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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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第9章 御座船内・こもごも

 ドージェと共にナラカに落ちた、龍騎士ケクロプス。
 ドージェに首を刎ねられた元第七龍騎士団団長、セリヌンティウスは、彼の弟子である。
 そして刎ねられた首を持つのが、弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。
 ナラカに行き、彼に会えるなら、師弟の再会をさせてやりたい、と菊は思った。
「……だが、国軍の船には乗れねぇよなぁ、やっぱ」
 飛空艦も御座船も両方微妙。
 菊もそう思う内の一人だったが、やはりどちらかといえば、と御座船を選んで乗り込んだ。

 しかし、既に干し首状態とはいえ、七龍騎士を解任されているセリヌンティウスを連れ込む……というか持ち込むのは、やはりまずいのではないだろうか。
 と、色々考えた末、調理場に乗り込み、首は食材の木箱の一つに紛れ込ませることにした。
「ま、本人達には余計な世話なんだろうけどよ」
 それでも、その身を(頭だが)預かる者としては、何かしてやりたいのだ。
 無論、調理場にはあらかじめ多数の料理人が乗り込んでいたが、自分にも役にたてることはあるだろう。
「大帝は最近、味覚が変わってるだろ? 大帝好みの日本の味つけ、あたしに任せてくれよ」
「おお、有り難い。
 大帝に好き嫌いはないのだが、時々、『こうこうこういう味が食べたいっス!』とリクエストされることがあっても、上手くご期待通りに作れることが少ないのだ」
 ユグドラシルでも料理人をしているらしい男が、目を輝かせて礼を言った。



 拍子抜けした、と、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)も思った。
 脛に傷を持つ身としては、一悶着あるかもしれないと、御座船に乗るための口上を色々と考えてきたのだが、それらは全く無用だった。
“来る者拒まず”とはこういうことかと思う。
 乗れるならどの船でも構わない、とのたまったゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、にっこり笑った斯波大尉に引きずって行かれたようだが、そこまで無謀にもなれないので、御座船の方に乗り込んだ。
 無論、相応の働きはするつもりでいるが、イコンもパワードスーツもなく、デスプルーフリングも持たないロイは、敵が船内に侵入した場合に備えて待機だ。
 つまり本当に危険な状態になるまで出番が無い。

「だからって女龍騎士をナンパとかするなよ」
 パートナーの魔鎧、常闇の 外套(とこやみの・がいとう)に釘を刺す。
「あぁン?
 何だ何だ、この俺様をこの場で、鎧装着状態って何だその拷問!
 いっつもこんな扱いよ俺様! たまにはいい目もみさせて欲しいっての。
 何よ、契約したのはアタシの体とスキル目的ってワケ!? ……なーんちゃっ……」
「そうだが」
「……てー、ってえっ? えっ? そうなの!?」
 冗談のつもりが墓穴を掘って、常闇の外套は慌てる。
 あっさり答えたロイは涼しい顔だ。
「……ち、畜生!
 おまえそんなに奈落人と契約したいってのか! ああ、そうだな! その為にここまで来たんだもんな! おまえなんか嫌いだ! バーカバーカ! 死んじゃえ!」
 わざと他の者に聞こえるように大声で罵倒した。
 周りに、一人でブツブツ言ってる痛い奴だと思われるがいい! という外套の呪いは、しかし特に効果をもたらさなかった。
 ロイが人気のある場所に居なかったからだ。



 エリュシオンの御座船に乗れる機会など、そうそう無いだろう。
 折角だから、隅々まで見て回ろうと、ニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)はパートナーの剣の花嫁、クリスタル・カーソン(くりすたる・かーそん)と共に船内を探検して回った。
 2人とも、御座船内の様子に、顔を輝かせて興味津々である。
「こういった船に乗るのは初めてだからな、何か面白いことがあるといいな」
「面白いこともいいけど、遊びに来たんじゃないんだから、良雄さんの護衛もちゃんとしないと」
 クリスタルが言う。
「解ってるよ。
 敵は乗り込んでねえと思うが、ま、少しは警戒して歩くか」
 ニーアは浮かれていた気を引き締める。

 エリュシオンの御座船は、船内を思わせない内装で、何層にもなっているようなので他はまだ解らないが、とりあえずこの階は、立派な館の中のようでもある。
 下層には、イコンも入るほどの規模の倉庫もあり、イコンやデコトラはそこに格納されていた。
「クリスは船に乗るの初めてなんだよな。
 最初に乗った船が御座船なんてかなり面白えな!」
 くつくつ笑うニーアにクリスタルは首を傾げた。
「面白い、かな? 確かにちょっと特殊だとは思うけど」
 ふと、ニーアが足を止めた。
 つられて止まり、視線の先を見ると、ダイヤモンドの騎士が歩いている。
 2人は歩いて行くダイヤモンドの騎士を遠くから眺めつつ、息を吐いた。
「ダイヤモンドの騎士、かー。
 あの鎧、売ったら幾らになるんだろうな?」
「確かに、全身ダイヤモンドってすごいよね。値段はちょっと、想像つかないかも」
 ダイヤモンドは比喩であり、ダイヤモンドそのものを鎧に使っているわけではないのだ、とは、まだ知らない2人である。



 第七龍騎士団団員としては当然、と、エリュシオンの御座船に乗り込んだ相田 なぶら(あいだ・なぶら)には、誤算がひとつあった。
 パートナーの機晶姫、相田 美空(あいだ・みく)のことである。
 もっと詳しく言えば、その装備のことだ。
 あらかじめ、長曽禰少佐にスーツの強化を頼んでいたのだが、
「アーマーとレッグだけか?」
と唸られてしまったのだ。
「せめて、アーマーとマスクが無いと、ナラカで活動できるようにできないぞ。
 飛空艦に乗るんなら、支給はできるが……」
「借りられませんか?」
 なぶらが困ったように問うと、うーん、と、長曽禰少佐は頭を掻く。
「……戦力を減らす手は無いか……。まあ、支給しておく。
 ナラカ用の処置もするが、御座船じゃ整備も修理もできない。気をつけろよ」
「ありがとうございます」
 終始無言で佇む美空の代わりに、なぶらが答えて頷いた。

「失敗したね」
 そうして、2人御座船内を歩きながら、なぶらは美空に話しかける。
「でも、まだ慣れてないし……戦闘はとりあえず、様子を見ようか。
 無理をしないように、後方から弓で攻めよう。俺が、防御とサポートをするから」
「………………」
 沈黙が流れた。えーと、となぶらの笑顔が引きつる。
(今、頷いた? 頷いたよな……?)
 頑張りますわ、と頷いた意思表示が、今いち上手く伝わっていない。
 2人は、まだ契約して間もなく、コミニュケーションが上手く噛み合っていないのだ。
 激しい戦闘中、頷いたり首を横に振ったりの会話は、慣れていなければ見逃すことが多そうだ。
 その辺も慣らして行かないとな、となぶらは思った。



 夜露死苦荘の住人として、マレーナの為にもドージェを連れ帰る為に、ナラカへと赴く。
「……でも到着するまでは暇なんじゃね? 戦闘とかする気ねえし……」
 そういうのは、イコンとか、他の奴等がどうにかしてくれるんだろう。
 というわけで、国頭 武尊(くにがみ・たける)は、道中の暇潰しを考えた。
「……イコン、イコンか……」
 そう言えば、まだ組み立てていないイコプラがあったのだった。
 塗装用スプレーやはんだ付けセットも持ち込んで、本格的に作り、改造まで施す。
 そうして1日中耽って何日もかけ、完成したイコプラを、武尊は船賃代わりにと大帝に献上した。

「どうだ?
 エリュシオンにはイコプラとか無いだろうし、一部でひっそり流行ってるI.G.P(イコンガールズプロジェクト)風改造仕上げだぜ!」
『……大帝に妙な物を渡さないで貰おう』
 呆れたように、ダイヤモンドの騎士が、それを横から取り上げようとした。
 それを良雄が慌てて留める。
「でも、折角作ってくれたのに悪いっスよ」
 元チンピラとは思えない人の良さである。
『……』
 軽く溜め息をついて、ダイヤモンドの騎士は、それを良雄の手に渡した。
 良雄は武尊に礼を言う。
「どうもっス」
「おう。まだあるぜ。
 どうだコレ、20世紀の学園ものギャルゲー詰め合わせ!
 恋愛テキストとしてお役立ち間違いなしだぜ」
 意中の人に振り向いて貰えていない貴方に。
「恋愛テキスト……!」
 良雄は目を見開いたが、すぐにはっとした。
「でも……俺……ほ」
「ほ?」
「本物の方がいいっス!」
 こんなところで油を売っている場合ではない。るると一緒にいられる時間は限られているのだ。
 叫ぶなり、良雄は、どすんどすんと走り去る。
 溜め息をついたダイヤモンドの騎士が、足早にその後を追った。

 ――という一連を、物陰から見ていたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、
「何やってんだか」
と呟いた。
「おっと、ビデオを回してたぜ」
 下らねェもんまで撮っちまった、と笑う。
 ドージェに会うまで、ナラカに到着するまでは暇なのは同様、船内でこそこそ大人しく過ごしつつ、暇なのでうろうろ歩き回って、あちこちビデオを撮ったりして時間を潰していた。
 時折すれ違う龍騎士達には、怪訝そうに見つめて来る者もあったが、皆、こちらから接触しようとしない限り、基本的にスルーだ。
 最初は、戦力の足しにイコンを持ち込もうかとも思ったナガンだったが、イコンを使うには、飛空艦に乗らなくてはならない、と思ったのでやめたのだった。
 いくら“来る者拒まず”で受け入れられているとはいえ、教導団に対しておべっかを使うのはごめんだ。
 しかしそうすると、やることが無いのである。
 船の外では耐えず戦闘が続いているらしく、時折轟音が響くが、それも既に慣れ、いちいち反応するほどのことではなくなっていた。



 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、出発前、連日の徹夜だった。
「ナラカに行くって、ご飯とかどうするんだろうね」
と、携帯食を大量に準備していたからだ。
 勿論、エリュシオンや国軍の方でも十二分に準備されているのだろうと理性は理解しているが、既にこれは性格、いや本能なので仕方がない。
 しかしいくら本能とはいえ、張り切り過ぎた。
 そうして、出発当日の朝になって、完成した携帯食の山を前に、弥十郎はあまりの睡魔に意識を失って倒れたのだった。
 その隙に、パートナーの奈落人、伊勢 敦(いせ・あつし)が憑依した。
 ナラカに行くと聞き、久々に戻ってみるかと体を借りることにしたのだ。
「やっぱりナラカの空気も懐かしいしな」
 だが、そんな弥十郎を見て、パートナーの英霊、熊谷 直実(くまがや・なおざね)は不審そうにした。
 何しろ、髪の色がいつもと違う。
「ウイッグだよ」
と本人は主張しているが、口調もいつもと違うような気がする。更に。
「……その天狗の面は何なんだ?」
「えっ? 知らないの?
 日本のドルイドはみんなこの面をつけているよ?」
 顔つきや雰囲気が変わっているのを隠すための仮面、とは言えないので、そう言って誤魔化した。
 それで誤魔化しれるはずもなく、始終直実には疑いの眼で見続けられることになるのだが。

 それはともかく、弥十郎の精神と引き換えにした力作も皆に配り、空いた時間を見付けて、気分転換とばかりに伊勢は、良雄のところに行った。
 特に用事はない。話したいのは世間話のようなことだ。
「そんなに目があって、肩凝ったりしません?」
「ちょっと動きづらいかもっスね」
 はははと良雄は笑う。
「大帝と融合したんですよね。エリュシオンでは結構もてたんじゃないですか?」
「うーん、あんまり自由時間無いんスよ。外出たらモテるっスかね?」
「もてますよー。
 でも自由時間無いんですか? 融合して、良かったことって何かあります?」
「目が増えたの割と便利っスよ」
 などなどである。
 その内、話が猥談に及びそうになったので、流石に直実は止めた。
「この馬鹿弟子が!」
 だが、頭を叩こうとして、軽く躱され、直実は戸惑う。
(――違う……)
 しまった、といった様子でそそくさと立ち去る弥十郎を見送りながら、直実は眉を寄せた。