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進撃の兄タロウ

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進撃の兄タロウ

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 この日はこれといって何もない休日だった。
 外は晴天なものの二月になったばかりの空気は未だ肌寒く、室内で過ごす方が向いている、そんな日だった。
 家主不在のリビングで紅茶のカップをテーブルに置いた瀬島 壮太(せじま・そうた)は、ミリツァ・ミロシェヴィッチが分厚い何冊もの辞書の上に退けたものを見て眉を上げた。
「おにーちゃんて漫画読むんだ」
 ミリツァの見上げる視線が飛んできて、壮太は漫画をパラパラと捲り「ジゼルのじゃないだろ? ミリツァのでも無いよな」と適当なカットを示した。
 人喰い巨人が街で暴れる血なまぐさいシーンに、ミリツァは眉を顰める。
「私がそんなモノ読む訳ないでしょう」
「他の漫画も?」
「無いわね」
「ふーん」
 相槌を打って、温もりを感じる程近くに座る相手の事について自分は何も知らないのかも知れないと壮太は自覚した。
 思い出してみればミリツァは『すげえお嬢様だった』のだ。会うときは基本的に外や此処だから今もどういう生活をしているのかを知る事も無いし、過去の生活など推測も出来ない領域だ。
 何故ならば、壮太の出身は余り褒められたものでは無い。出会い頭にミリツァに『身分卑しい』と指摘されたが、実際その通りだった。
 コインロッカーベイビーの問題児。――そんなオレと一緒に居ても平気なのか。
 『オレなんかが』という想いは何時も引っかかるように胸の底にある。何でも無い事で落ち込んでしまいそうな壮太の妄想を、ミリツァの唐突な程高い声が裂いた。
「ミリツァはそんな怖いの大っ嫌い!」
「あ。へえ? 怖いの?」
「だって化け物に人間が食べられたりするじゃない。暴力的で、血が沢山出てるし、気持ち悪いわ!」
 目を丸くしていれば実に女の子らしい答えが返って来て、壮太が拍子抜けした気分でいると、ミリツァは自慢げな表情で――これは褒めてくれという意味なのだと最近理解してきた――壮太を見る。
「日本語も――喋るのは上手になったでしょう?」
「うん。俺から見ても、かなり上手になったよ。前は発音怪しかったところもあったけど今は殆ど無ぇかも」
「でも読むのはまだ駄目ね。漫画って振仮名は振ってあるみたいだけれど、難しい文字や変な言い回しも多いのよ」
「成る程なー。確かにそーゆーのあるわ」
「英語は日本語より分かるけれど、子供向けかヒーローが出てくるのか、逆に難しいのばかりだから興味は惹かれないわね。
 でもお兄ちゃんは好きよ、そういうの」
「読まなそうなイメージだったからすげえ意外」
「日本の漫画も、アメリカのも、フランスのも読んでるみたい。あとは知らないわ。それにたまにアニメも見てるわよ。アニメーションというよりアニメ。ツェツァやトゥリンともビデオゲームばかりやっているし、あれはそう……オタクという生き物ね」
 最後に「元々大人しいのよ彼は」と付け足して、ミリツァは壮太の手から漫画を取り上げた。
「壮太は漫画を読むの?」
「それなりに」
 ミリツァは何か思う所のある表情だ。今迄何とも思わない存在だったのに、皆が面白いと言えば惹かれるところもあるらしい。
「でも……こんな怖いのは嫌。難しいのも。もっと優しい話で、言葉が簡単なものならいいわ」
「なら少女漫画がいいかもな。今度適当なの無いか、仲間内で聞いてみるよ」
 提案を有り難うと笑顔で返して、ミリツァは椅子に座り直した。そうするのが当たり前のように折目正しく伸びていた背中が此方側に倒れ、金の瞳を一際大きく輝かせててミリツァは壮太を見つめてくる。
「知りたいのよ。色んな事。私が見ようとしなかったもの。世界も、人も。
 壮太、あなたと居るのは楽しいわ。新しいものが見える。
 初めて会ったとき、私はあなたを罵った。でもあなた達と出会って、ミリツァは人の……本当に大切な部分には、身分や出自など関係が無いのだと知ったのだわ。
 だから今はあの頃の自分をとても恥ずかしく思うわ」
 謝罪と感謝とを同時に伝える言葉に、壮太は表情を和らげる。彼女の中で解決している問題に返すべき言葉は「いいよ」と一言だけで、その後はちょっとした沈黙の間を置いて、壮太が先に口を開いた。
「おにーちゃんもジゼルも遅いな」
 そもそも始め、壮太は家主のアレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)を尋ねて此処に着たのだ。
 ミリツァの方は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と遊ぼうと連絡を受け、ジゼルを誘う為に着ていたのだという。
「プラヴダの基地まで行くって言っていたけれど、迎えにしては随分時間が掛かってるんじゃなくて?」
「二人で仲良くしてたりして」
「やめて。一週間ぶりなのよ、冗談にならないわ」
 壮太発の軽口に二人で顔を歪ませていると、ミリツァの端末が電子音を上げる。表示された名前は件の美羽とコハクだった。ジゼルと合流出来たら連絡すると言っていたのだが、余りに遅かった為に痺れを切らしたのだろうか。ミリツァが受信ボタンを押すと、往来の音に負けない様にか、ミリツァの隣に居る壮太にも聞こえるような大声が聞こえてきた。
[ミリツァ?]
「美羽、ごめんなさいジゼルがまだ帰ってこ――」
[そのジゼルがね、今バイクで凄い勢いで走って行ったんだよ!]
「バイク? お兄ちゃんの?」
[違う違う、スヴェトラーナの!]
「ツェツァ、何故あの子が……。あの子今日は任務中の筈よ?」
[分かんないけど、空大に向かってったよ。きっと何か大変な事が起こったんじゃないかな!?
 私今タクシー捕まえたからそれでコハクと追い掛けてるから]
 唐突な展開にミリツァがどう答えるべきか言い淀んでいると、彼女が口を開くより早く壮太がミリツァの頭をぽんと叩く。
「小型飛空艇あるから、近くだし、乗せてくよ」
「美羽、私もそちらへ向かうわ」
[OK。先に行ってるね!]
 通話が終了すると、壮太は既に上着を着込み立ち上がっている。ミリツァもそれに習う様に手早くコートを着込み唇を引き結ぶと、それを見ていた壮太がにやりと笑った。
「慣れてきたな?」
 それに同じ笑顔で返して、ミリツァは手を差し出す。正し、手の甲を上にした私をエスコートしなさいというスタイルで。
「行きましょう」