成品になったとは、まだとても思えないのですが、
今できる精一杯で一応の区切りを付けて、気持ちを切り替えて前に進みたいと思っています。

私の未熟故にたいへんご迷惑をおかけしましたが、これに懲りずに、またおつき合いいただければ嬉しいです。


リアクション内で上手く説明できなかったこと、その他反省点や補足など、余裕ができましたらマスターページの
公開シナリオリストのところで書ければと思っています。
よろしければご参照ください。