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リアクション
第1章 『丘』に向かう心
空京警察が用意してくれた、陣営の中で最も戦線から離れた所にある天幕の中で。
「……」
綾遠 卯雪(あやとお・うゆき)はベッドの上に起きて、唇をきっと引き結び、やや難しい顔をしていた。
その脇ではキオネ・ラクナゲン(きおね・らくなげん)が、不安げな表情で無言のまま、彼女の様子を窺っている。
石化が解かれ、目覚めた卯雪に、ようやくキオネが状況を説明し終えたところだった。
それは長い話だった。そもそも「魔鎧探偵」を標榜していたキオネが実は悪魔でなく魔鎧であるということも、卯雪にはいつかの夜に話していたのが耳に入ったか入らなかったかというくらいのものであるから、かなり根本的なところからの説明になった。
それでも、キオネはその頃から、いつかは卯雪の中のエズネルの欠片について、卯雪に話さなくてはならないと心を決めていたのだ。
が、それを知らせる前に大きな事件は起こってしまった。キオネにしてみれば、こうなる前にすべて打ち明けるべきだったという負い目が少なからずあった。
そのせいで卯雪は拉致されて――そして今、その拉致をした張本人、コクビャクのブレーンであった奈落人の幼女タァが、卯雪に助けを求めているという。
すべて聞かされて、卯雪は今、眉間に皺を寄せて考えている。
傍らには、要塞からこちらにやって来たルカルカ・ルー(るかるか・るー)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)もいた。
「確かに、望まずして得た要素かもしれない。だけど、不幸を終わらせるのに力を貸してほしいの」
キオネの事情説明にところどころ言葉を添えながら、タァの要望について伝えたルカルカは、後は卯雪の心に任せて決断を待つ、という風に口を閉じた。
自分が行って卯雪に頼んでみる、と鷹勢らに言ってここに来た。卯雪の感情がどうなっているか分からない以上、タァは来ない方がいい、下手をしたら卯雪に悪い形で刺激を与えかねない、と、彼女には要塞で待っていてもらうことにした。
卯雪が承諾したら、HCで鷹勢に連絡し、『丘』で待ち合わせる手はずだ。
――私達と一緒に根から樹に入ってほしい。
そんな卯雪とキオネの様子を、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)とクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)も、しばし黙って見つめている。
「気分が悪いわ」
出し抜けに、卯雪の口から出たのはその言葉。
やはり、タァの行為に嫌悪を覚えているのか。いや、それは当然だが……
「まるで、自分の中に自分以外の者がぐちゃぐちゃと、出たり入ったりしているみたいな、変な気分」
その言葉に、キオネは辛そうな目を上げる。
タァが卯雪に憑依していたこともそうだが、卯雪の中にはエズネルの欠片が埋もれている。卯雪自身のものであるはずの彼女の心と体が、許可もなく他人に侵害されていた。
気分が悪い、確かにその一言しかないだろう。
「…って、本当に入ったり出たりしてたのよね。びっくりだわ」
急にきょとんとなった卯雪が、目を見開いてまじまじと、自分の掌や胸を見ている。
「あたしがそんな体験することになるなんて」
――契約者にはなれなかったのだから、こんな、地球にいたならあり得なかったようなことが我が身に起こるなんて、思いもしなかった。
それを純粋に不思議がっている、といった感じの表情だ。
「――それで、じゃあ、どうすればいいの?」
急に、くりっと見開いた目を卯雪は無遠慮にキオネに向けて尋ねた。
「えっ!?」
「だって――あたしの中にある魂の欠片っていうのは、あんたの恋人だった人のものでしょ?」
「い、いやっ誤解ですっべっべつに恋人だったわけじゃなくてそのっ」
「? ……まぁ、詳しくは詮索しないけどさ。
でも、何にしろ、あんたとは縁の深い人なんでしょ?」
その瞬間、キオネを見る卯雪の目は不思議に透明だった。
「だったら――あんたに、助けてほしいと思ってるんじゃないかな」
胸に手を当てて――まるでそこに、小さなエズネルが宿っているかのように――言った。
(そのためなら、タァに協力してもいいということだろうか)
あの時。
エズネルの幻影が現れ、卯雪の魂の中に打たれた『丘』と彼女を繋ぐ杭を自分の方へ引き取り、直後に彼女は消えた。
医療班に引き取られたヒエロが着用していた魔鎧が、丘の麓に転がっていたという目撃情報も入っている。
ペコラ・ネーラがどうなっているのか、今のところは誰にも分からない。
クリストファーが、ちょっと身を動し、口を開いた。
「だったら尚の事、タァに協力するメリットはあるんじゃないかな」
卯雪とキオネが、同時に彼を見た。
「ギブ&テイク、という奴だな。
タァの力は、ペコラが今どうなっているにせよ、彼女の魂を居場所を感知できるんじゃないかな」
かつてタァはエズネルの欠片を感知し、卯雪に接近した。その力が、今は鎧という器だけを残して消え失せているペコラの魂の発見に利用できる、そうクリストファーは言っているのだった。
世の中はギブ&テイク、助けが欲しいと考えたらまずこちらが助けを出す。
だから協力してみるべきだと言っているのである。
「ペコラのことを助けるためにも」
卯雪は、ペコラがキオネにとって大事な人物だということを理解したようだと見てとって、クリストファーはそんな言い方をした。
それを卯雪は、言葉をかみ砕いて頭の中に飲み込むような顔つきで、ゆっくり頷いていた。
――今までの経緯から「ペコラが自分の身代わりになった」と卯雪に思わせてしまったら酷だから。
ペコラに対しても出来るだけのことをするよう提案することで、彼女がそういう風に考えなくて済むなら。そのような考えも込めて、言葉を選んだクリストファーだった。
「――あたし、行くわ」
卯雪の口がきっぱりと、決断の言葉を紡いだ。
キオネが目を上げた。
「卯雪さん」
「それでより良い結果になるんなら、行く価値はある」
「ありがとう、卯雪。あたしたちが必ず、あなたを守るわ」
ルカルカは頷いた。
「俺たちも護衛する。丘まで行く間にコクビャクの兵が展開しているかも知れないしな」
クリストファーが言うと、クリスティーも頷き同意を示す。
「――俺も行きます」
キオネは立ち上がった。
「卯雪さんを危険な目に遭わせられない。それに――」
卯雪の中に欠片を残す、ペコラも――
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