シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

比丘尼ガールと切り裂きボーイ

リアクション公開中!

比丘尼ガールと切り裂きボーイ

リアクション


chapter.11 切り裂きボーイ(3) 


「やっと会えたな、この通り魔野郎! オレが天誅を下してやる!!」
 真っ先に集団から飛び出たのは、セーラー服を身にまとった天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)だった。彼もまた女装集団における、構成員のひとりなのだろう。
「……」
 男は鬼羅を怪訝な顔で見た。セーラー服を着てはいるが、これ十中八九男だろうな。そんなことを考えていたのだ。
「どうした? かかってこいよ! こないならこっちから脱ぐぜ!!」
「え?」
 男は驚きのあまり思わず声を上げ、そして自分の耳を疑った。今目の前のこの男は、何を言ったのだろう。
 理解が追いつく前に、鬼羅は手早く服を脱ぎ始めていた。
 どうやら彼は、最初こそ囮として女性っぽく振る舞おうとしていたようだが、実際に犯人と対峙した場合、服が切られても切られなくても脱ぐ気満々だったらしい。
 なんという男気に溢れた性格なのだろう。威風堂々と服を脱いでいくその様は、謙二と同じ侍の魂すら感じさせた。まあこれを謙二と同じといっては侍全般に失礼な気もしないでもないが。
 ともかく、見事な脱ぎっぷりで裸になった鬼羅は、その勢いのまま、犯人を叱咤する。
「侍にとっては、刀こそ魂……その刀に通ずる刃物を使い行った傍若無人! 女の子たちの服を切り刻むなど言語道断!! 女の子の肌が見たいならお願いしますと土下座なりして頼むぞオレは!!」
 それもどうかと思うが、まあ犯人を叱っているのであれば良しとしておこう。
 というかもう鬼羅は、完全に、侍として振る舞おうとしていた。ある意味侍ではあるのかもしれないが。
 彼曰く、裸のストリーキング侍、通称「裸スト侍」なのだそうだ。なお読み方は各々の裁量に任せたいところである。
「さあこい犯人!」
 その鬼羅は、自ら脱いだ衣服を手に取り、戦いの構えを見せた。脱ぎたてのタイツも足の爪先でつまみ、鞭のようにしならせている。
 衣類を武器に戦うという、新しいスタイルの戦闘である。
 犯人が戸惑い、攻めていいものかどうか迷っていると、鬼羅は衣服を自分の腕に巻き付け、さらに男の腕にも巻き付けようとする。いわゆる互いを拘束する形だ。
 しかし、それを男は許さない。鬼羅が絡みつかせようと放つ衣服を軽々とかわし、後ろに飛びずさった。そこには数メートルほどの距離がある。
 ここで、男が初めて口を開いた。
「……なんなんだよ、揃いも揃って邪魔しやがって……俺をなめんなよ! 陸上部で鍛えた俺の瞬発力に、ついてこれるもんならついてきてみろ!」
 どうやら、犯人の身軽な動きは、学生時代の運動の賜のようだった。
 もちろんそれだけではここまで攻撃を回避し続けることなど難しいだろうが、おそらく彼の衣服を切り裂く執念が合わさり、異様なまでのスピードを生み出しているのだろう。
「くそっ、こら、避けるな!!」
 鬼羅が何度も衣服を当てようとするが、男はそれをあざ笑うかのように避け続ける。このままでは、鬼羅のスタミナが切れる方が早そうだ。もしくは、鬼羅が公然わいせつ罪で捕まる方が早そうだ。なにせ彼は今、全裸なのだから。ある意味犯人と同じかそれ以上に危険な存在だ。
「俺が相手する、代われ」
 それを見かねた龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)が、鬼羅を押しのけ前線に立つ。廉は相手の出方を窺うように、一定の距離を保って犯人を向かい合った。
 どうやら自分から積極的に仕掛けるのではなく、カウンター戦術を用いるタイプのようだ。
「どうした、来ないのか?」
 相手を懐におびき寄せるため、廉が挑発めいた言葉を口にした。
「お前の服も……切り裂いてやる!」
 すると通り魔は激昂し、廉との間合いを一気に詰めた。そのタイミングに合わせ、廉は蹴りを放つ。
「はっ!」
 軸足を回転させ、鋭く上段に放たれた蹴りは、相手の向かってくる速度が廉の予測と合致していたならば、彼の頭部に見事なカウンターを食らわせていたことだろう。
 しかし、廉の蹴りもまた、命中することはなかった。単純に、廉の迎撃速度を彼が上回ったのだ。
「っ!」
 そのまま懐に潜り込んだ犯人が廉の衣服を切り裂こうとすると、廉は体を捻ってギリギリのところでそれを回避した。しかし完全には避けきれなかったのか、僅かに彼女の衣服に切れ目が入る。
 廉は慌てて、間合いを取り直した。
「……これほどの使い手とはな」
 ふう、と呼吸を整え直し、廉が呟いた。こちらから攻撃しても、おそらくヤツのハサミの餌食だろう。しかしカウンターを食らわせようにも、タイミングをなかなか合わせられない。
 廉は、攻めあぐねていた。
 そこに、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)が加勢に入った。
「どうにかして、相手に隙をつくれないかな」
「私に任せて! 攻撃のチャンスを、私がつくってみせるよ!」
 淳二の呟きにそう答えたオデットは、犯人が廉との戦闘に気を取られている隙に、陰形の術でその身を隠した。
 そうして相手の視界から見事に姿を消したオデットは、気づかれることのないまま、犯人の背後へと回り込んだ。
 ごくん、と小さく唾を飲み込むオデット。その表情には、緊張が表れている。しかし自分がここでやらなければ。
 ――さん、にい、いち。
 心の中でカウントダウンを始めると、オデットは自らの武器を構え、「ゼロ」と唱えた。同時に、彼女は犯人の死角から突然姿を現し、攻撃する。
「やあっ!」
「っ!?」
 犯人の頭部目がけ、彼女の腕から武器が振り下ろされる。
 が、彼はそんな不意打ちも、かわしてみせた。
「後ろから狙うなんて、女は卑怯だな……お前の服から切り裂いてやる!」
 振り返り、ハサミをオデットに向けようとする通り魔。しかしその時、彼はどういうわけか、突然バランスを崩し、足がもつれた。
「なっ!?」
 予想外の事態に、声を上げる。そこには、先ほど鬼羅が脱いだ衣服の一部が無造作に地面に置かれていた。これに足をひっかけ、彼は躓いたのだろう。
「い、いつの間にこんな……?」
 男がそれを仕掛けた者を探そうと辺りを見回す。すると、してやったりといった表情の淳二が、そこにいた。
「お、お前か……!」
「まさか、ここまでうまくいくとは思ってなかったけれど」
 オデットと淳二がつくりだした犯人の隙。それを廉は見逃さなかった。
「年貢の納め時だな」
 男の胸めがけ、放たれた疾風突き。それはようやく男に命中し、彼を大きく後方へと吹き飛ばした。
 これにて、一件落着か。
 そう誰しもが思ったが、犯人はここから執念を見せた。
「通り魔め、覚悟っ! とどめだよ!!」
 廉のパートナー、几 春花(おしまづき・しゅんか)が確保しようと男に走り寄る。そのまま男の腕を捕まえようとする春花であったが、やすやすと捕まるような真似を犯人がするはずがなかった。
「……いいところに来たな」
 自分の腕を掴もうとする春花の手を、犯人は起き上がりながら逆に掴み返した。
「い、痛っ!」
 顔を苦痛に歪める春花。そのまま犯人は彼女の背中で手を固定させると、捕獲隊の方を向き直って言った。
「こいつを酷い目に遭わせたくなかったら、全員そこから動くな!」
「春花!」
 廉が叫ぶ。さすがに自分のパートナーを人質に取られては、うかつに手を出せない。
「そうだ、そのまま動くなよ。俺がここから無事逃げ終えるまではな……」
 男は、一歩、また一歩とゆっくり、しかし確実に彼らから離れていく。このまま春花を盾に、逃げおおせるつもりだろうか。
 せっかくここまで追い詰めたにも関わらず、彼らは男を逃がしてしまうのか。
 と、ここで予想外の乱入者が現場に割って入ってきた。
「おっと、こっちから悲鳴が聞こえてきたな!」
 そう言って、強引な運転で車体を突っ込ませてきたのは、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)だった。
 いや、正確には車というよりももっと重厚なものだ。それを見た男が驚き、声を上げる。
「な、なんだアレ!?」
「ロードローラーだッ!」
 最高にハイなテンションで、氷藍はそのままロードローラーを犯人目がけ突っ込ませた。
「え、いやちょっと待ておいっ、これお前らの仲間……っ」
 慌てて春花を自分の前に置こうとする犯人だが、目の前の車体のスピードは一向に落ちる気配を見せない。
「大丈夫だ、仲間は信じるもの! 俺仲間信じる!」
「信じるとか、そういう問題じゃないだろうが!」
 ぶっ潰される。こいつ確実に轢きにきてる。そんな直感を抱いた男は、慌てて地面を転がって回避した。その拍子に、春花が犯人の手から離れる。
「ちっ……外したか」
「なんだこいつ、危ねえぞ……!」
 舌打ちをする氷藍に、犯人は背筋を凍らせた。
「普通こういうのって、理由聞いたり説得したり色々するもんじゃないのかよ!」
 思わず声を荒げた男の声に、氷藍はあっけらかんと答えてみせた。
「どんな理由があるかなんぞ、知ったこっちゃない。フェチズムだかなんだか知らんが、お前みたいなヤツにはきっついお仕置きが必要だろ」
 完全にお仕置きのレベルを超えている気もするが、そんなことも意に介さず、氷藍は再び車体を男に向け、突っ込ませようとする。
「ま、また来る!」
 それを見て慌てて背中を向け、逃げようとする犯人。しかしその前に、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)とパートナーの渡辺 綱(わたなべの・つな)が立ちはだかった。そしてなぜか裕輝と綱は、颯爽と馬に乗っていた。
「なんだお前ら、どけよ!」
 鼻息荒く裕輝たちに声を飛ばす男。それに、裕輝は言葉を返した。
「好意も嫌悪も、等しく同じや。所詮は人の感情」
「……あ?」
 突然わけのわからないことを言い出した彼に、男は眉をひそめた。構わず、裕輝は続ける。
「優越感に浸るんか、劣等感に溺れるんか。そんなモノも等しく、ただの感情や。感情なんぞ理性に比べりゃどーってことないわ。理性で抑えられん感情なんぞ、ありはせん」
 なんとなく、説教めいたことを言おうとしているのだなということは伝わるが、この非常事態にそんなものをのんびり聞いている余裕は、男にはなかった。
「いいからどけって!」
 ふたりの間をすり抜け、走り去ろうとする男。その時、綱がぼそりと言った。
「例え不忠だとしても、貫かなくてはならぬモノもあるのだよ」
 もういよいよ何を言っているか分からないなってきたが、男は構わず逃走せんと全力で足を動かした。
 と、次の瞬間だった。
 ひひいん、と馬の鳴き声が辺りに響いたと同時、裕輝が手綱を取り、馬の鼻先を男に向けた。そして。
「!?」
 男の背後に、強烈な衝撃。そう、裕輝の馬が、男を思いっきり轢いていた。卑怯とかそういう次元ではなく、完全なる無法者の所行である。
「あーっ、それ、俺がやろうとしてたんだぞ!?」
 氷藍がそう言っていたのが聞こえてきたが、すぐに男は気を失った。
 そうして無事、犯人は捕獲された。引き替えにひき逃げ犯や未遂犯が生まれたんじゃないかという疑惑はあるが、そのへんはまた別のお話である。



「さて、色々話を聞かせてもらおうか」
 男が目を覚ますと、四方八方を捜索隊の面々が囲んでいた。もはや逃げるのは不可能だ。何名かが犯人から動機などを聞こうとするが、男は一向に話さない。
「困ったな……」
 どうやって口を割らせるべきか、一行が苦慮していると。
「仕方ありませんな。手の空いている方々、差し支えなければ少し手伝ってほしいことが」
 言って、周りの視線を集めたのは氷藍のパートナー、片倉 小十朗(かたくら・こじゅうろう)だった。
 周囲が首を傾げていると、小十朗はどこからかスコップを取り出した。
「いやなに、拙者はただ婦女に危害を加える者を捨て置けぬだけ。教育者の本能が昂ぶったとでもいいましょうか」
 どうやら彼は何か男に罰を与えようとしているようだが、その内容がまだ不透明なままである。そこで小十朗は、ひとつの指示を出した。
「そのあたりに、深めの穴を掘っていただきたい」
 皆一様に、首を傾げる。が、ひとまず彼の指示に従い、穴を掘ることにした。
 少しして出来たのは、深さおよそ一メートルと少しくらいのものだろうか。一体これを、彼は何に使うというのだろうか。
 それはすぐに、彼の口から語られた。
「手伝っていただき、かたじけない。それではまずこの中に此奴を放り込んで……こいつの出番でございます」
 言って、取り出したのは鉄製の卒塔婆であった。
「目には目を、歯には歯を……とはいきませぬが、今後変な気を起こさぬよう、あれこれを再起不能にしてしまおうかと」
「ちょ、ちょっと待て! 待ってくれ!」
 話を聞いていた男が、慌てて小十朗に食ってかかる。
「そもそも、まず放り込むって段階でおかしいだろ! そしてあれこれを再起不能にするってなんだ、そういうことじゃないだろうな!」
「なあに、拙者は玉を叩き潰すプロでございます。仕損じることはありませぬよ」
「ありませぬよ、じゃねえよ! やっぱりそういうことじゃねえかよ!」
 全力で拒否を示す男だったが、どうやら彼に選択肢はないようだった。
「あら、そういうことでしたら、私にお任せしてもらえませんかしら?」
 言って、前へと出てきたのはルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)。彼女は犯人を、冷ややかな目で見下ろしている。
「ヒールのついているこの靴で思い切り踏んで差し上げましょう。二度と、このようなことをする気が起きないように」
「ヒ、ヒール……!?」
 想像しただけで背筋が凍り、男は情けない声を上げた。
「すいません、どうかそれだけは、なんでもするから……!」
「なんでも?」
「はい、なんならパシリでも手下でも、どんな役目でも!」
 ふうん、と男の言葉を聞いたルディはしかし、それをばっさり切り捨てた。
「いりませんわ、こんな使えなさそうな人」
「え、ええっ!?」
「どうでもいい男には私、容赦しませんの。さあ、そろそろ潰してあげますわね。うふふ、ほほほほほ……」
 まるでそういうお店のそういう人みたいなドエスっぷりを見せつけると、ルディはゆっくりとヒールを男に向けた。
「すいません、ほんとすいません!」
「案ずることはありませぬ。ヒールだけでは一発で潰れないか不安なら、拙者の卒塔婆もありますゆえ」
「それが嫌だって言ってんの!」
 喚く間も、男は穴に埋められそうになり、必死に抵抗する。
 と、ここで新たな意見を出したのは、例の女装組であった。
「さすがに、かわいそうになってきたわね」
「潰すのは、やめてあげたら?」
 すっかり女言葉も板についた彼らは、自分たちも今でこそこんな格好をしているが、ちゃんと立派についているものはついている。
 それゆえ、目の前でこれから行われるであろう惨状を想像し、体――もっというと下半身が縮こまってしまったのだろう。
「……残念ですな」
「せっかく、このヒールに素晴らしい感触を与えられるかと思いましたのに」
 彼らの嘆願を小十朗、ルディ両名が聞き入れたことで、犯人の処遇は警察行きに決まった。
 パトカーが来るまでの間、捕獲隊に動機を聞かれた男は、こう答えた。
「ちょっと前まで、付き合っていた彼女がいたんだ。それでその彼女がある時を境に『もっと綺麗になりたい』と言い出し始めて……」
「それで?」
「もっと綺麗になるには、もっと綺麗な服を着なきゃ。彼女はそう言ってたんだ。だから俺は、彼女にいっぱい服を買ってあげた。それで彼女が綺麗になるなら、俺も嬉しかったから。でもそれから少しして結局彼女にはフられて」
「要は、その腹いせってことだな」
「自分がしたことが意味なかったんだって思うと、綺麗な服を着てる女性がどんどん憎くなってきたんだ。女性の服なんて、みんなボロボロになればいいって思ったんだ」
 心の内を吐露した犯人は、これまでとは違う弱々しい口調だった。その目は、過去の幸福を思い出していたのか、涙が溜まっている。
 彼の話が終わった頃、ちょうどパトカーが現場に到着し、男は警察へと連行されていった。
 こうして通り魔事件は、ひとまず一件落着となったのだった。