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【原色の海】樹上都市の感謝祭

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【原色の海】樹上都市の感謝祭

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第6章 手と手を繋いで


「フランセットさーん、これでいいですかー?」
 お祭りだというのに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は朝から船の上と、桟橋との間を飛び回っていた。
「ロープここに置いていい? ……船、もうちょっと右に寄せてー!」
 巻かれたもやい綱を運んで、船を桟橋に固定する手伝いをしたり、傷ついた植物に”エバーグリーン”をかけて癒したり。
 そんなルカルカを見ながら、フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)は微苦笑を浮かべた。
「前線で戦って疲れているだろうに、こんなことは我々に任せて、休んでくれていいんだぞ」
「だって、お祭りのために何かしたいんです。盛り上がった方が嬉しいです」
 復興の為には皆が『もう安心してもいいんだ』って実感できる何かがないとだよね。それがこのお祭だと思うの――そうルカルカは考えた。なら、お祭りのために働きまわるのは自然なことだ。
「働いてばかりだと、身体を壊すぞ。契約者だというだけで危険な場所に赴かせて済まない……皆には感謝している」
「一時はどうなることかと思ったけど……おかげで海がすこしずつ綺麗になっていくのは嬉しいなって思います」
 足元近くに海を見ながらルカルカは元気に答える。
「フランセットさんもお疲れ様でした。良かったら一緒にお茶しませんか?」
「そうだな……少しパーティ会場に顔を出そうか」
「はい!」
「そういえば君のパートナーはまだ……」
 ああ、ダリルならひと段落したらって言ってました、とふふっと笑って、二人は一足先に会場へと行った。
 ルカルカが何もないテーブルに案内するフランセットは怪訝な顔をしたが、そこにコック姿のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、銀の覆いをした皿を持って現れた。
「……その恰好は珍しいな」
「以前、教導に食事に来ないかと言う話しをしただろう、出張さ」
 と、ダリルは笑う。そして、覆いを取って彼のお手製の料理を披露した。季節のフルーツを使った菓子と、紅茶、野菜たっぷりのサンドイッチ。
「本格的な料理をお望みなら、厨房を使わせてもらえたらコースメニューくらい作れるが、どうする?」
「そこまでしてもらうわけには」
「いいさ、代わりに海軍からレシピを教えてもらってな……特製海軍カレーの作り方をな。ああ、隠し味は自分で探せと謎をかけられたが」
「それはありがたいが、他の皆の食事も食べてみたいからな。コースでは満腹になってしまうし……一緒にどうだ?」
 結局コック姿のダリルも一緒になって、三人でテーブルを囲むことになった。
「元通りになるまでには時間がかかるかもですけど、ひとまずお疲れ様でした。良かったですね。怪我はありませんか?」
「……ああ、皆のおかげでな。申し訳なく思うのだが、自分で突っ込んでも足手まといになるばかりだしな……こればかりは慣れない」
 前線では全体の把握が困難だし、指揮官が倒れることは許されない。時に怪我人や死者が予測されようと全体の勝利のために決定を下さねばならないが、それは必ず自分以外だと、フランセットは言った。
「でも、原色の海の種族と私達が仲良くなれたことは良いことかも。
 そうだ、発生源の様子とかは定期的に見に行った方がいいとは思うけど、そのあたりの今後の管理の話し合いはするのかな?」
「今まで通りアステリアに任せることになるが、今回の影響を調べるために、各部族から暫く人を少し出して共同で調査を続けることになるだろう」
「じゃあ、私もそのときは手伝いたいな」
 ルカルカの申し出に、フランセットは有難い申し出だが、多忙だろうから遠慮しておこうと言った。如何にも教導団のあるヒラニプラからは遠い。長期に渡る調査になりそうだと彼女は言った。
 食事を一通り食べ終えた後、ルカルカはダリルをお祭りに誘った。ダリルは頷くと、
「そうだな、良ければ提督も一緒にどうだろうか?」
「ああ、少し見て回ろうか……」
 三人が立ち上がろうとした時だ、てくてくとやってきたのはヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だった。
「契約者のみんなもがんばったけど、海軍の人もたいへんだったです、おつかれさまでしたです〜」
 にこにこ顔の少女にトレイに乗ったドーナツとコーヒーを差し出されては断るわけにいかない。
「どうぞなのですよ〜」
「ありがとう」
 ヴァーナーはくるりと向きを変え、側を通りかかった船医にも差し出した。
 彼はコーヒー片手にドーナツをほおばり、「うん、うまい!」と、大げさに言った。それがわざとらし過ぎたので、フランセットは思わず呆れた顔をしたが、船医は二つ目のドーナツに手を伸ばして、隣の主計長にも手渡す。
「いや、この子には治療を手伝ってもらったんですよ。疲れた時には甘いものが嬉しいよな〜。……ほら、食えようまいぞ」
「……ありがとうございます」
 船医は他の海軍の兵士も見つけると、呼んできてドーナツを勧めた。
 ヴァーナーは色んなドーナツを忙しく配りながら、にこにこ笑顔を崩さないで話を聞いて回る。
「がんばったお話しきかせてくださいです〜」
「そうだな、小さい女の子がお医者さんの手伝いをするお話とか。……違う? じゃあ……」
「オレオレ、こいつの頭に矢が飛んできたときにオレが華麗に腕を打ち抜いて〜」
「協力したらすごいことができるんですね〜」
 ヴァーナーは、なるべくいろんな人と人をひっつけて話を聞く。お互いのお話が出来るように、感心して。
「これからも何があってもみんなでがんばればだいじょうぶですね〜」
 とことこと、遊びに来ていたレベッカにも近寄って、
「色々あったみたいですけど、これからはお友達になりたいですよ〜」
「友達……って……?」
「はいです。過去よりこれからなんでも出来るですよ! がんばりましょうです〜!」
「なんだ、お前たちよりよほど大人じゃないか?」
 そんなヴァーナーの姿と、はしゃぐ部下を見比べて、くすりとフランセットは笑う。フランセットはヴァーナーに、戦いで起こったちょっとしたエピソードを話した時、
「すごいです〜!」
 そう目を丸くするヴァーナーの頭を撫でた。
「少なくとも、小さな子どもたちが戦場に出なくて済むようにするのが、我々の仕事だ」
 戦うことなんて凄くない、戦わないことの方が凄いのだとフランセットは優しく言う。
「戦闘は解決の一手段だ。それ以外の方法で解決できる方がすごいんだ。こうやって人と人を結びつけたり、避難を優先させたりな」
 フランセットが視線で示した先には、二人の男性がいた。
 いい香りのする優香の冠にブーゲンビレアを絡ませて、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は花の精っぽい雰囲気を纏っている。
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は同じ冠だったが、これに沈丁花を絡ませていた。
「花の精の仮装だよ。メシエは沈丁花の花の精だね」
 この程度なら仮装ではなく、ただの装飾品じゃないかなとメシエは思ったが、それでエースが満足そうなのであえて言わなかった。
「……まぁ、本物の方がやっぱり綺麗だからね。控えめな方がいいと思って」
 メシエの気持ちを汲み取ったように言って、エースは彼を連れてまずオークの大樹に“人の心、草の心”で挨拶した。
「色々と騒がしくしてごめんね」
 お祭りだけでなく。静かで穏やかな暮らし乱してしまった事が申し訳ないから、ちゃんと謝っておかないと。と。
 律儀だなと思う。
 エースは植物が大好きだけれど、植物ではなくて、人間だから。同じ人間がしたことを申し訳なく思っているのだろう。
「さてと、今度は街の人たちの方だね」
 微笑むと、パーティ会場の人の輪の中に入っていく。彼は荷物を少し広げると、その場でクラッカーと、チーズと生ハムやキャビアなどを並べ、ささっとカナッペを作った。
 そして黄色い薔薇を咲かせた花妖精に、「ひとつどうぞ、可愛いお嬢さん」と早速勧める。
 女性に優しいエースらしいふるまいだったが、かわいらしい顔立ちよりも頭の上の花の方にやや気がいっているのは、それ以上に植物を愛しているからだろうか。
 艶々とふっくらした花弁から甘い匂いがほのかに漂ってくる。健康そうないい花だ。
 そんなエースを、興味深げにメシエは眺める。
(明るくて活動的に印象の娘に声をかける事が多いのを見ると、そういう子が好みなのかな?)
 ……といってもそれだけでもなくて。エースは外部の人間がこの都市の平和を乱してしまったことに配慮しているのだ。
 だから若い女の子だけでなく、年齢の言った人たちにも話しかけていた。
 ナンパしてるわけではないんだよとでもいうように、エースはメシエに片目を瞑ってみせる。メシエもそんなパートナーに付き合った。
「……パーティを楽しんでる? これからもよろしくね」
「お注ぎしますか?」
 メシエは森の恵みでもある高級ワインを、惜しげもなくグラスに注ぐ。メシエ曰く「とっておきの白ワインとロゼ」だそうだ。
 こちらを見ているフランセットに気付いたエースはあいさつの後、懸案事項を訪ねてみた。
「街の人達からの印象や対応が事件の前と後が変わらないでしょうか?」
「確かに、外部の人間が苗木を持ち出したのは事実だが、実際に街を体を張って助けてくれたのも契約者だからな。事情も説明したし……人間の一部の者の暴走、ということで、今のところは落ち着いている。
 中には疑う者もいるだろうが、こういう問題は、信頼は時間をかけて築くものだからな……」
「これから先も何か自分達が手伝えることがあったら是非声をかけて欲しいな」
「もう助かっているよ」
 ヴォルロスの人々を避難をさせてくれたこと、植物に気を付けてくれたり、こうやって花妖精の中で控えめに飾ってくれることを挙げて、フランセットは握手を求めた。
「相手のことを思いやってくれる契約者がいることが一番だ。ありがとう」