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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.4 切り裂きボーイ(1) 


 一方、空京の市街地付近はというと。
 通り魔事件の噂を聞き、犯人を捕まえんとする者たちが現れ始めていた。

 卑劣な輩を成敗しようと名乗りを上げた侍、渡辺謙二(わたなべ・けんじ)へと最初に接触したのは、彼と同じ目的を持っていたラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)だった。ラルクと行動を共にしていたパートナーのガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)が、ラルクよりも、謙二よりも先に口を開いた。
「謙二さん、よろしくお願いしやすぜ」
 言って、軽く礼をする。
「うむ。仲間がいるのは心強い。共に不届き者を懲らしめようぞ」
 硬い表情と言葉遣いのまま、謙二は返事をした。その表情からは、犯人を何としても捕まえるのだという気概が感じられる。
「俺のところにも一応女の子がいるしな……安心して出歩けるようにするためにも、引っ捕らえないとな」
 それに同調するように、ラルクが言った。
 と、ここで彼は、あることに気がついた。
「そういや、犯人が男か女かもわかんねぇんだよな」
 確かに、ラルクの言う通り、犯人像は現時点でまったくと言っていいほど見えていない。しかし謙二は、それにきっぱりと答えた。
「いや、このようなことを女性がするはずがない! 良からぬことを考えた男の仕業に違いない」
 証拠は何もない。が、謙二がそう断言したことで、その場の雰囲気はそちらへと流れていった。
 ともすれば頑固者とも思える謙二の言動だったが、侍らしいといえばらしい振る舞いでもあった。そんな彼に少し興味を惹かれたのか、ラルクは謙二に質問を投げかけた。
「なあ、侍の魂ってのは、どういうものなんだ?」
「侍の魂?」
 突然の質問を受け、謙二は言葉を繰り返す。
「ああ。謙二を見てると、侍ってこんな感じなのかなって思ってよ。ちょっと知りたくなったんだ」
「魂、か……」
 小さく呟き、謙二は顎に手を当てた。そして小考の後、彼はその問いに答えた。
「拙者は、世の流れがいくら変わろうとも、変わってはいけないものもあると思っている。人の心など、その最たるものだ。それを忘れぬことが、侍の魂だ」
「なるほどな……そのために、日々こうして戦ってんだな」
「そんなところだ」
 謙二から返答を聞いたラルクは、さらに質問を続けた。
「そういや謙二は、何か武術でもすんのか?」
「武術……いや、拙者は剣術一筋だ」
 薄々分かっていた答えでもあったのか、ラルクは「やっぱりそうか」と相づちを打ちつつ、少し違った角度から問いかけた。
「そんな真っ直ぐな性格なら女が放っとかないんじゃないか? それとも奥さんとかがもういる感じか?」
 謙二のそういった話を聞いてみたい、という考えももちろんあったのだろうが、ラルクはおそらく軽い自慢話を披露したかったのだろう。
 彼の答えを待たずして、ラルクは自らのことを語り出した。
「いやー、俺の奥さんは色っぽくてな。優しいしよ。俺のことを好きって言ってくれたりな。あと、上目遣いもかわいいんだわ」
 褒め言葉を次々を発した彼は、最後にとびきりの笑顔でにこやかに告げた。
「まあ、奥さんっつっても男なんだけどな」
 一瞬、なんとも言えない沈黙が場を覆った。
「そ、そうか。まあそういった形は人それぞれであるからな」
「謙二は、奥さんとかいる感じか?」
 謙二が歯切れの悪い返答をすると、ラルクはそれを気にした様子もなく新たな問いかけをした。
「……妻はいない。侍に伴侶など無用だ」
 強がりではなく、謙二は本心からそう言っているように見えた。そんな彼にラルクは驚きとも感心とも取れる様子で小さく口を開けてみせたのだった。

 一方、謙二とほぼ同じタイミングで打倒通り魔を掲げていた龍杜 那由他(たつもり・なゆた)のところには、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)が協力を申し出ていた。
「ほ、ほんとに協力してくれるの?」
 那由他は、突然現れ「俺も通り魔を捕まえたい」と言ってきたシルヴィオの提案に戸惑い、聞き返す。シルヴィオはこくりと頷くと、すっと那由他の手を取って、微笑みながら言った。
「勇敢なお嬢さん、姿だけでなく心まで美しい君の手を煩わせないよう、俺も出来る限り協力させてもらうよ」
「あ、うん、えーっと……」
 本人にとっては挨拶くらいの気持ちでも、端から見れば明らかにナンパチックな言葉に戸惑う那由他。さらに、彼女が戸惑っていたのにはもうひとつ、わけがあった。
 目の前で口説いてるこの男性、なぜか白装束に裸足なのだ。思いっきり西洋風の顔立ちなのに。
 この人、なんでこんな格好してるんだろう。
 不思議でしょうがないといった顔の那由他だったが、その謎はすぐに解けた。
「シルヴィオ……ようやく見つけた」
 そんな声が、シルヴィオの後ろから聞こえてきた。ふたりが声の方を向くと、そこには彼のパートナー、アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が近づいてくるのが見えた。
 よく見ると、彼女も彼女でシルヴィオと同じ白装束を身にまとっている。とはいえアイシスの方はきちんと靴も履き、着物の上にローブも羽織っているが。
「修行せずいきなり逃げ出したから、どこに行ったのかと思っていたら……」
「違うんだ、俺は女性が困ってるのを見過ごせないだけなんだ」
 那由他の目の前で、なにやら揉め出すふたり。どうやら彼らはお寺での修行体験に最初参加しようとしたようだが、シルヴィオが滝の勢いを見て逃亡してきたらしい。
 なるほど、と那由他が納得したと同時、シルヴィオはアイシスの説得を終えていた。
「頼むよ、終わったらちゃんと戻るから」
「仕方ないわね……」
 すぐにいざこざが終わったのは、同じ女性として、女性を辱めるようなことをしている犯人を捕まえたいという気持ちがアイシスにもあったからだろう。
「ま、協力してくれる人はいっぱいいる方がいいよね」
 那由他がそうまとめると、早速シルヴィオはアイシスに犯人捜索の指示を出した。
「特徴がまだ分からないからすぐには見つからないだろうけど……もし現場を見つけたらすぐに知らせるから」
 シルヴィオにそう告げると、アイシスは翼を広げ、空へと駆けだした。



 時を同じくして、謙二や那由他たちの他にも通り魔を確保しようと動きを見せている者たちがいた。
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、何人かが集まったところで通り魔を捕まえるための作戦会議を開く。
「まあ、とりあえず捕まえればいいのであれば、誰かを囮にして犯人を炙り出し、そこから数の暴力で押し切ればいいのだけれども……」
 言葉を途中で止め、一呼吸置いて彼は続けた。
「そういって他人任せにしていると、誰もやらないという最悪のパターンがありそうなので、私から提案を」
 言って、小次郎が取り出したのは、空京の地図であった。
「まずは襲われた箇所をピックアップして地図上にプロットし、犯人の行動時間帯、行動範囲を絞り込みましょう」
 もっともな彼の意見に、聞く者も首を縦に振る。
 さらに、小次郎は話を続けた。
「犯人は、女性であれば見境なく襲うでしょう。それならば、時間帯を割り出した後、付近に潜み……」
 と、そこまで小次郎が話したところで、聞いていた佐々良 縁(ささら・よすが)が口を挟んだ。
「付近に潜むって言っても、大人数だと逆に目立つ気もするんだよねぇ」
「……確かに、その可能性はありますね」
 縁の言葉に同意する小次郎。
「では、どうしましょう。あまりバラけすぎて、いざ犯人を見つけた時に人手不足では」
「んー、一応人手はそれなりにいるみたいだし、何とかなる気がするけどねぇ」
「なんとかとは、また曖昧な……」
 少し困ったような顔をする小次郎だが、異なる解決策も思いつかない。
 どうにかならないものかと彼が考えていると、縁はふらりと集団から離れつつ、言葉を告げた。
「とりあえず、私は私で地道に聞き込みでもしてみるかねぇ」
「あっ、よすが、待ってよっ」
 その後を、パートナーの佐々良 皐月(ささら・さつき)がとてとてと追う。
 皐月は縁の隣に並ぶと、話を振った。
「なんだか、こんなこと多いね」
「こんなこと?」
「通り魔とか、この手の事件」
「うーん、割と多いような、そうでもないよーな……?」
 はっきりしない返答をする縁の横顔を、皐月はぼんやりと眺める。
 彼女が思い浮かべていたのは、パラミタに来たての頃のことだった。というのも、ふたりで行動するのは久しぶりだったからだ。昔に思いを馳せても、何ら不自然ではないだろう。
 よすがも、いろんなことがあって変わったよね、ほんとに……。
 声には出さないで、皐月が言う。
 当の縁は、皐月のそんな心中を知ってか知らずか、聞き込みをしようと犯行があったという現場へと足を進めるのだった。

「さて、作戦会議の続きですが……」
 縁の去った後、小次郎は残った面々と犯人捕獲のための計画を立てていた。
「やはり、ある程度犯人像を絞り込めないと、捜索は難しいと思います」
 小次郎の意見はもっともであった。
 と、ここで会議に加わっていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が、意味深なことを呟いた。
「まさか……いえ、いくらなんでも一般人に手を出すなんてこと……でももしかしたら」
「何か、心当たりが?」
 小次郎に聞かれたリネンは、歯切れが悪そうに答えた。
「ええと、違うと信じたいところなんだけど、ひょっとしたら、私のパートナー……いいえ、あのエロ鴉が犯人かもしれないの」
「パートナーが?」
 小次郎は眉を潜めた。リネンはその理由と、パートナーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)について、話し始めた。
「その……なんていうか、フェイミィは変なの」
「変?」
「変っていうか、もうストレートに言っちゃうけど変態なの」
「……」
「だから、こういうことをしでかしても、おかしくないのかなって」
「……自分のパートナーなのに、随分な言い方ですが、いいんですか?」
「エロ鴉を甘く見ちゃダメよ! あの変態さは、空をも突き抜けるのよ!!」
 何の主張だがよく分からないが、とにかくリネンが容疑者を挙げたことで、まずそのフェイミィとやらを探し出そう、ということになった。
「ちなみに、本当に犯人だった場合、どうするんですか?」
 出発時、小次郎がリネンに質問する。するとリネンは、冗談だか本気だか分からないトーンで「血祭りってことで」と答えるのだった。

 黒髪と青い目、そして一見かっこいいけれど内面からいやらしさが滲み出ているヴァルキリーを見つけたら連絡せよ。
 リネンから聞いた情報を元に、通り魔確保チームにそんな指令が行き渡った。
「いやらしさが滲み出ている……どんな方なのでしょう」
 上空から捜索をしているアイシスは、首を傾げながら空京を見下ろし、とりあえずそれっぽい人を探していた。
 と、案外それはすぐに見つかった。
 伝え聞いた通りの外見を持った女性が、随分と露出の多い格好で普通に道路を歩いていたのだ。
「あの方でしょうか……一応連絡をしておきましょう」
 アイシスは携帯電話を取り出し、捕獲隊へと目撃情報を伝えた。

 数分後。
「お……おい、なんだこれ、なんかのドッキリか!?」
 フェイミィは、ラルクやガイ、シルヴィオやアイシス、彼らと共に行動していた謙二や那由他、そして駆けつけた小次郎や縁や皐月、さらに自らの契約者であるリネンにずらりと周りを包囲されていた。
「あ、リネン! なんなんだこれ?」
 すっかり混乱したフェイミィが、リネンに尋ねる。
 ただ道を歩いていただけで突然大勢に取り囲まれたのだ、そんな反応が普通だろう。
「……フェイミィ、本当のことを早く言った方がいいわよ。ていうか、本当にやったの?」
「いやだから、何がだよ!」
 わけがわからないまま距離を詰められるフェイミィ。次に話しかけたのは、縁だった。
「動機っていうか、事情くらいは聞いておきたいんだけど、なんでこんなニッチなごシュミなわけぇ?」
「ニッチなシュミ!? なんだ、オレのシュミがどうしたんだ!?」
「何しょうもないこと言ってるのっ」
 フェイミィが素っ頓狂な声を上げると同時、皐月が縁に持っていた杖でツッコミを入れる。直後、鈍い音がして縁は頭を押さえた。
「じょ、冗談なのに皐月さんマジ鬼嫁……」
 皐月をじとっとした目で見ながら言う縁。
 ふたりがそんなやり取りをしている間に、今度はシルヴィオがフェイミィへと言葉をかけていた。
「美しいお嬢さん、大丈夫、俺は分かってるよ。決してこれは趣味なんかじゃないんだよね?」
「いや、趣味も何もそもそも何の話……」
 きっとこの女性は、劣等感から他の女性に手を出してしまったに違いない。勝手にそう結論づけたシルヴィオは、優しく諭すように言う。
「君は充分綺麗だし、魅力的だ。こんなことをしていては、せっかくの君の凛々しさがもったいないじゃないか」
 横からアイシスの微妙な視線を浴びながら、シルヴィオはフェイミィを褒め称えた。女性は誰だって、素敵なところがあるはずだ。それが彼の持論なのだ。
 が、当のフェイミィは嬉しくもなんともなかった。
 意味が分からないまま変な趣味と言われたり慰められたりしているのだ、当然だ。
「つーか頼むから順を追って説明しろよ!」
「いや、私たちは通り魔を追っていてですね……?」
 とうとう怒りだしたフェイミィに、ここでようやく小次郎からことの顛末が知らされる。すべてを聞いたフェイミィは、大きくひとつ、溜め息を吐いた。
「あのなあ。弱い者いじめはオレの趣味じゃねーよ?」
「じゃあ、やってないのね?」
 リネンの確認にフェイミィが頷く。誤認逮捕だったか。一同がそう思った次の瞬間、フェイミィは余計なことを口走ってしまった。
「大体こういうのは、勝ち気で生意気な強い女をひぃひぃ言わせるのが楽しいんじゃねーか! 言わせてもらえば、その犯人は攻めの機微ってのが分かってないね!」
「……」
 はっ、とフェイミィはここでようやく周りの突き刺さる視線に気づいた。
「これは……カナンまで強制送還かしら」
「いや違う、そうじゃないんだ! えっとすいません強制送還は勘弁して。本当にオレじゃねーんだから!!」
 フェイミィが慌てて正当性を主張する。どうも様子を見る限り、彼女が犯人という線は薄いようだった。
「すいません、うちのエロ鴉がお騒がせして……」
 他の面々に謝り、フェイミィにも頭を下げさせるリネン。
 ――ていうか、オレも謝るの? リネンの勘違いで濡れ衣着せられただけじゃねーの?
 彼女が心の中でやりきれないものを感じたのは、ここだけの話である。
「しかし、そうなると捜査はまたふりだしですね……」
 小次郎が顎に手を当てながら言った。
「また、聞き込みとか調査をしていくしかないのかねぇ」
 縁のそんな言葉で、それぞれがまた犯人捜索に向け動き出すのだった。



 彼らが誤認逮捕で一悶着起こしていた頃、空京の別地区では。
「しかし、なんでこの格好なのでしょうか……」
 そんなぼやきにも似たセリフを言いながら、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がパートナーの緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)と一緒に買い物をしていた。
 というのも、遙遠はいつもとは違い、ちぎのたくらみを使って幼児化した上で女装をした「ハルカちゃん」状態となっていたのだ。本人としては別段そっちの気があるわけでもなければ、嫌々やっているわけでもない程度のものである。
「荷物持ちさせてしまって、申し訳ないのですー」
 隣の霞憐が手に抱えた買い物袋を見て、遙遠――もとい、ハルカが言う。普段なら遙遠がそういう役目を負うはずだが、幼児化と女装かした今の姿では、荷物持ちは霞憐のポジションなのだ。
 実性別がどうなのかはさておき、少なくとも霞憐はパッと見の外見が少年なのだから。
「まぁ、いいよ。暇してたし」
 そう答える霞憐だったが、理由はそれだけではなかった。
 こっちも、遙遠と一緒だと楽しめるしな。
 なんとなく口には出さなかったが、そんな理由もあったのだ。
「そういえば、最近妙な通り魔が流行ってるんだっけ」
 話題を変えたのは、霞憐だった。
「通り魔、ですかー?」
「女性の衣服だけを切り裂くとか何とか……」
「それは怖いですねー」
 どうやらハルカはそのニュースを知らなかったようだ。ハルカがそんな反応をすると、霞憐は話を続けてみせた。
「迷惑行為は許せないよな。見つけたら捕まえて警察に引き渡したいところだけど」
「霞憐、危ないことはダメなのです」
「ま、頻発しているとはいえ、そう都合良く遭遇するものでもないだろうし。何も起きないに越したことはないよな」
 笑って、霞憐が言う。
 しかし事件とはいつだって、「自分は巻き込まれない」と思った時にこそ出くわすものである。
「……ん?」
 霞憐が、前方の人影に気づいて足を止めた。中肉中背の男性が目の前に立っている。その手には、大きなハサミが握られていた。
「ま、まさか」
 霞憐が咄嗟に距離を空け、臨戦態勢に入ろうとする。が、その両者の間に立ったのは、ハルカだった。
「霞憐が傷つけられないように、守るのです! ハルカ自身はどうなろうとも構わないのです!」
 勇ましい言葉を発するハルカ。目の前の男は、それを見て歪な笑みを浮かべるとハサミの音を鳴らしながらハルカに近づいた。
「ハルカっ!!」
 霞憐が叫ぶ。しかし既に男の凶器は、ハルカの衣服を捉えていた。
 悲痛な声が、空京に響いた。