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 さて、場所が変わって耀助は裕輝と対峙している。さっきから裕輝が耀助のカメラを独占している状況は変わらない。裕輝の予測不可能な行動に、周囲の人間は徐々に損ペースを失い始めていた。
 一人、耀助たちを遠く離れた場所で見ている人物がいる。本人にとっては隠れているつもりである。しかし女性にとっては高い身長がどれほど縮こまっていても彼女の存在感を大きくさせていた。
「え……仁科さん……にぎやかそうですね」
 一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は壁の影から耀助たちを見ていた。見ていたというしかないのは、悲哀にとってもこの次にどうしていいのか分からず、目的を見失っていたからだろう。
 悲哀の背後にいるもう一人の人物がそんな彼女の背中を見つめて、半ばあきれるように息を吐く。
「もぅせっかくここまで来たのに何も言わずにずっと見ているだけなのー? あの人に会うためにここまで来たのじゃない」
「そうですけれど……」
 悲哀はそう言うが、アイラン・レイセン(あいらん・れいせん)にヒビの入った笑みを見せてしまう。青ざめが顔にアイランは憐憫の情を感じずにはいられなかった。
 悲哀も耀助が訪れることを事前に耳にしていた。
 けれども自分にコンプレックスを持っている悲哀は、中々決意に踏み切ることができなかった。自分のような醜女がテレビに映されても、逆に迷惑になるのだろう。そんな自己嫌悪を繰り返していた時に、手を取ったのがアイランだった。
「悲哀は美人さんだと思うよー? 背はしなやかだし、いいなーって思うのだけどな……。隣の芝生はなんとやらってやつなのかな?」
 その励ましに、悲哀はここまで訪れたのであるが、最後になって今一歩踏み出せないでいた。それは耀助が様々な女性に声をかけているせいで、無意識のうちにそれらと自分を比較しているからだろう。
 あと一押しあれば、悲哀の目的は果たされるのだが、それをどうすればいいのかアイランにはもう少し考える必要があった。
 一方耀助たちは未だ裕輝に翻弄されっぱなしである。裕輝はカメラの前で腕を組むと急に静かになる。何かを期待するような目であったことを耀助は察知した。
「裕輝さんは妬み隊の隊長ということですね?」
「そのとおりや」
「その妬み隊とは果たしてどのような活動をしているのでしょう?」
「いいことを聞くな。見直したで。妬み隊とはモテない人、もしくは持たざる人で固められた隊や。主に色々と対象への迷惑、羨ましい人への妬み、逮捕や法律とかのギリギリセーフゾーンを仕出かす隊や」
「どっかで聞いたことあるような隊ですね。具体的にはどのようなことをするのですか?」
「そうやなあ。よーちんが時計を持っていたらそれを五分ほど遅らせてみたり、誰かと待ち合わせするときによーちんにだけは違う場所を教えたり、よーちんに飲ませるコーヒーの砂糖と塩をわざと入れ間違えたりするな」
「いつの間にか俺が対象にされていませんか?」
「当たり前や。よーちんはバリバリ標的対象やな。ところ構わず女の子にばかり声をかけて、周囲からの妬みが集まっているで」
 裕輝の言うことを耀助は信じていなかった。しかし裕輝の発言に根拠がないとは言い切れず、周囲の視線がチクチクと刺さる。
「それとオレの目的は妬み隊の新たな人材の確保や。オレ以外の妬み隊のやつらはちっとも働かないからここで一つ有能な人材を探しているで。募集対象は前にも言った通り、モテない人や持たざる人や」
 空へ叫ぶように声を張り上げる裕輝はすっと指を空に向ける。ノベルはさっきから隣で一部始終を聞いていた。ただソフトクリームを食べるのに夢中で口を挟まなかったが、ぺろりとそれを食べ終わる。味には満足が行っていたらしいが、見せつけられている光景にムーっと口を膨らませていた。
「私はお断りするからね。それと私が考えたあだ名をあなたまで使わないでよ」
「いいねぇ。その妬み。けれどあんたはまだ素質不足やな。オレが探している人材はズバリあのような人や」
 空に伸ばされていた手をすぅっとと地上に下ろす。その先には悲哀が立っていた。急に話題にされて悲哀はおろおろと左右を見回す。そして助けを求めるようにアイランにうるませた瞳を向ける。
 アイランはそっと彼女の背中を押した。とはいってもすでに裕輝が目の前で待っていて、悲哀の手を掴む。耀助の前に現れた悲哀は身にまとっている和服と、紺碧な自分の髪とは対照的に、顔を赤く染め上げていた。
「それでは名前を行ってもらいましょう」
 いつの間にか裕輝がマイクを持っている。耀助は笑いながら彼からマイクを奪い返した。
「一雫……悲哀です。そ、そそその、よろしくお願いします」
「緊張しているようですね。本日はどうしてここに来ていたのですか?」
「えぇっと……お買い物に……ちょうど便箋が切れてしまったので、その時に仁科さんを見つけたのですけれど……なかなかお声をかけることができず……たくさんの女性に囲まれていたので……」
 目の前に耀助が立っている。その事実を何度も確認するたびに、彼女の声がしぼんでいた。足元が歪み、体が熱くなる。取り残されたような疎外感に彼女の神経は擦切っていきそうだった。
 自分にないものを持つ女性と話していた耀助が自分にはどのような顔を向けているのか。うつむいたまま、悲哀は顔を上げる気にはなれず、確認するのが怖かった。自分がここにいてもいいのだろうか? そう自問自答を繰り返しても答えに到達できない。自分の中に答えがないからだろう。
「そうだったのですか、こんな美人な人が俺に気づいていたことを、俺が気づけなくて申し訳ない」
「私がですか?」
 耀助は疑うことを知らないというように首を縦に振る。
「だけど……私図体ばかり大きいし……」
「そんなの関係ないですよ。寧ろ誰とも違う部分があることがあなたの魅力なのです。それでは悲哀さんの取材をしてもいいですか? 一緒に便箋を買いに行きましょう」
 耀助にとっては特に考えもせず、ナンパでもするように放った言葉なのだろう。けれど彼の本音が込められており、悲哀の胸を強く打つ。
 アイランが悲哀を見て祝福するように音にならない拍手をしていた。けれど悲哀はその音が聞こえるような気がしていた。
「はい。それでは……よろしくお願いします」
「ほー。御嬢さんは妬みながら、よーちんを見ていたのかと思っていたけれど、ちょっとだけ違ったみたいやな。これは勘違いしたわ」
 くるりと背を向ける裕輝は誰にも気づかれないうちにその場から退散する。悲哀と耀助が便箋を買いに向かうその背後で、アイランとノベルが彼らの後姿を見守っていた。