校長室
自然公園に行きませんか?
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23 朝目が冷めたらウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)がいなかった。 朝食の時間になっても姿を見せないし、それどころか昼時を過ぎ、夕飯時が近くなっても連絡すらない。 さてどうしたものかとルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は腕を組んだ。ウォーレンだって子供じゃないし、大したことはないと思う。 だけど、言伝も置手紙も何もないのだ。何かに巻き込まれていたら。 ――何かあってからでは遅いしの。 探しに行くかと上着を羽織って家を出ようとすると、 「ダーリン、どこ行くの?」 イリア・ヘラー(いりあ・へらー)に見つかった。かいつまんで事情を話す。 「じゃあイリアも捜すの手伝ってあげる! 人手は多いほうがいいでしょ?」 「そうじゃな。頼んだ」 「……よーし。ダーリンと二人きりにさせてくれるなんて、レオもやるじゃん」 「? 何か言ったか」 「ううん、なんでも☆」 普段よく行くような場所を歩いてみたが見当たらなかった。ので、彼が好きそうな場所を捜してみる。 まずは自然公園、と向かったところ、 「あれか」 見つけた。案外あっけないものだった。芝生広場に陣取って、ギターを弾き語っている。ついさっき始めたばかりなのか、聴衆の姿はない。 「なーにやってんだか」 イリアが呆れた声を出し、 「おーい、レオー!」 ウォーレンの名を呼んだ。呼びかけにウォーレンが顔を上げる。ルファンとイリアの姿を見て、ギターを弾く手を止めた。 「よお。どうしたんだこんなところで」 「捜しにきたの。レオが朝からいないから。ダーリンが心配しちゃうでしょ!」 「連絡しなかったっけ?」 「なかったわよ」 「ワリワリ。忘れてた」 「まあ無事なら良い。心配しすぎだったようじゃな」 弾かぬのか、と目で問うと、ウォーレンはニッと笑ってから指を動かした。バラードが流れる。 「気分転換っつーかさ。ライブでもどうかなーって思ったわけよ」 「一人でライブぅ?」 「いいじゃんよ」 「イリアも誘えばいいのに。歌姫になってあげなくもないよ?」 「マジで? 期待しちゃうぜ?」 「いいよ。大船に乗った気でいてよ。ダーリン聴いててねー♪ ダーリンへの愛を歌うね♪」 「ラブソング限定?」 イリアがウォーレンの隣に立つ。ウォーレンの弾くギターの、曲調ががらりと変わった。穏やかな流れから、アップテンポに。明るく、元気のある曲だ。 腕を組み、真っ直ぐに立ってルファンは聞き入った。 ――そういえば、ウォーレンの演奏を聴くのは初めてじゃな。 楽しそうなギター。 楽しそうな歌。 イリアの歌声にハモるのもばっちりで、調和が取れていて。 「上手ですね」 同じ感想が、不意に横から聞こえてきて驚いた。驚いたのが相手にも伝わったのか、声をかけてきた彼女が「すみません」と眉を下げた。 「突然ごめんなさい。散歩してたら歌が聴こえてきて……」 気になってここへ来たのだろう。 「構わんよ。わしも同じことを考えていたから、少し驚いただけじゃ」 「よかった。……あ、自分、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)って言います」 「わしはルファン。ルファン・グルーガじゃ」 自己紹介の最中に、歌は佳境に入った。盛り上がり、力強く歌い、曲が終わりに向かい。 また、新たな曲に繋がる。 「繋ぎ目わからなかったなぁ……」 「自然な繋ぎじゃった」 「ですよね」 曲の合間合間に、思ったことを伝え合って、聴く。 それ以外に特に会話らしい会話はなかったけれど、同じ感覚を共有できているというのは存外楽しいものだった。 *...***...* ケイラが他所で知り合いの輪を広げている、その数時間前。 「料理だ研究だなんだって少しは外に出ろ、このもやしっ子め」 ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)――通称ドゥムカはマラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)に言い放った。マラッタは、じっとドゥムカの目を見つめ、 「外なら材料の買出しの時に出ているがそれじゃ駄目なのか?」 いけしゃあしゃあと返答。 そういうことじゃない。そういう、必然に迫られて出かけるのではなくて。 もっとこう、健康的な外出をして欲しいのだ。そう言ったら首を傾げられそうだが。 なので、「駄目だ」とすっぱり否定。そうか、駄目か、とマラッタが否定を繰り返す。 「そこでだ」 「?」 「た……たまには私に付き合うのもいいと思うが……どうだ?」 「何に付き合うんだ?」 「外に出ることを目的にした散歩だ」 言った。言えた。多少どもったけれど、言い間違えることもなくちゃんと誘えた。 どうするんだ? ドゥムカが視線で催促すると、マラッタが立ち上がった。 「……ふう。わかった、付き合おう」 肯定の返事に、内心喜んだのは絶対に秘密だ。 そういうわけで、やってきたのは空京にある自然公園。芝桜や薔薇が見頃なのだという。 桜並木まで歩くと、それはもう見事に咲いていた。二人とも、言葉をなくしてただ歩く。 「綺麗だろう」 「ああ、綺麗だな……」 「この季節、この瞬間にしか見れないものだ。よく焼き付けておくといい」 『今』しかないものを、もっと大切にしてほしい。 ドゥムカもマラッタも、永い時を生きている。まだまだこれからも、ずっと。だけど、だからこそ、疎かにするのはよくないと思うのだ。気付いたときには遅かった、では悲しすぎるから。 「そうだな」 マラッタが頷いた。 「来年には、どうなっているかわからないしな」 わかってくれた、らしい。だろう、とドゥムカは短く答える。 「見たもの、感じたもの全てが己の肥やしになる」 知識を蓄えるのも悪いことではないけれど、こうして外に出て気付きを得ることも大切なこと。 「たまにはいいことも言うだろう? 年長者だからな」 「いまの一言がなければもっと良かった」 「なんだと」 「冗談だ。……またこうして色々連れまわしてもらえるか。一人だとどうにも腰が重い」 「し、仕方ないな。お前がそういうのなら、やってやらん、こともない」 「よろしく頼む」 桜並木を抜けた。芝生の緑と空の青、雲の白。はっきりとした色合いのせいか、なんとなく夏を思い浮かべた。 風が吹く。初夏の香りを含んだ風だ。 「もうすぐ夏になるな」 「ああ。早いぞ、きっと。あっという間だ」 「夏になったら、海にでも行くか? ……海の幸と格闘するのも悪くはないし」 「蛸とでも戦うのか」 「構わん」 蛸と格闘するマラッタを思い浮かべて、思わず呆れとも苦笑ともつかない表情になった。 「躊躇え。頼むから」 「その時になったら考える。 ……ドゥムカ。あっちにクレープを売っている店がある」 マラッタが指差した方向を見ると、車が停まっていた。そこそこ大きい。窓が開いていて、人が立っているのが見える。 「くれーぷ?」 「奢るから食べないか」 「うむ。私はちょこばななくれーぷにするかな」 「メニューを見ないうちから決めるのか?」 「前にルイーゼに勧められたのを食べたことがあってな。その時気に入ったのだよ」 「そうか。覚えておく」 覚えてどうするんだ。怪訝そうに見たが、マラッタは気付かなかったのかすたすたと車へ向かって歩いて行く。その後ろをドゥムカは歩く。 二人分のクレープを持って、木陰のベンチに腰掛けた。 「ツナサラダって美味いのか? くれーぷは甘いものだけじゃないのか」 「こういうのもある。食べてみるか?」 「一口貰おう」 初めて食べる味だった。想像していたより美味しい。 「中々だな。だがちょこばななの方が上だ」 「好きだな、それ」 「ああ」 他愛のない話をしながらベンチに並んでクレープを食べて。 ――食べ終わったら、何をしようか。 なんだかマラッタは眠そうだ。大方、昨日も遅くまで、あるいはずっと、本を読んでいて寝不足なのだろう。 ――寝たいと言い出したら肩を貸してやるか。 散歩に付き合ってくれたのだし、肩くらいなら。 上手く言い出せるかどうか。 まだクレープは残っているのに、そんなことばかり考えていた。