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湖の家へいらっしゃい

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湖の家へいらっしゃい

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 ラブは泳がないの? と質問され、ラブ・リトル(らぶ・りとる)は首を横に振る。
「塩分多いんでしょ? この湖。肌が痛くなりそうであんまりね〜……
 てなわけで、今日はあたしはのんびりしようかな」
「ん? 死海ってお肌に良いんスよ。クレオパトラも死海の泥でパックしたとかなんとか……、聞いた事ないっスか?」
 キアラが小首を傾げながら言うのに、ラブは「えー!?」と驚きの声をあげ、両腕を組んで考え込みつつ波打ち際に立つパートナーコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)を見た。
「毎年毎年あいつも懲りないわよね……」
 と、ラブが言っているのは、ハーティオンの努力についてだ。
 ハーティオンは毎度こうして水に挑んでは、失敗し続けているのだ。
「ま、例え泳げてもいずれサビて沈むだろうし、奇跡が起きて泳いでも結果は変わらないのよね」
 ラブは呆れたように溜め息を吐いて、ハーティオンが『あおぞら』から連れ出した店員――ツライッツを一瞥した。ハーティオンはツライッツの肩に手を置いて熱く説得しているようだが、彼の方はどうなんだろうか……。

「君の気持ちはよく判る。
 私も泳ぐ事を目指し幾度と無く海やプールに挑んだが、未だ満足する成果が得られた事は無い」
「え……よく挑む気になれますね……」
 正直、自分の身長より深さの有る水中に入ろうとすらツライッツには思えないのである。その恐怖もわからないではない、とハーティオンは深く頷いた。
「しかし……君も知っているはずだ。
 私達の仲間達は、皆いかなる絶望と悲しみが立ちふさがっても勇気を振り絞って立ち向かっていった。
 彼らが見せてくれた想いの力……そう、『心の力』。
 私達も彼らのように、諦めずに立ち向かい続ければいつかきっと泳ぐ事が出来るはずだ!」
 ハーティオンは語りながら砂浜に背を向け、水泳用ゴーグルと浮き輪を装着する。よくも彼のような巨体に合うサイズが有った物だとツライッツは思ったが、そこはパラミタでは何でもありだろうとあっさり切り替えた。
 そうしている間に、ハーティオンはくるりと振り返り、再びツライッツを見つめる。
「今回、挑む場所は塩分濃度の高い湖……『死海』! それも魔法で作られた特別性!
 この場所ならば……我等の体もあるいは!」
「……そ、そうでしょうか」
 半信半疑といった様子だが、少しずつ関心は傾きかけているようだ。
「準備体操大事だよ、宜しくねぇ〜」
 託が無責任な調子で声をかけてくるのに、ハーティオンはいそいそと体操を始める。
「さあ、ツライッツ。君もッ!!」
 またも熱い調子で誘いかけられ、ツライッツは思わず周囲を見回した、が止める者は居るはずがない。ジゼルらあおぞらの面子も、店の中から微笑ましげに手を振ってくるだけだ。肝心のライフセーバーも同じくである。止めるというより寧ろ、頑張って! の空気だ。
「だいじょうぶ! 大抵の怪我や病気、体力不足ならまかせなさいっ!」
 ミルディアの声に応援されながら、ハーティオンは右足、左足と順番に水へ足をつけて行った。
 ひんやりと冷たい感覚が――あったのか定かでは無いが、ハーティオンは死海の水に触れて痛く感動し、たっぷりと味わった後にツライッツへ手を差し出す。
「行こう……ツライッツ!」
 何のかんのと好奇心だけは切れないようで、ツライッツは伸ばされた手をおずおずと取った。
「諦めぬ者にだけ奇跡は訪れるのだ!
 ならば!
 蒼空戦士ハーティオン! 参る!!」
「お、お供いたします」

 こうして二人――否、二体か?――が、意を決して入水して行ったのに、ラブは託の手にぽんっと何かを手渡した。
「じゃ、男手衆」
「……ん? なんだいこれ」
「あいつの腰についてる命綱の端っこ。
 あたしが引っ張れるわけ無いので、沈んだらヨロシクね〜♪」
「ちょ――! えッ!?」
 ラブはそれ以上彼に有無を言わさずに飛去ってしまう。
「だいじょーぶ、ハーティオン、バトルマスクで水中でも息出来るから、何かあってもゆっくり引き上げていいわよ。
 頑張れ♪」



「水着!?」
 『あおぞら』へやってきた瀬島 壮太(せじま・そうた)が出会い頭に上げた声に、ミリツァは眉を顰める。
「なによ、悪いの?」
「悪い、というか……うん、やっぱ悪い!」
「あなただって水着じゃないの。髪を黒くしたからモノトーンがいいわね、なかなかに似合っていてよ」
 ミリツァに指摘され、壮太は自分のスタイル――ハーフパンツタイプの黒い水着と白のパーカー――を見下ろした。
「……いやいや、男と女は違うから。あとミリツァもちゃんとパーカーとか着ろよ」
「この湿った空気にパーカーは暑くてたまらないわ。
 大丈夫よ、料理は担当していないのだから、火傷はしないのだし……。
 それに日焼け止めクリームなら、きちんと定期的に塗っているのだわ」
 二人の会話はいまいち噛み合ない。
 壮太は妹のように思うミリツァに悪い虫がつかないか心配なのだが、ミリツァはそもそも水着でいると男に言いよられる、という発想すらないのだ。普段は肌を露出しないタイプだからこその無防備さに、壮太は絶句してしまう。
 彼女はビーチのスタイルが比較的奔放――と言えるかもしれない欧州の出身である。それに自分の美しさには自覚はあるが、周囲に女性として有利な体形をした家族や友人が多いから、水着では逆に美しさが劣ると思っているのだ。
 だが男の全てが豊満な肉体に惹かれるかと言ったら大間違いである!
 否、壮太個人の好みを言えば、お胸の大きなお姉さんが大好物ではあるのだが……、それとは別に。ミリツァのようにモデル体形の女性を好む男も居るし、例え胸が小さいからと言って、それで損なわれる程度の輝きではないのだ。
 些か義兄の欲目が混じっているきもしないではないが――。
「おにーちゃん何か言わなかったの……?」
「無いわよ。どうしたのあなた、今日は妙に変な事を聞くのね」
「妙って……」
「ジゼルにも?」
「無いわ」
「『俺の可愛いジゼルの水着見たいー!』 とか何時ものやつなかったんだ……」
「夫婦なのだから、互いの裸身を見る事もあるでしょう。だからきっとお兄ちゃんは、ジゼルの裸を見飽きてしまったのよ。
 壮太、あなたの国では『美人は三日で飽きる』と言うそうね。ミリツァはそうは思わないけれど……こうは思うのだわ。

 『巨乳は三日で飽きる』のよ!

 これはどうやら……ミリツァの勝利の日も近いわね、ほほほほ!!」
 突然の勝利宣言――だが自虐が混じっているような気がするそれに、壮太は同情というか、ほんのり悲しい気分になりつつもアレクへメールを送る事にする。
[なあ海の家来ねえの? ミリツァいるのに? オレも来てるのに?]
 と、大体そんな文面だ。アレクは元々メール不精だし、仕事中だったらすぐには返って来ないからと、送信ボタンを押してすぐにメニュー表を眺めた。
「ミリツァ、今日は料理しないんだ」
「料理は得意な人が沢山居るわ」
 ミリツァが振り返る先では、オープンキッチンでジゼルとツライッツ、エクスが動き回る姿がある。
 定食屋の仕事で慣れたジゼルも、仕事柄野営が多いツライッツも、手早く調理する事に慣れているのだろう。
 無駄の無い動きに触発されたエクスが
「明倫館食堂の女神の異名、伊達ではないと教えてやろう!」
 とばかりに、腕を振るっている。
 何時もと違う場所で得意な事を活かせるとあって、生き生きと楽しそうにしていた。
「へー……。じゃあ……、何かお勧めは? 店員さん」
「そうね……。
 私もさっき休憩の時に頂いたのだけれど、エクスの握ったおにぎりは美味しくてよ。
 直ぐに食べたいのだったら焼きそばが早いわね。ツライッツが作っているから、味の保証も出来るわ。
 それから辛くても大丈夫なら、シーフードカレーをお薦めするわね。ジゼルが事前に仕込んでいたものなのよ」
 すらすらと答えるミリツァに感心して、壮太はからりと笑った。
「けっこうサマになってんのな」