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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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第4章 大帝良雄

 フマナ平原に空いた、巨大な穴。
 ナラカまで続く道の、その深淵は闇に閉ざされ、覗き見ることはできない。
 三隻の飛空艦と、随行する大型飛空艇、シグルドリーヴァ、そしてエリュシオンの御座船、スキーズブラズニルは、艦隊を組み、その穴の中に降りて行く。
 死者の国。奈落の、底の底へ。



 飛空艦に乗り込む前に、全員が集められた。
 御座船に乗り込んだ者の多くは召集に応じなかったが、それには構わず、説明を行う。
「とりあえず、戦闘はローテーションを組んで行う。
 向こうの攻撃にも波があるだろうし、緊急時などにはこの限りじゃないが、先は長いからな。
 休む時にはしっかり休んでおけよ」
 都築少佐は、乗り込む面々に、そう指示をした。斯波大尉が後を引き継ぐ。

「御座船の龍騎士達は、こちらのローテーションには組み込まないわ。
 向こうは向こうで戦って貰うけど、基本的にアスコルド大帝を護るのと、不測の事態に備えて、奥の手はとっておく、ってところね。
 6時間単位で、攻撃、防衛、休憩で回します。
 各間に30分ずつの食事時間を挟むので、食事はこの時間と休憩時間で摂ること。
 艦内には時間ごとにブザーを鳴らします。
 イコン、パワードスーツは通信回線を常に開いておくこと。
 6時間攻撃はキツいわよ。音を上げないでね。
 絶対無理、って人は攻撃と防衛を3時間で回すようにするから言いなさい。
 1クール24時間にならないので、時差ボケには注意すること。
 休憩に入っても、緊急事態になったら叩き起こします。
 寝る起きるは1秒でこなしなさい」
「イコンが防御専門に特化してるとか、攻撃専門で防衛は苦手というのは申し出るように。そう配置する」
 長曽禰少佐が口を挟んだ。
「イコンでの攻撃は、各個判断に任せるわ。
 イコンでの防衛は、飛空艦周りについて、襲撃の迎撃。
 パワードスーツの攻撃も飛空艦周りを中心に、あまり艦から離れすぎないように。
 戦場ではいちいち人間サイズの敵味方を区別していられないので、生身で戦う人は、流れ弾に当たらないように自分で注意すること。
 防衛は、艦の内外で、飛空艦内部に入り込もうとする敵への対処を。
 艦の外に出られない者も、艦内で警戒に務めなさい。

 基本的には、こんなところね。後は各自の判断に任せます。
 尚、救護室は勿論ありますが、あなた達が、負傷、死亡して戦力が欠けることを想定に入れていません。
 死んだり怪我したりしないように。以上、質問は?」
 集まった国軍兵士、契約者達は、黙って説明を聞いている。
 訊きたいことは、個人的に訊こうと思っている者が殆どだ。この場では控えて手を挙げない。
 見渡して、斯波大尉は頷いた。
「それじゃ、組分けを発表します。変更受付は、発表後5分後までよ」


◇ ◇ ◇


 立川 ミケ(たちかわ・みけ)はコタツの中で丸くなっていたが、ふと会話が聞こえて来て、耳を欹てた。
 マレーナが、どこかの馬の骨と何かを話している。
 男が何かを言い、儚げに俯くマレーナ。
 しかし気丈にも顔を上げ、男に縋る。
 その手から何かを受けとると、男は踵を返した。
 両手を胸の前に合わせ、その目から一筋、涙が零れるのを見たのは、恐らく、自分だけだ。
 微かに唇が動く。
 あれは、愛しい人の名を呼んだのだ――

 すく、と、静かにミケは立ち上がった。
 尻尾をピンと立てる。凛とした瞳は決意を秘めていた。
 密かに、夜露死苦荘を旅立つ。
 門の前で立ち止まった。
 そこには、既に皆揃っている。
 織田信長。
 南鮪。
 白砂司。
 サクラコ・ガーディ。
 ラルク・アントゥールス。
 国頭武尊。
 ナガン・ウェルロンド。
 夢野久。
 ルルール・ルルルルル。
 佐野豊美。
 伏見明子。
 九條静佳。

 皆、揃っていた。
 
 びし、と信長が親指を上げた。
 びし、とミケは肉球を握る。

 言葉は要らなかった。
 

 がたん、とネコトラが停止して、ミケは眠りから醒めた。
「到着〜」
 守護天使のラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が言う。
 コンテナに食材や着替えなどの必要物資を詰め込み、フェリーよろしくそのまま御座船に乗り込んだ。
 夢だった。
 自分達は既にシャンバラを出て、ここはフマナの集合場所だ。ミケは目を擦った。

「さーてと、ナラカに着くまでは暇だろうし、良雄くんにでも会いに行ってみよっか。
 腐っても大帝なんだし、贅沢できるかも」
 立川 るる(たちかわ・るる)が、わくわくした表情で笑った。

「る、る、さ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
 そこへ、到着を聞きつけたのか、どったんどったんと不器用な音がして、アスコルド大帝が走って来た。
「良雄くん! 久しぶり! 元気だった?」
「る、るるるるさんも!」
 そう言った良雄は、はたと気付いた。
 るるが、自分と目を合わせてくれない。
「……るるさん?」
 声をかけるも、るるはちらちらと目を逸らしている。
(るるさんが、俺を避けてるっス……!)
 良雄は、足元が崩れるほどの絶望感に蒼白とする。
 るる的には、どこに目を合わせたらいいのか解らず(目の数的に)、毎回合わす目を変えているだけなのだったが。

『大帝。落ち着いてください』
 後から歩いて来たダイヤモンドの騎士がそう声を掛け、良雄の背後を見たるるは衝撃を受けた。
(何てゴージャスな全身デコ……!)
 まばゆいダイヤモンドの全身鎧。何カラットくらいあるのだろう。
「そ、そうっスね、るるさん、とりあえずラウンジの方へどうぞっス。
 あそこなら広くて快適っスよ」
 気を取り直した良雄は、そう言ってるるを案内した。

 どこの豪華客船のレストランですかと言いたくなるような内装だったがラウンジなのだろう。
 という場所に案内されて、その辺の椅子に腰掛ける。
 良雄とお喋りを始めたるるを、ラピスは、
「女のコだなあ」
と微笑ましく見て、建築に興味のある自分は、ミケを抱っこして、船内の内装なんかを見ながら船内の探検に出掛けた。

「ナラカってどんなところなんだろうね」
「そうっスね!」
「ドージェさんと言えば、良雄くん以前跪かせたことがあったよね!」
「そうっスね!」
「あの頃は、こんな風になるなんて夢にも思わなかったなあ」
「そうっスね!」
「今はもう、良雄くんはずっとエリュシオンにいるんだっけ」
「そうっスね!」
 緊張してテンパった良雄は、平日お昼のグラサン前の観客に等しかった。
「そっちも大変だろうけど、たまには大学にも顔出しなよ。
 せっかく合格したのにもったいないよ」
「そ、そっスね……」
 しかし、さすがに段々落ち着いてきて、るるの言葉の内容が頭に入ってくる。
 返答は殆ど変わりないが。
「今も『クトゥルフのママチャリ』使えるの?
 自転車通学してくるといいんじゃないかな」
(る、るるさんとチャリ通……!!!!???)
 しかし想像して、再びテンパる良雄である。
『……大帝』
 見かねて、ダイヤモンドの騎士が口を挟んだ。
「何スか?」
『希望、なのですが』
 だが、それはあまりにも、同席している龍騎士達の気持ちを代弁していた。
『その姿で、あまり、人前で……醜態を晒さないで頂けませんか』
 別人なのは解っている。
 良雄個人に対して、悪い感情を持っている人物は、実はあまりいない。
 だが、それでも、アスコルド大帝の姿で行われる奇行(大帝の姿でやられると奇行にしか見えない)の数々を、黙って見ているのは、何気に悲しい。というのが実のところの騎士団達の本音なのだ。
「ま、任せてくださいっス!」
 るるの手前か、良雄はどんと請け負って、ダイヤモンドの騎士は密かに溜め息を吐いた。

「あの人、すごいね」
 るるはひっそりと言った。
 値段はいくらくらい? 的な意味で訊ねたのだったが、
「いい人っスよ」
と良雄は頷く。
「おかかのおにぎりとか味噌汁とか差し入れてくれるっス。
 元板前なんじゃないっスかね」
 プライベートでは、実は割と仲の良い2人なのだった。



「よかった。あっさり乗せて貰えたね」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、エリュシオンの誰とも面識がない。
 そんな自分でも、御座船に乗せて貰えるだろうか――という不安は杞憂に終わった。
 誰もが、簡単な身元確認だけで、乗船を許可されたからだ。
 一部の場所を除いては、移動の制限も殆どなく、自由に歩きまわれる。
「ふむ……これが御座船の内部か……」
 パートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が周囲を見渡した。
「船内で戦闘が行われたりはすまいが……」
 だが、常に警戒はしておくべきだろう。
「よもや、船をすり抜けて入ってきたりは……」
 ないとは思うが。
 それでもニコラは常に『殺気看破』を巡らせて、非常の事態に備えた。

「あ、こんにちは」
 ダイヤモンドの騎士の姿を見付けて、終夏は声をかけた。
 良雄の近くで護衛についていた彼は、僅かに頷く。
「あの……世界樹ユグドラシルに“ブライド・オブ・シックル”が刺さったって聞いたんですけど、大丈夫ですか?」
 初対面の相手なので、敬語を使う。
 大丈夫だ、とダイヤモンドの騎士は頷いた。
『その程度で影響を及ぼすような樹ではない』
「よかった。ちょっと心配で。
 ――実は、世界樹になんて刺すな、ってドージェさんに言いたくて、つい来たんですけど……。
 やっぱり、変ですよね……」
 別に変でもいいんだけど。改めて考えるとやっぱり変かも。
 そんな風に思った終夏に、鎧の下で、ダイヤモンドの騎士はフッと笑った。
『ユグドラシルは、心配してくれたことを喜ぶだろう』
「あ、え、そうですか? だったら嬉しいな……。
 あなたも、ユグドラシルが好きですか?」
 終夏の言葉に、ダイヤモンドの騎士は少し黙った。
『……私は、約束を果たす日まで、帝国の盾として生きる。それだけだ……』
 その言葉が、どこか寂しげに聞こえて、終夏は表情を曇らせ、ふと気付いてヴァイオリンを取り出した。
「そうだ、息抜きに、一曲いかがですか?」
 ダイヤモンドの騎士や、良雄、そしてここにいる皆がリラックスできればと、思いを込めて奏でる。
 密かに、『幸せの歌』のハミングも乗せて。
 あいつはどこにでもヴァイオリンを持ってくるのだな、とニコラが微笑ましく苦笑した。