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リアクション
ルシアたちは蒼空学園を後にするために、校門に戻っているとルシアたちに気づいた一組の女の子がいた。赤い髪の先端を結わえて、まっすぐに歩いているのはエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)であり、対照的に青い髪を振り回し、踊るような無邪気さを振りまきながら歩いているのは、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)である。
二人はルシアに対して好奇のまなざしを爛々と輝かせていた。
「ねーねーエリシアちゃん。これがもしかしてツァンダで行っている街ブラ番組なのかな?」
「そうだと思いますわ」
「えぇそうよ。二人は?」
エリシアとノーンは自己紹介をカメラの前で済ます。エリシアは腕を組みながら勝気に自分の名前を響かせる。ノーンはカメラに興味があるのか必要以上に顔を近づけていた。
「それで街ブラ番組でツァンダの住人の生活を紹介していると聞いていますけれど?」
「そのとおりよ。お二人にも何か心当たりあるかな?」
「ふむ、それでは御神楽夫妻の家に案内いたしますわ。目を引くようなゴージャスなお家ですの。映すに値する場所だと思いますわ」
ゴージャスという部分を強調し、帽子をかぶりなおす。ノーンの方は、街ブラ番組であるという事情を観光案内と捉えたらしい。御神楽邸に向かうと聞いた時にくるくると踊るように喜びを表していた。
「おにーちゃんと環菜おねーちゃんのお家に行くの? わかった、わたしも行くよ!!」
「それならついてきて来なさい。はぐれたりしたら駄目ですわよ」
腕を組んだままエリシアがずかずかと歩く。その後ろをルシアが歩き、ノーンがカメラの周囲を回っている。こうして新しい集団となったルシアたちは御神楽夫妻の家へと歩くのだった。
■
住宅街は学園の雰囲気とは違い、ゆったりとした空気に包まれるような安息を与えてくれる。エリシアが御神楽邸の前で勝気な姿を見せつけていた。
「つきましたわよ。ここが御神楽夫妻の家ですわ」
「なんという豪邸でしょう。自信ありげだったのがよくわかります」
ルシアが驚いた通り、周囲の家と比べて一つ抜きんでた広さを持っている。ノーンがエリシアの脇を抜けようとすると早速家の扉を開けた。
「あら? 鍵がかかっていないということは誰か在籍しているのかしら?」
エリシアとルシアも後に続き、玄関を確認する。そこには事情をまだ呑み込めていない御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がノーンに抱き着かれている姿があった。
「陽太ですわね。まさか帰っているとは思わなかったですわ。蒼空学園に今日は用事があったはずではないのですか?」
「あぁ。そのつもりだったのですけれど、何かの事情があるみたいですね。立話もあれですから、中に入ってください。歓迎します」
居間に案内されたルシアはソファに座る。その隣にノーン、エリシアが座り、陽太が反対側に腰を下ろした。
ルシアは取材のことを説明し、エリシアがここに来ることになったいきさつを説明する。その間に陽太の瞳は徐々に好奇心で満たされていた。
「なるほど。取材ですか。そういうことでしたら俺も協力します」
「ところで環菜はどうしているのですか? 一緒にいると思っていました」
「一緒に蒼空学園で校長と打ち合わせをしていたのだけどね、資料をここに置き忘れてしまったから俺だけで取りに来たのです。その時にちょうど君たちが訪れたというわけです。資料はメイドロボに届けてもらうようにして、ちょっと事情を環菜に説明してくるので、失礼します」
陽太は廊下へと消えていく。ノーンがソファからぴょこんと飛び降りると、ルシアにせきを着たように話し出した。
「ねーねー。ルシアちゃんはどこから来たの?」
「月よ。あの高いところから降りてきたの」
「あんな高いところから? すごいねー!」
「ノーン。あまり話し続けて困らせないようにしなさい」
ルシアの隣ではエリシアが姿勢正しく、陽太の帰りを待っている。
「ノーンは少し落ち着きがないですわ」
「だってルシアちゃんといっぱいお話がしたいんだもん。おねーちゃんはそう思わないの?」
「そう思っていますけれど……」
エリシアはため息をつくと何も言わなかった。ノーンに何かを強要することが無駄だと悟ったのだろう。そもそも無理に彼女のペースを曲げようとする方が間違っている。
動と静の二人の少女がいる光景は、いつまでも見て居たくなるような柔和な雰囲気を作り上げていた。
「お待たせいたしました。存分に見せつけてきなさいと環菜に激励されましたよ」
「環菜おねーちゃんらしいね。わたしはルシアちゃんとおしゃべりしたい」
陽太がお茶をお盆にのせながら戻り、ルシア達に配る。ノーンがソファの上ではしゃぐ。陽太が温かいまなざしで持って、ノーンを見守っていた。
「ほどほどにな。ところでルシアは昼食を食べていきますか?」
「本当に? 是非いただくわ」
「なら腕によりをかけて作りますね。オムライスをご馳走します」
ぐっと腕をまくりあげると、陽太は調理場へと消えていく。ノーンとエリシアがルシアを囲み、会話に花を咲かせようとしていた。
「ルシアちゃん。今までどこに行ってきたの?」
「そうね。日本の料理を食べたり、港湾区を見て回ったりしていたわ。そして蒼空学園に訪れた時にノーンとエリシアに会ったのよね」
「そんなところまで見て回っていたのですか。さぞかしお疲れになっていると思いますわ」
エリシアは両手でコップを持って、口につける。コクコクと喉を鳴らしながら飲んでいた。
「そうそう。蒼空学園で焼きそばパンも食べたのよ」
「本当!! あのパンを食べられるのはとても苦労するのに」
ノーンが目を輝かせて顔をルシアに近づける。透明な瞳はビー玉のようで、キラキラとした光と閉じ込めている。
「そうだったわ。その分とてもおいしかったのよ。ここではどのようなオムライスをご馳走してくれるのか楽しみだわ」
「期待していいと思いますわ。陽太は料理が得意ですから」
自分の事ではないが、きっぱりと言い切るエリシアからは、彼のことを多少は評価していることがうかがえる。
「それじゃあわたしもマドレーヌ作るー。ルシアちゃんにおもてなししてあげるの」
ぴょんとソファから飛び降りると、ノーンは調理場へと駆けていった。陽太のやや驚く声に交じって、ノーンが笑う声が響いている。エリシアは彼女の無邪気さに少し困った顔をしていた。
瞬く間に調理場の方からおいしそうな音が響いてきて、そしてそれを追うように甘く、香ばしい空気が満ちてくる。
「美味しそうですね」
「そうですわね。出来上がる間に何か答えられることなら答えてあげますわ
「ではお言葉に甘えて……」
お茶を一口飲むとルシアは置かれていたマイクに手を伸ばす。口元を隠しながらクスクスと笑うエリシアはその目つきは子供とは思えない。魔女のような妖艶さがひしひしと感じられた。
しばらくした後に、ミトンをつけたノーンがマドレーヌを持って登場する。マドレーヌ自体の出来は素晴らしいものだが、ノーンの頬や鼻が汚れていた。それが逆にノーンの愛嬌を目立たせている。
「おねーちゃん、ルシアちゃん。マドレーヌ焼いたの。食べてー」
「これは出来立てのマドレーヌですか」
「うん。おにーちゃんのオムライスもできたところだから、もうちょっとしたら持ってくるよ。その前に私のマドレーヌあげる」
出来立てのマドレーヌをルシアは一口食べる。円形型のマドレーヌが割られると、そこから芳醇なバターの匂いと、レモンのサッパリとした味が絡み合い、ルシアに鮮烈な記憶を刻み込ませていた。
「おいしいわね。ノーンはお菓子を作るのが上手なのね」
「うん!! おにーちゃんもオムライスを作っているよ」
そう言うと同時に、陽太が登場する。人数分のオムライスをテーブルの上にのせると、テーブルが明るい色に染まる。
「本日はお招きしていただきありがとうございました。それではいただきます」
ルシアにつづいて三人もいただきますと復唱する。
「どうですか? 間に合わせの軽食ですけれど、ソースだけは工夫してみました」
「おにーちゃんのオムライスはとてもおいしいよ。ルシアちゃん。私のマドレーヌはどう?」
「あまり無理に進めないの。人には人のペースがあるのですわよ」
「いいのよ。どっちも本当においしいわ」
「そう言ってもらえるとありがたいですね。今日ここで出会った偶然を感謝したくなります」
陽太がエリシアとルシアを見て、ふと疑問に思った。
「ところで、俺とノーンが料理している間に二人は何を話していたのですか?」
「陽太のことよ。陽太が何を頑張っているのかについて」
「それを話のタネにしていたのですか」
苦笑交じりに陽太はオムライスに手を付ける。気が落ち着かないようにスプーンを動かしていた。
「おにーちゃんは今すごく頑張っているんだよ。会社というのを立ちあげているんだ」
「鉄道会社ですわ。今はまだ起業したばかりですがゆくゆくはパラミタ横断鉄道を作るのが目標ですわ」
陽太の夢を代わりにエリシアが答える。翠色の瞳が陽太を促していた。
「まだまだ夢の段階ですけれど……」
「けれど私は実現できると思うわ。どこにいても応援しているわ」
「そうですわよ。何事も勝利をしなければやる意味などないのですからね」
「エリシアはきついなぁ。でも頑張るつもりですよ。この夢は俺ではなく環菜の夢ですから、俺も全力でサポートするつもりです」
「それはどうしてなのかしら?」
「環菜の夢をかなえてあげることで、喜ぶ顔を見たいからです」
はっきりとそう言い切る。陽太の瞳には彼の意地が込められていた。エリシアがかすかに微笑むと、その笑みがルシアに伝わる。つながっているかのように流れてゆく喜びに、ノーンが敏感に反応していた。
「ねーねー。わたしのマドレーヌも食べてー。たくさんあるから好きなだけ食べて大丈夫だよー」
ノーンの無邪気さがより一層食卓を彩っている。おいしいものを食べられたことだけではなく、住人の夢を聞くことができたことも、今回のリポートの価値を見出していた。
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