リアクション
◇ ◇ ◇ 立川 ミケ(たちかわ・みけ)はコタツの中で丸くなっていたが、ふと会話が聞こえて来て、耳を欹てた。 マレーナが、どこかの馬の骨と何かを話している。 男が何かを言い、儚げに俯くマレーナ。 しかし気丈にも顔を上げ、男に縋る。 その手から何かを受けとると、男は踵を返した。 両手を胸の前に合わせ、その目から一筋、涙が零れるのを見たのは、恐らく、自分だけだ。 微かに唇が動く。 あれは、愛しい人の名を呼んだのだ―― すく、と、静かにミケは立ち上がった。 尻尾をピンと立てる。凛とした瞳は決意を秘めていた。 密かに、夜露死苦荘を旅立つ。 門の前で立ち止まった。 そこには、既に皆揃っている。 織田信長。 南鮪。 白砂司。 サクラコ・ガーディ。 ラルク・アントゥールス。 国頭武尊。 ナガン・ウェルロンド。 夢野久。 ルルール・ルルルルル。 佐野豊美。 伏見明子。 九條静佳。 皆、揃っていた。 びし、と信長が親指を上げた。 びし、とミケは肉球を握る。 言葉は要らなかった。 がたん、とネコトラが停止して、ミケは眠りから醒めた。 「到着〜」 守護天使のラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が言う。 コンテナに食材や着替えなどの必要物資を詰め込み、フェリーよろしくそのまま御座船に乗り込んだ。 夢だった。 自分達は既にシャンバラを出て、ここはフマナの集合場所だ。ミケは目を擦った。 「さーてと、ナラカに着くまでは暇だろうし、良雄くんにでも会いに行ってみよっか。 腐っても大帝なんだし、贅沢できるかも」 立川 るる(たちかわ・るる)が、わくわくした表情で笑った。 「る、る、さ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」 そこへ、到着を聞きつけたのか、どったんどったんと不器用な音がして、アスコルド大帝が走って来た。 「良雄くん! 久しぶり! 元気だった?」 「る、るるるるさんも!」 そう言った良雄は、はたと気付いた。 るるが、自分と目を合わせてくれない。 「……るるさん?」 声をかけるも、るるはちらちらと目を逸らしている。 (るるさんが、俺を避けてるっス……!) 良雄は、足元が崩れるほどの絶望感に蒼白とする。 るる的には、どこに目を合わせたらいいのか解らず(目の数的に)、毎回合わす目を変えているだけなのだったが。 『大帝。落ち着いてください』 後から歩いて来たダイヤモンドの騎士がそう声を掛け、良雄の背後を見たるるは衝撃を受けた。 (何てゴージャスな全身デコ……!) まばゆいダイヤモンドの全身鎧。何カラットくらいあるのだろう。 「そ、そうっスね、るるさん、とりあえずラウンジの方へどうぞっス。 あそこなら広くて快適っスよ」 気を取り直した良雄は、そう言ってるるを案内した。 どこの豪華客船のレストランですかと言いたくなるような内装だったがラウンジなのだろう。 という場所に案内されて、その辺の椅子に腰掛ける。 良雄とお喋りを始めたるるを、ラピスは、 「女のコだなあ」 と微笑ましく見て、建築に興味のある自分は、ミケを抱っこして、船内の内装なんかを見ながら船内の探検に出掛けた。 「ナラカってどんなところなんだろうね」 「そうっスね!」 「ドージェさんと言えば、良雄くん以前跪かせたことがあったよね!」 「そうっスね!」 「あの頃は、こんな風になるなんて夢にも思わなかったなあ」 「そうっスね!」 「今はもう、良雄くんはずっとエリュシオンにいるんだっけ」 「そうっスね!」 緊張してテンパった良雄は、平日お昼のグラサン前の観客に等しかった。 「そっちも大変だろうけど、たまには大学にも顔出しなよ。 せっかく合格したのにもったいないよ」 「そ、そっスね……」 しかし、さすがに段々落ち着いてきて、るるの言葉の内容が頭に入ってくる。 返答は殆ど変わりないが。 「今も『クトゥルフのママチャリ』使えるの? 自転車通学してくるといいんじゃないかな」 (る、るるさんとチャリ通……!!!!???) しかし想像して、再びテンパる良雄である。 『……大帝』 見かねて、ダイヤモンドの騎士が口を挟んだ。 「何スか?」 『希望、なのですが』 だが、それはあまりにも、同席している龍騎士達の気持ちを代弁していた。 『その姿で、あまり、人前で……醜態を晒さないで頂けませんか』 別人なのは解っている。 良雄個人に対して、悪い感情を持っている人物は、実はあまりいない。 だが、それでも、アスコルド大帝の姿で行われる奇行(大帝の姿でやられると奇行にしか見えない)の数々を、黙って見ているのは、何気に悲しい。というのが実のところの騎士団達の本音なのだ。 「ま、任せてくださいっス!」 るるの手前か、良雄はどんと請け負って、ダイヤモンドの騎士は密かに溜め息を吐いた。 「あの人、すごいね」 るるはひっそりと言った。 値段はいくらくらい? 的な意味で訊ねたのだったが、 「いい人っスよ」 と良雄は頷く。 「おかかのおにぎりとか味噌汁とか差し入れてくれるっス。 元板前なんじゃないっスかね」 プライベートでは、実は割と仲の良い2人なのだった。 「よかった。あっさり乗せて貰えたね」 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、エリュシオンの誰とも面識がない。 そんな自分でも、御座船に乗せて貰えるだろうか――という不安は杞憂に終わった。 誰もが、簡単な身元確認だけで、乗船を許可されたからだ。 一部の場所を除いては、移動の制限も殆どなく、自由に歩きまわれる。 「ふむ……これが御座船の内部か……」 パートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が周囲を見渡した。 「船内で戦闘が行われたりはすまいが……」 だが、常に警戒はしておくべきだろう。 「よもや、船をすり抜けて入ってきたりは……」 ないとは思うが。 それでもニコラは常に『殺気看破』を巡らせて、非常の事態に備えた。 「あ、こんにちは」 ダイヤモンドの騎士の姿を見付けて、終夏は声をかけた。 良雄の近くで護衛についていた彼は、僅かに頷く。 「あの……世界樹ユグドラシルに“ブライド・オブ・シックル”が刺さったって聞いたんですけど、大丈夫ですか?」 初対面の相手なので、敬語を使う。 大丈夫だ、とダイヤモンドの騎士は頷いた。 『その程度で影響を及ぼすような樹ではない』 「よかった。ちょっと心配で。 ――実は、世界樹になんて刺すな、ってドージェさんに言いたくて、つい来たんですけど……。 やっぱり、変ですよね……」 別に変でもいいんだけど。改めて考えるとやっぱり変かも。 そんな風に思った終夏に、鎧の下で、ダイヤモンドの騎士はフッと笑った。 『ユグドラシルは、心配してくれたことを喜ぶだろう』 「あ、え、そうですか? だったら嬉しいな……。 あなたも、ユグドラシルが好きですか?」 終夏の言葉に、ダイヤモンドの騎士は少し黙った。 『……私は、約束を果たす日まで、帝国の盾として生きる。それだけだ……』 その言葉が、どこか寂しげに聞こえて、終夏は表情を曇らせ、ふと気付いてヴァイオリンを取り出した。 「そうだ、息抜きに、一曲いかがですか?」 ダイヤモンドの騎士や、良雄、そしてここにいる皆がリラックスできればと、思いを込めて奏でる。 密かに、『幸せの歌』のハミングも乗せて。 あいつはどこにでもヴァイオリンを持ってくるのだな、とニコラが微笑ましく苦笑した。 |
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