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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



11


 雪球が飛び交うのは、喫茶店の前。
 自らも雪球を作り、投げながら。
 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、少しだけ冷静になった頭で考える。
 ――とりあえず、どうしてこんな状況になったのか整理しよう。
 みんなで雪まみれの雪合戦。しかし、わいわいがやがやきゃっきゃうふふではなく、どこか殺伐とした仁義なき雪合戦。
 どうして、こうなった。
 発端は今日、ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)が喫茶店に来たことで――。


「今日は随分と空いていますのね」
 来店するなり、ラグナは言った。「いらっしゃい」と声をかけ、
「雪がすごいからな。開店からずっとこんな感じだぜ、今日は」
 佑也はコーヒーを淹れながら、言う。
「で、もう閉めちゃおうかって話してた」
「あら。じゃあ帰った方がよろしいかしら?」
「でも外寒かったろ? コーヒー飲んでゆっくりしてからでいいよ」
「ありがとうございます。私、佑也ちゃんのそういう気遣いができるところ好きですわ」
 にこりと微笑まれそう言われたなら悪い気もしない。
 暇すぎて下がっていたやる気も出てきたので、テーブルを拭いたり窓を拭いたりと、やることを見つけてこなす。
 と。
「ほんっと、相変わらずね……!」
 アルマ・アレフ(あるま・あれふ)の、怒りを殺した声が聞こえてきた。何だ何だとそちらを見たら、ラグナとアルマが対峙している。
「どうしてラグナさんはいつもいつもわけのわからない絡み方してくるのよ!」
「あらあら、アルマちゃん。わけがわからないんじゃありませんわ、あなたがわかっていないだけなのよ?」
「絡まれる理由なんてないもの!」
「あら。謂れはないと仰るの? ……ふうん?」
 ラグナの笑みの、温度が下がった。アルマも執拗な言葉責めでも受けていたのか既にイライラしているようだし。
 止めるべきか、否か。判断が遅れているうちに、口論に再び火がついた。
「この寒空の下でも相変わらず胸を強調するような服を着て。でっぱいを見せびらかして。何がしたいんですの? ちっぱいに死ねと仰いますの?」
「それはラグナさんの被害妄想でしょ!」
「お黙りなさい。でっぱい死すべし!」
「そこまで言う!? ……よしわかった。このままじゃラチがあかないし、表に出なさい」
「やりますの?」
「やるわよ。白黒つけてあげる」
「お、おいっ?」
 大股で店を出て行く二人の後を追う。さすがに、それは。止めるべきだろう、なんとかして。
「な、ちょっと落ち着いて考えようぜ? あ、ケーキ。ケーキとか出すから店内で、」
「「うるさい」」
 が、綺麗にハモって一蹴。こういうところは息が合うのだな、と複雑な気分になった。
「佑也。男には、退けない戦いがある。そうね?」
「あ、ああ……」
「女にも退けない戦いがあるのよ」
 睨まれて、有無を言わせぬ声音で言われたらもう、何も言えない。
「いや、でも、喧嘩は」
 それでも頑張って食い下がったら、
「大丈夫よ雪合戦だから」
 なら大丈夫か。やっぱり女の子、ガチの喧嘩は――。
「じゃ、やるわよ。ルールはひとつ。『先に「参った」って言ったほうの負け』。いいわね?」
「構いませんわ」
 ――それ、もう喧嘩じゃないか。
 しないと思っていたら、甘かった。大甘だ。
 助けてよ、と店内に居る樹月 刀真(きづき・とうま)を見たけれど、彼はまったくこっちを見ていなかった。我関せずのスタンスを貫き、グラスを磨いている。
 やきもきしている間にも雪合戦が始まった。
 二人を止めようと間に入ったのが悪く、流れ弾ががんがん当たる。顔面にばすんばすんと。
「ちょっと……わぶっ、」
「このっ!」
「なにをっ!」
「二人とも、おっ、ぶっ、落ち着いてぶっ、がっ」
 最後に当たった雪球は、異様に硬くて痛かった。顔を抑えてしゃがみ込む。足元に転がっている石が見えた。そうかそうか。石入りか。痛いに決まってる。
 ぷちっ、と。
 何かがキレた。もう我慢ならない。
 ゆらり、立ち上がる。
「メガネ割れたらどうする気だ……あいつら雪まみれにしてくれる!」
 足元の雪にサイコキネシスをかけ、次々と雪球を作り出し手元に運び込む。掴む。
 マウンドに立ったピッチャーのような華麗なフォームで、雪球を、投げた。
 ゴッ、と雪球にしてはありえない、空を切る音。
「ひゃぶっ」
 顔面直撃したアルマが、間の抜けた声を上げて尻餅をついた。
「ちょっ、佑也……!」
「俺の視界に入ったのが運の尽きだ。
 覚悟しろよ、二人とも?」


 眼前で始まった雪合戦を、十五夜 紫苑(じゅうごや・しおん)が目をきらきらさせながら見ているので。
「混ぜてもらおうか?」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、紫苑に提案してみた。
 ちょっと過激な気がするけれど、まあ紫苑なら大丈夫だろう。
「恨みっこなしね」
「うん! 月ねえちゃん、覚悟しとけよ!」
 月夜はラグナ側へ、紫苑はアルマ側へ。
 分かれて、雪合戦を開始。
「コノヤロ〜!」
 ぽいぽいぽいぽい、雪球を作っては投げる紫苑が微笑ましい。
「ラグナおばちゃん、この雪球をくらえ!」
「お、おば……!?」
 ぴしっ、とラグナの表情が固まった。頬が引きつっている。
「ふ……うふふ……」
 低い笑い声が、響いた。月夜は一歩退く。
「どうやら教育が必要なようですわねぇ……?」
 ――謝ろう。紫苑、謝っておこう。
 念じたけれど、それはどうやら歪んで伝わったらしい。
「怒るなよ〜。やっぱ胸が小さいと心も小さいんだな! 玉ねえちゃんの言ってたとおりだ」
 火に油、である。
 ついでに言えば、月夜にもダメージが来た。月夜の胸は、年相応と言いがたい。
「ちょっと。心の広さと胸の大きさは関係な――」
 言い返そうとして、隣から立ち上る殺気に気付いて声を飲んだ。というか、叫びそうになった。これだけで人が殺せるのではないかと錯覚するほどの殺気である。
「月夜ちゃん」
「は、はいっ」
「絶対、でっぱいにだけは、負けませんわよ」
 単語ひとつを言い含めるように言ってくるラグナに、とにかく首を縦に振る。
 剣の結界を展開し、雪球を防ぐ。次いで、氷術で固めた雪球を投げつけた。が、アルマも紫苑もひょいひょいとかわす。
「ちっぱいだから運動抵抗は少ないはずなのに当てられないのね」
「そちらと違って脂肪という防寒着がありませんの。寒くて動けないのですわ」
 舌戦は怖いので、割り込まない。
 雪球の応酬は、激しくなるばかり。


 佑也のところで合戦が始まっていると連絡を受けたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、現場へ急行した。
 が。
「えーと、これは」
 目の前で起こっているのは血湧き肉躍るあちらではなく、ほのぼのと殺伐が複雑に入り混じったもの。
「雪合戦、というオチですか?」
 傍観者に徹していた刀真に訪ねると、「はい」と頷かれた。
 怖いことがないようで、よかった。
 ……よかったけれど。
「慌てて来ましたのに」
 パワードスーツフル装備で、ガッションガッション駆けつけたのに。
「心配して来ましたのに」
 ちょっとだけ、もやもや。
 このまま帰るのは、なんだかなぁ。
 というわけで。
「よーし、私も参加します」
 律儀に声を張り上げて、参加表明をしてから場に飛び込む。
 いきなり雪球が身体に当たったが気にしない。パワードスーツは強いのだ。
「皆さん覚悟しなさいよー」
 しゃがみ込み、雪を集める。
 ――ちょっと力を込めましょうか。
 ちゃんと遠くまで飛ぶように。
 パワードアームでギュッと雪を握り締めた。ら、透き通った綺麗な雪球が出来た。まるで氷のようだ。
 ……ロザリンドはうっかりしていたのだけれど、『合戦』だと思って来たためパワードスーツはフルパワー開放されていた。そして、フルパワーで握られた雪だなんて、もはや雪ではなくなるわけで。
「…………」
 これを投げてもいいものか、一瞬だけ考えた。
 結果、
「まあ皆さんなら大丈夫でしょう」
 結論はお気楽なもの。
 ホークアイで佑也たちのいる場所を確認。歴戦の必殺術で隙を見付け、スナイプで突く。
 投げるときはサイドスローで力いっぱい。
 物凄い音がした。そして、物凄く気持ちよかった。なんだかすっきりする。
「どんどん行きますよー。頑張って避けてくださいねっ」
 パワードスーツの力を、余すことなく使う。
 走る。飛ぶ。投げる。避ける。
 動いていると、もやもやがどんどん消えていった。
 このまま遊んで忘れてしまえ。
 気分転換が済んだら、そうだ。手料理を作って振舞おう。
 いくらたくさん動き回っても、雪が積もるような寒い日。すぐに身体は冷えてしまうし。
 ――厨房をお借りして、スパイスをたっぷり使ったホカホカするもの……。
 何がいいだろう。スープ的なもの?
 考えていたら雪球が命中したので、今はひとまず考えを端っこに追いやった。


 月夜、紫苑に続いてロザリンドまでもが加勢したため、場はなかなかに本物の『合戦』に近付いてきたようだ。
 ますます持って近付きたくないと、刀真は敢えて視線をそらしてコーヒーを飲んだ。美味しい。
「白花、おかわりいるか?」
 寝そべっている白虎の身体にもたれかかるように座っていた封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)に訪ねると、彼女は微笑んで頷いた。
 湯気の立つマグカップを持って、手渡す。
「寒い中で飲む、熱めのコーヒーは美味しいですね」
「な」
「ところで、あちらは……」
 ちらり、白花が雪合戦をしている面々へと視線を遣った。白熱が加速している。
「もうそろそろ、止めないといけないかな、って思うんです」
「うーん……」
「みなさんに声かけてきます。お茶しましょうって。このままじゃ危ないですし」
「や、それは」
 危ないんじゃないか。
 全て言い切る前に、雪球が二人の間に突き刺さった。
「…………」
「………………」
 床を割る勢いで飛んできたこれを、『雪球』と認識したくない。『雪球に見える何か』だ。うん。違いない。
「って! そんなの投げるなよ、危ないじゃないか!」
 叫んだ瞬間、
 ゴヅッッ!!
 と、不吉で不穏な音が、隣で、響いた。
 隣。すなわち、白花がいるところで。
 恐る恐る目を動かす。白花の顔面に、氷塊が命中していた。
「…………」
「びゃ、白花?」
「もう、みなさん危ないですよー。お茶にしませんかー?」
 雪よりも冷たい声と笑みだった。決して大きくない声なのに、全員、ぴたりと手を止める。白虎は怯えて震えているし、彼女の肩に止まっていた蒼い鳥は剥製か何かのようにぴくりとも動かない。
「ね。皆さん大人しくお茶を飲みましょうね?」
 反論なんて許さない。そんな雰囲気をかもし出し、けれどあくまで『普段通り』に白花が言う。
 どうしよう。これは絶対、怒っている。場を収めるべきか。いや収められるのか。放っておいたらどうにかなるのではないか。明日くらいに。
 君子危うきに近寄らず。そう思ったが、白虎と蒼い鳥の目が、縋るようなものだったので。加えて、雪合戦時よりも張り詰めた空気になりかけていたので。
 何とかすることにした。
「白花」
 呼びかけ、白花の頭を抱き寄せる。
「顔が痛いんだよな?」
「痛くないですし、怒ってないです」
 強がるので、よしよしと頭を撫でた。ら、背に手を回されしがみつかれる。
「嘘です。本当は顔が痛いです。だからもう少しこのまま抱き締めていてください」
「はいはい」
「ごめんなさい。はしゃぎすぎてしまいましたよね。お詫びに何か作ります」
 と、言ってきたのはロザリンドだった。彼女は悪くない……というより巻き込まれた側に思えるのだが、好意がありがたいので頷いておく。
「結局、レシピが浮かばなかったんですよね。でもたぶん、胡椒と唐辛子を一瓶ずつ入れればホットなものが作れますよね」
 が、恐ろしいことを言いながら喫茶店に入っていったので、
「いやちょっと待って」
「それはさすがに」
「本気でヤバい」
「お気を確かに」
 全員が全員、何かしらの制止の言葉をかけて止めた。
 皆の心がひとつになった瞬間だった。