リアクション
◇ ◇ ◇ 「何じゃとお!?」 結界の範囲外にある空京郊外。 パートナーの魔鎧、アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)と共に、傾いた飛空艇を住居とするハルカに会いに、遊びに来た光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は絶叫した。 「何考えとんじゃアンタ!」 「何って……」 言って、オリヴィエ博士は考える。 「……何を考えているのかねえ……」 「アンタのことじゃ、アンタの!」 埒があかない、と翔一朗は問答をやめた。 このトチ狂ったゴーレム技師は、契約者でもない非力な少女を、ナラカ探索隊に送り込んだというのである。 「ちっ、こうしちゃおれん。あんたをシメるのは後じゃ」 言うなり、翔一朗は踵を返す。追いかけるつもりなのだ。 「まさか途中で迷子になっとらんじゃろうな!?」 「集合場所まではヨシュア君が一緒だから大丈夫でしょ、多分」 呑気に答えるオリヴィエ博士をひと睨みして、翔一朗は飛空艇を飛び出した。 ハルカを迷子にさせることなく同行していたオリヴィエ博士の助手、ヨシュアの功労か、途中の道のりで翔一朗はハルカと合流することができた。 ヨシュアは後を頼んで引き返し、そこからは翔一朗が同行する。 「みっちゃんもナラカに行くのです?」 「そりゃあ、ハルカが行くなら俺も行かんといけんじゃろうが」 当然のことのように答えた翔一朗に、ハルカは笑った。 「ちょっと心細かったのです。ありがとうなのです」 「ああ、そうじゃ、これ」 翔一朗はポケットを探り、取り出したリングをハルカに渡す。 「デスプルーフリングちう、ナラカに行く時に使うお守りみたいなもんじゃ。 持っといて損は無いけえ、着けといてくれんか?」 「あ、そういうの、ハルカも持ってるのです」 「え?」 はかせにもらったのです、と、ハルカは襟の中から、下げた鎖を引っ張り出した。 そこにデスプルーフリングがある。 「はかせのサイズ大きかったので、こうやって持ってるのです」 「博士が、自分用のデスプルーフリングを持ってた……?」 怪訝そうな顔をする翔一朗に、ハルカは手を差し出す。 「一緒に持ってていいです?」 「……じゃが」 既に一個持っているのなら、と言いかけて、ハルカが自分の好意を嬉しく思っているのが解って、差し出した。 やはりそのリングもハルカには大きくて、ハルカは首からかけた鎖に繋ぐ。 「威力も倍なのです」 威力云々のアイテムではないのだが。翔一朗は苦笑した。 ロイヤルガードとして、大帝とダイヤモンドの騎士に挨拶を済ませ、飛空艦の前に戻って来たところで、樹月 刀真(きづき・とうま)とパートナーの剣の花嫁、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、翔一朗と共に居るハルカの姿を見付けた。 「ハルカ!?」 声を上げた月夜に気付き、2人を見たハルカは大きく手を振る。 「ハルカ! 何故来たんだ!」 一瞬の硬直が解けると、刀真は足早にハルカに歩み寄った。 「今から行くところはもの凄く危険なんだ、博士のところへ帰れ!」 「はかせは、行ってもいいって言ったのです」 怒鳴り声に、びっくりして肩を竦ませたハルカだったが、ちら、と目を上げると、そう言う。 「博士が?」 刀真は翔一朗を見た。 溜め息と共に、翔一朗は頷く。 ちっ、と刀真は表情を歪めた。 「……本当に危ないんだ、護れないかもしれない……だから、頼む」 刀真の言葉は、次第に力を失って行く。命令口調から、懇願するように。 「心配してくれて、ありがとうなのです」 ハルカは言った。 「邪魔して、危なくならないように、気をつけるのです」 「安心しろ。俺が護っちゃるけえ」 翔一朗が請け負う。 「………………」 ぐっと言葉を飲んで、刀真は息を吐いた。 そして、所持品の中から、ロイヤルガードエンブレムを取り出し、ハルカに渡す。 「身分証明の代わりです。 ……翔一朗におまじないをかけて貰うといい」 翔一朗は頷いて、それに『禁猟区』を施した。いつものように、お守りにも。 「いいですか。 ここで君がいなくなると皆本当に心配しますから……勝手にいなくなってはいけません、分かりましたね?」 刀真は、そっとハルカの頭を撫でる。 はい、とハルカは頷いたが、刀真の手が離れるなり、月夜がぐいっと両頬を引っ張った。 「ハルカ、私も怒ってる……今回は本当に危ないから」 そしてそのまま、ぎゅっと抱きしめた。 「ハ、ハルカさん!?」 聞き憶えのある驚いた声がハルカを呼んだ。 「そあさん! くまさん! そあさん達もいたのです!?」 「つーか、何でハルカがここに居るんだ? 迷子か?」 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)のパートナー、ゆる族の雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)も目を丸くしている。 「この場合、そうだったら良かったんじゃが……」 ふっ、と翔一朗が乾いた笑みを浮かべた。 勿論、ソアもベアも、まさかハルカがナラカに行こうとしているなどと、すぐには思えないのだろう。 「はかせが行ってもいいって言ったのです。 しばさんが、隅っこでちっちゃくなってるならいいそうなのです」 「しばさんて、斯波大尉か?」 ソアとベアは顔を見合わせる。 「ハルカさんは、何故ナラカに? ……ひょっとして、アナテースさんのことですか?」 ソアの問いに、そうなのです、とハルカは頷いた。やっぱりか、と翔一朗も訊ねる。 「やっぱりそうか。 まさか爺さんやパートナーさんに会うつもりなんかと思っちょったが……」 「おじいちゃんにも会えたらいいですけど、ワガママいっぱい望み過ぎは駄目なのです」 だから、一番はアナさんなのです。 迷いの無い表情に、ベアは頷く。 驚いたが、ハルカがハルカ自身の意志でここへ来たのだ。 何とか手伝ってやりたい、とソアを見ると、ソアも同じ気持ちらしかった。 ソアは、かつてナラカに降りたことがある。 だがその時の経験も、今回は役に立たないのではと言われている。 そんな危険な場所だが、ハルカがナラカでやり遂げたいことがあるのなら、手伝ってやりたいとソアも思った。 「……あ、そういえば……。 ハルカさん、これをどうぞ。受け取ってください」 そう言ってソアが取り出したのは、デスプルーフリングだった。 「ちょっと見た目は禍々しいですが、ナラカでも自由に活動できるようになる指輪なんです。 必要になるのはずっと先でしょうが……」 予備を持っていますから、これはハルカさんにあげますね、と言ったソアに、「あ」と言って翔一朗が苦笑した。 「どうしました?」 「いや、もう既に2つ持っちょる」 「ありがとうなのです」 だがハルカは、嬉しそうにそれを受け取った。 「持ってるんだろ?」 ベアが言ったが、ハルカは大事そうにそれを手で包んで笑う。 まあ、嬉しいならいいか、とベアは思った。 ぽかん、と翔一朗達を見たのは月夜だ。 むしろ、ハルカが船外に出ないよう、リングを持たせないようにと皆に言おうと思っていたのだが、既に持っていたとは。 「それにしても、あの博士は、ハルカを1人で送り出したのか……」 全く、どういうつもりだと言いかけて、ベアははたと周囲を見る。 「……まさか、手伝う言い出す俺達が居ることを見越してか!」 「期待に添えるよう、頑張らないとですねっ」 意気込むソアに、いやそこはまず怒るところだろう、とベアは溜め息をついた。 「ナラカについたら、これを見るように言われているのです」 携帯用小型結界を常備するリュックにロイヤルガードエンブレムをしまったハルカが、代わりに小さな紙片を取り出した。 「何です? 紙?」 刀真が問う。 「名刺なのです」 手の平に乗せると、ぽっと矢印が浮かび上がった。 それはくるくると回り、やがて止まる。 真下を指していた。 |
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