校長室
自然公園に行きませんか?
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21 「丸一日オフって久しぶりでさ。ちょっと、何して過ごせばいいのかわからなくなっちゃったよ」 と、若松 未散(わかまつ・みちる)はリンスに言った。 「貴重な休みを俺と過ごすことで費やしちゃって良かった?」 「ばーか。お前と過ごしたかったからいいんだよ」 今日リンスがここにいると、教えてくれた友人に感謝しよう。 「でもほんと、いい天気だよな。散歩日和っていうか、ピクニック日和っていうか」 「ね」 「だからリンスも出かけたのか?」 「後押しされたっていうのもあってね」 「? 誰に?」 「いや、何でも。忘れて」 「??」 よくわからなかったけれど、忘れてというなら関係ないことなのだろう。つい、喋ってしまった。そんな感じに聞こえたし。 ――つい、か。つい。うん、いいな。 だって、信頼していない相手に、情を感じていない相手に、『つい』なんてないだろうし。 「今日さ。せっかくだからお弁当作ってみようと思ったんだよ」 「そうなの? いいのできた?」 「いや、ハルに止められちゃってさー。リンスに手料理食べてもらいたかったんだけど」 「じゃあ、またの機会だね」 「な!」 二人の会話が聞こえたらしく、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が未散とリンスを交互に見た。慌てたような、哀れむような、そんな顔をしている。 なんだよ? と目で問うと、曖昧に微笑まれた。……本当になんだったのだろう。 「何だあいつ」 「さあ」 「……まいっか。お弁当作ったとしても、オープンカフェがあったら不要になっちゃうもんな」 別のテーブルで、若松 みくる(わかまつ・みくる)がクロエと並んでケーキを食べていた。夢中になっている様子がとても微笑ましい。みくるとクロエは初対面だったけれど、小さい子同士の成せる業なのか、はたまた気が合ったのか、仲良さそうに笑い合っていた。 「さて。せっかく自然公園に来たんだし、色んなとこ散策してみようか」 「相変わらず元気だね」 「分けてやるよ。ほら、行こうぜ」 手を差し伸べる。リンスは素直にその手を取った。 「ハルは?」 「わたくしはここに残りますので。皆で遊んできて下さいませ」 「そっか、わかった」 頷き、みくるとクロエも誘って歩き出そうとして、思いついた。立ち止まる。 「店長! 人手が足りなかったら、ハルのこと好きに使っていいから」 「あっは。わかったありがとー。いってらっしゃーい」 フィルの声を背に受けて、まずは芝桜が咲き誇る広場へ。 てくてく、てくてく。 小さな歩幅でマイペースに、みくるは歩く。 右手にクロエの左手を握り、歩く調子に合わせてぶんぶん振りながら。 「クロエのお家は人形がいっぱいあるの?」 「あるわ。リンスがたくさん創るのよ」 「いいなー! みくるお人形大好き!」 「だからおにんぎょうをもってるのね」 「うんっ」 クロエが指摘したのは、左手に抱いた未散ちゃん人形のことだ。 「衿栖が作ってくれたんだよ。未散にそっくりでかわいいでしょ?」 「えりすおねぇちゃんがつくったのね! うん、とってもよくにているわ」 褒めてもらうと、なんだか自分のことのように嬉しい。「でしょー」と笑って、ぎゅっと人形を抱く。 「この子がいるから寂しくないの」 例えば、未散が仕事に行ってしまっているとき。 未散が傍にいなくても、この人形があるおかげで未散と一緒にいるような気分になれる。 お留守番だって怖くない。 「だからみくるのお気に入り!」 ……なのだけど。 「でも、本当はお留守番じゃなくて、いつも未散の傍にいたいの……」 未散の傍にいられるのは、大体いつもハルばかり。 一緒に行こうとしても止められてしまう。そのたびみくるは『なんで?』と思う。 「ハルなんかよりみくるのほうが役に立つ自信あるのに」 「きっと、そういうところじゃないのね」 「じゃあ、何だと思う? どうすればみくるは未散の傍にいられるかな」 「……、……わからないの。わたしもそばにいられなかったから」 え、と思った。だけど、思ったときにはクロエは薔薇の花に夢中になっていて、いまの言葉の意味を問うことすらできなかった。 「薔薇の花言葉って、『愛』なんだって」 「そうなの? みくるちゃん、ものしり!」 「いっぱい知ってればそれだけ未散の役に立てるもん」 「みちるおねぇちゃんがだいすきなのね」 「うん、大好き。クロエはリンスのこと好き?」 「すきよ。だいすきだわ」 「その好きって、特別?」 クロエがきょとんと首を傾げた。えっとね、とみくるは会話に間を作る。 「みくる、好きな人いっぱいいるよ。でも、一人だけ特別な好きの人がいるの」 未散に対する好きとはまた違った感情。 その人のことがすぐに気になって、そわそわしてしまって、傍に寄ればどきどきして。 「……クロエもそういう人、いる?」 「ううん。わたし、まだよくわからないの」 「そっかぁ」 「うん。みくるちゃんは、おとなね!」 この感情を持つことが大人なのかどうかはわからないけれど。 だけど、とても愛しい感情だと、思う。 「クロエにも、特別な人が出来るといいね!」 「リンスは最近どんな人形作った?」 「最近だと仕事のだけ。球体関節人形が多かったかな」 「クロエみたいな感じ?」 「そうそう。もっと小さいけどね。片手で抱っこできるくらいの」 想像してみた。可愛くリアルな人形なのだろうな、と思う。 「私もいつかリンスに人形作ってもらいたいな……」 「どんなの?」 「まだ決めてない。それでな、代わりに私はリンスを題材にした噺を作るんだ」 「やだよ、恥ずかしい」 「やだって言っても作るよ」 「それもはや『代わりに』とかそういう話じゃないよね」 そうかもしれない。未散が、リンスの噺をしたいだけなのかも。 作るなら、どんな噺にしようか。ざっと、頭の中で組み立てる。 「例えば――」 「えっ話すの。するの」 「ある街外れに人形工房がありました。 そこには傷ついて人形を作れない人形師がいました。 彼の傷は中々治りませんでしたが工房を訪れる人は後を絶ちませんでした。 なぜなら人々は彼の作る人形以上に彼のことを慕っていたからです。 ……みたいな人情噺はどうかな?」 どうよ、と問うてみたが、リンスはいまいちピンときていないような、怪訝そうな顔をしていた。ああもう、こいつは本当に。 「お前は気付いてないかもしれないけど、お前のことを大切に思ってるひとはたくさんいるんだよ」 未散だってそう思っている。リンスのことが大事で好きで、支え合っていけたらと。 「噺の落ちはまだ付けないことにするよ。それはお前次第だからな」 「落ちを付けたら誰かに話すの?」 「もちろん。落語家が噺をしないで誰がするんだ」 「恥ずかしい」 「誇れるくらいの噺にするよ」 「中身が伴わない」 「そこは頑張れよ」 だよね、とリンスが頷いた。変な奴、と未散は笑う。 「っと……もうこんな時間か」 空は、暗くなりつつあった。楽しい時間は過ぎるのが早い。 「リンスは今日、楽しかったか?」 「うん。楽しかった」 「私も」 久しぶりに仕事を忘れてたくさん遊んで。 話して、笑って、触れ合って。 「たまにはこういうのもいいだろ? また出かけような」 「あんまり人が多いのは嫌だけどね」 「わがまま」 「まだ治らないんだよ、人混み嫌い」 「治るまで連れ出してやる」 「よろしく」 一旦、会話が途切れる。次の話の切り出しを考えている間、落ちる沈黙。 「……あのさ」 「うん?」 「この間のことなんだけど」 雪の日に。 一歩、彼の内側へと踏み込んでみた。 だけど、肯定的な返事は受け取れず。 それでも。 「私、待つよ」 それでもいいと、思った。 「お前が私に自分を預けてもいいって思える日まで、私はいつでも受け入れる準備は出来てるから」 「未散」 「うん。だからさ、遠慮とかすんなよ。絶対な」 いつでも力になるから。 ちゃんと居るから。 わかっておいて。 微笑んだ未散に、リンスは微笑みを返した。