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ユールの祭日

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ユールの祭日
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●●● 禁じられた遊び

次の対戦は非常に異色である。

一人目は荀 灌(じゅん・かん)という少女である。
見た目には可憐な少女というほかなく、武勲で知られる人物のようには思えない。

「どうしよう、思ったより危険な場所だったかも……」
パートナーの芦原 郁乃(あはら・いくの)は落ち着かない様子だ。

わりと気軽に参加してみたものの、ここまででだいぶ負傷者もでている。
荀灌を妹のように思う郁乃にとって、とても不安なことであった。


「おおアルツール君、こんなところにおったのかね」
「先生、酔っ払っておいでのようですが大丈夫ですか?」
「いや、さっきそこで葡萄酒を振舞われてね、大方ワシのファンだろうよ。
 おっと、珍しい」
見物するだけで戦いに興味はない様子だった司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が、この荀灌という少女には関心を示した。

「先生が興味を示すとは。何者です、あの少女は」
司馬懿を師と仰ぐアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が尋ねた。

「アルツール君、簡単に歴史の講義をしようか。
 知っての通り、ワシはクーデターを起こして魏の曹一族から権力を剥奪した。
 それからワシの死後に孫の司馬炎(しばえん)が晋朝を立てたわけだな。

 その晋朝の歴史書に『晋書』というのがあってな。
 そのうちの一巻に『列女伝』といって、晋の女傑の逸話が記されておるんだ」


   卍 卍 卍

荀灌が13の頃、住んでいた城が敵に包囲されたことがあった。
矢弾尽き糧食乏しくなったころ、奮起した荀灌は勇士数十名を率い、夜闇に乗じて城を抜け出た。
そのまま兵士たちを叱咤激励して、追いすがる敵を倒し、あるいは歩を進めて、ついに三千もの援軍を集めて城を解放したのである。

   卍 卍 卍


対戦相手はレオン・カシミール(れおん・かしみーる)という長身痩躯の美丈夫である。

「衿栖、お前もだいぶ腕を上げたが、この程度で満足してもらっては困る。
 人形師にはまだまだ上の次元が存在する。

 今日、この場でならば、全盛期の力が使えそうだ。
 ドールマスターと言われた私の人形繰りをよく見ておけ。」

レオンはそう茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)に言った。
人形師を志す衿栖は、師であるレオンの言葉を真剣な面持ちで聞いている。

このレオンという人物が何者であるかは定かでないが、本人の発言からするに、生前には人形師であり、クリミア戦争に参加したという話である。


レオンが糸を繰ると、むくりと少女が起き上がった。
よくよく目を凝らせば、それは少女ではなく人形である。
顔や手は磁器で作られ、布の服で覆われた体は木製だ。

ビスクドールである。
妙になめらかな体の動きから察するに、球体関節を用いているのだろう。

その人形は一体だけでなかった。
次から次に起き上がる人形たちは、笑顔のものもあれば泣き顔のものもあった。
フランス風のドレスを身につけたものもいるし、ドイツ風のものもある。

並びも並んだ、数百もの人形たち。

それがレオンの指揮のもと、荀灌を取り囲み、じわじわとその包囲網を狭めていく。
まるでホラー映画のゾンビのようだった。

人間の手の指はわずかに10本。それをどう操ればこんな芸当ができるのか。
衿栖は師の業を目の当たりにして、全身が硬直するように感じている。

荀灌は唇を噛み締め、拳を固く握る。
「やるです! やってやるです!」

包囲から逃れるのは、すでに経験済みのたたかいである。
突破したあと、一対一の戦いで勝てるかどうか。
ともあれ荀灌は決意した。


人形の包囲が薄い部分を見極めると、そこに向かって走り出す。
手にした武器を振るうと、人形が無残な姿を晒す。

この小柄な少女が思った以上の勇気を示したことに、レオンはいささか驚いた。
とはいえ互いに英霊、相手が並大抵の神経でないことくらい承知である。

レオンは素早く糸を繰り、包囲の形を変える。
荀灌の手足に数体の人形が絡みつく。それを振り払い、走る。
そうした攻防が数回繰り返されると、もはや包囲ではなくなっていた。
レオンめがけて進む荀灌を、人形たちが追う形となっていたのだ。

足の砕かれた人形が両手で這い、頭部のなくなった人形がふらふらと全身を揺らす。
悪夢めいた光景から逃げるように、荀灌は走る。
スカートの裾にしがみつくフランス人形をつかみ、ぐっと引っ張る。
糸につられて、レオンの指の動きが一瞬止まった。

その隙に荀灌は突進し、武器をレオンの眼前で振るった。
人形を操る糸を、すべて断ち切ったのだ。
ビスクドールたちは命を失ったかのように、くたくたと地に倒れていく。

これで荀灌の勝利が決まった。


「いまのはちょっとしたグランギニョル(残酷人形劇)だったわね」
珠代はそういって、物欲しげに壊れた人形を見ている。