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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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 ぱたぱたと、雨粒が頭を叩いている。
 蒼空学園にほど近いその場所で、鬱蒼と茂る木々の中を東條 厳竜斎(とうじょう・げんりゅうさい)は軽い足取りで歩いていた。
 ぬかるんだ足下は悪く、木の根と植物が生い茂っているというのにこの未来からきたという不思議な老人はそれを物ともせずに巨大な生き物の死骸を肩にのせて鼻歌混じりに進んでいく。
 久々の狩りで良い獲物が取れた。ご機嫌な老人が音を高くした時だった。
 頭上の木から葉が降って来たかと思うとバサリと音を立てて、一人の女が落ちてきた。
 いや、落ちたというよりはしっかりと両の脚で立っていた。
 見上げればその木から生える枝は遥か上の方にあるというのに、そこから落ちて来たのであろう女は平然としている。
「美味しそうですね」
 目の前の女に唐突にそう言われても、厳竜斎は驚きもせずに嬉しそうな笑った。
「そうかのそうかの。
 考えてみりゃあ思ったより大きくての。どうしようかと困っていたんじゃが」
 女は老人の肩へと回り込むと、彼が捕らえた獲物をまじまじと見て「ふむ」と頷いた。
「自分はピロシュキーにすると良いと思います」
「ほう。それは名案じゃ」
 話している間にも雨脚は徐々に強さを増し、頭上に茂る緑の葉と葉の間から稲光が見えた。
「雷、この辺りにも落ちてきそうですね。
 危ないから早く学園へ帰った方がいいですよ。

 ――――――さん」
 名を呼ぶ女の声は雷音に掻き消され、老人の耳へは届かなかった。

* * *

 窓の外の稲光の強さに目を細めて、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は大事な教材の入ったトートバッグを見下ろした。
 撥水性でないこの素材のバッグをこの雨の中外に出したらひとたまりもないだろう。
「びしょぬれになっちゃうだろうなぁ」独り言を呟きながら考える。
 何処かで時間を潰したものか。その間に雨が上がってくれればいいが――。
 予報を見ようかとポケットから取り出した端末に目を落とした時だ。
「ごめん!!」
 勢い良く中にぶつかられて振り向くと、月光の様な銀の髪を振り乱しながらソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が立っていた。
「ソランさん、どうしたのそんなに慌てて」
 息を上げている彼女を気遣う様に手を伸ばすと、強い面差しで見上げられて雫澄の心臓はどきりと音をたてた。
 何かがあったのだ。寄生生物に肉体をのっとられ、行方不明となってしまった彼女の夫――ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)に。
 反射的にそう思って「ハイコドさんだね?」と問いかけると、ソランは荒い息の中頷いて「急いでるから!!」と走り去ってしまった。
 本当に、余程急いでいるのだろう。勢いに呆気に取られた雫澄を置いて、ソランの姿は既に廊下の遥か遠くへ消えている。
 しかし雫澄は彼女にハイコドを助ける為に協力をする。とそう約束したのだ。
「――探すしか無い……か。
 誰か、姿を見かけてないかな」
 雫澄はため息をつきながら窓の外をもう一度見た。
 雨はシャワーのように校庭に降り注いでいる。

* * *

 高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)はデスクの上に広げた紙束を纏めながら、画面に表示された最新の論文を夢中になって読みふけっていた。
 余りの天候の悪さに、彼女が手伝う予定だったイコン関係の講義が中止になってしまったのだ。鈿女は突然訪れた手持ち無沙汰なこの時間を、新たな――ニルヴァーナ技術を学ぶ為の有意義に使う事に決めたのだ。
 そんな彼女の隣ではラブ・リトル(らぶ・りとる)がカラカラと笑う様な高い声で話し続けている。それは鈿女向けられている訳ではなく、主に独り言だったが、鈿女はラブへ注意を促す。
「ちょっと、ラブ。
 久しぶりに論文に目を通せるんだから、あんまりうるさくしないでね」
 シャワーのようだった雨音は段々と激しさを増し、今は地面を叩き付けるような音がしていた。
 それに便乗してラブは鈿女の注意を無視して今度は歌い出してしまう。
 こんな天候になると、『一部の人間』はどうしてもテンションが上がってしまうらしい。
「……ということは、そうね。
 あいつ、厄介ごと起こさなきゃいいんだけどね……」
 鈿女の脳裏に過るのは彼女の『困った弟』――高天原御雷の高笑いする姿だ。
 想像せずともわかる。今頃どうせ弟は
「フハハハ! 風よ、嵐よ、俺の指示に従い、吹き荒れるがいいっ!」
 とか、そんな台詞を叫んでいる事だろう。ポーズすらはっきりイメージ出来る。
 短く息を吐いて、鈿女はまずは落ち着いてコーヒーでも淹れようかと、椅子を引いて立ち上がった。

* * *

「放送終わりましたよ」
「応。ご苦労さん」
 生徒会室へ静かに入って来た広報の湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)を、生徒会長の東條 カガチ(とうじょう・かがち)は軽い口調で労った。
「――という訳で問題点と注意点はこのくらいかなー。
 はい! 宜しくね!」
 各種担当者の生徒達をそう纏めているのは副会長の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)で、嵐――というより雷雲対策の会議は既に終わるところらしい。
「副会長、伝達事項はありますか?」
「うん。まずね――」
 端末に表示された纏めを示しながら説明する美羽と、それを真剣に聞き入っている凶司を背中に、カガチは軽い足取りで窓の近くまでやってきた。
 雷雲は蒼空学園をすっぽりと包み込み、夏の――それもまだ明るい時間帯だというのに灯りが無ければ何も見えない程の闇で覆われている。
 まるで映画のワンシーン、よく出来たCG映像のように空に走る稲妻は青く輝き、それは心臓の音を高鳴らせて少しの恐怖と興奮を煽るのだ。
「荒れそうだねぇ」
 長い前髪をかき上げて露になった金色の瞳は、轟く雷音と輝く雷鳴に学園がぞわぞわと沸き立っているのを肌で感じながら薄く微笑んでいた。