校長室
自然公園に行きませんか?
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18 「リンス様でしたら、本日は自然公園にいらっしゃられますよ」 と、マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)が言ってのけたので、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は「え?」と声を上げた。 「本日は全国的に良い天気だそうです。そこで、昨夜のうちにご連絡を差し上げていた次第」 「なんて」 「『自然公園の散策などをお勧めします』と」 花がたくさん咲いているとアピールもしたのできっといますよ、とマナは言った。 自然公園。お散歩。とならば。 「マナ。サンドイッチを作るの、手伝ってくれますか」 完成したサンドイッチをバスケットに詰めてはきたものの。 リンスがいたのはオープンカフェだった。 ――カフェでは持ち込み禁止ですよね。うう。 後ろ手に隠し、僅かな落胆を悟られないよう笑顔を作って。 向かおうとしたところ、 「あれ? テスラさん」 客引きをしていた衿栖に声をかけられた。 「どうも、こんにちは」 軽く会釈をすると、明るい笑顔で返された。 「散歩? よかったらお店、寄って行ってね! あとこれ」 はい、と渡されたのは、衿栖の工房のチラシだった。場所と、開店日が記載されている。 ――衿栖さんは、リンス君から離れた。 それは、どうして? とはいえ本人には聞きづらい。けれど、聞けそうな相手はここにいない。 「テスラさん? どうしたの?」 「あ、いえ。開店日には、声をかけにいきますね」 別れ際の会釈を済ませて、カフェへと歩き出す。 衿栖は、自分から関係を動かした。 ――『変化の必要性』? もし必要なのだとしたら。 ――私と貴方の間には、どんな変化が必要なのでしょうね。 「こんにちは、リンス君」 笑顔で話しかける。と、リンスが顔を上げた。 「こんにちは、偶然だね」 「いいえ。ここにリンス君がいると思ったので、来ました」 「いつも思うんだけど。よく見つけられるよね」 「はい。リンス君のことですから」 今日は、マナが教えてくれたのだけれど。 自然に、彼が座るテーブルについて、ケーキを頼んでしばし待つ。 待つ間に自問する。先ほどの続きだ。 ――私と、リンス君。ウルスと、リィナさん。 初夏の風を感じながら、ただのんびりと過ごしているこの現状は、ただ足踏みをしているだけなのだろうか? いつまでも、このままではいられない。 そんなことわかっている。 ――リンス君は、今、どう考えているのかな。 目の前にいる彼は、姿勢を正して椅子に座り、遠くに見える桜を見ているようだった。あるいは、桜を見て何か創作に結び付けているのかもしれない。リンスだし。 どちらにせよ、何かに悩んでいるようには見えなかった。 「リンス君」 「ん?」 「リンス君の話、聞きたいな」 「唐突だね」 「聞きたいんですもん。人形作りの話がいいです」 「手順とか?」 「何でもいいです。作ってる最中に考えていることとかでも」 「あまり面白い話はできないけれど」 「それが面白いか面白くないかなんて、こっちの勝手じゃないですか」 「そうだけど。……どうかした?」 「なんでもないです。ただ、聞きたかったんです」 貴方の話を。 貴方のことを。 リンスの話を聞きながら、テスラは思う。 ここは、オープンカフェで。 人も、それなりにいて。 そんな場所に、彼は来ていて。 それは立派な『変化』であって。 ――オープンカフェにいるリンス君なんて、想像したことありませんでしたよ? 変わっていく人がいる。 ――なら、私だって。きっと。 「……リンス君」 「うん?」 「え、えとですね」 変われるはず、なのだ。 「あの、わたしの、わたしをなまえでよんでみてもらえますか?」 「テスラ」 一回くらい、ボケるかなって思ったのだけど。 ストレートに呼んでもらえたものだから。 ――あれ。うわ。どうしよう。 ばっ、と顔を背けた。リンスが疑問符を浮かべているのが手に取るようにわかる。回り込まれても困るので、言っておく。 「いま、かお、みないでください」 届いたケーキセットを食べていたら、いくらか気分が落ち着いた。 「だいじょうぶ?」 しっかり見届けていたらしいクロエに問われ、微笑むことができる程度には。 「ああいう我侭言っちゃうようになった自分って、駄目かなぁ」 「わがままがいえるあいては、きちょうなのよ」 「負担にならないかしら」 「だいじょうぶよ。そこまでうつわ、ちいさくないもの」 「クロエちゃんは大人ねー……」 ケーキを一口分掬い、クロエに向ける。あーんと口が開いたので、食べさせてやった。 「食べたら口元拭いましょうね」 ハンカチで拭いてやると、クロエはくすぐったそうに笑った。 落ち着いた心が笑顔で和んだところに、 「ねえ、テスラ」 不意打ちで名前を呼ばれた。また、心臓が跳ねる。 「あ! 私、そろそろ帰らなくちゃ!」 不自然なまでにぎこちなく言い、椅子から立ち上がり。 「それじゃあ、また!」 言い逃げするようにして、カフェを出た。 本当だったら、散歩しないかなんて誘い出してみて、それで。 ――サンドイッチはウルスの夜食かなぁ。 余ってしまったバスケットを見て、眉を下げた。 そんな風に、テスラが自然公園を出ようとしていたとき。 「二人乗りサイクリングぉりゃー!!」 ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は、リィナと一緒にサイクリングコースを走っていた。 「怒られちゃうよ、二人乗りはー」 「いいよ、二人で怒られようぜ!」 「やだなぁ。あはは」 ふざけて、笑って、遊びまわって。 風が纏う初夏の雰囲気や匂いを感じ、楽しんで。 いい具合に疲れたところで、芝生に寝そべり一休み。そうしている際に時折吹き抜ける風は、サイクリングの最中に感じたものとは少し違った。優しい、春の風。 「…………」 寝そべったまま、ウルスは考える。 自分とリィナがどうするべきなのか。 ――そろそろ、本気で考えるべきなのかもなぁ。 悩んだりはした。見せないだけで。きっとそれは相手も同じ。 むくり、上半身を起こす。寝そべりはしなかったリィナが、「どうしたの?」と訊いてきた。 「リィナ、あのさ」 「うん?」 「俺は、リィナと一緒に考えたいんだ」 どちらかが勝手に結論を出すのではなくて。 二人で答えを出したい。 「……、うん」 リィナが頷く。ウルスは姿勢を正し、リィナに向き合った。 「話そう。リィナに起こった『奇跡』について。 そして、その奇跡に引きずられず歩くために、俺たちがすべきことについて」 「……聞いたらきっと、驚くよ?」 リィナが、困ったような、しょげたような顔で言った。大丈夫だと首肯する。 驚くだなんて今に始まったことではないし。 聞かなければどうしようもないのだから。 「聞かせて。全部」 十数秒、間を置いてから。 「あのね。私ね」 リィナが口を開いた。 「実はね。もっと、ずっと、前に。死んでるの。 三年、あ、もう四年になるのか。……四年前のあの日より、前なの。ずっと前なのよ」 長い話が、始まる。 「私のお父さんとお母さんは、ヴァイシャリーよりもっと奥深いところにある、なんていうかな、小さな村……集落? みたいなところで生まれ育ったの。 結婚したのをきっかけに、引っ越すことにしたんだって。 それで、ヴァイシャリーに来たの。 結婚して一年ちょっとで私が産まれたんだって」 子供の頃の記憶なんて曖昧だけど、それでもたくさんの愛情を注いでもらったことをリィナは覚えている。 だけど。 「しばらくして、リンスが生まれた。 けどね、お父さんもお母さんも喜べなかったの。 リンスの目、色が違うでしょう。 それをね。忌み子としていたんだって。育った場所では。 染み付いちゃってたんだねぇ。愛そうとしても愛せなくて、ジレンマで、二人ともちょっと、ううん、かなりおかしかった。 リンスが大きくなるにつれてね。暴力をふるうようになってた。 私は、リンスを連れて逃げ出したの。……その時に怪我しちゃって。それが元で、死んじゃったんだけど」 冷たい雨が降る日だった。 雨に体温を奪われる中、声がしたのだ。 「『生きたい?』ってディリアーさんが言ってきたのが、その時。 頷いたあとに私の心臓は止まったんだけど、それでも私は動けた。これでしばらく大丈夫よ、ってディリアーさん、笑ってたなぁ」 ちなみにその時、『死なせなかったのだから』とディリアーが家をくれた。それが今もある、あの場所。 加えて、ディリアーはその時までのリンスの記憶を消してくれた。あんな記憶、あるだけ害だから、と。 「……それで、リンスが一人歩きできるまで、一緒に居させてもらったの。 イルミンスールで学んでいる時までだね。あの子が十五の誕生日を迎えたすぐあとくらいまで。 ……私は、もういいかなって、納得して離れたんだけど。納得できて、なかったんだよねぇ。 消えたくなかった。忘れないでほしかった。忘れてって、言っておきながら。ね。……あはは。嘘つきだなぁ。 ……そうしたらディリアーさん、私のこと、傍においてくれてね。小間使いが欲しかったのって言って。うん、実際、使われてるけど。 だから、ね、再会した日、本当は私、門限なかったんだ。みんな、ナラカに戻って行ったけど。私が帰る場所はナラカじゃなくて、ディリアーさんのおうちだったから」 むしろ中途半端な立ち位置で、だから、ナラカからも拒絶されてたかもなぁ、と思い出して苦笑い。 だって門まで行ったけど、リィナのために開くことはなかったから。 そのあとは、一度戻ってきてしまった懐かしさにつられるまま、ずるずると、ずるずると。 「いけないなぁって、思ってるんだ」 答えを出さなくちゃ。 どうするべきなのか、決めなくちゃ。 「あのね。私、もっとウルスくんと一緒にいたいな」 本当は許されないことだけど。 リンスにも駄目だよって言っていたけど。 「だって、もう、戻れないよ。戻りたくないよ」 我侭だって、駄々っ子だって、わかっているけど。 もしも望んでいいのなら、神様――。