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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

リアクション


9.6日目・昼〜回廊前〜

 演劇の初演は明日ときまった。
 回廊前の野外劇場はやっと完成した。
 舞台では、アッシュをはじめとする学生・演劇要員達の練習が続けられている。
 
 本日は、本番前日のリハーサルの日。
 
 ■
 
 崩城亜璃珠(くずしろ・ありす)は回廊出口の祭壇近くで、優雅な午後のひと時を過ごしていた。
 用意したのは、メイドのマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)
 ティータイムでお茶菓子を用意すると、メイド向け高級ティーセットをテーブルの上に並べた。
 いまは晩餐の準備で大規模な料理の準備を行うため、主人の下を離れている。
 
「まったくこんな体でなければ、今頃は優子さんと……」
 くっと亜璃珠の白い顔が、苦痛に歪む。
 彼女がアンカンシェルで負った傷は、まだ完全に癒えてはいなかった。
 いまだ療養中の身。
 つまらないので、ニルヴァーナでお茶でもしましょうか、といったところだ。
「でも、もっと面白いもの見つけちゃったかも?」
 くすっと笑う。
 その目は、アッシュ達に向けられている。
 
「大根役者」
 聞き捨てならない言葉が、演劇要員たちの耳に届いた。
 リハーサルをしていた彼等は、聞き捨てならない台詞に驚いて、亜璃珠を睨んだ。
「まったく、見るに耐えなくてよ。
 こんなものを人様の前で上演する気? 冗談!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜クッソォー!
 黙っていれば、言いたい放題言いやがってぇ!」
 練習疲れも手伝って、演劇要員達は亜璃珠に食いつく。
 亜璃珠は涼しい顔で、ティーカップに口をつけると。
「だって、本当のことでしょう?
 その証拠に特技に【演劇】をもつ学生が、1人もいないじゃないの」
「っ!!」
「劇の何たるかをしりもしないで、良い劇が出来るとでも思って?」
「ぐっ!」
 
 演劇要員達は全員凍りついた
 なんだか妙だとは思っていたのだ。
 だが全員人が良いので、アッシュに引き摺られるままに、ノリと勢いだけでつっぱしってきてしまった。
 
「まぁ! 亜璃珠さんのご指摘、的を射ていますよー。皆様」
 撮影に来ていたロザリンドがニッコリと笑う。
 トドメをさされて、演劇要員達は全員撃沈した。
 彼女は唯一、【演劇】に明るい学生だったのだ。
 だが、撮影要員であって、演劇要員ではない。
 
「じゃ、じゃあ、得意だっていうんならさ。
 手伝ってくれよ!」
「まぁ、怪我人の私に? 手伝いをしろとおっしゃるの?」
「この通り、頼むぜ!」
 アッシュは根性で顔を上げ、合掌する。
 言いだしっぺが凹んだままでは、たいむちゃんはどうなるのだ?
 亜璃珠は、んーと口元に指をあてて暫し考えこむ。
 ティーカップを、静かにソーサーにおきながら。
「それでは難癖……もとい演技面の指導でもしましょうか?」
「え? ホント? いいのかよ!!」
 パッとアッシュ達の顔が明るく変わる。
 亜璃珠は演劇セットをちらっとみると。
「道具だけは揃ってるんだから、少しは凝っていてもいいじゃない?」
「協力してくれるんだな?」
「ええ、いいわよ。
『遊ぶ』なら本気で『遊び』ましょう。
 それに、ちゃんと目的があるんでしょう?」
 にやりっと笑った。
 
 そして、1時間後――。
 舞台上で、次々と倒れこんでいる演劇要員達の姿があった。
 彼等はぜーはー肩で大きく息をしながら、口々に呟いている。
「さ、さすが、演劇の鬼!」
「亜璃珠監督、只者じゃないぜ!」

 当の亜璃珠は指導に熱がこもる余り、怪我のことなど忘れて、舞台前で身振り手振り。
「はい、アクション!
 そこ! 大根役者!
 何をしているの? 呆けている場合ではなくてよ?」
 とうとう頭にきて、舞台の上にあがっていった。
 そこには「主役」を務めるたいむちゃんがいる。
 たいむちゃんは誰かが手を引けば動くが、「演技が出来る」という状態ではない。
 顔は呆けたままで、「わらって!」と指示したところで、笑うはずもない。
「ほら、あなた!
 着ぐるみの中にいたせいで、顔の作り方も忘れてしまったの?」
 ぐにっとたいむちゃんの顔をひっぱる。
 変顔に要員達は吹き出したが、亜璃珠はムッとしただけだった。
 
 っ!!
 
 亜璃珠は急にその場にうずくまる。
「亜璃珠監督!」
 全員が集まる。
 亜璃珠は大丈夫よ、と片手の動きで伝える。
「傷が疼いただけだから」
「傷って……ジェファルコンに殴られた、っていう?」
 ええ、と亜璃珠は頷いて、たいむちゃんに目を向ける。
 本来ならば、生きているのでさえ不思議なくらいの重傷だった。
 それもこれもよく考えれば、ここで呆けている娘が「ニルヴァーナに帰りたい」いう駄々をこねた結果なのだ。
 万博を利用した事やそこに至る経緯も、どうにも気に入らない。
 
「でもね、もっと気に入らないのは。
 あなたが『ニルヴァーナに来るなり帰りたい』って思ったことよ、たいむちゃん」
 亜璃珠は息を整えながら、思いをぶつける。
「別に、あなたの一存によるものだけではないけどね。
 それでも多くの犠牲を払って、皆此処まで来てるの」
 亜璃珠は演劇要員達をザッと見渡して。
「それだって言うのにこの子達ときたら!
 まだ馬鹿みたいに友達だの、元気付けようだのと……。
 私もね、流石に茶番を見る趣味はありませんの、だから今度はあなたがそれに報いるべきでなくて?
 少なくとも、主役のせいで劇が台無しになるなんて御免よ」
「亜璃珠さん……」
 亜璃珠の本音に、演劇要員達は感激した様子だが、それでもたいむちゃんだけは変わらない。
 亜璃珠はふうっと大きく息を吐く。
 
 ホント、死ぬ思いをした結果がこれだったら、
 気も滅入るでしょうけどねえ……
 
「ねえ、クン・チャンの様子がどんなだったか。
 ちょっと語って、聞かせてくださらない?」
「……クン・チャン?」
 たいむちゃんはオウム返しに問い返した。
 初めて反応を示した。
 そう、と亜璃珠は頷く。
「かつおぶし君がいて、優しい人達がいて……とても楽しかった……」
「それで?」
「それで……誰もいなくなっちゃった……」
 それきりたいむちゃんは元のだんまりに戻ってしまった。
 
「まあ、亜璃珠様! なんて無茶なことを!」
 調理から戻ってきたようだ。
 マリカが慌てて、舞台に駆けつける。
「お体に触ります。
 さ、お席に戻りましょう」
「えー、まだ遊びたりないわ、マリカ」
「お席にハーブティーをご用意致しましょう。
 少しお体をお休めになられては?」
 マリカは亜璃珠に肩を貸すと、どうどうとなだめつつ回廊前のテーブルセットに戻る。
 そうそう、と演劇要員達を振り返って。
「皆様も、ご一緒にいかがでしょう?
 お料理も少し大目にご用意致しましたので、
 亜璃珠様のお話相手になって頂ければ、と」
「え? ご馳走?」
 やったぁ! とアッシュ達は諸手を挙げて喜んだ。

 午後のお茶会は、まだまだ続くようだ。
 
 ■
 
 アッシュ達で遊ぶ……ではなくて、彼らを叱咤激励する者もいれば、大人の意見で心配する者もいる。
 
 ■
 
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は本来は儀式魔術学科の講師だが、ニルヴァーナへは「引率の教員」として来ていた。
 彼が学校側から課せられた責任は、当然「生徒達を監督する」こと――。
「じゃ、センセ! 後は頼んだぜ!」
 アッシュは楽屋裏にひょこっと顔だけ出して、出掛けて行った。
 いまはリハーサルの合間の、「台詞摺り合わせ」。
 先程、亜璃珠から演劇の何たるかを叩き込まれた要員達は、さすがに学習したらしい。
 通し稽古ばかりでなく、基本から押さえて行こう、という話になった。
 
 彼が彼女の相手に選ばれたのは、生徒達が慕う教員だからだ。
「ゆっくり練習するとしよう。
 君達も、心置きなく練習に励むように」
「ハイ! 頑張ってきます!」
 アッシュは一礼すると、元気に仲間達の下へ向かって言った。
 
「やれやれ、悪い奴ではないのだがなあ」
 “灰を撒くもの”とはよくぞ言ったもの。
 一度決めたら突っ走るところが、彼の最大の美点ではある。
 だが、と台本を手に取った。
 そこにはでかでかと「魔法少女 マジカル☆たいむちゃん!」のタイトルがめいっぱい大きな文字で書かれてある。
「こうしたデリケートな話は、下手に突つけば逆効果になることもあるのだよ、アッシュ君」
 いまのたいむちゃんは、悲しみが極限まで到達してしまったからこその、いわば「飽和状態」である。
 この状態で昔を、例えば家族のことを思い出してしまえば、一隊彼女はどうなってしまうことやら。
 
 台本をパラパラとめくって、溜め息をついた。
(この内容――。
 他人が安易に触れるのは問題があると思うが、
 アッシュ君達はそこまで気が回っていない)
 大人の見解から、彼はそう確信する。

 
 だが目の焦点は有っておらず、どこか遠くをぼんやりと眺めているだけだ。
 膝に置かれた台本が、地に落ちていく。
 それをひょいっと片手で受け止めて、少女の肩にポンッと手を置いた。
 
「率直に言って、こういう場合は本人が落ち着くまではそっとしておくべきだと言うのが、大人としての意見なのだが……アッシュ君達に無駄に行動力があるせいで止める間が無くてな。
 自分の事だけでも手一杯のところを申し訳ないが、彼らの君を心配する気持ちを汲んで、どうかこの馬鹿騒ぎにもうしばらく付き合ってやってはくれないだろうか」
 たいむちゃんをちら見した。
 たいむちゃんに反応はない。
「彼らは彼らなりに、君を慰めたいと強く想っている。
 君は『独りじゃない』とね」
「独り……私、独り……」
 たいむちゃんはしばらく『独り』という単語を繰り返す。
 やはり家族がいない、という現実は想像以上に大きなショックとなっている様子だった。
 アルツールはそうそう、と話題を変えてみる。
「それと……シャンバラでは、古王国時代の人間が契約者を得て現代に復活したり、国の再生の過程で古王国の遺跡が蘇ったりした事例がいくつもある。
 全くの気休めかも知れんが、少なくともまだまだ希望を捨てるには早い時間なのではないかな」
「希望……」
「そう、希望を持ちなさい。
 君はまだ、若いのだから――」
 
 ぽんぽんっと、肩をたたいた。
 これで元気が少しでも出てくれれば、とは思う。
「では、少し読み合わせでもするとしよう」
 そうして、アルツールはようやく練習に入るのであった。
 
「少女の名前は『たいむちゃん』
 そしてお父様の名前は『アルツール』
 極普通の親子は極普通の子育てを経て極普通の親子関係でした。
 でもただ一つ違っていたのは、『お父様は魔術師』だったのです……と、ここはナレーションの部分だったか」

 ■

 6日を終えても、たいむちゃんの様子はやはりぼんやりとしたままだった。
 だが時折ではあったが、オウム返しに言葉を言い返すようにはなってきている。
 
 少しずつではあったが、学生達の想いは彼女の中で変化を起こしてはいるようだ。
 
 そして演劇は明日、いよいよ本番を迎える――