リアクション
○ ○ ○ 「お疲れ」 スタッフ用休憩所に戻ってきたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)に、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、声をかけて飲み物を差し出した。 「どうぞ、ただのお茶だけど」 「さんきゅー」 ゼスタは椅子に座ると、甘い茶菓子を食べながら茶を飲んで、息をつく。 「お陰で、今のところ事故は起きていないようだ。預かりものの猫とうさぎだからな、何かあったら困る」 ゼスタはクリストファーに感謝する。 クリストファーはビーストマスターとして、ここで常時、監視や動物たちの管理を担当していた。 所定の時間以外に、猫やうさぎに餌を与えることは禁止だが、所定の時間であっても、与えてはいけないものがある。 そういった食べさせてはいけないものや、猫やうさぎにしてはいけない行為についても解りやすくまとめて、各テーブルや看板に貼り付けてあった。 「女の子達と楽しそうだったね。ゼスタはああいった、純真そうな女の子が好み?」 とくに彼は、純真な女の子に声をかけることが多い。そんな風にクリストファーには見えていた。 「そうだな、無垢な女って最高」 口に菓子を放り込みながら、にやりとゼスタは笑みを浮かべた。 「ねぇそれって、若干意味合いは違うけど、一晩限りの恋人の関係で良いって事なの?」 小声で、クリストファーはゼスタに尋ねる。 「いや、そういう意味はない」 「君と関係を深めて事情を知っても無垢なままでいられるのかな、と余計な心配をね」 「事情? なんか知られちまったとしても、離れられないようにしちまえばいい。どうしても欲しい娘ならな」 「そう」 ちらりと、クリストファーは康之とベンチで談笑しているアレナの方に目を向けた。 一緒に仕事をして、気付いたことがあった。 アレナとゼスタの距離が明らかに縮まっていたこと。 アレナ側の壁が随分と薄くなったような気がした。 「あ、お菓子食べてるー」 校舎の食堂で洗い物をしていたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が戻ってきた。 「今日はスイーツはないんじゃなかったけ?」 「茶菓子くらいはあるさ。学園祭で買ったものだけどな」 行って、ゼスタはクリスティーに、小さな落雁を投げた。 「これは……日本から取り寄せたものではないでしょうか」 キャッチして、クリスティーは眺めてから口の中に入れた。 甘い味が口の中に広がっていき、幸せな感情が湧いてくる。 「それにしても残念だね……」 クリストファーはクリスティーを見ながらつぶやくように言った。 「ん? スイーツが食べられなかったから?」 「いや、そうじゃなくて。クリスティーが女装でもしてくれたら、ファビオみたいに別の楽しみ方もあったのにねぇ」 「なんだよ、それ」 グループのメンバーに女性が少ないという理由で、ミクル・フレイバディ(みくる・ふれいばでぃ)は今回も女装をさせられている。 パートナーのファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)は、ミクルの女装に乗り気だった。 ミクル自身は、最初は困惑していたけれど、今では完全に少女になりきって、訪れた人達に愛想を振りまいている。 「こんな場所で、女装なんて……出来るわけないじゃないか」 クリスティーは少し不機嫌そうに言う。 「すっごく似合いそうだけどなー」 「あ、ゼスタもそう思う?」 ゼスタとクリストファーがそう言うと、クリスティーは何故か赤くなった。 「休憩終了。次の洗い物、持っていくよ」 茶菓子をいくつか口に放り入れた後、立ち上がって。 軽くクリストファーを睨むと、クリスティーは仕事に戻っていった。 「さて、俺も戻るか。可愛い子達のお世話に」 ゼスタも茶を飲み干すと、客たちの方へと戻っていく。 「可愛い子は、猫とうさぎのことを指しているのかな。それともターゲットの女の子達かな?」 呟きながら、クリストファーはゼスタを観察することに。 彼は猫もうさぎも、純真な少女のことも、本当に好きなようだった。 なぜなら、スイーツを食べている時と同じような、嬉しそうな笑みを浮かべているから。 ○ ○ ○ (あ、ぜすたんがいる……) 関谷 未憂(せきや・みゆう)と、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)と共に、学園祭に訪れて、猫&うさぎガーデンに立ち寄ったリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、女の子達と談笑しているゼスタの姿を見た。 いつもなら、大声で挨拶をしたり、駆けていって混ざるところだけれど……。 あの日、温泉でチェスの勝負をして以来、リンは彼と連絡をとっていなかった。 (ぜすたん、楽しそう。……でもなんか違う気がする) 女の子が好きだと言っている彼だけれど、本当は嫌いなんじゃないかと、過去に何かあったのだろうかと、リンは感じていた。 温泉宿でリンに色々とぶちまけておいて――次に顔を合せた時には、彼は普通にリンに笑いかけるのだろうか。 (無理に笑顔を作ったりとか疲れそうだよね。他の人がいる場所では会わないようにしたら、ぜすたんを無理に笑わせなくてすむかなあ) そう考えて、リンは女の子達と一緒にいる彼に近づかなかった。 今日は差し入れに沢山のチョコレートと、トマトジュースを持ってきている。 スタッフ用の休憩所に行って、クリストファー達に預けて。 それから、リンはそこから彼を見つつ、ぼーっと考えていた。 「もし騙すなら、最後まで上手に騙してねって、言ったのに、ね」 最後まで騙してくれたら、自分にとってはそれが本当だった。 だけれど、ゼスタは――リンに本音と思われる感情をぶつけてきた。 (水仙の女の子……お友達と一緒?) ゼスタが手に入れたいと思っている相手、アレナ・ミセファヌスは、親しい友人と思われる青年と一緒に、ベンチで談笑していた。 (……理由が何であれ、水仙のあの子が、『彼女が生きている限り、永遠に』一緒に居たい相手なんだよね。 ……ぜすたんの思惑なんて関係なしに、あの子がぜすたんのこと好きになればいいな) そうして、ゼスタも彼女のことを、物じゃなく、傀儡でもなく、本当の伴侶として好きになればいい……そう思えた。 長い間、一緒にいるはずの相手なのだから。 その相手が、物だったら――独りぼっちと同じ。 想像するだけで、寂しい気持ちが押し寄せて。 リンの目に、涙が浮かびそうになる。 (さびしんぼうの男の子がさびしくならないように、たくさん笑えるように、あたしには何が出来るかな……) 「どうぞ」 戻ってきたクリスティーが、リンにスープを差し出した。 「ん? ありがと!」 リンは笑みを見せると、スープを受け取って飲んだ。 「うん、美味しいにゃん……んにゃん?」 飲み終わった途端、リンの体はぐんぐん縮んで、焦茶色の猫になっていた。 「あ、あれ!?」 驚いたのは、リンではなくクリスティーだった。 「にゃんっ!」 リンは自分の状態を理解すると、目を輝かせて、すぐに休憩所を飛び出した。 「にゃーん、にゃん、にゃん!(芝生が叢だよ〜。小さな虫が見えるっ。揺れてる草に触りたい〜。ああっ、あれはボール!)」 すぐに順応して、うたうような鳴き声を上げながら、動く物に飛びついたり、じゃれたりしだす。 「やんちゃな猫だなー。うろちょろしてると、踏まれるぞ?」 突然、ひょいっとつまみあげられる。 「俺の懐に入ってるか?」 そう微笑みかけてきたのは――ゼスタだった。 「にゃんっ!」 リンは身体を揺らして、彼の手から逃れる。 「にゃあーん、にゃー」 そして、彼のズボンに爪を立てて、よじ登り始めた。 「なんだ?」 「にゃん、にゃー(あたしは、頂上を目指す! ぜすたんの頭の上を。前に『髪が抜ける』って言ってたから、実は十円禿げがあるのかもしれない。たしかめないと!)」 「あははは、おかしな猫だな」 剥がそうとすると逃げる。 手で阻んでも、回り込んで登ろうとする猫に、ゼスタは笑い声をあげる。 「にゃあーん」 背を登り、肩を越えて。 「にゃ、にゃにゃーん!」 ようやくリンは頂上に到着し、満足げな声をあげてはしゃいだ。 彼の頭の上は――整髪料の匂いがする。十円禿げはなかった! 「頭の上で暴れるな、髪が抜けるだろ〜」 笑いながら、ゼスタは休憩所に向かって、両手でリンを下ろすとクリストファーに預ける。 「にゃん!(十円禿げなかったよ)」 猫の姿のまま、リンが微笑むと、ゼスタも自然な笑みをリンに向けて。 「お前、誰かに似てるな。……大人しくしてろよ」 大きな手で、優しくリンの頭を撫でた後、皆の元に戻っていった。 「にゃん、にゃん(あたしは満足した。だからもう寝る〜)」 リンは椅子にかけてあったゼスタの上衣を引っ張って落すと、包まって眠りに落ちていった。 上衣からは、深みのあるほんのり甘い香りがした。 |
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