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「やっと、辿り着いた……まったく、遠回りの連続でしたよ」
「……何の真似だ、倉田」
 銃口をぴたりとサカイに向けて薄笑いを浮かべる倉田に、富田林が低く訊く。倉田は顔色も変えずに答えた。
「だから、これが僕の目的です」
 そして、対照的に真っ青になっているサカイにちらりと視線を向ける。
「何しろ、こいつは用心深くて……空京に来るよう指示された電話も、オフィスでのやりとりでも、他人の陰に隠れて、一向に正体を見せない。チンピラにテロ予告をさせても、まだ表に出て来ようとしないんだからな」
「なっ……まさか、あのバカ共にウィルスのことを吹き込んだのは……」
 サカイがいっそう青ざめて声を上げた。
「ええ。ほんとにバカ共ですよね、お前らのボスが俺の殺人ウィルスを手に入れたのは、政治テロの為か、金が目的なのか……って訊いてみただけです。簡単でしたよ、すっかりその気になって」
「くそっ、ふざけやがって……」
 向けられている銃が怖いのか、この状況に怯えているのか、その声は弱々しく震えている。倉田は僅かに嘲るような色を浮かべた。
「お前のやり方を真似ただけだ。自分は手を汚さず、他人を唆す……こいつが同僚を唆して、俺のウィルスを盗ませた。俺は、その為に殺されかけましたよ」
「ご……誤解だ! 我々が欲しかったのは貴方だ、倉田博士。割り込んで来たのはヤツの方で……」
「僕のことはどうでもいいんですよ」
 いい募ろうとするサカイの言葉を静かに遮って、倉田は銃を握り直した。
「僕でも、ヤツでもかまわない……どちらにせよ、お前が欲しかったのはウィルスだろう」
 倉田はひとつ息をつくと、絞り出すような低い声で付け加えた。
「その為に人が死んだことなんか、お前は気にもしてないようだが」
 その頬が不自然に震え、抑えた言葉の中に強い感情が読み取れる。しかしサカイは、怪訝な顔で眉をひそめた。
「え?」
「……ウィルス強奪時に、警備員が1人死亡している」
 ふいに富田林が口を挟んだ。
「倉田の容疑は、その警備員の殺害だ」
「は……ははは、馬鹿な!」
 サカーイが引き攣った声で笑い出した。
「何の冗談ですかそれは……G4の機密扱いのウィルスを奪い、それを空京に持ち出してテロを引き起こした男ですよ? それが、ただの殺人容疑、ですって?」
 再び、銃声が響いた。
「ひっ」
 足元を抉る倉田の銃弾に、サカイは情けない声を上げて腰を抜かす。
「ただの、とは聞き捨てならないな。……ね、富田林さん」
 富田林に同意を求めたが、彼は黙って倉田を睨みつけている。倉田は暗い微笑を浮かべて、肩をすくめた。
「言っておきますが、濡れ衣ですよ」
 ぴく、と富田林の眉が跳ねる。
「俺が殺したのは同僚の方だ……いや、死ななかったのか。殺すつもりで刺したんですがね。口惜しいですよ」
「亡くなった方は……そんなに、大事な人だったんですか」
 ふいに、のるるが訊いた。倉田は意外なことを訊かれたような顔で、のるるに目をやった。
「いや、別に。正直、名前も覚えてない」
 さらりと否定して、視線をサカイに戻す。
「……僕は、僕を庇って死んだ男の、名前も思い出せないんですよ」
 表情の変わらない能面のような顔で、誰にともなく語る。
「毎晩同じ時間に見回りに来て、窓の向こうからこちらに会釈する。あいつの仕事は、枯れ木に毎日水をやり続けるような、何の生産性もないルーチンワークに見えた。取るに足らない人間だと、僕は思っていた。でも……それなら、僕の生産性は何でしょうね。ただ人を殺すことしかできないウィルスを作ることの、何が、あいつより優れているんでしょう」
 倉田は、熱に浮かされたように話し続ける。
「こいつも、僕を殺そうとした同僚も、人の命を何とも思わない人間の屑です。僕も、ね……そうでない「普通の」人間を、僕たちが寄ってたかって殺した」
「だから僕は同僚を殺し、同僚を操ったヤツを殺すと決めた。こいつは他人も自分たちの同類だと思っているから……ウィルスを手土産に、人を刺した僕を当局から守ることと、相応の金を要求したら、簡単に食いついた」

「あのウィルスを持ち出せば、捜査は混乱する。テログループを巻き込んで騒ぎを大きくすれば、なおさら」
 そこまで言って、倉田がふっと口の端を歪めた。自嘲に似た笑みを浮かべ、半分伏せた目の下から富田林に酷く冷たい視線を送る。
「あんたが、最初の計算違いでした。東京から空京にまたがるバイオテロの危機に、ああもしつこく「殺人犯」の捜査をする刑事がいるなんて、ね」
 富田林は黙っている。倉田はその視線をのるるに移し、また顔を歪める。見開かれた目の端が朱に染まっている様は、激情に囚われた男の狂気にも見えたが、一方で、どこか泣き出しそうな眼差しにも見えた。
「その後は、計算が狂いっぱなしでね、ここまで来るのに、ずいぶん手間がかかってしまった」
 倉田が言葉を切って、僅かに間をおく。そして、銃を握り直し、腕を伸ばした。
「さて……屑同士、そろそろ始末をつけましょうか」
「……や、やめろっ」
 サカーイの顔が恐怖に引き攣った。自分を守らせる為に用意した手下は役に立たず、自らが「敵」に囲まれている状況が、彼には既に堪え難いようだ。
 人を唆し、操り、自分は安全なところから物事を操り、その益のみを手にする。それが、彼の今までのやり方だった。
「違う、俺じゃない……支社長とお前の同僚が組んでしたことなんだ! 私はただ、命令されて……っ」
「あんたに往生際を説いても無駄でしょうが、言い逃れならもう少し筋の通ったヤツを頼みますよ」
「あなたは優秀な研究者だ……ウィルスは、本当はあなた一人が作ったものだろう」
「……それを知りながら、同僚にを唆したのはお前だろう」
「ちがう! あいつがあんたを殺そうとしたのは、あいつの私怨だ! 私の命じたことじゃない! 私はただ、あんたの研究を評価して……」
「やめろ!」
 サカイの口から止めどなく続くヒステリックな自己弁護に、たまらず叫んだ倉田の僅かなスキを……白竜が捉えた。
 側面から倉田に飛びかかり、銃を持った手を掴む。
 銃声が響き、柱で跳かれた弾丸が鈍い音を立ててコンクリートの壁にめり込む。二発目を撃つ前に銃を掴んで捻り上げると、倉田は声を上げる間もなく銃を取り落とした。
 すかさず駆け寄った恭也が、その銃を蹴飛ばす。
「くそっ、離せっ」
 そのまま床にねじ伏せられた倉田は、自由を失った身を捩りながら、狂ったように叫んだ。
「俺が……俺が、終わらせるんだ……邪魔をするなっ」
 先刻までの感情の欠落したような様子が嘘のような狂態だった。
「……倉田さん」
 倉田の喚き声とサカイの恐怖に満ちた怒号の中で、奇跡のような一瞬の静寂に、のるるの声が響いた。
「嘘をつきましたね」
 身を震わせながら、倉田が黙った。
 皆の視線が、のるるに注がれる。
 彼女はじっと倉田を見つめて、言った。
「私にウィルスを投与したというのは……嘘ですよね」
 強張った声で、それでも冷静な態度を崩さずに、続ける。
「もしかしたらとは、思ってたんです。でも、希望的観測すぎるかなって……だけど、今の話でわかりました。倉田さん……ウィルスを始末しましたね。パラミタに来る前に」
 僅かに躊躇するような間の後。
「貴方が殺したのは人間じゃない。自分の作った、ウィルス……違いますか?」
 沈黙が続いた。
 やがてそれに耐えかねたように、掠れた声で倉田がつぶやいた。
「ああ」