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海の都で逢いましょう

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●生徒会役員、奮闘せよ!

「フェル、ここにいたの?」
 しばらく歩いてリオは、フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が波打ち際にたたずんでいるのに気がついた。
「ううん、ずっといた」
 フェルクレールトはそう言って下を向いた。爪先で砂浜に、『の』の字を書いて消してしている。
「いた、って、どこに?」
「……リオの後ろ、ついて歩いてた」
 なお、リオが竜馬や亮一、聡と話している間ずっと彼女が、『どっかいけー』と言いたげな視線を背後から送り続けていたということは秘密だ。
「ごめんごめん気づいてなかったね。それにしてもフェルの水着、可愛いよね」
 ありがと、と照れくさげにフェルクレールトは答えた。花柄を散らした桜色のワンピース、そこにリオ同様、天御柱学院制服を羽織っていた。体つきは華奢だが柔らかそうで、なんというかギュッ、と抱きしめたいような気持ちにリオはなるのである。
「二人とも、楽しんでる?」
 近くの席から声がかかった。声の主、それは茅野 茉莉(ちの・まつり)だ。茉莉はビーチパラソルの下、寝転がるに最適なチェアを用意して肢体を横たえていた。
「副会長、水着じゃないんだね?」
 茉莉のことだからサングラスに水着という、セクシービーム大放射な着こなしでいることだろう、そんな風にリオは予想していたのだが外れたようだ。茉莉は特注の真っ黒な制服姿だったのだ。といっても夏用なので涼しそうではある。
 リオの言葉を聞くと、まるで回答を用意していたかのように茉莉はすらりと答えた。
「日焼けすると大変だから」
 きらり、その歯が光っていい笑顔となる。
「でも去年水着コンテスト出てなかったっけ?」
 との指摘を聞くや、ふふ、と謎めいた笑みを浮かべ茉莉はサイドテーブルに手を伸ばした。そこに侍すレオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が、彼女の手に冷たいトロピカルドリンクを手渡す。表面に雫が光り、綺麗にカットされたオレンジとパイナップルが縁を飾って、氷と共に真っ赤なチェリーが浮かぶグラスだ。
 音を立てずドリンクを一口含むと、またもやいい笑顔で茉莉は言った。
「で、何の話だった?」
「いや水着が……まあいいか……」
 そもそも、とリオは口調を変えて、
「まだ初夏ともいえないのにおかしいんだよ。ドレスコードが水着って……誰だよ、こんな提案通したやつは……」
「生徒会で決めたんじゃなかったの?」フェルが言い、
「生徒会かと」レオナルドも小首をかしげ、
「生徒会」茉莉は断じた。
 3連続のジェットストリーム立て板に水、リオは苦笑してしまった。
「そうだね、生徒会だねー。提案したのは十円のほうの副会長で、通したのは会長だけどねー」
「誰が『十円のほう』だよ誰がー!」
 するとまるでこの魔法の言葉(十円)に召喚されたかのように、たたったとビーチを駆けて十円の副会長……否、平等院鳳凰堂レオが飛んで来た。もちろん彼もクォータータイプの水着を着用しており、上着がわりにパーカーを着ていた。
 レオは熱弁をふるう。
「遊び半分で水着を提案したわけじゃないんだよ。これは保安上の理由と、せっかくなので開放的な気分で仲良くなってもらおう、ってものなんだ! ……断じて! 僕が! カノンの水着を見たいからとか! そんな理由ではない!」
「後半本音がダダ漏れな気がするわ……」
 魔女のほうの副会長(茉莉)が、アンニュイな表情で独言した。
「まぁ、以前にイコン博覧会でイーグリット奪取された件もあるし、警備上とか用心するに越した事が無いってのは判ってるつもりだけどさぁ……」
 リオも懐疑的な視線を向ける。
 しかしこれを受け、レオは怯むどころかますます語気を強めたのである。
「それに義務ってわけじゃないからね。水着を着るか水着に着られるかは参加者の自由! セクシーになるか健康的に色っぽくなるかも自由だよ! ごめん、今日の僕ちょっと舞い上がってる!」
 このとき、
「……と、すると」
 音もなく、影から染み出たかのように一人の悪魔がパラソルの下から姿を見せた。晴天で暑いくらいなのに、この瞬間だけ周囲の温度は下がる。魔界の公爵――ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)にはそれだけの存在感があった。
「ますます舞い上がることになりそうだな、下僕よ」
 こともなげにレオを下僕呼ばわりしているがこれはダミアンの言葉使いの癖であり、とりたてて特殊なことではないことをお断りしておきたい。
 ダミアンは、ひた、と手を伸ばした。その方角から、
「おおい、カノンを連れてきたぞ!」
 イスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)の朗らかな声が聞こえた。ちなみにイスカは、タンキニ水着にエプロンという扮装だ。
「ご協力感謝します」
 と言いながら人間形態、すなわちダンディズム溢れるナイスミドル姿の告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)がエスコートしてくるのは、そう、レオが待ちに待って待ち遠しさのあまり首がキリンのように長くなった……ような気がするほど熱望した設楽 カノン(したら・かのん)その人なのであった。
「カノン……カノンっ!」
 レオは再び駆け出した。十円と呼ばれてダッシュしたときの数倍の速さ、それこそ音速の壁を突破するのではないかというほどの勢いで弾丸となった。そう、まさしくダミアンの予言通り、レオは舞い上がりまくったのである!
 彼はぴたりとカノンの前で止まった。
「来てくれて嬉しいよ! それに、水着で参加してくれたことも、無茶苦茶嬉しい!」
 盛り上がりすぎてフィーバー状態のレオなのだ。それも当然のことといえよう。なぜなら今日のカノンは水着、しかも、レオが密かに期待していた白いセパレートタイプを選んで着ていたからである。今の彼女の写真を撮って、大判に引き延ばし額に入れて飾りたい、と、半ば以上本気でレオは思う。
 ヴィクウェキオールが選んだという水着は、実はレンタル品なのだがオーダーメイドのようにカノンに似合っていた。腰部分はスカート状、黒のワンポイント装飾がフリルに踊り、夢見るような優雅さと、そこはかとない艶めかしさの両方を演出している。とりわけ、なだらかに優しいカーブを描く胸元と、肩紐が鎖骨にかかる辺りは、あまり注視していると鼻血が出そうだ。
「アハハハハハ! レオ! なんだか保安上の必要とかで、水着を着ることになっちゃいました!」
 甲高い声でカノンは笑った。瞳孔が渦巻き状になった彼女の視線は、定まっていないように見えるかもしれないが、その実しっかりと自分を見てくれていることをレオは知っている。
「似合いますか!? ……って、訊けってイスカさんに言われてます! アハハハ!」
「おいおい、我の入れ知恵と判ったらロマンティック気分が台無しじゃろうが」
 イスカは肩をすくめるが、なんの、それくらいでフィーバー状態から醒めるようではレオではない。
「もちろんだよカノン! ま、まるで女神みたいだ! 正直、もう今日は君しか見えないよ!
 レオは紅潮しつつ最大限の賛辞を送った。実際、この瞬間彼の周囲の女性陣……イスカはもちろん茉莉もリオも、すっと視界から消えてしまったかのように思えた。
「そ、それは褒めすぎですよー!!」
 恥ずかしさのあまり、どん、とレオを突き飛ばそうとしたカノンの両手を、レオはしっかりと捕まえた。そして、言葉を失ったかのように彼女に見とれた。
 カノンはその手をふりほどかない。レオがカノンだけを見つめているのと同様、カノンの眼にも今は、レオしか映っていないようだった。
 二人はそのまま、じっと見つめ合った。
「なんていうか……二人の世界に入っちゃってない?」
 茉莉はやれやれと溜息すると、
「ではバーベキューを進めるとしましょうか」
 かく宣言してテキパキと指示を出し始めた。寝そべってやる気がなさそうに見えても、さすがそこは副会長、ダヴィンチとダミアンに的確な行動指針を示し、リオやフェルクレールトにもさまざまな提案をする。なので、
「お、すっげー! ここのバーベキュー盛りだくさんじゃないか!」
 会場を一巡りして聡がやってくる頃には、ひときわ立派なバーベキューコーナーが、彼女を中心に広がっていたのである。
「……ん、どうぞ」
 ぽん、と聡の皿にフェルクレールトが肉を置いてくれた。彼女は運営スタッフとしてリオとも甲斐甲斐しく働いているのだった。
「ああ、ありがと……えっ!?」
「……ん?」
「い、いや見間違いだ」
 聡は視線を逸らしつつゲフンゲフンと咳をした。
 さすがに言えないではないか。
 よく見るとフェルクレールトはワンピースの水着にエプロンを巻いているだけだったのだが……それが一瞬、裸エプロンに見えてしまっただなんて、とてもではないが言えたものではない。
 そんな聡の内心の葛藤などつゆ知らず、
「……ん、いい焼き色」
 淡々とバーベキューを焼きつつ、フェルクレールトは眼を細めるのだった。