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海の都で逢いましょう

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●風紀委員も奮闘せよ!

 ビーチを歩く。
 猫背じゃだめだ。胸を張って歩こう。
 だって、先輩というのは後輩の模範になるべきものだから。
「ボクもとうとう先輩だよっ!」
 なんて思わず言ってみたくなる。そう、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)も気がつけば、後輩を歓迎する側になっていたのだ。
「先輩、ねぇ……和葉にはどうも似合わない言葉のような……」
 ところが和葉のパートナー、ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)はそんなことを言う。
「だ、大丈夫だよっ? これでも、ちゃんと進級してるんだだし、ほら、風紀委員だから、皆が困ったらちゃんと対応できるよっ」
「ふーん。そこまで言うなら一応信用してあげてもいいけど……」
 という言葉が終わるか終わらぬかのうちに、もうルアークは彼に声を上げていた。
「て、和葉ストップ! どこに行くつもりー?」
「どこって、会長たちのいる本部のほうだよ」
「ほんっとにもー!」
 するとルアークは両手でがっしりと和葉の両肩をつかむと、ぐるりと180度ほど回した。
「方向全然違うじゃん! そっちは全然ハズレの方だから」
「そうだっけ?」
「そうなんだよ!」
「そんなことないってばっ!」
「そんなこと大アリだってのー!」
 はーっ、とルアークはため息つくのだ。
「やっぱり、風紀になる前に方向音痴を治しなよ。てかもう勘弁して……どうしてこの見晴らしのいいビーチで、しかもこの距離で迷子になれるのさ」
「えっと、うん、それは……」
 どうやら本当に道を間違っていたと悟ったらしい、ぽりぽりと頬をかきながら和葉はしばらく言葉を探していたが、やがて破顔、にぱーっと笑って、
「風紀委員として今日はボク、これを持ってきたんだっ!」
 肩にかけていた大型のカメラを「しゃきーん!」と口で効果音言いつつ前に構えた。コンパクトな観光用カメラではなく、レンズも大型のプロ仕様デジカメである。
「このカメラで会場をたくさん撮影できたらいいな。何かの役に立つかもしれないし、それに今回参加できなかった風紀委員長も交流会の様子知りたいだろうしねっ。写真見るだけでも、楽しい思い出になるかもだしっ」
「それは良いことだと思うけど。方向音痴を治す話とは関係ないじゃん?」
 ルアークは怪訝な顔をするも、和葉のにぱー笑いは消えないのだ。
「というわけで、ルアークよろしくねっ」
 と言って、ずっしりとデジカメを手渡したのである。
「え、これって?」
「ボク、生徒指導をがんばるから撮影担当よろしくっ!」
「えー、勘弁してよね……」
 そんな抗議はスルーして、和葉は甘えるような口調で言うのである。
「写真にボクの後ろ姿が入ったらいけないから、ルアークが先を歩いてー」
「なるほど先頭を歩かないようにして方向音痴発動を防ぐわけか……って、それ根本解決になってないだろー」
「いいからいいから〜」
 さっと和葉はルアークの背に回り、これをどんどん押し始めた。
「さあれっつごー!」
「なにがれっつごーだよまったく……」
 本日の和葉は露出の少ないタンキニの上に、太ももの半ばまで裾がある羊さんパーカーをがばっと着たというスタイル、同様にルアークもスポーティな水着だ。かくて二人はずんずんと、(とりあえずルアークが正しく先導して)会場に入っていった。
「あ、和葉ちゃーん♪」
 しばらく進んで和葉とルアークは、祠堂 朱音(しどう・あかね)に手招きされた。
 朱音はピンクのワンピース水着だ。上着としてピンクと白のボーダーが入ったパーカーを羽織っている。
「風紀委員参上、だよっ!」と和葉はVサインしてルアークに呼ばわった。「早く早くっ、さっそく撮ってあげてよ」
「わかった。はい、撮るよー」
 ルアークがカメラを向けると、途端に朱音は慌てはじめた。
「え? 写真? わわっ、いま料理してるところだから髪型も乱れてるかもしれないし……あっ、火の番も……」
「いいっていいって。可愛いよー。ほらほらポーズ取って」
 ニコニコして和葉は促すのである。ルアークが動くと朱音は観念したように動きを止めた。
「う、うん……じゃあ……お願いね……」
「そのパーカー可愛いよねー」和葉が言うと、
「うんっ、このパーカーの紐のところの飾り、イチゴになってるんだ♪」
 朱音は自然に、最高の笑顔を見せた。同時にシャッターが切られ、かくてカメラマンルアークの撮影は、上々の発信となったのだった。
「……いいですか……?」
 写真はあまり得意ではないので、さりげなく身を避けてフレームに入らないようにしていた須藤 香住(すどう・かすみ)が戻ってくる。
「それにしても……」
 という香住も水着にパーカーという組み合わせだ。忠実に副会長レオの提案を守っているわけである。
「副会長がいうのなら……ということでこの格好で来ました……。レオさんに天啓が降りてきたという事ですが、どんな天なのでしょうね」
 言いながら香住は生肉の皿を用意して朱音に渡した。
「お肉……お任せします……」
「うん、焼くだけだもん、きっと大丈夫……。ほら、香住姉もいるから、ね」
「いいえ」
 淡々と香住は言った。
「ここから先は手出しするつもりはありません。朱音、あなたの技量と責任で焼きなさい……」
「えっ!?」
 思わず朱音は顔色が変わった。料理には自信がない彼女である。いざとなれば香住に頼るつもりだったのだ。
「大丈夫です、バーベキューのポイントは事前準備です。しっかりと下味、下処理をしておけば、後は焼くだけですから。いくらなんでも惨劇はそうそう起こらないはずです……」
「し、信じてるよその言葉……」
「くれぐれもにだけはしないでくださいね……」
「ちょっとー、そんな不安を煽ること言わないでよー……」
 そこから朱音が見せた集中は、ひょっとしたら今年一番のものであったかもしれない。
 じゅうじゅうと熱い音がする。煙とともに、肉の焼ける香ばしい香りが空気を満たす。
「よーし♪」
 一丁上がり、と朱音は肉を焼き上げた。さすがの彼女も、五感すべてを投入して肉を焼いたので悲劇に見舞われることはなかったのだ。
 この成果、さっそく見せたい人がいる。
「和葉ちゃん!」
 朱音は声を上げたのである。
「えへへ、ねえ、これ僕が香住姉の監修のもとに焼いたんだ。よかったら一緒に食べよう?」
 と言ってコンロの上の肉を、彼女は笑顔で提示した。すぐさま和葉はやってくる。
「本当? 食べる食べるー」
「……それでね、小皿に入れたタレに激辛のものをロシアン的に混ぜてみたんだ……そうそう、まず僕も超人的肉体で試しておいたよ……辛いってつらいっていうのを同じ字なのを痛感するよね……
 肉を焼くのに成功し、しかもそれを可愛い和葉に食べてもらえるという嬉しさで、ついつい朱音は注意散漫になっていた。
 なので、
「ううううー」
 いきなり『大当たり』のタレを引いた和葉が目眩を生じ、足元にうずくまっているのに気づくまで少し時間がかかった。
「一応激辛も人が食べられる範疇の辛さのつもりでしたが……」
 水を酌みながら香住は溜息をついた。」
「やはり惨劇は避けられませんでしたか……」