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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



10


「雪だるまを作りたいんです」
 と、囁くような声で朱桜 雨泉(すおう・めい)が言ったので。
 翠門 静玖(みかな・しずひさ)は黙って頷いた。
 こんな風にこっそり伝えてくるのなら、風羽 斐(かざはね・あやる)には伝えないでおいた方が良いと思って。
 しかし、
「どこへ行くんだ?」
 案外あっさり、見つかってしまった。どうするか。雨泉を見る。彼女にしては珍しく、そわそわと視線を泳がせていたので嘆息した。
「いや。雪が降ったから見物に」
「何だ、雪で遊びたかったのか。お前さんたちもなんだかんだ子供だな」
「オッサンは来なくていいから」
「はあ?」
「いや、オッサンになんかやらせたら腰痛必至だろ。あっち行ってろよ」
 あっち。とこたつを指差して、言い切る。
 腰痛は余計だ、と言いつつ、斐は否定しなかった。自覚しているらしい。
「じゃ、行ってくる」
「行ってきます」
 気をつけろよ、と手を振る斐に振り返し、背を向けた。
「オッサン、遠ざけたぞ」
「ありがとうございます、お兄様」
「で?」
 何がしたいんだ、と言外に問う。別に隠し立てする必要はないと思うのだが。
「お父様の雪だるまを作りたいな、と思いまして」
「オッサンの?」
「はい。びっくりさせたいんです」
 ふうん、と頷く。
「私、お父様とは五歳のときに別れたから。思い出があまりにも少なくて……。
 こうして、何でもないことでも、昔、出来なかったことをやりたいんです」
「本当にオッサン好きだな、お前」
「お兄様のことも好きですよ?」
「知ってる」
「ふふ」
 斐のためなんて、静玖の柄ではないけれど。
「仕方ねぇな」
 手伝ってやるよ。
 ――つーか、俺がオッサンの分まで働かないと完成しないんじゃ。
 雨泉は、なんだか幸せそうな笑みを浮かべているし。
 というかそもそも、雪だるまの作り方を知っているのかすら怪しい。
 二度目の嘆息が、雪景色に消えた。


 促されるままこたつに入っていた斐だったが、ふと思い立って窓辺に寄った。
 外では、静玖と雨泉が雪を転がしている。
「雪だるまか」
 可愛らしい遊びを始めたものだとくつくつ笑う。
 しかし今日は一段と寒い。雪がこれほど積もっているのだから当然か。こういう寒い日は、こたつで熱燗を一杯飲みたいものだけど。
「…………」
 昔と違って、一人ではないから。
 ――そんなことをしなくても平気かねぇ。
 昼間から飲んでいたら、帰ってきた二人はなんと言うか。
 静玖は呆れた顔をするだろうか。これだからオッサンは、と冷めた目を向けるかもしれない。
 雨泉は笑いそうだ。一人で飲むものではありません、と徳利を手にして注いでくるだろう。
 止めてくれる相手がいる。付き合ってくれる相手もいる。
「幸せなことだねぇ」
 なかなか魅力的な想像だったけれど、そうやって輪から外れているのも寂しい。
「…………」
 腰を二、三度叩いてみて、具合を確認してみる。
 ラボにこもりっきりだったため、芳しくないけれど、まぁ。
「少しくらいなら平気だろう」
 タカをくくって外に出た。二人の声が、聞こえてくる。
「オッサン、ヒゲあるからヒゲつけるぞ、ヒゲ」
「おヒゲ……代用できそうなものは……」
「細い枝か、あー、葉っぱで作れるだろ。葉っぱ」
「本当です! それっぽく見えてきまし……あ」
 雨泉が、じっと見ている斐に気付いた。
「……見つかってしまいました」
「あーあ」
「面白そうなことをしていたからな。出てきてみた」
「いいよ。こたつに居ろよ、いい年なんだから」
 止めにかかる静玖を「まぁまぁ」と受け流し、雪だるまをじっと見た。
 ――これが俺か。そうかそうか。
「足りない部分があるだろう」
 呟きに、雨泉が「え?」と声を上げる。腰を屈めて木の枝を拾い、
「眼鏡を作ろう」
 提案すると、雨泉が微笑んだ。
「はい、お父様。お父様も、一緒に。みんなで作りましょう?」


*...***...*


 学校は休み。することもない。
 なんてことのない休日だから、のんびりしようと柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)


 噂のケーキ屋、『Sweet Illusion』の限定チーズケーキは無事、人数分買えた。
 ――皆、喜んでくれるかな?
 なんてことのない休日。家族でのんびり過ごそうと、軽い足取りで神社に帰ってきた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は我が目を疑った。
 目の前にある、湖。
「なぁ……、何これ?」
 自らが見た光景に、思わずそう呟いた。
 目の前には、凍った湖。
 そこから生える、生首。
「おお、氷藍殿。お帰りなさいませ」
 氷藍の、呆然とした声に応えたのは片倉 小十朗(かたくら・こじゅうろう)の凛とした声。
「あ、え。うん、ただいま」
「どうなされました。吃音など上げて」
「いや、だから。何これ?」
 これ。と湖から生えた二人――真田 大助(さなだ・たいすけ)無明 フジ(むみょう・ふじ)を指差した。目に涙を溜めた大助が、「あうぅ……」と弱弱しい声を上げる。
「は、母上……助けてください……」
「おいこら小十朗よぉ。テメェ我の手下だろうがー。主に向かってこの対応とかマジなくね?」
 何をしたのか。目で問うと、
「いえ、お二人には集中力が欠けているようでしたので、拙者なりの『勉強法』を」
 小十朗は涼しい顔で言ってのけた。勉強法。これが? 拷問か何かにしか見えないが。
「寒いですー、母上ー……」
 泣きそうな声を上げる大助を、小十朗が睨んだ。ひっ、と大助が短い悲鳴を上げる。
「ま、まあまあ」
 何かまたひと悶着起きそうだったので、慌てて間に入り、買ってきたケーキを顔の高さに掲げて見せた。
「ケーキ、買ってきたんだ。美味いって噂の店があってさ。皆で食べないか? 集中できないのも腹が減ってるからかもしれないし。な」
「……ふむ。まあ、少しの休憩は必要でしょうか」
 一応のお許しも出たことだし。
 氷藍は小十朗と共に二人を湖から引っ張り出した。タオルを取ってきて頭からかぶせ、水滴を拭う。
 ある程度乾かしたら、適当な場所で車座になって、
「いただきまーす」
 雪の日限定、と銘打たれていたチーズケーキにフォークを刺した。
 程よい甘みが口に広がる。ほろほろした食感が面白いな、と思った。こういうチーズケーキもあるのか。
「うっはーウメェこれ」
 感心していたら、既に自分の分を平らげたフジが満足そうな声を上げた。
「なあ氷藍、もうちょっと食わせろよ。具体的に言えばそれ」
 それ、とは土産にと買った分のことである。
「これは駄目だ。留守番している奴らの分」
「いいじゃねえの。ここにゃ他の連中いねえんだし。黙って食っちまってもバレねぇよ?」
「だから、駄目だって」
 応酬が繰り返されるかと思ったら、
「……フジ様。お行儀が悪うございます。今度は頭から池に突っ込んで、雪中で半ケツ晒してもらいますよ?」
「「…………」」
 静かにケーキを食べていた小十朗が、さらりと恐ろしいことを言った。
「本当に過激だな、お前……」
「今日まで生きてきて身につけた処世術でございます」
「どんな人生送ってきたんだ」
「面白おかしいなものですよ。それにしてもこの菓子は美味でございますな」
 斯く言う彼は、背筋を伸ばしてケーキを食べている。
 こういった所作のひとつひとつや、彼の持っている知識。能力。半端なものではないと、氷藍は思っている。
 だからこそ疑問に思うのだ。
「なあ、何でまたフジみたいな変わり者の従者になったんだ?」
 小十朗ほどの人物なら、もっと良い主に恵まれていただろうに。
「それ以上聞くのは野暮だろぉ?」
 愉快そうな笑い声が響いた。フジのものだ。
「こいつは俺の手下になるためにここに来た。それが全てだ。なぁ?」
「何も言いますまい」
「つーかぶっちゃけ俺より性格悪いしなー」
「口は災いの元といいますが、フジ様。どうお考えで?」
「小難しい言葉わかんね」
 小十朗とフジのやり取りに思わず笑う。
「楽しい奴らだな、大助?」
 息子に笑いかけて、ぎょっとした。
「お前まだ泣いてるのか」
「だっ、だって……あんな無茶苦茶されると、思ってな……」
 しかしケーキを食べながら泣くとは我が子ながら器用なことを。
「父上のお知り合いだっていうけど……こんなんじゃ、僕の身がもたな……」
 洟を鳴らしながら弱音と文句をぽつりと零す。
 同時に、百目鬼ヶ御霊が発動した。何事か。思う間もなく、大助がその場から飛び退く。退いた場所に、フォークが突き刺さっていた。
「な、何するんですかーっ!」
 百目鬼ヶ御霊の発動原因……小十朗へと悲鳴じみた叫びを向ける大助に、
「ベソかいてんじゃねぇよ餓鬼が……」
 彼は低い声を放つ。
「子供だろうがなんだろうか、ウジウジしてる奴ぁ大っ嫌いなんだよ。黙んねぇと眼球抉んぞ」
 実際、小十朗はやりかねない雰囲気を放っていたので、
「俺の息子に何してくれとるんじゃこのサド教師っ!」
 容赦なく後頭部を引っぱたいておいた。
「……氷藍殿」
「過激! お前ホント過激!!」
「……拙者、本来あまり温厚な性分ではございませぬ故」
「限度があるだろ。命に関わる仕置き駄目絶対」
「……善処します」
 後ろに隠れる大助を睨みながら言うので、どこまで本気にしていいのやら。
 とりあえずは大助にも言い含めておかないと。今後、自分が居ないときを想像するに恐ろしい。
 雰囲気の一転した茶会で、一人フジだけが面白おかしそうに笑っていた。


*...***...*


 雪が降った。
 パラミタへ来て、初めての雪。
 その雪は一晩中降り続き、世界を見事なまでの白銀に変えた。
 いつもなら、こんな状況を「面倒だ」と言って一蹴して、雪が溶けるまで家で過ごしていたけれど。
 たまには面倒事を楽しむのも良いかもしれないと、思った。
 気まぐれだ。
 別に、朝からずっとリリア・ローウェ(りりあ・ろーうぇ)が外を見ていたからそう思ったわけではない。自分が楽しむためだ。
「リリア」
 三途川 幽(みとがわ・ゆう)の呼びかけに、リリアがぱっと振り向いた。
「かまくらでも作るか?」
「えっ?」
 目が、きらきらしていた。なんとなく真っ直ぐ見ていられなくなって、窓の外に目をやる。外も、きらきらしていた。まぶしい。
「作るです!」
 返事があまりにも嬉しそうだったので、
「餅も焼くか?」
「はいです!」
 提案したところ、さらに嬉しそうな声が返ってきた。
 そわそわと落ち着かない様子で、リリアが幽と外とを交互に見る。今にも飛び出していきそうだ。普段着のままなのに。
「待て」
 静止の声を上げ、クローゼットから帽子やマフラー、コートを取り出し。
「着ていけ。寒いから」
 着せてやった。普段ならこんな甘やかすようなことは面倒でしないけれど、あの格好で遊んで風邪を引かれたりでもしたらもっと面倒だ。
「幽、優しいです」
「仕方なく、だ」
「嬉しいです」
「変な奴。ほら行くぞ」
「はいです!」


 リリアはよほど遊びたかったらしい。
 彼女が張り切って作り上げたかまくらは、人が数人入れるくらいの大きなもので。
「これで人が来ても大丈夫なのです」
「いや、」
 ――パラミタに来てまだ数ヶ月なのにそんな都合よく知り合いが来るかよ。
「…………」
 と、普段なら言っていただろうけれど、楽しそうにしているのだから水を差すこともあるまい。
「いっぱい人来たらいいな」
「来てくれたら、お餅を振舞うのです」
「あ。焼く道具」
 取ってくる、と部屋に戻る最中に。
 携帯を取り出し、電話帳を呼び出し。
 知り合いへとメールを作る。
 リリアの願いが叶うように。
 たくさんの人が訪ねてきてくれるように。
 それまでは、まあ、自分が繋ぎだ。
「調味料も持ってきたぞ。醤油とか黄な粉とか」
「砂糖醤油も作りたいです」
「ああ。取ってくる」
「私も行くです」
「焼いてろよ、餅」
「あう」
 砂糖を取ってくる頃には、餅はぷっくりと膨れ上がり。
 出来ましたです、とやたら得意げなリリアがなんだかとっても可笑しくて。
「? 幽? 食べないのです?」
「いや。食べる。リリアも食え」
「食べるです!」
 さらに、餅を食べるのに一生懸命な様子を見ていたら、あやうく吹き出しかけた。らしくもない。
 こらえきれない笑いを少し零してから、改めてリリアを見た。気付いた様子もなく、よく伸びる餅と戦っている。
 今ならたぶん、何を言っても聞こえないだろう。
「……これからも、宜しく」
 呟きに、リリアが大きな瞳を向けてきた。
「今何か、」
「飲み込んでから喋れ」
「むぐ」
 訊き返そうとした彼女の言を制し、幽も餅を食む。
 ああ本当に、らしくない。
 これはきっと雪のせいだ。
 普段とは違うことが起こるから。
 気分が少し、変わってしまったじゃないか。
「…………」
 それにしても、このかまくらは大きい。
 早く誰かが来ればいいのに。
 二人きりでは落ち着かない。