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リアクション
2 空京郊外 倉庫・前
「後発隊の出発を確認した」
鉄心からの報告に、作戦指揮を担当する白竜が時計を見る。
「よし、後発隊の到着までに制圧する。時計確認、ゼロヨンフタマルに行動開始」
一斉に時計を合わせて、持ち場につく。
アジト制圧の応援として空京から駆けつけた一条アリーセ、久我グスタフと空京稲荷狐樹廊、それにシャンバラ大荒野から応援に合流した数名も、作戦に従って配置に付いている。
「そういえば……意外だったな」
早川呼雪が、武装の確認をしながら思い出したように口を開いた。
「何が?」
行動を共にして先発隊に参加した館下鈴蘭が首を傾げる。呼雪は肩をすくめて、
「あいつのことだ、制圧に参加することに、もっと拘るかと思った」
出発前に富田林が提案した作戦は、アジトを包囲しているメンバーと先発隊に制圧を任せるものだった。
そして、制圧に合わせて彼らが合流し、確保した抗ウィルス薬を倉田に確認させ、のるるに投与するという流れは、ギリギリまで協力者の作戦参加を拒んだ富田林「らしくない」提案だ。
「今は何よりスピードが重要だ。機動力を重視した駒の配置は、合理的だと思うが」
ラージャがニヤニヤしながら言うと、呼雪は少しムッとした顔で「だからだよ」と小さく呟いた。
「さーて、やっと暴れられますかね」
狐樹廊が目を輝かせる。リアトリスを警察に置いて、ある意味身軽になって一日中空京周辺を走り回ったものの、「当り」を引き当てられずに欲求不満が溜まっているらしい。
「搬入口は、炎のフラワシとヴォルテックファイアの共演で一気に片をつける……というのはどうです」
「いやいやいや」
心なしか狐樹廊の声が弾んでいる。グスタフは大袈裟にかぶりを振って制した。
「黒幕と抗ウィルス薬を確保するまでは、隠密行動ですよ」
「……面倒ですねぇ」
「まあまあ」
アリーセが軽く二人を制して微笑んだ。
「音もなく静かに、そして迅速かつ凶暴に、やっちゃいましょう」
暗かった東の空に、ぼんやりと山の稜線が浮かび上がる。夜明けが近い。
それぞれが、自分の時計を確認して秒読みを始める。
そして、一斉に動いた。
入り口へ音もなく駆け寄った狐樹廊が、杖の一撃で見張りを一人、黙らせる。
僅かに遅れて残る一人に、グスタフが拳を打ち込んだ。
倒れ込む体を受け止め、音を立てないように地面に下ろす。
「……中に、あと一人」
気配を読んだグスタフが囁くと、狐樹廊の姿は直ぐさま入り口の奥に消えた。
そして、数秒も待たずにもう一人、気絶した男を引きずって出た来た。
「はい、確保。……拘束しておいていただけますか?」
「あらら、私は出番ナシですか……了解です」
グスタフの後ろで、エリーセがちょっと苦笑して頷いた。
恭也とエグゼリカは裏口を担当した。ここだけは扉が閉じられ内部の様子を外から伺うことはできないのだが、心ゆくまで情報をひん剥いた二人は、内部の二人の配置も把握している
隠密裏の行動の為、剣もミサイルも当面自粛ということで、エグゼリカはセーラー服をアーマーで包んだ機晶姫としての身ひとつでの戦闘となった。
もっとも、近接戦闘タイプの彼女の「身ひとつ」は、「強力な武器」と同義なのだが。
エグゼリカは自信に満ちた目を扉の方に向けて、恭也に言った。
「自分が動きを止めます。速やかな拘束をよろしく」
「よし、高速で拘束な。まかせろ」
「……」
「黙ってないで突っ込めよ!」
「すみません」
恭也はため息をついた。
「……謝るな、切なくなる」
自嘲気味に吐き捨てて、恭也はドアを勢いよく開け放った。
同時に、エグゼリカが突っ込んだ。
狼狽するような複数の声が聞こえたが、エグゼリカの体が風を切る音がして、拳が体にめり込む重く鈍い音の後、痛々しいうめき声とともに沈黙した。
「拘束を」
エグゼリカが言ったが、白目をむいて倒れている男は、拘束が必要だとは思えない。複雑な顔で見下ろしていた恭也は、ふいに通路の奥から気配を感じてハンドガンを構えた。
「……ひいぃ……っ」
男が、手に持った銃を構えることもせず、心底驚いたようなへっぴり腰で弱々しい声を上げた。廊下の奥から裏口までをうろうろしていた見張りだ。反射的に踵を返して、奥に逃げ込もうと無防備に背を向けた。
「普通なら、一発で射殺コースだぜ、お前」
呆れたように言いながら、恭也はその背後へ間髪を入れずワイヤークロー【剛神力】を放った。
ワイヤーが男の足に巻き付き、引き倒す。
「わっ、だ、誰か……っ」
「……っ!」
エグゼリカが床を蹴って飛びかかり、悲鳴を上げかけた男に馬乗りになり、顎を両手で押さえ込んだ。
そして男を見下ろして、にっこりと微笑んで言った。
「声を上げないでくださいね。上げたら……力を入れますよ?」
両手に、ほんの僅かに力を込める。
彼女の顔を恐怖の表情で凝視していた男は、そのまま失神した。おそらく……恐怖のあまり。
エグゼリカは少しだけ、複雑な気分になった。
鉄心が担当したのは、搬入口だ。
広さと敵の人数を鑑み、ここがメインの攻撃対象となった。
先刻、サカイ達がシャッターを開け放っていった為に、内部は簡単に見渡せる。それは逆に、内部からの死角も少ないということでもある。
鉄心と羅儀、呼雪、ラージャが、明けきらぬ彼は誰時の暗さに隠れて一気に近づき、シャッターの両脇に二人ずつ分かれて身を潜めた。
そして、お互いに視線を交わして、タイミングを計る。
……3、2、1……
GO!
声に出さない合図で、一斉に飛び込む。
彼らの訓練された動きに、街のチンピラにすぎない彼らが対応できる筈もない。
しかし、玄人こそ、常に不測の事態を想定して全力を尽くすものだ。
駐車スペースに二人、一段高い床の上に三人が銃を肩に掛けてカードに興じていたが、彼らが一斉に板張りの床の上で無様に逃げ惑い始めたにもかかわらず、四人はその騒ぎを見事な手際で封じた。
形だけでも武装した五人を黙らせ、地面に引きずり下ろして拘束した戦闘の気配も、隣の部屋にすら気取られないほどに封殺してしまった。
「……搬入口、OK」
他に敵が残っていないことを確認して、羅儀が白竜に報告する。
「よし……出入り口はすべて押さえた。突入する」
白竜が低く言うと、待機していたメンバーも搬入口に集まった。
鉄心はコンクリートの上に伸びている男たちと、傍らの二人のパートナーを交互に見る。
「……ティー、エコナ。捕虜は頼んだぞ」
役割を言い釣れられたのが嬉しいのか、エコナが直ぐさま頷いた。
「はいっ、絶対逃がしませんわっ」
「任せてください」
ニコニコしてい拳を握りしめているイコナの隣で、ティーも答えた。
それから、やけに嬉しそうに目を輝かせて、そっと手錠を取り出した。
「うふふ……とっくり、反省していただきます」
各箇所から突入したメンバーは、それぞれに気配を断ったまま単純な構造の倉庫内を奥へと進んだ。
たむろしているチンピラを手際よく黙らせながら、その顔を確認する。
突入後2分弱で2階の制圧をほぼ完了した。が、確保された者の中に、サカイの顔はない。
チンピラをいくら確保しても、サカイと抗ウィルス薬を確保しなければ、この作戦は完了しない。
「……サカイの確保を急げ」
冷静な白竜の指示に、僅かに焦りが混じる。
間違いのない作戦立案をした。この上の三階にいるとしても、突入に気づいて1、2階のどこかに身を潜ませているとしても、逃亡は許さない配置にしている筈だ。
しかし、確保に時間が掛かりすぎれば……。
「あーあ、さっさと解決して、可愛い女刑事さんをお茶に誘いたいねぇ」
ふいに、傍らの羅儀が白竜の耳元に呑気な台詞を囁いた。白竜が咎めるような視線を向けると、羅儀は微かに笑みを浮かべる。
「……焦りなさんな、柄でもない」
白竜も、ふっと笑みを漏らす。
そして、視線を前に向けて、指示を出した。
「捜索班を残して、突入班は三階へ向かう」
D.サカイを発見したのは、その3階の奥の小さな事務室だった。
3階に踏み込まれて初めて襲撃に気づいたサカイは、身を翻して部屋の隅の階段をを駆け上がろうとしたが、そのドアを蹴破る勢いで入って来た恭也に銃を突きつけられて、立ちすくんだ。
裏口の制圧を終えた彼は、中には進まず、外の非常階段を昇って屋上に回り、このドアに至ったのだ。
「生憎だな、こっちは通行止めだ」
恭也が笑う。
サカイは声もなく両手を上げて、怯えた顔で銃口をみつめた。
3
夜のシャンバラ大荒野の横断は、けして簡単なことではない。特に、富田林と倉田という、土地に不慣れな人間を連れていれば尚更だ。
しかも富田林の言うところのモヤシ学者は、抵抗する意志がなくても移動の足枷となるのは必至だった。
結局、メンバーの半数以上が、こちらの護衛として残った。
分乗できる飛空挺やバイクを駆使して移動を開始したが、予想通り倉田はバイクのタンデムに乗れば転げ落ちる、飛空挺に同乗すれば乗り物酔いで吐きそうになると、見事な足手まといっぷりを発揮した。
その度に、周囲から洒落にならない剣呑な視線を向けられていたが、恐怖を感じる余裕のない状態なのか、何も感じていないのか、表面上は従順に彼らに同行していた。
のるるが目を覚ましたのは、東の山の稜線が輝き、太陽が大地に朝の光を投げかけた頃だった。
ほとんど水平に窓から差し込む眩しい光に、うつらうつらとしていたのるるの意識が現実に戻って来る。
「……朝」
言わずもがなのことを呟いて、ぼんやりと窓の外を見る。
昨日から今にかけて自分の身に起きたこと、そして今目の前にある危険を、頭の中でゆっくりと確認する。
自分自身の生命の危険、仲間たちが立ち向かっている危険、自分が多くの人を巻き込む惨事を引き起こすかもしれない、危険。
しかし、僅かでも体を休めたことが功を奏したのか、のるるの中には昨夜ほど絶望的な感覚はなかった。
「よし……あと、ひと踏ん張りね」
「そういうこったな」
自分に言い聞かせた言葉に返事があって、のるるは思わず隣を見た。
富田林が、目を細めて窓の外の朝日を眺めていた。
名前もわからない山のゴツゴツとした山肌が、朝日を受けて淡い紅に輝いている。
何か言おうと口を開きかけた瞬間、空挺の通信機が白竜の報告を吐き出した。
『……制圧完了、支社長秘書のD.サカイを確保した』
ダリルの横で情けない顔でへたばっていた倉田が、僅かに反応して顔を上げた。
『だが、抗ウィルス薬がまだ発見できない。容器の形状だけでもわからんか』
操縦していたダリルが、前を見たまま無言で左手を伸ばし、倉田の襟首を掴んで引き寄せて通信機に押しつけた。
「……だ、そうだ。答えろ」
緊張か飛空挺酔いか判然としない青ざめた顔で、倉田は身を捩った。
「言います、よ……放して……ください」
「答えろ」
手を緩める様子もなく、ダリルが重ねて訊く。その静かな声音には、倉田に翻意を決断させるのに十分な凄みがあった。
「……容器は……3センチ程度の、ガラスのアンプルです」
「色は」
「茶褐色」
「アンプルは、剥き出しではないのだろう」
「そりゃ……連中が小型のジェラルミンのケースに入れてたけど、今でもそこに入っているかは、知りません」
「……聞こえたか」
『ああ……しかし、信用できるかね』
「拷問にかけてる暇はないし、後ろの席で刑事さんがこっちを睨んでてな」
後部座席の富田林が、じろりとダリルを見る。通信機の向こうで苦笑が聞こえた。
『ふむ……やむを得ん、信じる方向で捜索しよう。そちらも急いでくれ』
そして、絶妙のタイミングで、富田林たちは現場に到着した。