校長室
自然公園に行きませんか?
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19 運が悪いとしか思えない。 「…………」 立ち寄った自然公園で散歩をしていたら、水鉄砲ではしゃいでいた子供たちの水が直撃。 ……運が悪いとしか思えない。 濡れたのは髪だけだったが、それは幸か不幸かで言えば確実に不幸だった。 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は癖毛な上に天然パーマなのだ。 髪の毛を伸ばし、重力に従ってもらおうと努力したり。 ドライヤーとヘアアイロンでセットをしたりと誤魔化してはいるけれど、濡れてしまっては意味がない。 湿気を吸った髪は、みるみるうちに癖を表に出す。ボリュームが増し、ふわふわとした柔らかな髪に変わった。髪型がこうなってしまうことが、博季にとっては強いコンプレックスだった。だって、まるで女の子のような容貌になってしまのだもの。 どうにかして乾かせないかな、と辺りをきょろきょろ。すると、見覚えのある顔を見つけた。フィルだ。どうやらオープンカフェの営業をしているらしい。 ちょうど良い。博季は『Sweet Illusion』に避難することにした。フィルの店ならば、美味しいケーキをお土産に買っていける。自分で作る際のお手本にするのも良いだろう。 それに何より、この髪型のままだと恥ずかしくて帰れない。 お店なら、タオルか何かあるのではないか、と淡い期待を抱いて、近付く。 「こんにちは」 「はーい、いらっしゃいませー♪」 フィルは、ふわふわになった博季の髪を見てもなにも言わなかった。優しさだろうか。なんであれつっこまれなかったことで安堵する。 「あの、ちょっと事故があって……髪がこんなことになっちゃって。ティータイムがてら乾かさせていただけたらなー、と」 「りょーかいりょーかい。すぐにタオルとメニュー持ってくからさー、好きな席に座っててよー」 あっさりと了承を得た。「ありがとうございますー……」思わず手を合わせる。ひらひらと手を振り、フィルが荷物を置いてある場所まで引っ込んでいった。 適当な席に着いて、景色を見たり澄んだ空気を堪能する。ここに留まることになった理由はよくないことだったけれど、そこまで悪くはないのかもしれない。だって、こんなにも世界が美しい。 カフェにいるお客さんの笑顔も自然で、幸せそうで、見ているだけで幸せのおすそ分けをしてもらっているようだ。 「お待たせー」 フィルが戻ってきた。手には大きめのふわふわとしたタオル。 「こっちは気休めね」 渡してくれたのは、スタイリング剤だった。これで少しはマシかもしれないと、ほっとする。 「ありがとうございます、何から何まで」 メニューをテーブルに置いたフィルに頭を下げた。 「情けは人のためならずってねー。だから気にしないでいいよー」 「そういう言われ方すると怖いなぁ」 「ふっふー。俺は怖い人なのだ。覚えておくようにー」 その口調は冗談めかしたものだったけれど、どこまで本気かわからない。とりあえず、曖昧に笑って流しておいた。 「まぁさー。落ち込んでないで、ケーキでも食べて元気だしなよー。俺のとこのパティシエさんの腕は超一流だからさー。瑣末なことなんて吹っ飛ぶよー」 「そうします。この、季節のケーキのセット、お願いしますね」 「らじゃー☆」 しばし待つ。と、ケーキと紅茶のセットが届けられた。紅茶のいい香りがする。ケーキも美味しそうで、ほうっと息を吐く。 「美味しそうでしょー」 「はい。お皿のデコレーションも可愛いですね。どうやってるんですか?」 「これ? アングレーズソースを垂らして、そこにチョコシロップを波打たせて、こう、ついっと引っかく。そうするとこんな風にリーフ状になるんだよー」 「今度やってみようかな……」 「そうしてごらん。簡単だけど、すっごく可愛くなるし。あ、あとお皿の上にフォークを置いて、その上からココアパウダーをはたくと簡単な型抜きになるよー。その上にケーキ乗せたりとかね」 「ケーキ屋さんですねぇ」 「ケーキ屋さんだものー」 それもそうだと笑うと、フィルも笑った。 博季が『Sweet Illusion』でのんびりとした時間を過ごしているその最中。 「ねえ、クロエちゃん。サイクリングへ行ってみない?」 「さいくりんぐ、たまには良いものぞ!」 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)と、マリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)はクロエをサイクリングに誘っていた。 「リンスも?」 と、クロエがリンスを見たりするのも想定の範囲内。 「もちろん。リンスさんが付き合ってくれるなら、だけど」 幽綺子はリンスに微笑みかける。リンスは憂いだ顔をした。少し困っているようだった。 嫌なのかしらと思ったら、 「俺、自転車乗ったことないんだよね」 とのことだった。それじゃあサイクリングは難しい。 とはいえ、じゃあクロエだけ借りていくわねとも言えるわけがなく。 「私の後ろでよければ乗っていく?」 「いいの?」 「いいわよ。そう負担になりそうでもないし」 「じゃあ、ごめんね。迷惑かけるけど」 「平気だってば。むしろ誘いに乗ってくれるとは思わなかったわ」 「なんでだろ。楽しそうだったからかな。したことなかったし」 「そうやって色々なことをしようとするの、良いことよ」 さてではクロエの方はどうか、と思ったら。 「わらわの義兄弟がクロエよ! ともに風になろうではないかッ!」 「なるわ!」 なんだか妙なノリだった。あの二人は、たまに結構弾けたテンションになる。リンスが「楽しそうだね」と呟いた。まさしくその通りだと思った。 「わたしもじてんしゃ、のったことないの」 「なぁに、そんなこと問題にはならん。わらわが後ろに乗せてやるからの!」 「ほんと?」 「ほんとじゃ! 何せわらわはクロエの義兄弟! 常に共に在る者ぞ?」 「えへへー。ありがとう!」 「くくく。わらわの華麗などらいびんてく、魅せてくれようぞ!」 相変わらずおかしなノリだったが、楽しそうで、かつ結論も出た。 幽綺子とリンス、マリアベルとクロエ、で二人乗りをしながらサイクリング。これで決定だ。 自転車を漕ぐ。 風を切る。 「お歌でも歌いましょうか」 幽綺子が先導して歌を歌うと、マリアベルとクロエが共に歌いだす。 それをリンスが静かに聴いていて、歌が終わると拍手をくれて。 サイクリングコースも中盤に差し掛かり、休憩できる場所に出たので一旦休むことにした。ちょうどお昼時で、おなかも空いてきたところだ。 「お昼にしましょうか」 言って、幽綺子はマリアベルの鞄からレジャーシートを取り出して、広げる。作ってきたお弁当もそこから取り出しシートの上に乗せ、おいでおいでと皆を手招き。 「わらわは菓子を用意してきたぞ。あとジュースもだ」 「マリアベルおねぇちゃん、じゅんびばんたんなのね!」 「もちろんだとも。皆とばっちりさいくりんぐを楽しむための努力は惜しまぬ」 「かっこいい!」 「そうじゃろ。尊敬してもいいのだぞ?」 マリアベルが胸を張った。クロエがきゃあきゃあとはしゃいでいる。 「本当、楽しそうだわ。あの二人」 「ね。なんだろ、なんていうかさ、ありがとね」 「? どうして」 「昔からクロエを気にかけてくれていたから」 「だって私、クロエちゃんのこと好きだもの」 だから、当然気にするし、一緒に楽しいことをしたいと思う。 「自然なことでしょう?」 言うと、リンスが優しく笑った。彼も大概、クロエのことが大好きだ。 お弁当の蓋を開けて、いざ食べようとしたところ。 ちちち、と小鳥が寄ってきた。 「とりさん」 クロエが興味津々な様子で鳥に顔を近づける。マリアベルも同じように、身を屈めて顔を寄せた。 「逃げぬな……誰効果なのじゃろ」 「かわいい」 「うむ。何でもいいな。こやつらが愛らしいし。幽綺子、餌付けしてもよかろうか?」 「いいわよ。お弁当多めに作ってきたし」 かくして。 お昼ご飯時は、小鳥も交えた賑やかなものとなった。 *...***...* たまには兄妹水入らずの時間だって、欲しいわけで。 日下部 社(くさかべ・やしろ)は、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)と二人きりで自然公園にやってきた。 理由らしい理由は特にない。兄妹で仲良く遊びたかっただけだ。 「聞こえる……聞こえるでぇ。『いつも仲良くしてるじゃないか』っちゅう虚空からの声が! ちゃうねん。俺とちーは、毎日仲が良くなっていかねばならんのや!」 空に向かって社は言った。千尋が、「やー兄おもしろーい☆」と笑っている。とりあえず、掴みはオッケー。これからもっと楽しませてやろう。 「んじゃ、ちー、何して遊ぼか?」 「ちーちゃんねー、やー兄と一緒ならなんでもいいよ♪」 「……可愛すぎやろ、俺の妹……!」 思わずクラリとしてしまったじゃないか。この子はいちいち破壊力の高い発言をする。 「ま。まずは散歩でもしながら色んなもん見よか♪ ほいで、したいこと決めよなー」 「うんっ♪」 歩いていると、この場所の良さがよくわかった。 どこを見ても自然がたくさん。歩いている人の表情はリラックスしきったもの。 「マイナスイオンっちゅうんかなぁ。なぁ、ちー……おぉお?」 同意を求めようとして横を見たら、いつの間にか千尋は黒毛の犬を連れていた。 「可愛いでしょー♪」 「おお。凛々しいなぁ〜。……で、ちー。その子はどこから連れてきたんや?」 「んっとね、さっきそこでお散歩してた人! ちーちゃんが動物好きだよーって言ったら、少しこの子とお散歩させてあげるよって!」 凛々しい顔の犬は、千尋を守るかのようにしゃきんと立っている。よくもまあ、こんな気難しそうな犬に好かれたものだと感心してしまった。 「ちーは動物好きやからなぁ。向こうにもわかるんやろな」 最近は、一人前のドルイドになろうと努力しているようだし。 その辺りも動物に伝わっているのだろう。千尋は動物とすぐに友達になれる。 「お散歩終えたら、ちゃんと返してくるんやで?」 「はーいっ」 千尋が返しに行っている間、社は軽く辺りを散策した。近くにサイクリングコースがあるためか、球形がてら昼食を摂っている人が多い。 その中に、 「お?」 リンスの姿を見つけた。もちろん傍にはクロエもいる。 「お〜い! リンぷー!」 呼びかけて、ぶんぶんと大きく手を振った。声が届いたらしく、リンスが社の方を向く。 「リンぷーたちも公園に遊びに来たんかぁ〜?」 「えっ、リンぷーちゃん来てるの?」 ちょうど、千尋も戻ってきたことだし。 「あっち、お邪魔しに行こか♪」 と、いうことで。 幽綺子、マリアベルと共に休憩していたところへ遊びに来てみた。 「急にすんません〜。なんや楽しそうだったもので♪」 「いいのよ。大勢のほうが楽しいわ」 幽綺子の言葉に甘えつつ、勧められたお弁当の中身を一つまみ。 千尋はというと、クロエ、マリアベルと共にバトミントンに興じているようだ。 「行ったぞクロエ!」 「えやー!」 「ク、クロエちゃんつよーい!!」 「わらわの義兄弟じゃからの! 当然じゃ!」 などという声がひっきりなしに聞こえてくる。楽しそうで何よりだ。 ……それはそれとして、なんだかリンスが社に対して少し距離を取っているように思える。 「なんやの」 「日下部はいつも妙なことを吹っかけるから」 「そんなことかいな。大丈夫やて。今日『は』イベントもないし、変なことを頼んだりせんから♪」 「…………」 「せやからそんな目で見んなや〜エッチィ」 「どうしてそうなるの。ま、いいけどね。今に始まったことじゃないしね」 「どういう意味やねん」 ズビシとツッコミを入れると、リンスが小さく笑った。 「くっ!! 千尋、おぬしもうちょっとしっかりこっちを狙わぬか!」 「えへへ〜、バトミントン楽しいね!」 「ふぉっ! ま、また素っ頓狂なところへ飛ばしおって……! ぐぬぬ、わらわをこんなに走り回らせるとは! やるのぅ!」 「うん、ちーちゃんね、やー兄に『どこに羽根が飛んでいくかドキドキする』って褒められたことがあるんだよー♪」 「ちーちゃん、それはきっとほめことばじゃないわ!」 向こうは向こうで、相変わらず楽しそうな声を響かせていた。 バトミントンも一段落して。 「ちーは遊び疲れて眠そうやなあ」 社は、もたれかかったままうつらうつらとしている千尋の頭を撫でた。 「今日はこの位にして帰るとするわ」 立ち上がると、千尋がはっと顔を上げる。が、すぐにまた、うつらうつら。 「ちー、歩けるか? おんぶしたろか?」 「んー……ちーちゃん、歩くよー……むにゃ」 「無理そうやなぁ。ほら、背中乗り」 「んー……」 しゃがんで千尋の軽い身体を背負い、再び立ち上がる。振り返って、リンスやクロエ、幽綺子とマリアベルに手を振った。 「また一緒に遊ぼうな〜♪ ほな!」 こんな口約束なんてしなくても。 どこかでまた会うのだろう。 偶然に、必然に。