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ミナスの願い

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ミナスの願い

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ミナホ

「私に死なないでほしい……ですか。では、どうしますか? 私が死なないと、この村は……」
 村を見下ろせる程度の小さな丘でミナホ・リリィ(みなほ・りりぃ)はそう言う。相手は枝々咲 色花(ししざき・しきか)という名の契約者だ。ミナホが死ななければ村が滅びると聞いた彼女は、ミナホが死なないように説得をしにきていた。
「村ごと壊してしまえばいいんです。儀式もその呪いも」
「村を壊す……ですか。それで本当にこの村が救われると思いますか?」
「少なくとも命は救われます」
 人の命と物では比べようにならないと。
「……そうですね。人の命よりも物を優先はできない。正論です。この村はたかだか10年程度の歴史しかありませんし、他の歴史ある街とかの重みとは比べようがありません」
 それでもとミナホは続ける。
「この村がここまで大きくなるまでに込められた村人たちの想い……それを私には無視できませんよ」
 それこそ率先して村を発展させようと頑張ってきたミナホだ。ここまで大きくなるまでの村人たちの努力、契約者たちの協力をミナホは立場上一番知っていた。
「それに、その方法はそもそも無理ですよ」
「どうしてですか?」
「第一に、村という『物』を壊して儀式が終わるかどうか不明であること」
 確実性があるならまだしも不明瞭な状態で村を壊すという行動は取れない。
「第二に……というよりこれが一番の理由ですが、村を壊すこと自体が不可能なんです」
「どういうことですか?」
「儀式の対象になっている場所では『破壊』と思われる行動による破損等は全て『修復』されます」
 だから破壊はできないとミナホは言う。
「だからといってあなたが死ぬことは……!」
「……優しいんですね。見ず知らずの私が死ぬことを否と言ってくれるなんて」
「違います。私はただ誰かが死んだり殺されたりするのが嫌なんです」
「それをきっと優しさって言うんだと思いますよ。……ありがとうございます。あなたのおかげで少しだけ死ぬのが寂しくなくなりました」


(なんで俺はこんなまだるっこしい手段とってんだろうな)
 ミナホと色花のやり取りを隠れて観察していたユーグはそう思う。色花にミナホが死のうとしていることを伝えたのはユーグだった。
(これで、あの残念村長は死ぬ覚悟が強くなった)
 対話の中で自分が言った言葉は自分自身を縛る。それを見越して色花へとユーグは情報提供をしていた。
(だが……本当に説得される可能性もあった)
 そうなれば面倒なことになるのはユーグだ。そもそも殺すのはユーグであるため、ミナホが悩んでいようが死ぬのに積極的だろうがあまり変わりはない。契約者と一緒に死に抵抗する可能性を生むだけユーグの行動は効率的ではなかった。
(そして、今近づいてきている奴らは止めないとやばいんだが……)
 ミナホを説得する可能性が一番高い契約者たち。しづきえいな、アテナ、そして……
(……まぁいいさ。どうせ、あの理由がある限り説得されないだろう)
 本心からそう思っているのかどうか分からないが、ユーグはそう思うだけで自分の目的を阻害するだろう相手を見逃した。


 少し前

「そうですか。あなたはミナホを生かそうとしますか」
 前村長は自分の相対した相手の出した結論を受けてそう言います。
「ごめんなさい。でも、どうしてもミナホちゃんを……誰かを犠牲にするという選択はできなかったの」
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は普段では考えられないような真面目な顔でそう言う。
「いいえ、謝る必要はありませんよ。これは何が正しいという話ではありませんから。……それにきっと、私はその答えが聞きたかったのだと思います」
 そう言って前村長は続ける。
「ミナホのもとへ行ってあげて下さい。ミナホが死ぬことで村が救われると複数の契約者に伝えています。魔女の襲撃とも重なったようです」
 頷き、レオーナはミナホの元へ向かう。
「クレアさん。あなたにこれを」
 レオーナに続こうと一礼してさろうとしていたクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)に前村長は一角獣の角を渡す。
「これは?」
「見ての通り一角獣の角です」
「いえ……どうしてわたくしに今渡されるのでしょうか?」
 クレアの質問に前村長は微笑むだけで答えない。代わりに続けた。
「パラミタの何処かにバイコーンというユニコーンと対を成すような生き物がいます。そのバイコーンの角とユニコーンの角を合成すれば魔女の枷を一時的になくすことが出来ます」
「魔女の枷というのは?」
「衰退の魔女であれば『人を傷つけてはいけない』、繁栄の魔女であれば『死んだもののことを忘れてしまう』……代表的な枷はそんなところです」
 他にも細かい枷はあるがと前村長は言う。
「クレアさん。あなたは今回のレオーナさんの選択をどう思いますか?」
「……分かりません。もしかしたらレオーナ様の選択は村を滅ぼしてしまうかもしれない。そうなった時レオーナ様は……」
 ただ、とうクレアは続ける。
「その時はわたくしが一緒に頭を下げましょう。……それで許されることではないでしょうが……繰り返し下げましょう。……それがパートナーだと思いますから」
 クレアの答えに前村長は優しい笑みを浮かべる。
「クレアさん。契約者の力……その本質は『物語を変える力』だと私は思っています。……今回の結末がどうであれそのことを忘れないで下さい」


「ミナホちゃん! 今の話……本気なの?」
 ミナホの元へたどりついたレオーナとクレア。その横には熾月 瑛菜(しづき・えいな)アテナ・リネア(あてな・りねあ)の姿もある。
「皆さん……来てしまったんですね」
「……本当にご自分が死なれるつもりなのですか?」
 クレアの質問にミナホは頷く。
「皆さんも知っていますよね? 今の村の状況を。……私が死ねば全て解決します」
 ミナホの様子に瑛菜は面倒なことになったと思います。
「ま……誰があんたに吹き込んだのかは今は聞かないけどさ……。あんたはそれで本当にいいの?」
「よくはありません。でも、村が滅んだりするよりかはマシです」
「ミナホちゃん……あの約束はまだ終わってないんだからね」
 アテナの言葉。
「……それは未練です。……でもきっと私がいなくてもその約束はいつか果たされますよ」
 この村がなくならなければあの約束は完遂されるように進んでいくのだからと。
「ミナホちゃん……」
 瑛菜もアテナも理解する。自分たちでは今のミナホを説得できないと。一度決めたことにはどこまでも頑固なのだ。そう決めてしまった理由をなんとかしないことには……あるいはなんとかする目処が立たなければ説得は不可能だろう。
「ミナホちゃん。あたしは馬鹿だからさ……結局決められなかったんだ。大切な人と多くの人の命のどちらを選ぶか。……『みんな』のためにミナホちゃんを失うのをどうしても認められなかった」
「……認めなければ村が滅ぶとしてもですか?」
「今、他の契約者の人達がそうならなくてすむ方法を探してるの。あたしはそれを信じてるよ」
「……それが叶わず村が滅んだら?」
「そのときは……あたしがその罪を背負うよ」
「わたくしもレオーナ様と一緒に」
 レオーナの言葉にクレアも続く。
「だからミナホちゃん、少しの間だけでいい。待っててもらえないかな?」
 村を救う方法が見つかるのを。
「……それじゃ……それだけじゃダメなんです。それじゃあの人は……」
「ミナホちゃん?」
「……いいえ。なんでもありません。……少しだけ待ちます。『誰も死ななくて終わる結末』が見つかることを」

 こうしてミナホが死ぬまでの猶予が少しだけできた。