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【猫の日】猫の影踏み――消えたお菓子と契約者――

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【猫の日】猫の影踏み――消えたお菓子と契約者――

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『そして、悲しい別れ』

●?

 魔穂香と少女が向き合い、今にも戦いの火蓋が切られようとしていたその時、上空からお菓子がはらはら、と降って来る。

 魔法の言葉を 唱えましょう
 魔法の指先で 作りましょう
 さぁ ここにおいで♪
 魔法のお菓子を召し上がれ♪


 まるで神々しくすらある姿の遠野 歌菜(とおの・かな)が、得意とする歌を披露しながら生み出したお菓子を撒く。
「わぁ♪ すごいすごい! お菓子がいっぱい!」
 はしゃぐ少女は、さっきまでの不気味な気配がすっかり消え去り、歳相応の雰囲気になっていた。
「どうだろう、気に入ってくれたかな?」
 落ちてきたキャンディーを掴み、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が少女へ差し出し、微笑む。
「うん! もっといっぱいちょうだい!」
「いいだろう、俺も甘い物は好きだ。質問に答えてくれたら、ここにはないお菓子だって買ってきてやるぞ」
「ホント! 分かった、なんでも答えるよ!」
 女の子が羽純に約束する。それを見て、魔穂香はふぅ、と一息ついて『クリミエックス・ゼロ』を仕舞う。
「うーん。やっぱアレっすかね、女の子はイケメンが好きッスかね」
「感動的なシーンに水差さないの。六兵衛だって「美人で優しい子と結婚したいッス」とか言ってるじゃない、それと同じよ」
「うぅ、反論出来ないッス」

 その後、異世界に送られてきた者たちも合流し出した。
「お菓子のお代わりはまだまだあるよ〜」
 アスカがお菓子を生み出し、皆に振る舞う。お菓子をもらって満足そうな様子の少女から、真相が語られる。
「わたしはレイラ。パパと一緒にアピシニアに来たの。パパはなんかすごい研究してるみたいで、わたしはパパの話をすごいなー、って聞いていたんだけど、
 ある日目が覚めたらここに居たの。パパもみんなも居なくてすっごく寂しかったけど、この子が居てくれたから」
 言って、レイラは胸に抱く猫を示す。周りには他に猫も居て、皆レイラの周りでにゃごにゃご、と和んでいた。
「あ、この猫、俺に襲いかかって来た猫じゃないか」
「こっちはようじょさんを弄った猫です」
「くっ、せっかく忘れようとしていたのに、思い出させるな!」
 恭也伊織幼常が猫の中に、巨大化して襲いかかって来た猫がいるのを見つける。
「その猫は、巨大化した猫とはどういう関係だ?」
「この子はミラっていうの。その辺はよく分かんないんだけど、ある時突然やって来て突然居なくなるの。多分この子ともう一匹、ジェームスって子がなんかやってるみたい」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の質問に、レイラが答える。
(……話から類推するに、そのジェームスとミラとやらは、この空間とパラミタとを行き来させる力を持っているのだろう。もしかしたら他の猫も然り。
 元に帰るには、その猫達の力を借りれば済むか、あるいはこの空間を安定させている基点を破壊するか……)
 考えた所で、レイラがお菓子をミラに与えようとする。
「あぁ、待ちたまえ。猫にお菓子をあげるのは止めたほうがいい」
「ふぇ? なんで?」
 首を傾げるレイラに、アルツールが教師の顔になって口を開く。
「ここの猫達の体質がどういうものかは知らんが、下手をすると大惨事になりかねん。
 菓子には様々な成分が含まれていて、その中には猫に与えては良くないものもある。チョコレート、ココアパウダー、レーズン、ガーリックパウダーを使ったこれらお菓子や、カフェイン、ナッツ類は一度与えたくらいではすぐに影響を及ぼすことは稀だが、何度も与えれば必ず悪影響を与えるだろう」
「えー、そこは先生、魔法少女の作ったお菓子なんですから夢がいっぱい詰まっていて、そういう現実的な影響とは無関係って事にしましょうよ」
「…………そうかもしれんが、念には念を入れてのことだ」
 歌菜の指摘に、アルツールが認めはしつつも方針を曲げず答える。しかし考えてみると、魔法少女が夢と希望を詰めたお菓子がアレルギーとかに引っかかったりしたら、それはそれでなんだか切ないものがあるような気がする。そこは歌菜が言うように、魔法少女のお菓子なんだからその辺とは無関係に美味しいよ、でいいのかもしれない。
「で、私達はどうやったら戻れるのかしら。このままでもいいかなーって思うけど流石にそういうわけにはいかないだろうし、翠がすっごい戻りたそうにしてるし」
 ミリアが、猫をもふもふしながらレイラに尋ねる。とサリアティナは今も御満悦といった表情だが、は随分と退屈そうにしていた。
「それはね、この子にお願いすれば大丈夫だと思うよ」
 レイラがミラを掲げる。にゃあ、と鳴くミラが、この世界からみんなを元の世界に連れ帰ってくれるようだ。
「そっか。ならレイラちゃんも一緒に帰ろっ! 今アピシニアでは猫のお祭りやってるんだ、レイラちゃんも一緒に楽しもうよ」
 美羽がレイラを誘うも、それにレイラはううん、と首を振って答える。
「わたしは……無理だと思う。だってわたし、みんなとは違う、の。
 分かっちゃったんだ、あの日初めてここで目が覚めた時に。あー、わたし、死んじゃったんだなーって」
 レイラの発言を誰も肯定しないが、否定も出来ない。雰囲気が重くなったのを察知したか、レイラは努めて明るく笑い、ミラを魔穂香へ差し出す。
「おねえちゃん、この子を連れて帰って」
「えっ? ……そんな事したら、あなたは」
「わたしは、いいの。もうわたしのせいで、みんなが大変な思いするの、いやなの。
 パパもたぶん、わたしの事でいっぱいになっちゃった。それが分かったから、私はジェームスにお願いしたの。パパをもう楽にしてあげて、って」
 その結果を、たぶんレイラは知っているだろう。それでもレイラは泣いたりせず、むしろ笑っていた。
「……ひとつ、腑に落ちない点がある。君が犠牲になったのは実験の所為であるとして、では猫は何故そのような力を手に入れた?」
「うーん……わたしには分からないけれど、確かその日は2022年2月22日、猫の日だったと思う。
 だからジェームスもミラも、他の猫さんもこんな風になったんじゃないかなーって。そうだったら、なんか不思議じゃない?」
 ……それが、レイラの最後の言葉だった。


●屋敷:地下1階

 光が晴れ、馬宿と姫子、他の者たちが辺りを見回すと、行方不明になっていた契約者や仲間たち、それに魔穂香と六兵衛の姿があった。
「むぅ……向こうで何かあったか分からぬが、どうやら皆、無事に戻って来たようじゃな」
「……いえ、まだ豊美ちゃんが居ません。どこに――」
 馬宿が危機感を露にした顔で、豊美ちゃんの“声”を探る。

「もう……やめてください……」
「豊美ちゃんがかわいーからいけないんですよ、私は悪くありませんよ」

「……! 魔穂香さん、右80度足元です!」
「了解!」
 即座に魔穂香が『クリミエックス・ゼロ』を召喚、馬宿の指示した地点に精密射撃を撃ち込む。
「おっと、邪魔が入ったようですね。というかいつの間に元の世界に帰っていたようで。
 仕方ありません、今日はこのくらいにしておきましょう。いいものも手に入れられましたしね」
 魔穂香の射撃を手袋で受け止めたアルコリアが、随分と色っぽいぱんつを被ったままその場から逃げおおせる。
「豊美ちゃん、大丈夫ですか? あの者に何をされたのですか?」
 馬宿が駆け寄れば、地面にぺたんと座り込んだ豊美ちゃんが涙目で馬宿を見上げ、言う。

「アルコリアさんに、私のぱんつを盗られてしまいました……」

 それを聞いた馬宿の顔から危機感が抜け、身体からも力が抜けたようにへたり込んでしまう。
「……心底から心配した私が馬鹿でした」
「あー! そんな事言わないでください! 私にとっては深刻な問題なんですからー!」
 喚きつつ、豊美ちゃんが『ヒノ』で馬宿をばしばし、と叩く。
「豊美ちゃん、あんな色っぽいパンツ履いてたんだ……」
「意外ッスね。魔穂香さんもその辺気を使ったらどうッスか?」
 魔穂香の呟きに反応した六兵衛が、もれなく往復ビンタをくらってノックダウンしていた。


 ――こうして、事件は一応の解決を見た。
 事件に至る過程は明らかになったものの、レイラのその後、どうして猫はあれほどの力を手に入れたのか、オービタルストーンの在処など、不明な点や納得いかない点が幾つか残る結果となった。
 猫については、最初の事件が起きたのが2022年2月22日、猫の日の中でも2が6つ並ぶ特別とも言える日だったことが原因らしいが、それも実際どの程度影響しているのかは分からない。
 それでも、『猫の日には不思議なことが起きる』という一説を唱える事くらいは、出来るかも知れなかった。