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ツァンダを歩く

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ツァンダを歩く

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 ツァンダの喫茶店で二人の少女たちが向かい合っている。彼女たちの前には山ほどのケーキが並べられていた。色も形も飽きさせないほどの多様なケーキを前に似つかわしくない、無粋な顔をしているのはヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)であった。
「だからさ。僕も少し度が過ぎたとこれでも反省しているのだよ。こうやって反省の色を示しているじゃない。ほら見てよこのカラフルなテーブル」
 崎島 奈月(さきしま・なつき)は媚びるように首を傾けると、テーブルの上に置かれているケーキをヒメリに見せる。ザッハトルテにシブースト、アップルパイにシュークリームなど。この多彩な色が奈月の言う反省の色である。
「むぅ〜。そんなこと言っても、奈月はいつかボクをこきつかうじゃない。モグモグ。こんなケーキだけでボクの機嫌が直ると思ったら大間違いだよ。パクパク……」
 ヒメリはげっ歯類のように口に物を詰め込み、頬を膨らませている。主観的には怒りを露わにしている瞳も、ただ拗ねているようでなかなか可愛げがある。
「もうちょっと味わって食べなよ。ケーキは逃げないよ」
「逃げるよ。奈月が食べちゃうもの」
「食べないよー」
「パクパク。奈月は……モグモグ……ボクがこんなことで僕が許すと思っているけれど……舐められたものですぅ」
 ケーキを一つ平らげると、ヒメリは恍惚の表情を零す。淡い光に包まれた笑顔を、にやにやと奈月が見つめていると、我に返ったヒメリがまたぶすっと不貞腐れるのだった。
 このまま、ヒメリの好きなものを詰め込んでいけば心太のように、彼女の怒りが抜け落ちるに決まっている。奈月は勝利を確信すると、コーヒーに口をつけた。
 しかしいかんせん頼みすぎていた。いくら甘物好きの奈月と食べることしか頭にないヒメリがそろっているとはいえ、この二人で全部食べたら、体重という代償を支払うことになるかもしれない。
 どうしようかコーヒー片手に考えていたのだが、その二人の前にルシア達が歩いてくる。
「見て、ヒメリ。テレビだよ。こっち来るかな?」
 奈月の言動など意に介さずに、ヒメリはケーキを食べ続けている。しかしルシアのほうは気づいたらしい。二人の前に立つとルシアは小首をかしげて笑う。
「こんにちは。こんなにいっぱいケーキを食べているのね。お勧めはあるかしら?」
「僕のおすすめはザッハトルテだよ。お近づきのしるしに一つどうぞ」
「あーそれもボクが食べようと思ったのに」
「ヒメリにもあげるから」
「そんなことでボクが懐柔されるなんて……」
 だんだんとヒメリの語尾が尻すぼみになり、最後には食べることに夢中になった。
「このお店はおいしいケーキがいっぱいあるの?」
「そうだね。でもツァンダには隠れた喫茶店もあるらしいよ」
「ほぅ……それはいいことを聞いたわ」
 重苦しくそう言うと、ルシアはマイクを握りしめる。既に取材を行う雰囲気になっているらしい。
「でも隠れているくらいだから、どこにあるのか見つけるのは至難の業だよ」
「う〜ん。困ったわね」
 ルシアが考え込むように周囲を見回す。だがある一人を見る前に、その人が立ち上がるとルシア達の前に近づいてきた。彼も喫茶店に座っていた人物であり、ルシアに近づくと恭しく頭を下げる。
「こんにちは。聞くところによると観光名所を探しているらしいな。なら俺が力になれると思うぜ」
「あなたは?」
「おっといけねぇ。俺の名前は柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)。ツァンダの隠れた喫茶店を探したいのだろう? 俺もちょうど探そうと思っていたところでな。だから協力するぜ」
 握手を求める恭也にルシアは表情を柔らかくすると、その手を握りしめる。その二人に声をかける人がもう一人現れる。
「こんにちは。私は奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)。隠れた喫茶店を探しているのでしょ? なら私も協力するわ」
 典雅に微笑むと彼女の後ろからひょっこり顔を出したのは雲入 弥狐(くもいり・みこ)であった。口から八重歯を覗かせて、狐に似た尻尾と耳を動かしている。
「あたしも協力したいな。おいしいものも食べたいし」
「よろしくお願いするわね」
 ルシアと恭也が重ねていた手に沙夢と弥狐も手を重ねる。
奈月もだんだんと隠れた喫茶店という言葉に心を惹かれていた。目の前にあるケーキよりも苦労して見つけたケーキを食べる時の快感のほうがおいしそうだ。
「隠れた喫茶店か。僕もちょっと気になるなぁ」
「奈月どこにいっちゃうのさ。まだケーキがいっぱいあるよ」
「お持ち帰りできるか聞いてみてあげるから。籠に詰めれば、歩きながらでも食べられるよね?」
「えー。嫌だー。歩きたくない。ボクの足はもうぶらぶらだよ」
「なら台車でも借りてきてあげるよ。その上に乗っていったらどう?」
「あっ。それいいかも」
 奈月は冗談のつもりで話していたのだが、それを真に受けたヒメリに言葉を迷っていた。けれども、ヒメリ自身はすでに自分がふてくされていた過去をほぼ忘れている。何かの拍子に思い出すかもしれないが、その時はまたケーキを与えればいいだろう。
 奈月はそのように考えながら、店員を呼ぶのだった。